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第21話 ライタスフォートの鼎談 ②

 毎年の事ながら、年末というものは慌ただしい。


 アンバーセットの冒険者達が集う酒場、『跳ねる仔狐亭』へとやってきたシェーナは、そんな事を考える。


 景気が良く、めでたい空気は楽しいものだが、その分、この時期はトラブルも増える。

 つい数日前、スミスベルスの『バフ祭り』に参加し、アンバーセットまで帰ってきたシェーナだったが、帰還した途端、今度は街の北西の峠に出現した、魔物退治のパーティーに誘われ、同行する事になった。


 幸い大きなトラブルもなく任務は終わり、ようやくまとまった休暇が取れると、肩の荷の下りた気分で酒場のドアを開けたのだが――


「ああ! 君に再び会える喜びを噛みしめよう、愛しのシェーナ!」


 入店直後、フェリックスによる、過剰に熱烈な挨拶が飛んできて、シェーナは思わず溜息をついた。


「年中慌ただしそうね、あんたは……あれ、ハオマも。どうかした?」


 フェリックスの着いているテーブルの向かいに、ハオマの姿がある。賑やかな場所も、賑やかな人間も好まないハオマは、用もなくこの店には踏み入らないし、フェリックスにも近づこうとしないのだが。


「シェーナ、貴方に相談事があり、帰りを待っておりました」

「あたしに?」

「そうだった。……そうなんだ、シェーナ。少し話す時間はあるかい?」


 一人で感動していたフェリックスが、急に真顔になる。

 シェーナはエールで一杯やるのを諦め、コーヒーを注文してテーブルに着席した。


「僕は現場に居合わせなかったので、これは伝聞で知ったのだが――」


 そう前置きして、フェリックスは語り始める。


「昨日……君が街に戻る前、蚤の市通りで大変な騒動があった。どうやら、街なかに大型の魔物が出現し、正規軍に鎮圧されたらしい」

「えっ! 大変。蚤の市通りなんて、中心部じゃない」

「ああ。そして、その騒動の後、エイダンくんが正規軍に連行されたようなんだ」

「ええっ!?」


 驚きのあまり、尋常でないボリュームの声を上げてしまい、シェーナは慌てて自分の口を押さえた。


「軍って……まさか。エイダン、犯罪だの不正だのとは、まるっきり縁の遠いタイプよ。知ってるでしょ? うっかりで魔物を街に引き込む、なんて事もしそうにないし」

「勿論、分かってる。しかし」


 フェリックスは、テーブルに立て掛けてある長杖を取った。ハンノキ製の、頑丈でごくシンプルな杖。エイダンの所持品だ。


「エイダンくんのやってる風呂屋に行ってみたら、彼はいなくて、これだけが残されていた」


 エイダンは、故郷で切り出された木で出来ているというこの杖を、随分と大事にしていた。それに、魔術士が杖を忘れて、長らくどこかへ消えるとは思えない。


「無人の風呂屋を放置しておくのも良くないと思い、番台に置いてあった、釣り銭入れも預かってきたよ」


 ブリキのキャンディボックスを、フェリックスは両手でごとりとテーブルに置く。盗まれなかったのは幸運だった。エイダンは、ようやく目標としていた貯金が達成出来て、これから帰郷する予定だったのだ。……だというのに。


「そんな、軍に捕まったりしたら……どうなっちゃうの? 水責めの挙げ句火炙りとか!?」

「いや、そこまでは……大衆小説誌(ストーリーペーパー)の冒険小説ではあるまいし」

「行方知れずは、エイダンだけではないのですよ」


 沈黙を保っていたハオマが、口を開く。フェリックスが、「そう」と話を繋いだ。


「実は、コチ先生も昨日から行方不明だ」

「コチが?」

「そして、奇妙な話を聞いた。街の人々によれば……昨日、蚤の市通りに現れた魔物は、東洋人風の若い女が呼び込んだものだと。人によっては、その女が狼のような魔物に変身した、とも言っていた」

「へ、変身って……それは見間違いにしても、東洋人風? まさかコチ?」

「先生の事を言ってるんじゃないかと、僕も感じた」


 真剣な眼差しで、フェリックスは首を縦に振る。


「でも! コチが魔物を街に呼び込むだなんて。そりゃ、ちょっと変わった子ではあるけど」

「君の言うとおりだ。確かに先生は、何度言っても屋根の上で寝たがるし、タマネギとニンニクを絶対に食べないし、夜中に寝惚けると、月に向かって遠吠えをする癖があったが……!」

「結構不審な人物ね!?」


 思いがけない情報を後出し気味に開示され、ついシェーナは突っ込んだ。


「……だが! 僕の故郷の子供達を、幾人も救ってくれたという事実がある。先生への敬意と謝意は揺らいでいないぞ」


 きっぱりと、フェリックスは宣言する。

 彼のこういう所は好ましい。今度は言葉にせず、密かにシェーナは考えた。


「昨日、街で大きな騒動が起きたのだとしても……その原因になったのが先生だとしても。何か理由なり、誤解なりがあったんじゃないかと思うんだ。エイダンくんが連行されたというのは、そのためじゃないか? 彼は、僕がライバルとして認めざるを得ない紳士だからな。先生を庇って、軍と揉めたのかもしれない」

「それくらいの無茶はやりそうね」


 シェーナは顔をしかめた。

 しばらくの付き合いになるエイダンの性分を、シェーナは概ね把握しつつある。基本的には呑気で温厚な気性の持ち主なのだが、時に土壇場で、我が身を顧みない、素っ頓狂な行動に出る傾向があった。


「つまり……フェリックスは、エイダンと一緒にコチも、正規軍に拘束されたと考えてるの? 街の魔物騒ぎの件で」

「ああ。そして、だとすれば、僕は彼らが善意の人である事の証人となり、一刻も早い解放のために、尽力するつもりだ。コチ先生の一番弟子として、エイダンくんの好敵手として!」


 エイダンの方が、フェリックスを好敵手と認識しているかどうかはさておき、その推測と提案自体は、真っ当に思える。


「オーケイ。あたしも事情を知りたい。貴方の案に乗るわ」

「記念すべき共同作業だな!?」


 フェリックスが手を叩いて喜んだ。張り切るのは良いが、別にめでたい仕事ではない。


「そういうのは後にして。――まず、彼らがどこに連れて行かれたのかを確認しないと。正規軍の拠点……いきなり突撃して、話を聞いて貰えるものかしら」


「お二人にお訊ねしたいのですが――」


 顎に手を当てて悩むシェーナの前で、ひょいと挙手をして、ハオマが発言した。


「ここから東南東に九十キンケイドル進んだ先に、軍の拠点などはごさいますか?」

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