第101話 暗中飛躍
もう龍さんの攻撃のみで十分だった・・・
兎に角なにが凄いって、尻尾を鞭の要領で身体ごと振り回し、遠心力を加えた一撃がエグイ!
物理系モンスターのヒエラルキーで、ほぼ頂点に君臨するというのも頷ける剛撃だった。
要所要所のブロック石を外せば勝手にボロボロと崩れていく構造だとはいえ、上辺だけでも何重にもブロック石を組んでいるのだ。それを一撃とは・・・
もし人の手で解体工事を行ったとしても、こんな崩れ方なんてあり得ないはず。
私も龍さんと一緒に、【聖巨人の震脚】などで破壊活動を行う予定だったが、どう考えても必要無さそうだった。
▽
大渓谷南側エリアから見て、三アーチ目までの石橋を崩落させたあたりでストップをかけた。
「 龍さん! もうこれくらいでいいかも? 流石にこれだけ距離があれば何とかして渡ろうって思案する事自体が馬鹿らしくなる距離でしょうよ 」
『 承知した――で、これから我はどうすればよいか? ここまでの行動しか指示を受けておらぬ 』
バサバサと両翼を上下させ中空にホバリングしている龍さんは、昇りゆく朝日を一身に受けているせいか、かなり神々しい御姿だった。まるで後光が差しているようだ。
「 反転し、撤退するあの帝国軍を追いかけて! ここまで来たら最後まで手伝ってよ! いいでしょ? 」
『 ああ、それは構わぬが。しかしよいのか? 魔道士殿はあの軍隊の人族を殺したくはない――と、申しておらなかったか? 』
「 ああ、ズルいかもだけど直接的に殺したりしたくないのよ・・・ホントにズルいだけなんだろうけどね。ただ当たり前だけど、王国軍に負けてほしいわけじゃない。なので帝国軍に安息を与えないために、付かず離れずで一定距離を保って追いかけてほしいのよ! ただ単にプレッシャーをかけ続けたい! 休ませたくないのよ 」
「 で、あるていど相手の心労がピークに達したと判断したら離脱してほしい。あとは東方面から奇襲って形で城奪還のために王国軍が戦端を開くはずだから、その軍勢に合流して静観でいいと思う。龍さんがいるだけで味方を鼓舞してることになるだろうし、帝国軍を威圧してることになるだろうしね 」
『 ふむ・・・承知した 』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
参謀ハイルギットは憔悴していた。ガジガジと爪を噛み、ブツブツと独り言を呟いていた。
――姫様の迅速な判断は間違っていない。
異常過ぎる事態だ。
兵が混乱し隊列を崩すのを、本来なら叱咤するべきだが、ハイルギット自身が混乱を極めているのだ。口に出すのは憚られた。
姫様の号令で何とか体裁を整え、行軍を再開したものの・・・兵の疲労はピークに達している。
一旦ミルディア城まで後退し兵を休ませねば。
大橋を占拠した直後、野営をすればいいと考えていた。
勿論、王国正規軍が橋の手前で待ち構えている可能性も大きい。それを前提に、斥候を先行させて確認もさせていた。少なくともこちら側には敵部隊の展開は皆無だったのだ。
当たり前だが、大橋の向こう側に王国軍が展開している場合も想定していた。
だがその場合は、もし戦闘になったとしても大橋上の攻防へと誘導し膠着状態に持ち込む自信があった。そのための兵器も揃えてあった。
だが、あのようなモンスターの唐突な登場など予測の遥か外側だ。想像すらできない。できるわけがない。
兎に角あの真龍が大橋を破壊したので、我々は侵攻ルートを変更せざるを得ない。
一旦ミルディア領都まで戻るのは決定事項だとしても――、どうすればよいのだ? あの真龍を・・・
一体何が狙いなのだ?
「 何なのだ・・・あの真龍は? 我らに付いてくる! 何が狙いなのだ・・・ 」
参謀ハイルギットの息は荒い。
見かねたユリアーネ姫が、対面する座席からハイルギットの座席へと移り隣に座った。
「 落ち着けハイルギットよ。真龍は知力の高いモンスターだ。この規模の軍勢相手に手を出してくるとは思えん。戦闘にでもなれば確かに甚大な被害が出るだろうが、真龍もまた無傷とはいかぬだろう。それはよく解っているはずだ・・・故にこのまま行軍するのだ。ミルディア領都に戻り、兄上の軍と合流するまで籠城するぞ 」
「 は、はい・・・狼狽えてしまい申し訳ございません。わたしの判断のせいで、この様な事態を招いてしまい申し訳ございません・・・ 」
「 良い! 良いのだハイルギットよ。誰がこの様な事態を予見できよう。わたしにも無理だ。お前のせいではない! 判断したのはわたしだ 」
「 う、ううっ・・・ 」
いい年齢なのだが、普段見せない姫の優しさに触れ涙が溢れそうになる・・・
「 城までついてくると言うのならばそれも良かろう。城に大型弩砲を設置し、撃墜すればよいのだ! 」
「 は、はいっ! 」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
軽自動車に乗り込み計器のポッチをぽちっと押し、オドメーター(総走行距離メーター)をトリップメーターA(区間走行距離メーター)に切り替えた。
43キロの表示。リセットボタンを押しゼロに戻す。
ここから43キロ東へ走れば、新設した吊り橋設置ポイントってことになる。
宇品港からの転移場所まで戻りたい。
転移後、東へMTBで時速20キロ前後で、約40分ほどの場所が新設吊り橋のポイントだった。
つまり悪路を考慮しロスも含めると・・・大体、転移場所から東に10キロ前後と見ていいだろう。
つまり、このサエスタ大橋を起点に大渓谷沿いを東へ33キロ走れば、宇品港転移ポイントと見て間違いないはず・・・誤差は多少あるだろうが。
今迄の経験で、座標はあるていど修正されることが判明している。
いきなり海上に転移ってこともないと思うし、人ごみのド真ん中ってことも多分ない。
まぁ、そのあたりは希望的観測を未だに続けているわけだが・・・
「 よし! 行くか! 」
暖房をMAXに入れ、朝日が昇る東へと向けアクセルを踏み込んだ――
▽
▽
トリップメーター33キロ地点に到着した――
そそくさとMTBを下ろし一応車の鍵を掛け、またしても軽自動車を放置する。
今回はそこまで急ぐ必要はなさそうだが、かと言ってゆっくりするつもりもない。
睡眠は十分とは言えないが、最低限はとっている。食料も飲料水も問題ない。
日本に行ったらおにぎりやお茶などを補充したいが・・・朝はご飯派なのだ! パンも好きだけど。
「 神威の門! 」
MTBに跨り、転移魔法を唱えた。
▽
「 うお・・・校庭? 学校か? 」
――人気がない・・・何時だ?
破壊活動中、飛び石などが当たり壊れる事を危惧し、腕時計はリュックの中だった。
でも多分、装飾品にもバフ効果が働いている可能性がある。その場合、当たっても弾くのだろうか? 今度、暇な時にでも検証してみるか。
スマフォの電源を入れ暫し待つ。
・
・
表示された時刻は、お昼の12時47分だった。
――ってか、今日そういえば日曜日か・・・学校は休みだな。部活とかもナシなのか? まぁいいか。
校庭をMTBで走り抜け校舎部分に入る。もし警備員などが常駐していたら捕まるかもしれない・・・
日曜で休みだとしても、間違いなく不審者扱いだろう。
追いかけられると鉄製の門を開けている暇はないと思うので――、最悪MTBは捨てるつもりだ。
秘技「 走って逃げる 」をやるしかない。
校門まで到達した。門の横には学校名が表示されていた――
「 広島市立広島特別支援学校 」と、表示されている。
すぐさま「 志村さん 」に電話をかけた。
私の指示通り、宇品港付近で待機してくれているはずだ。
「 あ、志村さん? おはようございます! 」
『 姐さん。おはようございます! もう昼じゃけど! 』
「 今また転移してきて、広島特別支援学校って学校の校門にいるの。お願いできます? 」
『 ああ、結構近いっすね! 待っててください! すぐ行きます 』
▽
またしてもピックアップしてもらった私は、キャンピングカーでひたすら北上してもらい、「 例の道の駅 」まで戻ってきてもらった。
「 ごめん志村さん。まだここからさらに北上してもらえますか? 」
「 了解っす! 」
▽
「 志村さんホントにありがとう! 助かったわ! 何日も拘束してホントごめんなさいね。でももうこれで、とりあえず志村さんは解放ってことで! 」
「 はい! 俺的にはかなり楽しかったですよ! 何だかスパイ的な任務を遂行しとる感じがして 」
「 はははっ! 」
「 じゃあ俺は組に戻りますね! 姐さんもお気をつけて! 」
「 ありがとう助かりました! 姫野さんにも宜しくね 」
・
・
殺風景な峠道に降ろしてもらい、行き交う車両が途切れたタイミングで転移魔法を唱えた。
▽
「 おうっ! ミルディア城か! 」
またしても裏技ショートカットを使い戻ってきた。城を遠目に確認できる。
少し離れた草原に出現したのだ。
この距離ならば、微妙に離れていて都合が良い。
あまりに城に近いと現在占拠している帝国兵士に見つかっていたかもしれない。
どこからどう見ても変な恰好をした平民と思ってくれるだろうが、どんな対処になるのかは未知数だ。
女を発見したと狂喜乱舞し、体目当てで突然襲ってくるかもしれないし・・・
ただの平民の少女ならば――と、スルーしてくれるかもしれない。
まぁ、襲ってきたら即座に殺すつもりではいるのだが。
基本的に、侵略されているからと言って、直接的な殺戮という手段は極力使いたくはない。
戦争を吹っかけてきたと言っても、兵士一人一人の意思を含む総意であるはずがない。
むしろ仕方なく従軍している兵士も多数存在するだろう。
そんな人たちを手にかけたくはないのだ。
表面上だけでどちらかを判断する――たとえばそういった魔法的な手段が存在していれば楽だったのだが。
ここまで嬉々としてお膳立てをしておいて、今さら何言ってんだ? って感じなのは重々承知している。
兎に角もうすぐ両軍が激突する。
もう秒読みに入っているだろう。
王国正規軍の数がどれほどまで膨れ上がっているのか、正確な数字は知らされてはいないが、このまま行けば王国正規軍の奇襲は成功する確率が高いだろう。
だが帝国軍と同等、もしくはそれ以下の軍勢の場合、結構苦戦する可能性もあるとは思う。
私と龍さんが参戦すれば、より勝利は確定的なのだろう。
だが、やはり明確な罪を犯していない者を、直接殺すのは躊躇われる。
どんな事情があろうと、侵略行為に参加した時点でそれは罪? そして悪なのだろうか?
立ち位置によって正義と悪なんてコロコロ変わる・・・なので、いくら考えても答えは出ないだろう。
――自分だけ後方に下がり傍観するのは、やはり卑怯なのかもしれないな。
王国に負けてほしくない一心で暗躍していたが、果たして私は正しい行いをしているのだろうか?
神の使徒という立場で、私はどういう立ち回りをすればいいのだろう? ――と、結局ギリギリまで思い悩んでいたのだった。




