03
「今日の戦場には、あいつらが出ているんだ。明日は俺達の番。明日ログインしたら、ハクリとヨウゲンが対応すると思うから、よろしくね」
ケールの言葉に頷く。
「ボーナスの割り振りは……エリスちゃんは、オンミョウジでもカンナギでも行けるようにボーナス振っておこうか。それくらいなら教えられる」
ケールがそう言って、魔法使い系の基本の割り振りと言うのをアドバイスして、エリスのボーナスはゼロになった。
「で、セリーヌちゃんはどうしたいの?」
成り行きを見守っている間、何も考えていなかった。
ケールの問いに答えられず、焦ってしまう。
まさか、エリスの付き添いでゲームを始めたから、何でもいいやと思っていた事は……言えない。この人達はお金をもらっているプロみたいな人達で、このゲーム大好きな訳だし。
「どんな職業があるんですか?」
とりあえずそこから聞こう。
ちょっと呆れたよう顔をされたけれど、こればっかりは仕方ない。
「すいません」
でも仕事が忙しいから、調べる余裕がなかったので、と心の中で告げる。
「気にしないで。……ガウラでは、前衛はサムライとニンジャ」
さっきも思ったけれど、完全に和風だ。
「それとさっき紹介した魔法使い。後衛に当たるオンミョウジとカンナギ」
四種類であるらしい。エリスが後衛の魔法使いになるなら、私は前衛がいいだろうか。
そう思っていると、ケールが続けた。
「実は、ガウラの前衛は三国で一番弱いとされている」
「そうなんですか?」
「ある意味正しいと思う。サムライは盾を持てない。そしてニンジャは鎧を装備出来ない。そのせいで、後衛を守る壁にはなれないんだ」
「攻め込まれたら、終わりなんですか?」
「そうだね。……だからそうなる前に攻め込む先制攻撃が基本になる」
「ニンジャが最前線でかく乱している間に、サムライが弓を射る」
あれ?サムライが刀で斬り込んで、ニンジャが後ろから手裏剣を投げると思っていたのに。
「サムライの持つ和弓は、遠距離武器では三国でも最強の威力を誇っている。使うなら敵の離れている初手なんだ」
「あの、鎧を着られないニンジャは大丈夫なんですか?」
「ニンジャは、回避率が三国で一番高い職業なんだ。そう簡単には攻撃が当たらない。しかも即死攻撃を持っていて、相手の急所を攻撃できた場合、相手を戦線離脱させる事が出来る。……とは言え、重たい武器を持てないから、レンジの短い小刀やクナイが主な武器になる。急所を外せばダメージは小さいし、急所に当てるのは大変なんだよ。俺はニンジャなんだ」
ケールは苦笑する。
「ニンジャになるなら色々教えられるけれど、サムライになるなら、ゼンかな」
ゼンがニコニコして手をヒラヒラさせている。
悩む。エリスと職業が被るのだけは避けたい。
「戦場、一度見学してみる?」
ケールの言葉で顔を上げる。
「本当は新規だと自分が戦場に出る前に戦場は見られないんだけど……ここは俺の部屋だから」
初期職であるアシガルには部屋が無いので、戦場の様子が見られないのだそうだ。
返事を待たず、ケールは目の前に戦場の映像を展開した。
「これはさっき帰って来た奴らの戦闘ダイジェスト。ガウラ用」
「ガウラ用……と言うのは?」
「名前の通り。ガウラ勢が活躍している部分を切り取ったもの。相手はアルベスタ」
布で覆面をしたニンジャ達が前線に並び、飛び跳ねたりしている。ウォーミングアップだろうが、跳躍力がリアルと全く違う。多分二メートルは飛び上がっている。
「凄いね」
エリスの言葉に頷く。
それと同時に開戦を知らせるであろう短い音楽が流れ、ニンジャ達が一斉に走り出す。
そのスピードは驚く程速く、一気に重そうな鎧を着たアルベスタ兵へと迫る。
しかし、攻撃できないまま、大勢がその場から飛び退く。
アルベスタの兵士達が巨大な斧を振り回したり、盾で弾いたりしているのだ。
しかも、そこへ空から槍が降って来る。手前に居る重装備の兵士よりも軽装の兵士が、背後から槍を投げているのだ。
しかし、それも忍者達は避け、再度攻撃し始める。そこへ、背後のサムライの射る弓矢が飛んでくる。盾で弓矢を防いでいた兵士の盾が、唐突に消える。
「これって……」
「サムライは、弓矢の攻撃で装備の耐久値を減らして破壊する事が出来るんだ」
盾を壊された兵士は、ニンジャの攻撃を防げずに倒されている。
「前衛のコンビネーションが上手く行く時はこんな感じ」
「恰好良いね」
エリスが呟くと、目の前の男性陣が皆デレっとした。見ないふりをして自分も頷く。
そしてサムライ達が全員弓をその場に捨てて刀を抜くと、呪文の詠唱と共に刀に青白い光が宿る。
「カンナギが刀を強化してから攻撃するんだ。……アルベスタのナイトは装甲が硬いからね」
そしてサムライ達に、小さな人型の紙が回りながら付いて行く。
「オンミョウジの式神は、攻撃も出来るし、ダメージを一定量受ける身代わりにもなる」
最弱の前衛と言う話だったが、ちゃんとその部分を補う事ができるらしい。
次の瞬間、思わずビクリと肩が揺れてしまった。
……何?あれ。
真っ赤な鎧を着て、大きな盾と片手斧を持ったアバターが見えた。フルフェイスの兜で顔は見えないが、その圧倒的な存在感にぞくりとする。
ケールが言った。
「ジェネラルになると雰囲気が違うんだけど……特にあいつは別格。俺達と同じく初期からのプレイヤーで、クロウって言うんだ」
クロウは斧を振り回し、ニンジャを吹き飛ばす。その吹き飛んだニンジャ達とサムライが一緒になってクロウへと向かっていく。その数、四人。
一人で四人を相手にしているのに倒れない。ニンジャのスピードにも遅れない動きと、サムライの斬撃を受け流す盾捌き。圧倒的な力を感じる。
「こっちに来られては困るから、あいつに四人振り分けなくてはならない。こっちは当然押されるんだよ」
確かに、ガウラの兵士がじりじりと押されてアルベスタの方に後退してきている。
「今回は戦場にハクリとヨウゲンが居るから、大丈夫」
ハクリが式神を手品の様に手の中から取り出し、前方へと投げると、式神が一斉に前衛と共に攻撃を開始する。
式神が帯電していて、触れた敵の兵士が感電していく。動きが鈍った瞬間に、ニンジャ達が急所を攻撃している。
「ハクリは電撃系の魔法をガウラで極めた唯一のオンミョウジなんだ」
しかし、敵軍のクロウが四人も応戦しているのに、跳ねのけてガウラ側に向けて進んでくる。
「うわぁ」
エリスが思わず声を上げる。
「あいつ怖いよね……。俺も怖い。でも酷い事はしない。それは信じて。あいつもアルベスタのプレイヤーには手を焼いているみたいなんだ」
ケールが苦笑して言う間にも、斧と盾で周囲の敵をなぎ倒して進んでくる。
それを前にして、さっきハクリやヨウゲンと一緒に戻って来ていたサムライとニンジャが止めに入る。
「さっき時間無くて紹介できなかったけど、サムライがダイグ、ニンジャがコウ。こいつら二人は元々君達みたいに一緒に入って来たリアル繋がりの友達で、ガウラの前衛では一番コンビネーションが上手い」
コウのかく乱の隙をついて、ダイグが刀で突きを入れる。
クロウは歩みを止めて、二人へ応戦し始める。二人を淡い光が包み、動きが更に速くなる。
「カンナギは、回復以外に補助魔法をかけられる。カンナギの魔法は『祈祷』と言う。今、ヨウゲンが二人に加速補助の祈祷をしたから、これでクロウは足止めできる」
「倒せないんですか?」
私が聞くと、ケールは頷く。
「クロウは、アルベスタの国宝を装備しているんだ」
「国宝?」
「リジェネシールドって言うんだ。……持っていると毎秒1ずつHPが回復する」
「それ、ずるくないですか?」
「「ずるくない」」
ケールとゼンが同時に言い、ケールが続けた。
「国宝は誰にでも手に入れられる物じゃない。それに毎秒1ずつHPを回復していても、あいつだからその効果が化け物じみて見えるだけで、下手な奴が持っても大した効果にはならない」
確か、サムライには装備破壊攻撃があって、ニンジャには即死攻撃がある。その二つを複数から受けているのに、盾も壊れていないし、急所を突かれて即死もしていない。ケールの言葉通りなのだろう。
エリスが恐る恐る言う。
「ガウラには国宝、無いんですか?」
「あるよ。俺が持ってる」
ケールがそう言うので思わず二人して彼を見てしまう。
ケールは掌をちゃぶ台の上に出し、その上に綺麗な漆塗りの鞘に入った小刀を出現させた。
「『爆雷の小刀』って言うんだ。攻撃に爆発と雷の魔法効果が付加されている」
少し自慢気にケールはそう言う。国宝は誰でも持てる物ではないだろうから、入手は大変だったのだろう。
そしてダイジェストはプツリと終了し、ガウラが敗北したと言う結果が表示される。
……あれ?いい感じだったのに。
「敗因の部分ははっきり言ってゲームとは言えない様なものだから、ダイジェストには入って来ない」
さっき言っていたアルベスタのプレイヤーの話を思い出す。報復と言いながら何をしているのだろう。
ケールが恐る恐る言う。
「オーバーキルアクションって分かる?」
二人で首を横に振ると、ケールは真剣な表情で言った。
「これは戦争のゲームだから殺し合いになる。倒れたアバターが死体として戦場から消えるのに二十秒の猶予がある。カンナギだけでなく、各国の回復魔法の使い手は蘇生魔法を持っているから、この時間内に蘇生を行い戦線に復帰させる。それが本来の二十秒。……でも、今はその時間に倒れたアバターを痛めつける行為が横行している」
「あ、その……そうすると何か起こるんですか?」
「特にない。蘇生される時には完全に元通りになるから、本当にただの嫌がらせ。鈍器で潰し、斬撃で切り刻む。アバターがバラバラになるまで」
戦争じゃない。スプラッターだ。
「それが……報復ですか?」
「そうだ」
ケールの説明によれば、初期からプレイしていて上手い武将クラスは強すぎて倒せないから、そうでないプレイヤーを狙って集団で襲っては痛めつける。そんな行為がガウラに対して当然の様に行われているらしい。耐えられなくなったプレイヤーは逃げ出すし、それを知っていれば新規は入って来ない。……だから、ガウラは滅亡するのだ。
「酷い行いを見て観客は、お金を払うんですか?」
ケールは頷く。
「でも観客も馬鹿じゃない。こんな風に遊んでいるのに規制しない運営を批判する意味で、ガウラにチップを投げる為に来てくれている人も多いんだ。負けるなって、励ましてくれる人も多い。俺達はそのお陰で踏ん張っているところもある。……嫌なら、他の勢力へ行くって手もあるけど」
やれる事はやったとケールは言っていた。その通りなのだろう。ただ問題なのは、ズブの素人である女二人が、そんな戦場で何が出来るのかと言う話だ。……エリスをそんな目に遭わす訳にはいかない。私も嫌だ。
そう思っていると、エリスが怒った口調で言った。
「倒れたアバターを痛めつける様な勢力に行くなんて、お断りです」
アバターファッションで収入を得ている汐里は、誰よりもアバター愛が強い。怒るに決まっている。アバターのお洋服……装備もズタズタだ。
それに、この意見には同意しかない。
「他の勢力で、あなた方を切り刻めと言われるのは困ります。だから行きません」
ケールは、少し泣きそうな顔になってから嬉しそうに言った。
「ありがとう。俺達、ずっと嫌な思いばかりしていたんだ。それでもガウラを見捨てられなくて……君達が来てくれたお陰で、俺達まだ頑張れそうな気がしてきた」
重い。何にも考えずに入ってきてしまったのに、ポジションが重い。そう思って横を見ると、エリスはやる気満々だった。
「私も出来る限り、頑張ります。アバターは自分の分身です。そんな事したらダメです」
エリスは戦場でのオーバーキルアクションを見ていない。……酷い事になる予感がする。ケール達は見慣れ過ぎて、感覚が麻痺しているのではないかと、少し思う。
そんな訳で私達はここでその日のプレイを終了した。私は一晩職業を考えるからと答えを保留にした。ログアウトした後はそのまま睡眠になるから、目が覚めたら朝だった。
「はぁ~。大変な事になったよ」
ぽつりとつぶやき、ベッドから起きる。
シャワーを浴びて、昨日の晩御飯の残りを温めて食べる。卵かけご飯とワカメのみそ汁。メインのおかずだった豚の生姜焼きはもう無い。
食べ終わってから身支度をして鏡を見る。
「頭の中を切り替えて。……お仕事です!」
自分にそう言い聞かせて、パンと頬を両手で叩く。そして、仕事場へ出かける。
私の仕事は警察官。……それも警視庁・犯罪三課。現実の人間を相手にした捕り物を主にする肉体労働だ。
VR関連で事件が起こる事が多発する昨今、警視庁内部で、VR内部での犯罪を取り締まりをするVR課がVR警察として今までの組織から完全分離した。二十年程前の事だ。
VR内部でのアバター犯罪が多様化し、犯罪件数が増加の一途を辿った為だ。
VR警察は人気の花形職種とされている。一方、普通の警察官は……人気が無い。理由は、警察だけが装備しているバイオフレームにある。
バイオフレームと言うのは、腕や足に埋め込むタイプの筋力強化フレームの事で、片腕で五十キロの物を持ち上げる事が出来るし、最高で時速八十キロのスピードを出して走る事が出来る。跳躍で三十メートルを飛ぶ事も可能。ただ、これを両手足に埋め込むには、元々の筋力が必要な上に、手術を受けてから数か月は訓練をしなくてはならない。
バイオフレームのお陰で、女性警察官が男性警察官と同じ様に働けるようになったのだが……こういう背景があって、女性警察官はとても少ない。犯罪三課は女性警察官で編成されていて、女性が被害者となった犯罪を主に扱っている。そんな訳で、私は今日も忙しい。
「自衛隊と警察、どっちが黒いと思う?」
唐突に、同僚のさやかが着替え中に聞いて来るので、
「自衛隊じゃないの?」
と答えた。
「銃の分解と組み立てなんて、無理」
さやかは、微妙な表情で頷く。
「そうだね」
さやかは……多分辞める。最近そう思う。病み気味なのだ。バイオフレームの手術をしている私達は、バイオフレームの除去をしない場合、再就職先が限られているのだ。それ以外の職種に就職するのであれば、警察の備品であるバイオフレームは返却と言う形で除去手術を行う。リハビリも必要で数か月の入院が必要なのだ。
原因は知っている。私もあれはダメだと思ったから。
ちょっと前、女性が複数の男性に暴行を受けた挙句、手足を切断されると言う事件があった。私とさやかはその女性の事情聴取に立ち会った。
再生医療で大抵の病気や欠損は治るのだが……そう簡単ではないのだ。完全に手足が切断されている為、彼女はこれから最低でも三年は療養とリハビリに費やす事になる。
彼女は語る、惨く、おぞましい犯人達の仕打ちを。
痛いに決まっている。少し切っても痛いのだから。この人の絶望も悲しみも憤りも、当然だと思った。『これは事情聴取』と何度も自分に言い聞かせなくてはならない程の悲惨で絶望的な話だった。
何とか私は気持ちを切り替えたけれど、さやかはそれが出来なかったのだ。
気持ちはわかる。でも、辞めたら誰も助けられなくなってしまう。だから私は辞めない。