第100話 崩落
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領都ミルディアも中央街イシュト同様――人っ子一人居なかった。
乾燥した風が吹き抜ける中央通り。
ハイルギットは愕然としつつ――
玉座に腰かけた頬杖姿のライザー王が壇上から下賤の者を見下し、まるで不貞腐れた態度で「 欲しいならばくれてやろう 」と、吐き捨てている映像を脳裏に思い浮かべてしまっていた。
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堅牢無比で名を馳せているミルディア城が視界に入る。
「 ぬぅ、まさか・・・ 」
馬上でありながら、身を乗り出すようにしてもう一度目を凝らす。
「 姫様・・・跳ね橋が下りております! 」
「 ああ、そのようだな 」
ハイルギットとは対照的に、動揺を微塵も見せず冷静沈着なままのユリアーネ姫が続ける。
「 どうやら王国は本気でこの地を捨てたようだな。我が軍の決戦地をこの領都と予測し、然るべき準備を整え備えた我々を、まるで嘲笑っているかのようではないか・・・だがこの違和感は何だ? わたしの直感が警鐘を鳴らしている 」
籠城作戦をとられ攻城戦を強いられた場合、ミルディア城以上に攻略が難しい城は近隣国には存在しないとまで言われている。
その理由は単純明快だ。
滑らかで反りを備えた分厚い堅牢な防壁に加え、出入口が正面跳ね橋ただ一か所のみだからだ。
厳密には地下で地底湖と繋がっているので、正面城門のみが出入口ってわけではないのだが。
この城を攻略するならば――長期戦を覚悟し兵糧攻めにするのが基本だろう。
もしくは配下の獣人部隊・龍人族を捨て駒とし、初手で上空から大量投入するか――
投石機などの攻城兵器を多用し、気長に分厚い防壁の破壊を試みるか・・・のどれかだろう。
ユリアーネの軍は多彩な攻城兵器を揃えていた。もちろんこの城を陥落するためにではあるが、その先にあるサエスタ大橋での攻防も見据えてのことだった。
「 ハイルギット油断するなよ! 誘い込むための罠という可能性も捨てきれん 」
「 ははっ、心得ております! おい偵察隊を投入しろ! 」
参謀ハイルギットが叫ぶと、隊列の後ろから軍用ラッパの音色がけたたましく鳴り響いた。
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「 御報告申し上げます! ミルディア城内に敵兵は確認できません。食糧庫もそのままでございます。潤沢な食材が保存されたままとなっており、武器庫も手付かずの様子でございます。ただ不可解な点もございます。数か所で壁や階段が粉々に破壊されておりまして、原因が判らず我々では判断できません! 」
「 ・・・またしても街と同様破壊の跡か。まぁよい、御苦労だった。隊列に戻れ 」
「 はっ! 」
領都中央通りに設置した天幕の中で、偵察隊の隊長から報告を受けたユリアーネ姫は、またしても頭を抱えていた。
「 壁などが破壊されておるのが気になるが、しかし一体どういう了見だ・・・お前が言う通り、ライベルク国王は大局を見失い自棄になってしまい、「 この城を捨てよ 」――と指令を出したのか? そしてここの領主は何の疑いも抱かずその命令を聞き入れたのか? 」
「 敵ながら理解しかねますな・・・この城を占領されるか否かで、その後の戦局をどれほど左右する事になるか・・・軍事に疎い農夫にでも判りそうなものを 」
ユリアーネ姫もハイルギットも――もはや呆れ果ててしまい、二の句が継げられない状態に陥ってしまった。だが姫は兎も角、ハイルギットには到底許されない所業だった。
慌てて取り繕う。
「 姫様、もはやミルディア城は掌握したも同然。補給はイシュトであるていど完了しておりますし、ミルディア領都は第五隊に任せ、我々主力は即刻サエスタ大橋に向かうべきかと存じます。バルドルフ様がミルディアに入られましたら、拠点を即時北へ移す事になりましょうし、王国正規軍の流入を阻止するためにも正に時機到来かと存じます 」
「 ふむ。もはや疑う余地無し――か 」
これでもかと言わんばかりの、清々しいまでの国を挙げた完全放棄を目の当たりにしたため、この瞬間ユリアーネ姫の警戒心がかなり薄らいでいたのは事実だった。
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私はミルディア城の正面城門側にそびえ建つ、防御塔の頂上内部に身を潜めていた。
民衆の避難誘導が終わったので、私も一緒に王都直轄領に戻り、その時(大橋崩落を実行する時)がくるまで英気を養おうと思っていたのだが・・・
よくよく考えると、この「 合図役 」は「 大橋破壊役 」よりも私以外の者には荷が重いと思い至ったのだ。なのでもう一仕事する流れとなった。
大橋の検問所で、今か今かといつ現れるかも予測がつかない敵軍を待ち構えるよりも、起点から終点まで――文字通り裏技を使い移動できる私の方が適役だと悟ったのだ。
上部がノコギリのような凸凸凸形をした鋸壁から、出来るだけ頭が出ないように右手で双眼鏡を持ち、領都中央通りを監視している。
かなり高い位置のせいか、風が強く冷たく肌寒い・・・
ただでさえ気温が低いのだ。正に忍耐の一言に尽きる。
冬物のスポーツウェア上下に身を包み、ニット帽を目深に被って【貼るカイロ】を腰に貼っている。
さらに毛布二枚に包まっている。だが――、ここまでやってもまだ寒い!
ここに登って待つ事すでに3時間以上が経過していた。
腕時計は元の地球の日本時刻を刻んでいるため、表示時刻に意味はないが――
どれほどの時間が経過したのかを確認するには、かなり重宝していた。
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苦行の眺望が終了したのは、監視を始めて4時間が経過した頃合いだった。
「 おっ、遂に現れたか! 帝国軍! 」
左脇に抱える【紋次郎イカ80本入り】(2760円)の――透明で丸いプラ容器をそっと足元に置き、両手で双眼鏡を構え直した。
壮観な眺めだった。
両脇を埋める石造りの家屋が立ち並ぶ、整然と石畳が敷かれた中央通り。
そこに次々と流れ込んでくる――これまた整然と隊列を組み、美しい行進を見せる敵軍の大部隊。
何十億も製作費を注ぎ込んだ、超大作映画のワンシーンそのものだった。
――あの数! 何千人いるんだろう?
重装歩兵が目立つ・・・意外にも騎兵は少ない。
いや、防壁の外に夥しい数の馬や恐竜、そして王国軍や王国騎士団でも使役している熊にも似たマウントできるモンスターなどが待機しているのかもしれない・・・
「 まっすぐこの城を目指すか、さぁ――どうでる? 」
今回の作戦を立案した円卓に座っていた貴族の人は、自信満々で私たちに言い放った。
「 必ず軍を分けるはずです。比重としては7:3くらいだと予想します。勿論7が大橋攻略に向かうはずです 」――と。
その言葉を信じ、その後は皆で意見を出し合い――作戦をブラッシュアップしたのだが
もしも敵全軍がミルディア城及び領都に立て籠もり、後続軍が援軍として現れるまで籠城を続けたとしたら・・・今回の作戦準備が丸々無駄になってしまう懸念がある。
いや、無駄どころか――もしそれをやられてしまうと、王国軍としてはかなりマズイ展開へと向かうことになる。本当に大丈夫だろうか? かなり不安になってきた・・・
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とりあえずこの防御塔中腹の石段は打撃系魔法で破壊しており、簡単には昇れない状態にしてある。
カモフラージュ目的で、城内の適当な数か所を同様に破壊しており、この防御塔の破壊だけが怪しまれることはまずないだろう。
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数十名の敵兵が城に入り込み、さらに2時間が経過した――
既に陽は沈みかけていた。
薄暗くなってきたとはいえ、この距離だと発見される恐れもあるため、頭を鋸壁から出さず毛布に包まり【紋次郎イカ】を齧りながら、ただひたすらに待っていた。
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軍用ラッパがそこかしこで鳴り響き始める。
突如まるで巨大生物の胎動のように、通りを埋め尽し静止していた軍隊の帯が唸りを上げた。
「 おっ、遂に動くか! 」
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暗くてよく見えない。
双眼鏡の倍率を上げ観察する――
間違いない。
大多数が踵を返し、街を出て行っているのか・・・
予測通り、サエスタ大橋を占拠するために移動を始めたのか?
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「 おっマジか! 半分以上! いや半分どころじゃない、八割以上が引き返してる 」
サエスタ大橋から中央街イシュトまで、かなりの休憩を挟みつつではあったが――恐竜輸送車で半日近くかかった。
歩きのスピードで夜通し行軍したとして、しかもあんな大所帯だと・・・下手すると半日以上はかかるかもしれない。――猶予は半日だと仮定し、こちらも動かなければならない。せめて朝日が昇る前には、合図が出せる位置に着いていなければ。
――睡魔との闘いでもあるなこりゃ。少しだけでも移動時に車の中で眠りたい。
私は頭を上げないように、まるで舞台で人形を操る黒子よろしく――屈んだ状態のまま塔内部へと続く石段に急いだ。
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「 神威の門! 」
真っ暗な塔内部に白銀の縁が鮮やかに煌めき、中心の漆黒がひときわ際立つ小規模ブラックホールが突如中空に現れた。
腕時計に視線を落とすと、時刻は15時36分を表示していた。
もはや転移に慣れ切ってしまっている私は、静かに目を閉じ身体を預けた――
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腕時計の表示時刻通り、こちらはまだ陽が落ちてはいない。
すぐさまスマフォの電源をオンにし、マップアプリで現在地を確認する。
四日前の転移時の出現ポイントにほど近い場所だった。
そして電話帳から「 志村さん 」をタップし、通話をタップした。
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「 あ、もしもし? 志村さん? 今どこ? 」
『 ご苦労様です! 姐さんの御指示通り――道の駅でずっと待機しております 』
「 ああ、動いてないのね。ごめんなさいね、凄い待ったでしょ? 」
『 いえ大丈夫ですよ! 事前に数日かかるって若頭から聞いておりましたんで! 』
「 ごめんなさいね。とりあえずそこから道なりに北上してもらえますか? 私はそっちから見て左車線側の歩道を歩いて向かいますから 」
『 了解っす! 』
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「 まさかこんなに豪華で大きなキャンピングカーとは! 凄いですね・・・ 」
「 組長のです! お陰でかなり快適でしたよ! あの道の駅には長距離ドライバーのためにシャワー室も完備されてますしね! もちろん食うモンにも困らんし! 」
ピックアップしてもらった私は、まるでマンションのワンルームの様相を呈した車内に素直に感動していた。
――やっぱ極道ってかなりのお金を稼げるのかしら・・・でも私が見た限り、あくどい事業をしているようには見えないんだけどなぁ。
「 とりあえず、このまま広島市内方面に進めばいいんですよね? 」
「 はい、お願いします。こちらで南に進めば進むだけ、向こうでは北に進んでいることになりますからね 」
「 了解っす! 」
志村さんは白凰組の構成員の一人だ。
詳しくは知らないが、マツさんよりは先輩だと思われる。
四日前に、姫野さんに連絡するためだけに一度転移している。
次回転移するのが何日後になるか・・・いつになるか不明瞭だが、県境にほど近い「 例の道の駅 」に、MTBを積んだ車で向かい待機しておいてもらいたい――と、お願いしていたのだ。
「 ごめん志村さん。今の内に少しでも眠っておきたいので、申し訳ないけど宇品港に着いたら起こしてもらえますか? 」
「 はい! 了解っす! 」
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宇品港に到着し、MTBに跨った状態で再び転移した。
「 うおっ! ドンピシャやんか!! 」
つい口を衝いて出てしまったが、ドンピシャって死語か? 私は結構使っているが・・・
しかし暗い・・・真闇ってやつは根源的な恐怖を掻き立てる。
辺りは完全に闇が支配しており恐怖心が募った――
すぐ傍は渓谷だ。
私は侵攻する帝国軍を追い越し、王都直轄領へと戻ってきたことになる。
以前、宇品港からママチャリに乗って転移した経験が活きる。
あの時もサエスタ大橋を背にして見た場合、かなり東寄りに転移したはずだ。
つまり渓谷沿いに西へ向けて走れば・・・万が一の場合の囮役を担う、王国軍が布陣しているであろうサエスタ大橋にいつかはぶち当たるはずだ。
そして逆にこのまま東へ進めば、奇襲するために組まれているはずの、大部隊が展開しているであろう場所に当たるはず。
「 よし行くか! まずは東へ 」
「 聖なる光球! 」
光源魔法で辺りを照らしつつ――ただひたすらにペダルを漕ぐのだった・・・
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もはや時差ボケのような状態だった。いや、海外旅行をしたことがないので想像の域を出ないが。
元日本の時刻は腕時計を見ればすぐに把握できるが、こちらの世界の正確な時刻は、未だかつて全く判らない。
ただ真夜中近い――、もしくは真夜中を過ぎている頃合いなのは何となく肌で感じた。
世界間の転移位置における相関関係や、時間のランダム的な差異は、未だ謎のままだった。
今度デュールさんに会ったら聞いてみたい。
そう私の心中の備忘録にメモをしたのだった。多分すぐに忘れるかもだけど。
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遠目にだが篝火が視界に入る。
そして見慣れた物体も同時に飛び込んできた。
「 うお! 車やんか・・・ 」
そう、戻ってきたのである。
カスタム済の軽自動車を放置していた、作業をしていた場所まで!
篝火の明かりを喰い相殺する――眩い光源に気付いた見張りの衛兵が、軍用ラッパを吹き鳴らした。
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「 ハルノ様! 御帰還を心待ちにしておりました! 」
走り込んでくるや否や、ババっと膝を突き臣下の礼をとったのは、鎧下姿の女隊長フォリスさんだった。
その後ろにも夥しい数の王国軍兵士が続々と集結し――、フォリスさん同様に膝を折った。
私が離れた時と比べると、一体どれほどの大軍へと膨れ上がっているのだろうか・・・
――パルムさんと同じ反応だなぁ。
「 あーいや、そんな事しなくていいですから。ホントにお気持ちは嬉しいのですけど。敬うのはデュールさんだけにして、私に対してはそこまでしなくてホントにいいですから。それより怪我人とかはいませんか? 」
「 はい! 三名が作業中に怪我を負いましたが、ハルノ様が御創りになられたポーションで即時全回復致しましたので! 」
どうやら吊り橋は完成している様子だった。
まぁあれから数日が経っているので、完成していて当たり前なのかもだが、私は妙な達成感を覚えていた。
光源魔法に照らされているものの、この闇に包まれた状態だと流石に全体までは見えない。
だが正直、私が想像していたよりもかなり立派な吊り橋であることは間違いない。
「 予測通り帝国軍が少数のみを城に残し、サエスタ大橋に向け進軍を開始したと思います。こちらも予定通り進軍を開始してください! 私はこのまま軽自動車に乗って西へ向かいます! 龍さんも痺れを切らしているだろうしねぇ。ドノヴァン殿が率いる軍勢も、多分もうすぐこっちに来るんだろうけど。先に渡橋を始めてても良いと思うよ 」
「 はい、畏まりました! ハルノ様もどうかお気をつけて! 」
「 うん、ありがとう。フォリスさんも、そして皆さんもご武運を! 」
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ひたすらハイビーム状態で車を飛ばし、西へ西へと進む。
1時間ほどで、あっと言う間にサエスタ大橋に到着した。
勿論対向車なんてくるわけないので、ハイビームにしっ放しでも何ら問題はない。
ちなみに燃料もまだまだ問題はない。燃料計を見るに――、減っているのはまだ半分ほどだった。
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そしてハイビームに照らされたサエスタ大橋に気を取られ、左側ばかりを眺めていたせいで・・・繋がれていた馬を轢きそうになってしまった!
「 うおぉ! あぶねぇ! ――って・・・凄い人だな。こんな真夜中にまだこんなに起きてんのか! 」
ヘッドライトに照らされた人々は、慌てて逃げ惑う者、何やら武器っぽい物を構える者、腰を抜かし尻もちを突く者――と様々だった。
慌ててエンジンを切り、拡声器を手に車を降りる。
「「 あ~、驚かせてすみません! あ~、春乃でございます! モンスターとかではありません! 安心してください! 繰り返します! モンスターとかではありません! 私が使っている乗り物です! 安心してください! 」」
囮兼、避難民誘導のために編成された部隊が展開しているのであろう闇の先から、ドッと歓声が捲き起こった。
避難中のミルディア領民の人たちは、何事なのか? と、いまいち理解できていないのだろうが――王国軍の兵士たちからは大歓声が上がっていた。
「 ハルノ様! ご指示を賜りたく! 」
避難したパルムさんたちから事情を聞いているのであろう兵士が、一名滑り込んできた。
そしてまたしても膝を折る。
だが、もういちいち面倒臭いのでツッコむことはしない。
「 とりあえずグリム砦まで伝令に走ってもらえますか? パルムさんたちを追いかける形にはなりますが、崩落前までの手順は全て予定通りだと――、とりあえず崩落が成功したらまた改めて伝令を送るとも伝えて下さいます? 」
「 畏まりました! すぐに出立致します! 」
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サエスタ大橋は七つの大型アーチを誇る巨大石橋だ。
上辺が広く下辺が狭い微妙に台形の形をした石ブロックを組むことにより、上からの荷重により押されて縮み、圧縮されてより強固になるという原理だそうだ。
アーチ状にすると、石がより詰まって落ちないということなのだろう。
重力で石同士が圧縮され、摩擦力が増し――さらに踏みしめれば踏みしめるほど縮んで圧縮される。
要は嵌め殺し状態になるわけだ。
先人たちはどうやって建設したのだろうか・・・
まずは土台を木材などで形成したのだろうか? これほどの規模となると、もうそれだけで途方もない時間を消費したことだろう。
その歴史ある先人たちの――叡智の塊とも言える建造物を叩き壊すのは、もちろん私と龍さんのタッグだ。
後々復旧しやすいように、できるだけ破壊のていどは少なく――何てことは考えていない。
中途半端なことをやるとかえって危険だ。
どうせやるなら「 渡りにくくなる 」ではなく、絶対に渡れない状態にまで破壊しなければならない!
私は橋の中央へ進み拡声器で呼びかけた。
「「 あー、テステス! 龍さん! 聞こえる? スタンバイOK? 」」
『 ああ、待ちくたびれて眠ってしまいそうだがな。準備は万端だ! 上空に赤い閃光が確認できたら始めてよいのだな? 』
大橋の遥か下方――
谷底方面から聞こえてくる気がするが、実際には私の脳へ直接響いているのだろう。
「「 うん、でもごめんね。まだかなり時間かかるかも・・・とにかく待ってて! 悪いけど引き続きお願いしますね! 」」
『 承知した 』
さぁ、全ての準備は整った。
あとは帝国軍が大橋に到達するのを静かに待つだけだ――
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元リューステール辺境伯(現・暫定執政官パルム)領地エリアの大橋検問所で――、寝袋に入って寝ていた。
ユサユサと揺すって覚醒を促してくれたのは、召喚したワルキューレだった。
「 ・・・うっ・・ 」
自分が指示を出しておいてアレだが、かなり心臓に悪い・・・
この無表情&無言がやはり不気味だ。なかなか慣れるものでもない。
「 むっ・・・来たか! 」
辺りは白々とし――、朝日が昇り始めていた。
双眼鏡を構え、南方へと向き直り覗き込む――
軍旗をはためかせ砂塵を巻き上げながら、万に近いんじゃないかと思えるほどの大軍団が、今まさに押し寄せていた。
「 ご苦労なことだな・・・およそ休憩もままならない状態で行軍して来たんだろうが。まさか道がここで途切れるとは夢にも思ってなかろう! 」
私はMTBで走り、大橋二つ目のアーチ部分まで急いだ。
リュックから救命用信号セットの弾と筒を取り出す。
そして拡声器を口元にあてがい、開始の合図を叫ぶ!
流石にこの至近距離だと敵も異変に気づくだろう。もう後戻りはできない!
「「 龍さん! 大変お待たせしました! 出番ですよ! 」」
さらに信号弾を発射!
朝日にも負けない、1000カンデラ以上の赤色光が大橋上空で輝く!
一呼吸おいて、漆黒の谷底から巨大な龍が舞い上がった!
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「 ぜ、全軍停止! 全軍停止だぁ!! 」
兵士の怒号に合わせ軍用ラッパが至る所で鳴り響き、帝国軍はその順調だった行進を停めた。
気高き戦姫ユリアーネも流石に疲れていたのか――、馬車の中で微睡みウトウトとしていた矢先だった。
「 な、何事だ? ただならぬ警告音だが―― 」
「 姫様! 御無礼を承知で失礼致します! 」
言い終わるのが先か扉を開けるのが先か――、驚愕の表情のままハイルギットが姫の寝台用馬車へと乗り込んできた!
「 何事だ!? 王国軍が待ち構えておったか? 」
「 い、いえ! 真龍でございます! 一匹の真龍が閃光と共に突如現れ、傍若無人に暴れております! まるで橋を狙い破壊しておるかの如き動きでございまして! 」
「 なっ! なんだと! 」
「 い、如何致しましょう!? 」
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ユリアーネは鎧下姿のまま馬車の外へ飛び出し、愕然としたのだった。
「 な、なんだアレは! 真龍の亜種か? ナゼ? ナゼこのタイミングで橋を破壊しておるのだ! 」
後から転がるように出てきたハイルギットが唸る。
「 もしや・・・もしや全ては王国の計略なのかもしれませんぞ! しかしあのような孤高のモンスターをどうやって使役しておるのだ・・・皆目見当がつきませんが 」
「 て、撤退だ! 撤退を指示しろ! 」
ユリアーネの判断はかなり早いものだった。
この大軍団ならば、真龍相手でも深手を負わせることができるかもしれない。
だがその代わりに、こちらの被害も甚大になることが予想される。
そもそもこの異常な事態から一旦遠ざからなければ、もし王国の計略だった場合、予期せぬ損害を受ける気がしてならなかった。
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