第105話 使徒の慈悲
「 それから聖女様、こちらを検分して頂けますか? 」
そう言いながらドノヴァン殿が私の眼前に差し出したのは、あまりにも見覚えのあり過ぎるガラス小瓶だった。
「 へ? いや検分も何も――、私が創った霊薬では? 」
「 やはり・・・ 」
ドノヴァン殿が眉根を寄せ、唸りながらさらに続けた――
「 討ち取った皇女が所持しておったのですよ。目にした時は、自決用の毒薬かとも考えたのですが。ワシが常備しておる聖女様御手製の物とあまりにも似ていましたもので 」
「 国内から流れたモノってことですかね? 国内では比較的入手が容易なので、お金に困った人が他国の商人あたりに売り捌き、最終的に帝国の上層部に渡ったってことでしょうかね? 」
「 ふむ。あるていどの数が他国にも流れているとは思うておりましたが・・・もしかすると此度の戦を仕掛けて来た目的は――この秘薬の製作者、つまりは聖女様の御身を奪取せしめんと攻めて来たのかもしれませんな 」
「 えっ? ・・・結局やっぱ私が原因ってわけですか? 以前王都に帰還した際、私を攫おうとした盗賊まがいの奴らみたいに? 今度は帝国が国を挙げて私を攫おうと? 」
「 はい。この神の秘薬を戦場でも所持しておったということは、つまりは聖女様の御力を認めておるという証ですからな。その可能性は無きにしも非ず・・・ 」
「 むうぅ、やっぱ私の所為なのかな? 私の所為で数えきれないほどの人たちが巻き込まれたのかな・・・ 」
「 いやいや! その動機が一番しっくりくるというだけです。そもそも聖女様が責任を感じる必要はありますまい! たとえ聖女様が我が国に居られなかったとしても、帝国は遅かれ早かれ攻め込んできていたと思われますし 」
「 ふむぅ―― 」
――しかし、所持していたのにナゼ飲まなかったのだろうか?
それだけ苛烈な攻撃を受け続けていて、飲む余裕がなかっただけなのかなぁ?
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「 とりあえずその帝国の御姫様を蘇生します。まさか首を斬り飛ばしたりとか、してないですよね? 」
「 え? ええっ! 今、生き返らせると申されましたか? 」
ドノヴァン殿も周囲の兵士さんも、全員驚愕していた。
激戦の苦労が・・・そう――敵将を討ち取った苦労が、水泡に帰すわけだ。
だが、今この戦場で私に許された唯一にして絶対の権利は、生殺与奪の権利だ。
ここは押し通させてもらおう。
「 はい。どっち道――別にその人が御姫様じゃなかったとしても、指揮官が戦死してた場合は蘇生するつもりでいましたからね 」
「 理由をお聞きしても? 」
「 一言で言うとですね――、戦争を止めてもらう為です! もし本当に私の身柄奪取が最終目的なら尚更です! どんな動機だろうと、こんな殺し合いは看過できません! 本当に皇帝の子供なら、もし説得に成功すれば、親にあたる皇帝に働きかけ、これ以上の侵略行為を止められるかもしれませんよね? 」
「 い、いやしかし・・・ 」
「 大丈夫です! もし万が一、理解もされず反撃してくるようなら――その時は私が責任を持って確殺しますから・・・ 」
周囲の者から、ゴクリと固唾を呑む音が聞こえてきた。
「 な、なるほど・・・承知致しました。実は正直に申しますと、敵ながら殺すには惜しい人物だったのですよ。少なくとも、兵を駒として扱うような冷血な将ではありませんでしたな。だが時には将たる者、非情になることも必要なのですがね 」
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「 本当に我らは出発しても宜しいのですか? 」
「 ええ、真龍さんにはちゃんと指示しておきましたから。城の奪還が成功することを祈っています 」
「 承知しました―― 」
帝国の御姫様を蘇生する場に、ドノヴァン殿御一行は同席しない。
兎にも角にも城の奪還を優先し、急いでほしいと私が要請したためだ。
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あるていどキリが良いところで切り上げて、御姫様が安置された場所へ向かうつもりだったのだが――
そのあと2時間もの間、ひたすら蘇生と治癒魔法を連発してしまった・・・
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兵士さんに案内され、帝国兵士の死体の山が点在しているエリアへと足を踏み入れた。
「 聖女様! こちらでございます! 」
未だ血風が舞っているような錯覚を覚えるくらい、辺りには死体が転がっていた。
そこかしこで血だまりが渇いた痕跡も散見される。
その中でも比較的血で汚れていない草原部分に、目的の人物は横たわっていた。
粗末ではあるものの、広げられた大きな布の上に寝かされている。
あるていど身体を拭いてあげている所為なのか――、血で染まった鎧下姿のその女性は、体中に傷はあるものの、比較的肉体そのものは綺麗な印象を受けた。
「 この者でございます 」
「 ありがとうございます。生き返った後、興奮状態でいきなり攻撃してくる恐れもあるかもなので――後方に下がっててもらえますか? 」
「 畏まりました 」
案内役の兵士さんを少しだけ下がらせ、手を翳しおもむろに唱える――
「 蘇生!! 」
御姫様の身体を、眩い発光体が包み込む!
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「 ――うっ、ううっ・・ 」
まだ意識が混濁しているのか――頭をしきりに押さえながら、その女性は上半身を起こした。
肩までの栗色の髪は、血液によってベトベトになっているのだろうか?
所々濡れている様子で、複数箇所が束になりテラテラとした不自然な艶を出していた。
「 こ、ここは? どこだ? 軍は? い、いや、何故わたくしは・・・ 」
キョロキョロと周囲を見回した彼女とすぐに眼が合った。
「 わ、わたくしはどうなったのだ?・・・お前は誰だ? わたくしはあのまま死んだのか? お前は死出の案内人か? 」
「 ・・・・・ 」
あえて返答はしない――
好奇心が大半を占めているが、事前に私のことを把握していない人に、蘇生魔法をかけた場合の――素の反応ってやつを久しぶりに見たかったのだ。
「 ここは紛れもなく戦地。まだ死後の世界には辿り着けてはいないのか? まだ狭間に居るのか? 」
「 何故黙している? ここは先ほどまで剣を交えておった場所か? わたくしは一体どうなったのだ? ハイルギットたちは撤退を許されたのか? おい! せ、説明せよ! 」
座ったまま血濡れの鎧下姿の女性が、帝国兵の死体が折り重なっている周囲の小山一つ一つに、その視線を移していった。
「 見るも無残なことよ・・・ 」
「 何を今更! その無残、悲惨、凄惨を引き起こしたのは、他の誰でもないお前たちだろう! 殺し合いの果てに、お前たちは一体何を求めているのだ? 」
私が初めて鷹揚に語り掛ける――
「 お、お前は王国の手の者か? この現状は・・・何事だ! 」
御姫様は明らかに動揺しており、忙しなく眼球が動いていた。
「 私はデュール神の使徒である! 縁あって、今はライベルク王国に与している身・・・お前は、私が蘇生魔法を行使し生き返らせたのだ―― 」
「 はっ? 」
泥と血で少しだけ汚れてはいるが、御姫様はなかなかの美顔だ。
その美顔からは想像できないほどの、間抜けな表情を晒し固まっていた――
私は一瞬だけ吹き出しそうになったが――なんとか堪えることに成功した。
ここで吹き出してしまうと、キャラを作った上で語り掛けたのが無駄になるどころか、逆効果になってしまう・・・
「 い、生き返らせた? デュール神様の・・し、使徒? え? な、何を、わたくしを、た、謀るつもりか!? 」
「 信じられぬのも無理はない! だが死亡したお前を蘇らせたのは、完全なる私の慈悲だ! デュール神の意思ではない! 勘違いするなよ? 」
「 なっ・・・ 」
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どれほどの沈黙が流れただろうか・・・
驚愕の表情のまま固まってしまった御姫様を眼前に据え――、正直どうしたらいいのか、私は対応に苦慮していた。
正直、固まられてしまうのが一番困る。




