第103話 救護開始
~数時間前~
~ミルディア領都周辺の平原~
「 ううむ、ここまでは問題ない。とりあえず私のやるべきことはやった。責任は果たした 」
ここまで事前に打ち合わせた私がやるべき役割は、ほぼ全て問題なくこなしたはずだ。
大きく逸れるようなイレギュラーもなかったと思うし・・・
龍さんという強力な味方ができたのが唯一のイレギュラーか
勿論そこは嬉しい誤算なのだが。
あとは城の奪還を手伝うことくらいか。
ドノヴァン殿は、「 城奪還の際、実は秘策があるのですよ。だが空中から侵入可能な聖女様に御助力頂けるのならば必要ないかと思われます 」と言っていたが・・・一体どんな秘策なんだろうか? ちょっとだけ気になる。
とにかく合流しなければ
進軍しているであろう王国軍の最後尾に付き救護に備えたい。
フォリスさんは無事だろうか?
城を奪還した暁には、後続の大部隊と入れ替わる形で、フォリスさんの部隊は【新設吊り橋】まで戻り、馬車も渡ることが可能となるように拡張工事を続けると聞いたが。
ちなみに職人頭のガスターさんを筆頭に、職人さんたちは今もずっと拡張工事を粛粛と行っているはず。
「 しかし、リディアさんに会いたい・・ 」
リディアさんは多分まだ王都にいるだろう。
詳しくは聞いていないが、オリヴァー殿下や騎士団連中と一緒に、最終決戦に備えて着々と準備を進めているはずだ。
軽自動車のスペース的な理由も勿論あったが、城奪還まではどう考えても一人の方が動きやすいから護衛は必要ない! と私が言い切った時、言葉は穏やかだったものの・・・表情にはかなりの怒気が籠っていた。
結局円卓の皆さんに諭され渋々折れた様子だったが・・・
しかしちょっとした喧嘩別れみたいになってしまって、私は少しだけモヤモヤとしていた。
解り切っていたことではあるが、やはり一人は寂しい。
ソロ活動がかなり板についてきてはいるが、リディアさんが恋しい。これはもはや――、恋心なんだろうか?
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とりあえず、これからどうするか。
城奪還を手伝う予定なので、動かずここで待った方がいいのだろう。
だがドノヴァン殿は、私の手伝いが必ずしも必須ではないという口振りだった。
「 もし進むにしても、ここからだと方角がイマイチわかんないなぁ 」
私はやはり間抜けでバカだ。あんなにも滞在中時間があったというのに・・・
方角の目安となる建物の向きとか、遠くに見える山岳地帯とか、事前に全然頭に入れてなかった。というか、ここに戻って来て初めてその重要性に気が付いた・・・バカすぎる!
見慣れた王都とは勝手が違うのに、全く慣れていないミルディア領都だからこそ、もっと事前に調べて色々と頭に入れておくべきだったはずだ。
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とりあえず城を背にし起点とし、あるていど走ってみるか?
MTBはなかなかに軽量で扱いやすい。あるていどの悪路も何ら問題無く走行できる。
太陽は東から西だから・・・あっちが東か? ってか今こっちはお昼くらいか? いやダメだ曖昧過ぎる。
「 やっぱ私はサバイバル的なのは向いてないな・・・ 」
待てよ? お城の跳ね橋が下りる方向が確か北だった気がする。
つまり――、領都の防壁入り口方向を背にした場合、やや左側だ。
初回の転移時に三人で戻ってきた時、遠目だったが跳ね橋はほぼ北を向いていたはず! 凄いうろ覚えだが・・・
やっぱ細かいこともメモしとくべきなのかもな。
記憶するより記録しろ――、ってやつだ。
スタート地点ですでに方角を間違っていた場合、一番怖いのがスタート地点ではそこまで差異が無くても、進めば進むほどその差異が取り返しのつかないほどに大きくなる点だ。
入れ違いになる可能性もあるが・・・移動するか?
この付近で私が帝国兵に発見され、何らかの警戒態勢に移行された場合――その後の城奪還の展開に悪影響を及ぼす可能性も否定できない。念のため、見つからないに越したことはない。
それに、いつ来るかも判らない相手を待つことほど退屈なことはないし・・・
跳ね橋を背に、右手側の東方向へと移動するべきか?
もし真北に進む場合、王国軍よりも先に後退しているであろう帝国軍にぶち当たる可能性大だ。
「 うおぉー! こんなことなら方位磁石買っておくんだった! 」
夜間ならば北極星がある方角が北ってわかるんだが・・・何せ北極っていうくらいだし! 昼間だとホントわかんないな。
でも惑星の位置関係とかそのあたりも全部元の地球と一緒なんだろうか? まぁそこを疑い出すとキリがないんだけど。
いや待てよ・・・
そーいえば高校の時に行ったキャンプで、腕時計を使って方角を調べる方法教えてもらったよな。
確かアナログ時計の短針を使うやつだった。
リュックの中からアナログ腕時計を取り出した。ちなみにデジタルの物もあり、腕時計だけでも三個所持している。
確か水平にして短針を太陽に向ける。
そして12時とその短針の丁度真ん中が【南方向】だったはず・・・これも凄いうろ覚えだが。
あ~、そういえば午前と午後で違ったよな確か。午前だと文字盤の左側、午後だと文字盤の右側・・・だったか?
あ~ダメだ! ダメダメだ。やっぱ私はバカだ。
この時計の針は元地球の時刻を指しているから、こっちの世界じゃ根本的にダメじゃん!
「 ううむ入れ違いが怖いし、あえて移動するならやっぱ北だな! 最終的には敵がいるとこに味方が来ることになるんだし。全くの無駄にはならんだろ・・・たぶん 」
私の能力ならバッタリ出くわし敵の軍勢が追いかけてきても、最悪空へと逃げることができる。
虚仮威しにはなるだろうが、初手で足止めていどのことぐらいは可能だろうし。
「 跳ね橋が北を向いてる説 」を信じ――、とりあえず走るか!
よし! 2時間だけ走ってみて何もなければ戻ってくることにしよう!
心の中で自分ルールを決め、出発したのだった。
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ちょうど2時間弱走っただろうか・・・そろそろ体力の限界だ。
もうちょっとだけ――
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息を弾ませ一心不乱にペダルを漕いでいると、遥か彼方の中空に何やら違和感を覚えた。
「 む? 」
まだ数百メートルの距離があると思うが・・・あれって龍さんよな?
まだ小さな黒塊のように見えるだけだが、春を思わせる穏やかな彼方の空に、堂々と(多分)浮かんでいるのが確認できる。
そしてその近辺の地上では、途轍もない数の人間? が蠢いている・・・のか?
リュックから双眼鏡を取り出し構えた――
「 うおおっ! やっぱもう戦っとるやないですかー! 急ぐべし! 」
倍率を上げたレンズを通し目の当たりにした光景は――
剣と剣、肉体と肉体がぶつかり合う、まさに肉弾戦とも言うべき激しい戦闘風景だった。
即座に双眼鏡をしまうと同時に、力強くペダルを踏み込んだ。
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戦線よりもかなり後退した位置に、兵士が仮眠するために使う天幕よりも、三回りほど大きな天幕が一張り建っているのが視界に入る。
――あれは? 王国軍が張ったテントよな?
かなり離れた所にMTBを停め、天幕の真後ろから双眼鏡を構え近づく。
負傷者っぽい兵士を同じ兵士が担ぎ、次から次へと天幕内に運び込んでいる様子だった。
肩を担いでいる人も担がれている人も、二の腕部分に紋章を付けている。
双眼鏡の倍率を上げつぶさに観察する。
竜が向き合い二匹絡まり、さらにその両サイドには抜身の剣マークも浮かんでいる――左右対称の模様を成した紋章だ。これは間違いない。王国側の天幕で間違いないだろう。
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「 どうも~! 救護を手伝いに来ましたよ 」
ひょっこり入り口から顔を出し、軽いノリで挨拶をした。
むせ返るような血の匂いが鼻腔を刺激する・・・
そこかしこで呻き声を上げ、のた打ち回っている人も視界に飛び込んでくる。
だが一拍置いて、中で治療を受けている人たちからドッと歓声が捲き起こった。
「 おおおっ! 聖女様だ! 聖女様がお見えになったぞ! もう大丈夫だ! みんな助かるぞ! 」
大歓声の原因に気付いた救護部隊の魔道士と思われる初老の男性が、血相を変え走り込んできた。
魔道士然とした服装は血塗れになっており――、治療の壮絶さが垣間見えた。
「 これは聖女様! よくぞおいで下さいました! 大変恐縮ですが兵士の治療をお願い致したく・・・聖女様が御創り下さった神の秘薬はすぐに底を突いてしまいまして、何卒・・・ 」
「 勿論ですよ! ってか、そんなに頭を下げる必要はありませんよ 」
平身低頭でひたすら畏まる初老男性の片腕を引っ張り、無理やり立たせた。
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大盤振る舞いで、治癒と蘇生魔法を連発しまくっている。
首を刎ねられている死体が一体、無造作に転がっていた・・・
流石に直視できないのだが、その一体は諦めた。
それ以外の兵士さんは漏れなく次々と全快していく。
しかし血を見るだけで吐き気を催していたかつての私が、まるで嘘のようだ。
ここ最近は特に凄惨な現場に慣れ過ぎてしまったせいか、血だまりていどでは目を逸らすこともなくなった。
さらに【女神の盾】を最後の仕上げと言わんばかりに、完治した兵士さんに漏れなく次々と付与していく。もはや完全なる流れ作業だった。
全快し魔法障壁をそなえた仕上がりまくった兵士が、次々と天幕を出て行く。
帝国軍にとっては、ここから地獄のフェーズへと突入するだろう。
なにせ、まともに攻撃を入れてもほぼ効かない無敵の兵士が前線に増え続け、それを相手にしなければならないのだから・・・
流石にちょっとだけ、帝国軍を気の毒に思い始めた自分に気が付いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
帝国軍兵士は、総員が腹を括り死兵と化していた。
真龍が中空に留まり続け、全く攻撃に転じていないのが逆に不気味でもあり、とりあえずの安心材料でもあった。
ユリアーネ姫もとっくに死は覚悟しており、真龍の姿を出来るだけ視界に入れないように努め、眼前の老人に集中していた。
――この老体の何処からこれほどまでの活力が溢れ出てくるのか・・・
まさかソレも驚異的な霊薬の効能なのか?
もはや魔力も底を突いた・・・ここからは剣技のみだ。
ユリアーネ姫周囲の親衛隊も、一人・・・また一人と斃れていく。
ユリアーネの親衛隊兵士がそうしていたように、元帥ドノヴァンの取り巻きもまた――ドノヴァンの邪魔にならない位置で意識的に戦い、協力してユリアーネを斃そうとはしていなかった。
もし複数人で一気に攻撃を仕掛けられていたら、たとえ魔力が潤沢に残っていても、すでに地に伏していたことだろう。
――ただでは死なんぞ! 元帥という立場が偽りでないのならば、刺し違えるは本望!
「 御老体! ドノヴァン殿と申されたか! わたくしは皇女ユリアーネ! 貴殿に正式なる一騎討ちを申し込む! 」
「 なんと!? やっと名乗ったかと思えば、軍の指揮官どころか帝国の皇族であったか! 」
ドノヴァンは刮目し、彼なりに衝撃を受けている様子だった。
「 どうだ? 相手にとって不足はなかろう? 」
ユリアーネ姫は剣の構えを解き、仁王立ちのままドノヴァンの返事を待った。
ドノヴァンは戦闘自体を愉しんでいる。
愉悦を求め戦闘に興じる者ならば、もしかしたら受けてくれるかもしれない――という思惑があった。
「 お主たちから前触れなく一方的に宣戦布告してきおったにもかかわらず――ワシにそれを聞き入れろと申すか? 」
「 ああ、そうだ! 」
「 ワシが勝ったら、お主は何を差し出す? 」
「 ミルディア城を無条件で返還し、我が軍を即座に撤退させることを約束する! 」
「 ではワシが死に・・・お主が勝ったらどうする? 」
「 一時停戦し、わたくしの首と引き換えに――我が軍の撤退を邪魔しないことを確約してもらう! 」
「 ふははは! まるで言葉遊びだな! どう転んでもお主は死に――兵士どもは安全に撤退するわけか! 」
ユリアーネ姫は黙して待った。確かに言葉遊びだ。
あり得ない無茶苦茶な提案だということは、十分理解しているからこその沈黙だった。
いつの間にか、周囲で戦っていたはずの両軍の兵士たちも戦闘を止め、お互い牽制しつつも二人の将の動向を見守っていた。
「 そこまでの覚悟か! お主の覚悟に敬意を表する! だが、あまりにも荒唐無稽! ワシが最前線に出ておるのは戦闘を愉しむためではないぞ! 」
「 いや、ちょっとはソレもあるが・・・ん~いやいや! 全ては王国のためである! お主もワシと同じ考えということはよく理解した! 同じ武人としては受けてやりたいが、元帥として受けることはできんな! 」
「 そうか、あくまでも殲滅というわけか・・・ならば! 不名誉な最期を晒すわけにはいかないな 」
さらに死を覚悟したユリアーネは、ゆっくりと剣を構え直したのだった――
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