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バーバリアンズ・ウォー  作者: 川崎 春
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04

 再生医療の充実、VR技術の向上と共に、トカゲのしっぽの様に人の体が再生すると勘違いをしている凶悪犯の出没率が増え始めている。『トカゲ犯』と私達は呼んでいる。

 再生医療で人体が復元できても、それには時間がかかるし、受けた痛みの記憶は生きている限り残る。病院に運び込まれるのが遅れ、出血性ショックで死亡する人もかなりの数に及んでいる。

 何度見聞きしても信じられないのは、犯人の反応だ。真っ青になって殺す気はなかったと言うのだ。再生医療の現実を全く理解しておらず、過大評価している。調べもしないで、VR内部でアバターの腕が飛んでも足が飛んでも当たり前に治るから、同じだと思い込んでいたと言うのだ。

 想像力の欠如を指摘しても、今は理解できるのに、その当時は全く分からなかったと言い張る。自分はあの時おかしかった、本来の自分であれば、決してやらなかったと泣き叫ぶ。

 意味が分からない。

 そもそもVRで腕や足が飛ぶゲームとは何だ?と思っていた。どんな物か参考にプレイしなくてはならないと思ったものの、数が多過ぎてどれを遊べば良いのか分からなかったので、その件は放置した。

 VRのゲームは、庭で花を育てるガーデニングと、アバターペットの世話くらいしかやっていなかったから、今一分かっていなかった。

 殺伐とした職場の後で、花と動物は癒しだった。一人暮らしの独身寮での生活では、花を育てるのもペットを飼うのも不可能なのだ。だから、他のゲームなど殆どしていない。

 パフォーマンスとして報酬の出る戦争ゲーム。その中で死体になったアバターを刻むプレイヤー。これが噂の腕や足の飛ぶゲームなのかと改めて思う。……経験しておくのは仕事上悪くないかも知れない。でも、何かガウラで姫扱いされてしまったら、抜けるに抜けられない予感がする。

 そんな事を思いながら、一応上司に報告をする事にした。……バーバリアンズ・ウォーが、報酬の出るゲームだからだ。

 大昔と違って、公務員の副業は認められている。ただ、申請は必須なのだ。

 申請すると、上司である大森警部補は凄みのある笑顔になった。……同じ女性で年は四十三歳。子供も産んでいるお母さんとは思えない怖い笑顔だ。

「そのゲーム……何で選んだの?」

 これは、嫌な予感しかしない。

「友達に、誘われまして……」

「ふぅん」

 色々説明させられた後、少し考えてから大森さんは言った。

「ちょっとVRの人呼ぶから待ってなさい」

 VRの人って……VR警察?え?

「後で話をするから、呼んだらアバターで来て頂戴」

 VR空間で会議をするのだ。

 有無を言わせない様子に、大人しく従うしかない。そして、午後になって呼び出しがあった。

 嫌々ながら、アバターに制服を着せてVRにある大森さんの開いた会議室に入ると、知らない男性が既に来ていた。実用アバターは、現実の自分をできるだけ再現した姿が義務付けられている。背の高い細身の人だった。推定に三十代前半。眼鏡をかけていて、警察の脳筋とは違うと言わんばかりの知的な雰囲気がある。顔立ちも悪くない。モテそうな感じだ。

 軽く頭を下げられて、同じく頭を下げる。

 大森さんが間に入って紹介をしてくれた。

「こちら、VR警察の特殊犯罪課の辻雄太郎巡査部長。……こちらは、私の部下の田辺美月巡査です」

「初めまして、辻です」

「田辺です。よろしくお願いします」

 特殊犯罪課……VRでも今まで起こった事の無い様な異常犯罪を扱うエリート集団。

「そんなに警戒しないでよ」

 顔に出ていたらしく、急に気さくな喋り方になって辻は言った。

「早速なんだけど、『バーバリアンズ・ウォー』で異常事態が起こった事は知っている?」

「……はい」

 私は、昨日ケールから聞いた話をする。

「それで合ってる。でも、これにはちょっとおかしな部分があるんだ」

「おかしな部分ですか?」

「ああ。アルベスタのプレイヤーが狂暴化した時期とAIに対する悪質な行為が行われた時期は一致しているんだけど……うちでは、悪質行為よりも狂暴化の方が先だったのではないかと疑っている」

「それは、プレイヤーの狂暴化の理由は別にあるって事ですか?」

「そうだ」

 辻は一旦言葉を区切ってから言った。

「ゲーム上でプレイヤーに狂暴化する麻薬の様な物をばらまいている奴が居る」

「そんな事……出来るんですか?」

「出来る。実際、その『何か』を遮断する事で正気に戻った者が存在するから」

 『何か』。干渉している物が、まだ分かっていないのだ。混乱したまま言う。

「それで、私はどうしたらいいのでしょうか」

 今すぐ辞めたいが本音だが、言える筈もない。

「ゲームの中で、ガウラはその効果を全く受けない勢力になっている。君は偶然にもそちら側に入っている。……外側から、その何かの正体を探って欲しいんだ」

 思い返せば、長く続けているプレイヤーでも衝撃を受けてゲームを辞めたくなる程の残虐性は、異常かも知れない。

「後、他の勢力にも潜入しているVRの警察官が居るが、万一の事態に備えて互いの事は知らないまま、必要な情報だけを共有している。こちらでも君の事は同じ扱いにする」

 VR内部でプレイヤーを狂暴化させる事が出来るのだから、捕まえて洗いざらい情報を吐かせる方法も持っている可能性がある。だから持つ情報を減らされているのだ。

「決して情報が漏れない様にして欲しい。親しい人間でもだ」

「分かりました」

 警察官だとバレた時点でアウトだ。私の仕事を知っている汐里にもくれぐれも言っておかなければ。色々とかなり重くなってきた。……これ、耐えられるのだろうか。

「田辺」

 今まで黙って聞いていた大森さんが口を開く。

「今回の件は、こっちでも問題になっている『トカゲ犯』との関連も視野に入れている」

「トカゲ犯ってもっと前から居ましたよね?」

「そうだ。ただ今回たまたま発見されただけで、もっと前からこの様な行いによって『トカゲ犯』が意図的に生み出されていたとしたら、あいつらの言い分にも信ぴょう性が出てくる」

 それは想像もしていなかった。手足を無くして泣いていた女性の姿がフラッシュバックする。犯人達は許せないが……仮説が事実ならそいつらはもっと許せない。

 大森さんは言った。

「だから、田辺に捜査協力をする様に言った。……しっかり頼むよ」

「分かりました」

 頭に血が上っていたから即答したものの、潜入捜査とかした事ない。やはり重たくて不安になる。

 すると、辻が噴き出す。顔に出ていたらしい。

「大丈夫。しっかりサポートするから」

 大森さんも苦笑している。

 恥ずかしいので、機嫌の悪いまま私なりの不満を言う。

「……見ての通り、思った事がそのまま顔に出る質なので、こういうのは向いていません」

 大森さんは言った。

「良い経験になる。田辺なら出来るよ。期待してる」

 就業時間外に何故そんな修業を……。とか思ったが、気を取り直して返事をした。酷い目に遭った人を放置して呑気に遊んでいられる程の図太い神経は持ち合わせていない。

「はい」

 敬礼すると、二人も敬礼してVR上での会議は終了した。

 大変な事になった……。汐里にただ付き合うだけの筈だったのに。

 ため息を吐きながら帰宅準備をして外に出ると、見覚えのある人が立っていた。

「辻さん?」

 アバターと変わらない容姿だが、帰宅時と言う事で制服を着ていない。Tシャツにジーンズと言うお洒落からかけ離れた格好をしている。

「こんばんは。美月ちゃん」

 いきなり馴れ馴れしいと思ったので、呼び方を訂正してもらう。

「田辺と呼び捨てでお願いします」

「仕事中はそうするよ。今は勤務時間外でしょ?」

 やんわりと拒否られてしまった。……こういうのはプライベートで近づけない事にしている。

「それで、要件は何でしょうか」

「晩飯でも一緒にどう?」

「いえ、今日は友人と一緒に食べる約束をしていますので」

 本当だ。汐里には情報を漏洩させない様に事情をある程度説明しておく必要があるのだ。

 汐里にまで危険が及ぶ事があってはならない。

「一緒にゲームをする友達?」

「……そうです」

「だったら俺も混ぜてよ」

 時間外で仕事じゃないって言っていたのに、思い切り仕事差しはさんできているのですが、それについてどう思われますか?

 とは言えない。年上だし、階級も上。今回の潜入捜査のみとは言え、上司になる人だ。

 そう言い聞かせていたものの……汐里に会った途端、

「初めまして、美月と付き合う事になった辻と言います」

 『ちゃん』も抜けてしまった。これ、どうしたらいいの?しかもいつの間にそんな事に。

「え?そうなの?本当?」

「嘘だよ」

 と言った途端、頭を押さえつける勢いで撫でられた。……絶対殴ろうとしたよ、この人。

「照れるなよ」

 低い声に殺意を感じる。合わせろと言う事らしい。

「……美月ちゃん、白状しなさいよ」

 このおかしな雰囲気を全く感じず、ふくれている汐里。『付き合う』と言う言葉で、感覚も思考も停止して、全く機能していないに違いない。

 何故こんな事をしたのかは分かる。こうしておけば、汐里とのやり取りも、自分が介入できる。きっとVRで会った後で思いついたのだ。

 それにしたって、そういう事はここに来るまでに話してくれればいいのに……。

 そこでまた改めて、自分の理解が間違っていない事に気付く。この人は私を信用していない。だから拒絶されては困ると思って、何も言わなかったのだ。

 いきなりの茶番。合わせる事を強制する横暴さ。

 怒りが湧くものの、今の状況で『こいつは嘘つきだ』と言っても、汐里に状況を説明できない以上、おかしな事になるだけだ。本当に合わせるしかない。最悪だ。

 とりあえず、視線で殺せるなら殺すと思いながら辻を見るが、辻は涼しい顔をしている。

 後は、口から生まれたのかと思う様な語りによって、捏造された恋愛エピソードに対して機械的に相槌を打つばかりだった。

 私はこの人がVR警察の巡査部長で一緒に捜査すると言う事しか知らない。

 それなのに、辻はいつの間にか警察に納品をしているある業者の人になっていて、私を見初めてアタックし、ついに付き合えるようになったと言う話になっていた。

「だから、美月ちゃんったらゲーム始める事に反対したの?」

「あ、え~と……」

 これどうすればいいのよ。

「何?何の話?」

 今や私の彼氏であるらしい嘘つき男が口を挟む。助かったが、ムカつく。

「実は、私がゲームを遊ぶのに誘ったんですけど……凄く拒否されたんです。その、恥ずかしいんですが、男性と出会いが無くて、ゲームででも出会いがあればって思って……」

 汐里は恥ずかしいのか、両手で頬を覆っている。

「私だけ焦っていたのね。……もっと早く言ってくれればよかったのに」

 汐里に睨まれている。思い切り睨まれている。違うんだってば!

「どんなゲームなの?」

 口先男が、こっそり事情聴取を始めたらしい。諦めムードで話に加わる事にした。

 うまい具合に汐里に酒を飲ませ、口を軽くするのも忘れない。……警察官じゃない。これは女たらしのテクニックだ!

 汐里に何かしたら承知しない。

 怒りと共に睨むが、やはり辻は気にした様子がない。VRとは言え警察官だ。犯罪者に比べれば、年下の女性警察官の睨みなど、大した事無いのだろう。

 汐里はゲームを始めた経緯と、その後ガウラに行った後の事まで、全部話し尽くした。所々で私がその話に補助をする。

 辻は笑いながら聞いているが、たまに視線が宙を見ている。脳内デバイスで何かをチェックしている。多分今の状況を記録していて、気になる箇所に付箋を付けているのだ。

 職業柄、そういうのも分かってしまう。……久々に汐里と美味しい晩御飯を食べられると思っていたのに、ちっとも美味しくない。勿論、店で出している料理の味が悪い訳ではない。

 勤務時間が終わっているのに……。

 頭の中をオンオフはっきりさせておかないと病むのだ。ちゃんと休む時には休みたいと常々思っている。

 汐里がかなり酔っている為、送り届けた。酔っ払った汐里にさんざん呪詛の言葉を吐かれ、げんなりしながら帰って来た。すると寮に戻ると辻が待っていた。

「まだ何か?」

「……」

 不機嫌そうな辻は、こちらをじっと見た後で言った。さっきまでのにこやかさは嘘の様だ。

「VR回線のアドレスを交換していない」

 プライベートの連絡先なんて、誰が教えるものか。

「会議室を掘って置いて下さい。何かあったらアラームが鳴る様にしておいてもらえれば、すぐに覗きますから」

 辻はまた黙った後で言った。

「連絡先も知らないとなれば、汐里ちゃんに怪しまれる」

 付き合ってる設定、最悪。内心で辻をさんざん罵りながらアドレス交換をする。

「これでいいですよね?それでは」

「後で資料を送る。ログインする前に読んで置いてくれ」

「はい」

 今日はさんざんだ。どんなに顔が良くても、もうこの顔は見たくない。

「後、目立たない様に注意しろ」

「……どういう意味ですか?」

「君は警察官だ。……多分あのゲームでの振る舞い方が分かってしまったら、他のプレイヤーの中で目立ってしまう」

 私はため息を吐いてから言った。

「もう遅いですよ。汐里の作ったアバターは物凄く目立つんです」

 私はゲーム内アバターであるセリーヌの映像を辻に渡す。

「これは……凄いな」

「汐里は職業柄、こういうの凄く上手いんです。お陰でガウラでは二人して姫様扱い決定です」

「だったら、弱い振りをして守られておく事だ」

「嫌です」

 私の即答に、辻が驚いて目を見開く。

「汐里は私の幼馴染です。アバターとは言え、何故犯罪被害者みたいな経験をさせなくてはならないのでしょう。そんな事になる前に防ぐに決まっているじゃないですか」

「ゲーム限定アバターだ。現実とは違う」

「トカゲ犯と関連があるなら、現実と無関係とは言い難いと思います」

 辻はイライラしながら続ける。

「君が警察官だとバレたら捜査に影響が出るんだよ」

「辻さんは、汐里を犠牲にして職務を全うしろと言いたいのですか?」

 そうだと言いだしそうなので、その前に言う。

「汐里がショックを受けて引退した場合、私がゲームに残る理由は無くなります。さっきも聞いたと思いますが、私は汐里の付き添いとしてゲームを始めたんです」

 辻が少しぽかんとした後、顎に手を当てて考え込む。

「確かに」

「汐里が引退したとしても、一人で続けるなら強い方が不自然ではありません」

 辻さんは暫く考え込んだ後、ぽつりと言った。

「だったら……国宝を取るべきだ。君のアバターは目立ち過ぎる」

「はい?」

 辻は一人で納得してから顔を上げて言った。

「そこまで言うなら、君はさっさと武将になってガウラの国宝を取れ」

「あの……国宝ってケールさんが持っているのですが、何個もあるものなんでしょうか」

「取れる。やる気があればな」

 何か、凄い無茶振りされてない?ずっと遊んでいる人が取れていないのに、それを取れとか。

「うん。それがいい。まずはそれからだ。頼むぞ」

 機嫌よくそう言って、辻はさっさと行ってしまった。……色々酷い。

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