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バーバリアンズ・ウォー  作者: 川崎 春
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05

 VRベッドの開発が終わり、その機能が安定したと判断された頃、導入されたのがナニーAIだった。

 ナニーAIと言うのは、新生児の頃から子育てのサポートをするAIの事で、子育ての負担を軽減し、少子化を防ぐ目的で作られた。ナニーAIが導入された最初の世代は四十年前。

 生まれながらの遺伝情報から遺伝病等の発病リスクを把握、バイタルを計測し、成長記録をオートで計測してアドバイスをする。VR上では両親の遺伝特徴を持つ別人の姿を取り、子供の意識をVR上へ誘導、子守りを行う。空腹など現実の状況が理由で泣いている場合には速やかに教えてくれる。決して裏切らない二十四時間勤務可能な夢の子守りだ。虐待件数は減り出生率は上昇した。

 四十年の間に分かって来た事は、新生児からナニーAIの子守りを受ける事により、VR内部での感覚を新たに獲得すると言う事だ。

 VR空間では五感の全てが揃わない。痛覚、味覚、嗅覚などが欠ける。これらが足りない事から、雰囲気の様な曖昧な物を形成するのは難しく、また感じとる事も不可能だとされていた。

 ナニーAIは第三の親である。乳幼児はVR内部で彼らの感情を感じ取ろうとする。ナニーAIと過ごす事で、感じ取れない筈の何かを感じ取る神経が誕生し、新たな部位として発達する。だから、私達はVR内部であらゆる事を感じる。

 ……昨日、アルベスタのクロウを見てゾクリとしたのはそのせいだ。

 見た瞬間、決して勝てない相手に対峙した時の絶望と恐怖を感じた。彼は間違いなく強い。だからこそ、プレイするなら強くなるべきだと思った。彼が暴走する事は無いとケール達は言っていたが、警察も動く程の事件の中だ。何があってもおかしくない。

 巻き込まれても、汐里だけは守って戦場から離脱させなくてはならない。その程度の力は欲しい。

 しかし……いきなり国宝を取れって、何も始めていないのに滅茶苦茶じゃない?

 そんな事を考えながら、目の前の人物に目を向ける。

「セリーヌさんはサムライになるの?」

「はい。ニンジャは真っ先に攻撃しに行かないといけないみたいなので、難しいかなって」

 昨日会ったハクリに聞かれて頷く。今日、私とエリスの相手をしてくれるのは昨日戦場に居た人達の様だ。

「残念だな。くのいち見たかったのに」

「何言ってるんだよ。女武者最高じゃね?」

 昨日紹介されなかったサムライのダイグとニンジャのコウが口々に言う。……多分彼らは年下だ。あちらもそれを感じ取っているのだろう。だからさん付けで呼ばれている。

 私はこの二人に話を聞く事になり、エリスはハクリとヨウゲンにアドバイスを受ける事になった。

 ダイグが親切に割り振り方を教えてくれる。

「サムライは、弓を重視するか刀を重視するかで、ボーナスの割り振りが変わるんだ」

 弓重視は確定なのだが、詳しく聞く事にする。

「刀重視の場合は、素早さに多くステータスを振る。弓重視の場合は力。弓の威力は力で決まるんだ。できれば最初から決めておいた方がいいよ」

「どうしてですか?」

「どっちも使えるは、後になるとどっちも使えないになってしまうんだ」

 ダイグが苦笑して続ける。

「俺がその例。弓の威力が中途半端だから強力な装備を破壊できない。刀に切り替えてもニンジャのスピードにあわせるのがやっとでコンビネーションが大変なんだ」

 そんな風には見えなかった。ガウラで一番コンビネーションが上手いとまでケールが言っていたのだ。……本人が本来の力量でカバーしているのだろう。これは能力値と呼ばれるゲーム内部での数値上限を、自分のリアルの肉体が上回っていると起こる現象らしい。

「だから、刀の国宝はゼンが持っているんだ。ゼンはガウラのサムライで一番素早いんだ」

 気になったので聞く。

「国宝って、どうやって持てるようになるんですか?」

「戦場で凄いプレイをして観客から絶大な人気を得ると、ダンジョンが開くんだ」

「ダンジョン……」

「うん。戦争のゲームなんだけど、国宝はそのダンジョンにパーティを組んで取りに行く。パーティには必ずダンジョンを開いたプレイヤーが参加していなくてはいけない。取れるのもそのプレイヤーだけ。一つの武器につき一つしかないって決まりなんだ」

「キャー!これかわいい!」

「そうであろう?これを着られるカンナギになると良かろう」

「う……確かにエリスちゃん似合う」

 エリスの叫び声にダイグ達と苦笑してから、話を戻す。

「ガウラでは、サムライの弓とカンナギの神楽鈴が残ってる。……もう誰も取れないだろうね」

 ハードルはかなり高そうだが、とにかく取らなくてはならない。

「前で戦うのは怖いので、弓がいいです」

 考えて置いた通りに言うと、ダイグもコウも納得した様子でステータスの割り振りに強力してくれた。極振りは弓を射るまでの時間が長くなるので、一定の素早さも必要だと言われ、アドバイスに従いつつ、目一杯力にステータスを割り振る。

「弓武者で初期からこんなに完璧に割り振って始めるプレイヤーって初めてだろうな。あ~、俺もこのステータスで始めたかった」

 ダイグ曰く、サムライはプレイヤー間では「武者」と呼ばれており、刀重視は『刀武者』弓重視は『弓武者』と言うらしい。

 そこでコウが言った。

「弓武者は砲台みたいなものだから、刀に切り替えた後の戦闘では機動力が無い。無理に前に出ないで、カンナギとオンミョウジの護衛になって欲しい。射撃が上手ければ、ずっと弓を使い続けても構わないんだけど……無理はしないで」

「味方にも当たるからですか?」

「そう。背中からの命中率は高い。同士討ちはプレイヤー同士の仲が悪くなるから、やらないでね」

 味方を貫通して敵にだけ攻撃が当たるゲームも多いらしいが、このゲームはそうではない。……目立つならこれだろう。観客からの支持を集めるなら、砲台として存分に機能する必要がある。

 暫く練習した方がいいかも知れない。

「練習する場所ってありますか?」

「あるよ。Tルーム、行ってみる?」

「はい」

 案内されたのは、赤と緑の縞模様の布が日除けに張られた二階建ての建物の前だった。

「ここがトレーニングルーム。略してTルーム。ガウラでは、『あうん道場』で通っている」

 言葉通り、仁王像が左右に立っていて、『あ』の方が口を開いた。

「よくぞ来られた。さて、今日は何をなさるか?」

 困ってダイグとコウを見ると、二人が笑って頷いた。『任せろ』と言う意味だと受け取り、頷き返す。

「初心者、アシガル、サムライ候補、弓重視、練習」

 ダイグが言うと、再び『あ』が応じた。

「承知仕った」

 続けて、コウが言う。

「見学二人」

「承った。では、そこなアシガルと見学のお二方、ずずいと中へ進まれよ」

 仁王の奥には襖があって、そこを開くと川のせせらぎの音が聞こえる竹林と玉砂利の敷かれた庭園の様な広場が拡がっていた。

「わぁ……」

 さやさやと揺れる竹の葉が目に眩しい。

「俺もここ好きだよ。……訓練始めるまではね」

 ボソっとコウが言う。

「それって」

 全部言う前に、見学であるコウとダイグはすすっと離れて、離れた場所に立つ。

 カコン!

 鹿威しが、何処かで音を立てると同時に、さっき入り口に居た仁王が目の前に出現した。……これは『うん』だ。

「よくぞ参られた。我は『うん』。これより貴殿を指南させて頂く」

「よ、よろしくお願いします」

 何となく敬語で返すと、『うん』は続けた。

「では早速、戦場での基本の立ち振る舞いからお教えしよう」

 『うん』はステータスの見方、能力値による動きの差、武器の構え方、アイテムの使い方、などなどを、一気に脳内に送りつけて来た。あっと言う間にプレイの基本が記憶として身についてしまったので、驚いてしまう。二人の方を戸惑って見ると笑っていた。

「初期のプレイヤーは、皆ここの使い方すら分からなかったんだ。後で出版社から出たマニュアルを読んで、初めて使い方が分かったんだ。知っていたら苦労しなかったんだけどね」

 ダイグの言葉から、酷く不便なゲームだった事を察する。それでも遊んでいるのだから、余程好きなのだろう。

「マニュアルは凄く高いから、買わずにやってる奴らも多い。今もここを使わない奴は多いよ」

 武将クラスになる人達と言うのは、その分の投資も行っているらしい。……ソフトだけでも高いのに、マニュアルまで買うとなると怖気づく気持ちも分からなくはない。

 マニュアルの価格はログイン前に調べた。……買わなかった。正しくは買えなかった。ひと月の給料が無くなるかと思う金額。バーバリアンズ・ウォーがバージョンアップする都度、自動でマニュアルが増えていく様になっているので、ゲームがある限り使えるのだがこの価格はさすがに引く。

 二人共ガウラが滅びると思っているから、私は特別にその恩恵を無料で分けてもらえているのだ。

「助かります」

 素直にそう言うと、二人共首を左右に振った。

「いいって。俺達は二人で折半して買ったんだ。二人で武将にまでなって元取れたし」

「そうそう、もうマニュアルから得た知識なんて使う所ないと思うから、遠慮なく使ってよ」

 やはり、ガウラが滅亡したら彼らも引退するらしい。

「次は射撃の練習をば、始めまする」

 『うん』がそう言った途端、目の前に弓と矢筒が現れて浮いている。

「装備されよ」

 さっき頭に送り付けられた記憶を元にアバターに弓を装備する。背中に矢筒。弓を握るのは左手。矢を持つのは右手。持って違和感を覚えるものの、そのままにする。

 『うん』から送られてきた基本動作で、サムライの弓は和弓と呼ばれる日本古来から伝わる伝統の弓なので、弓道に沿った方法が推奨されているのだ。これを逆にすると、全部を逆に実践しなくてはならない。それはとても面倒だ。私は柔道は経験者だが、弓は触った事が無い。

「では、的を射てみられよ」

 言葉と同時に丸が三重に描かれた的が出現する。

「まず遠くに飛ばない。すぐ落ちると思う。落ち込まないでね」

 ダイグが言う。……難しいらしい。

 できるわよ。飛ばすくらい。

 しかし……できなかった。信じられないくらい飛ばなかった。

 でも、レベルが上がったらもう少しまともになるのではと思って聞いてみると、ダイグは笑って首を横に振った。

「まっすぐ飛ばせないと、能力値は意味ないよ」

「そうですか……」

 既に弓武者としてステータスを割り振ってしまっている。今更刀と言う訳にもいかない。刀の方がマシな気はするのだが……速度が無いから役に立たないと言われている。きっとそうなのだろう。

「セリーヌさんってさ、何かスポーツでもしてる?」

 唐突に聞かれて、内心驚く。

「柔道をしていました」

「へ~」

 二人がどう思うかは知らないが、事実だから言う。辻に言われたのだ。嘘はできるだけ少なく、言えない事には沈黙せよ、と。

「凄く動きがいいからさ。……有段者?」

「はい」

「すげぇ、黒帯とか言うんでしょ?」

「そうですね。でも、意外と多いですよ」

「へ~。俺達の行ってた学校、柔道部無かったんだよね」

 ダイグとそんな話をしていると、『うん』が言った。

「セリーヌ殿、現状では戦場へ出る事は許可できませぬ」

 唐突な言葉に、ぽかんとして『うん』を見る。

「あなたの許可が必要なのでしょうか」

「必須。ガウラの民を、むざむざと死なせる訳にはいきませぬ。『あうん道場』を訪れた以上、全ての項目を終えるまで、ここ以外の施設への出入りを禁止いたしまする」

 唐突な展開に二人の方を見ると、コウが苦笑して言った。

「言ったでしょ?訓練するまでは好きだって……訓練始めると、こうなるんだ」

「一言、言ってもらえると嬉しかったのですが」

 私の言葉に、ダイグが応じた。

「でもね、サムライやニンジャやるならここくらいはクリアしないとマジで即死だから、無理ならゲーム出来ないよ」

「……そうなんですね」

「俺達としても、セリーヌさんのアバターむっちゃ綺麗だから、できれば綺麗なままで居て欲しいんだ。守るけど、万一の時には自分で何とか出来る様になって欲しいしさ」

 知らずに戦場に出て、即死の挙句ズタズタにされるのは確かに嫌だ。彼らなりに出した結論なのだろう。だとしたらクリアしない限り次は無い。

「セリーヌさんなら、大丈夫そう。早く出て来てね」

「頑張ります」

 入り口でダイグが必要なワードを『あ』にインプットした時点で、これは確定していたのだ。

 これくらい、クリアしてやる。

 と、意気込んでみたものの、全ての立ち振る舞いで『うん』から合格点をもらうまで、五日もかかった。……弓だけでなく、刀の動きも指摘され、ゲーム内部で必須の装備切りなんかの動作も、もたつかずにできる所まで訓練された。

 エリスも同じ様に『あうん道場』へ放り込まれていたが、魔法の系統を覚え、それらを戦場で瞬時に判断して発動させる練習だったとかで、一日で終了していた。ちなみにエリスはカンナギになるつもりらしい。魔法使いはどの国であれ、魔法で身を守れなければまず助からないらしい。つまり、敵の前衛が近づいたら終わりなのだとか。だから、立ち振る舞いをあまり練習する必要が無いのだそうだ。

 アシガルからレベル10まで上げないと転職できないので、今は戦場でレベル上げの最中らしい。

「二人同時だと、俺達も手が回らない可能性もあるかさ、エリスちゃんが先で良かったよ。焦らなくてもいいからね」

 ケールがそんな風に言っていたが、私への気遣いだけでなく本音でもあった様だ。

 実際、もの凄く可愛い美少女アバターが、武将に守られてお姫様状態で戦場に出て来た訳だから、アルベスタもウルファも凄く驚いたらしい。

 気色ばんで、襲いに来るプレイヤーも凄く多かった様だ。それを武将達が守り切ると言う攻防戦。凄まじい状況だったらしい。幸い、そのお陰でこちらの兵士が切り刻まれると言うスプラッターの発生が激減し、そういう意味での恐怖は戦場でまだ味わっていない様子だ。

 その光景を見てショックを受ける事を想定していたのだが、エリスには上手く見せない様に立ち振る舞ってくれているのかケロリとしていて、カンナギの衣装を着るまで頑張ると言っている。

 そして、これはゼンに聞いたのだが……エリスだけでなく、ガウラ勢には凄い量のチップが来ていて、とんでもない事になっているらしい。

「アシガルはチップが受け取れないんだ。貯まっていると思う。……転職したらエリスは驚くと思う。セリーヌも覚悟しておいてね」

 何故も何もない。……汐里の作ったアバターが抜群に可愛かったせいだ。このゲームには当然性別を変えているプレイヤーも存在するが、立ち振る舞いを暫く見ていれば、大抵性別はバレるらしい。戦い慣れていないエリスを武将達が守り育てていると言うのが、観客にスプラッターよりも受け入れられたのだ。

「始める前から、とんでもない話になっていますね」

「ハハ。まぁそう言わずにさ、初陣いってみようか」

「よろしくお願いします」

 たった数日ではあるが、私達が逃げ出さずにガウラ勢に入ろうとしている意志は伝わった様で、周囲のプレイヤーからアバター名への敬称は消えた。向こうも仲間だと認めてくれたのだ。

 とは言え、姫様扱いだから初陣と言っても特に何かをした訳ではなかった。

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