02
「お城?」
エリスは、驚いて声を上げる。
「ああ、これでも城に部屋のある武将なんだ。要は君主のヒデマロに認められて、家臣に名を連ねているって事。ここに居る奴らは皆そうだ」
ケールは振り向くと、ガムランに言った。
「また新規が来るかも知れないから、ここに残る奴を決めようぜ。半分くらいか?」
「……俺が残るよ。どうせもう来ないだろうけど」
ガムランがしょんぼりした様子で言う。
「でも、お前一人って訳にもいかないだろう」
「いや、一人がいい……」
さっきの凄く気にしてるんだけど!
気まずい気分になってきたら、エリスが私にくっついたまま恐る恐る言う。
「気にしてませんから……私もセリーヌちゃんも」
ガムランがこっちを見るので、二人してコクコクと何度も頷く。
「……ありがとう。でも、やっぱり新規が来るかも知れないからここに残るよ」
次会うまでに、この事は忘れておくべきだろう。繊細なガムランさん……とだけ記憶に留める。
「分かった。じゃあ、他に何人か残ってくれ」
ケールの言葉に三人挙手して、残りのケールを含めて四人が私達を連れて城に移動する事になった。
街を歩きながら見回す。他のプレイヤー達も、私達をじっと見ている。……余程、新規プレイヤーの参加が無いらしい。
城は、最初の紹介映像と通り、和風の城。
中に入って少し廊下を歩き、襖を開けるとそこはケールの部屋だった。建物にちゃんとした構造があって部屋の割り当てがあるとかではなくて、皆こうらしい。毎日遊ぶならこの方がいいのだろう。
ちゃぶ台と座布団のある部屋で、全員が座ると、自己紹介があり、終わった所でゲームについての話が始まった。
「まず、いきなり呼び止めてごめんね」
「あ、いや、その……」
「ああ、ゲームそのものが全く分かってないんだったっけ」
苦笑されてしまった。……温度差と言うか、意識の差を感じる。
エリスが恐る恐る言う。
「あの……私、リアルの方で、汎用アバターの服をコーディネイトする仕事をしているんです」
それだけでそこの人達は理解したらしく、納得した顔になった。
「アバターズデザインに紹介されたんだっけ」
「はい」
「君達のアバター、めっちゃ作り込まれてるもんね」
納得すると同時に、彼らの表情が酷く残念そうになっていく。
「そっか、じゃあアバター作ってみたかっただけなのか……」
私は慌てて言った。
「勿論、高いソフトですから、遊べるなら遊ぼうと思っています」
周囲の雰囲気が何だか良くない。……何か間違えただろうか。
暫く沈黙した後、ケールは話し始めた。
「バーバリアンズ・ウォーは、VRゲームの中でも、かなりハードなゲームなんだ」
「運動できないと出来ませんか?」
「いや、運動能力も勿論大事だけど、別に必須じゃない。どちらかと言うと、タイミングを読むゲームなんだ」
「タイミング……ですか?」
「そうだ。各々が好き勝手に戦っているだけではただの乱闘にしかならない。勝率を上げなくてはならないから、戦場では、戦略に従った行動が出来るか出来ないかが大事なんだ」
「ほえ~」
エリスの口から間抜けな声が出て、男性達が笑いをかみ殺す。
「すいません……」
私が謝ると、皆首を横に振る。
「だから、VRの戦争系ゲーム経験者でも、スタンドプレイを好むソロプレイヤーには向かないゲームなんだ。俺達はガウラ建国から居る初期プレイヤーで、職業の特性を理解しているし場数もかなり踏んでいる。それでガウラの司令塔みたいな役割を担っているんだ。ガウラでは武将、ウルファではコマンダー、アルベスタではジェネラルと呼ばれているプレイヤーがそう言う役目」
ここには、プレイヤーの組織があるらしい。
「でも、それってただ国があって募集するだけで上手くいくものなんですか?」
そもそも、全く面識のないプレイヤー同士が、同じ国に集まって遊んでいく中、上下関係が出来るのだから、不満もある筈だ。
「上手くいくんだ。このゲームは報酬が出るからね」
「「え?」」
二人同時に声を上げる。
「本当にアバターの事しか調べずにこのゲーム買ったんだね」
呆れを通り越して、多分馬鹿だと思われている気がする。確かに高いゲームを買うのに、何も調べていないのは馬鹿としか言いようがない。
「バーバリアンズ・ウォーは、観戦者の居るゲームなんだ。アバターに力が入れられているのもその為なんだ」
「それってどれくらいなんですか?」
「プレイヤー人口の約五倍と言われている。観戦者はソフトを持っていなくてもいい」
「ほえ~」
エリスの間抜けな声がしたが、今度は私も、ぽかんとしてしまった。……そんな情報は知らない。
「観戦者は観戦チケットを買って戦場を見るし、好きなプレイヤーが居れば、チップも投げられる。毎回、戦闘終了後に人気投票がある。つまり、人気のあるプレイヤーが自然に上に押し上げられる仕組みになっているんだ」
まさかそんなゲームだったとは。
「凄く高かったでしょ?ソフト」
「はい」
「引くかもしれないけど……その分を回収できると思って買う人が殆どなんだ」
その言葉に二人でただ固まる。
要は『凄いプレイでお金を稼げる』と自負している人達ばかりが遊んでいるゲームらしい。
嫌な沈黙が暫く続いた後、ケールは言い辛そうに言った。
「それで……どうしたい?」
辞めるなら今だと言われているのだと、改めて認識してエリスを見ると、エリスも私の方を見ていた。今のエリスを見ていると、動揺して何も考えられなくなっている汐里が透けて見える様な気がした。
「ゲームに参加するつもりなら、俺達が手助けできる事はするよ。……ゲーム内部のチュートリアルもヘルプも凄く簡単にまとめられていてあまり親切じゃない。初心者が遊ぶのは難しいと思うんだ」
ケールがそう言うと、左右に居るプレイヤー達も一斉に声を上げた。
「うん、協力するよ。どうせ滅亡するし」
「そうそう、皆滅亡イベント見たくて観戦客は多いから、報酬多いんだけど……滅亡したら、俺達の今のキャラは無くなってしまうんだ。その前に、君達の指導ができるなら、いい思い出に出来る」
「面白い事が無いまま終わるかと思っていたから、ちょっと嬉しいかも」
武将で、多分高額の報酬を貰っているであろう彼らは、すっかり諦めている感がある。
「あの、滅亡って避けられないんですか?」
私の問いに、彼らは一様に口をつぐんだ。
「やれる事はやったよ」
やがて、ケールが力なく告げる。
「さっき聞いたと思うけれど、馬鹿がやらかしたって話。あいつ、マジで酷い奴だったんだ。……独断先行する困った奴でさ、そいつのせいでガウラが負ける事もあって観客からもブーイングは貰ってもチップはなし。全然稼げないから頭に来てやったんだよ」
AIの卑猥映像の話か。
「……その人は、ゲーム辞めたんですか?」
「アカウントはゲームの運営が消したってアナウンスしている」
「だったら、何故報復が続いているんですか?」
「これが報酬付きの戦争ゲームだからだよ」
意味が分からないから、目を瞬くと、ケールは低い声で言った。
「そもそも戦う理由なんて、ゲーム内部では設定くらいしかない。報酬があるから、魅せるプレイをするスポーツ感覚で俺達は遊んでいたんだ」
一旦ケールは口を閉ざす。
「しかし今回の件があって、リアルに通じる部分でアルベスタがガウラに対して戦争の大義名分を持ってしまった。そうなった途端……戦場の雰囲気が一変して、本当の殺し合いになってしまったんだ。初期にあった乱闘ともまた違う。戦争のゲームで本当の殺戮が始まってしまったんだ」
何となく分かったのは、『悪』と見なした相手を滅びるまで戦争を続けようとしているアルベスタのプレイヤー達の姿勢だった。そこまでやるのか?と言う疑問が浮かぶ。
「どうしてそんな事になっているんですか?」
「報酬が跳ね上がったんだ。観客が増えたから」
一国の滅亡と言う、現実では目に出来ない物を目に出来る機会を観客は期待している。それ故に報酬が跳ね上がり、アルベスタはやり過ぎているにも関わらず、正当化出来ているらしい。
「面白がっている観客に好き勝手なプレイをして金儲けができるんだから、目の色変えている奴らが凄く多い」
肩を竦めてそう言ったケールは、厳しい表情になってから言った。
「俺はこのゲームが好きなんだよ。……心配しているのは滅亡した後の事だ。今回が面白かったからと、模倣犯が出たら……戦場は荒れたままになる。以前の様に職業の能力を活かした戦略を模索したり試したりとかは、出来なくなっている」
「ガウラが滅亡したら、俺達はゲームを引退するつもりなんだ」
ケールの右隣に座っているゼンが言った。
「こんな事言うと笑われるかも知れないけれど、キツかったんだ。今まで一緒に遊んでいるだけだと思っていたプレイヤーが、本気で殺しにかかって来る。VRだから復活する。繰り返されるんだ」
それは凄く怖い。辞めたくなる。ゼンの言葉をケールが続ける。
「それに、この事が他の戦争系のVRゲームにも飛び火していて、他のゲームも荒れている。だから、他のゲームに移る気にもなれない」
何か思う事があるのか、ケールは暫く口を閉じた後で言った。
「戦争系ゲームだから戦争して当たり前なんだけど、俺達にとっては金も儲かる娯楽って感覚なんだ。……ゲームそのものは潰れないと思うけど、プレイヤー層がこれで変わるんじゃないかな。プロプレイヤーとしてこのゲームの収入だけで食っていく気で居る奴らの比率が圧倒的に増えると思う。生憎、俺達はただのゲーム好き。収入は現実で仕事をしているから、そんなに執着していないんだ」
戦争のゲームでも、今までは互いに所属が違うから戦うと言う程度だったのに、本気で相手を憎み、戦い、それでお金が入ると言う状況が出来てしまったらしい。
現実がじわじわとしみ込んでくる。何か、重たい。
ケールが困った様に言う。
「こんな状況だから、何も知らないまま戦場に行かせてしまう訳にはいかなくて……呼び止めたんだ。本当にごめんね」
「いえ、予備知識も無しに遊び始めたのが無謀でした。親切にしていただき、ありがとうございます」
礼を言うと、ケール達は照れた様子になった。
「いいんだ。その、女の子のプレイヤーって少なくて。あんまり話した事がないんだ。無神経な事言ったらごめんね」
「とんでもないです」
なんてお互い恐縮していたら、エリスが行った。
「え~?君主あんなに格好いいのに、女性に人気無いんですか?」
全員一瞬の沈黙の後、爆笑する。
「君、見た目に騙されるタイプでしょ?AIだとか性格悪いとか気にしない」
ケールがニヤっとして言うと、図星だったエリスはプイっとそっぽを向いた。
また全員からクスクスと堪えた様な笑い声が聞こえて来る。
「私達も、無神経な態度を取ったりするかも知れません。それでも良ければ、色々教えてください」
エリスの方を見ると、こくこくと頷いている。……拒否反応とかは無さそうだ。
「二人共、プレイするならできうる限り守るし、楽しく遊べる様に努力するよ。だから遠慮しないで困っている事は言って欲しい」
「はい」
話はまとまった。この人達とは気が合いそうな気がする。だったら、頼って遊び方を覚えるべきだ。……酷い目に遭いたくないし。
交渉が成立した所で、和やかな雰囲気の中、
「このゲームのマニュアルってゲーム会社とは別の出版社から出ているんだけど、凄く分厚い。今もすぐ見られるけれど、俺達も全部は読んでいない」
「え?武将なのに?」
エリスが言うと、また周囲が笑う。
「実際に動いた方が早いから。分からなかったら、検索してマニュアルを読む。そう言う感じ」
「そうなんですね」
エリスが納得した所で、ケールが話を続ける。
「まずはステータスを開けるかな?」
言われて少しあたふたしながらステータスを開く。
Lv.1アシガル。
見たステータスは、覗き見たエリスの能力値と一緒だった。
「足軽と言うのは、ガウラで一番レベルの低い兵隊の事。Lv.10になったら転職できるから、何に転職するか考えて、最初のボーナスを振り分けて欲しい」
「ボーナス……」
見ると、ステータスに割り振れるボーナスポイントがある。
「私、魔法を使う職業になりたいんですけど」
エリスが言うと、ケールが言う。
「それだと、オンミョウジかカンナギだね」
カールは続けて言った。
「オンミョウジは、主に攻撃魔法を主体とする魔法使い。カンナギは回復を主とした補助魔法の魔法使い。俺達としてはカンナギが欲しいけれど、オンミョウジに比べてプレイ難易度が高い」
「どうしてですか?」
エリスの疑問は私も思った事で、黙って話を聞く。
「カンナギは、戦場で魔法の範囲内に居る味方のステータスを見ていないといけないんだ。HPが減っているプレイヤーを回復させ、状況に応じて補助魔法をかける」
なるほど……それはちょっと難しそう。そう思っていたら、部屋に来訪者との通知があった。
『入れてくれ~。早く』
『俺達も新規ちゃん見たい』
「今、戦場に行っていた武将組が帰って来た。丁度いいや、見てみてよ」
ケールがそう言った後、四人の男性がゾロゾロと入って来た。彼らは全員武装をしていて、目の前に居る着流し一枚のケール達とは全く違う。
私達はぽかんとして彼らを見てしまう。
「うわぁ、美女と美少女だ」
「滅亡の危機に、この様な麗しの姫君方が来られるとは、幻術ではあるまいな」
烏帽子を被った、金髪ふわふわ髪の少年と、眼鏡をかけて、オールバックにした青髪の神主が入って来る。
「金髪がオンミョウジ、青髪がカンナギね」
ケールの言葉を聞いて、エリスは二人をじっと見ている。見られている二人は、訳が分からないと言う様子でケールの方を向いた。説明を求めている様だ。
「新規のエリスちゃん、魔法系の職業に就きたいらしい」
「「うお!マジか」」
……見た目に合せてキャラ作ってたのか。素の反応を見て見ぬふりをする。
「式神使えるとすごく楽しいから、一緒にオンミョウジにならない?」
「是非とも、私と一緒にカンナギとして、皆の癒しとなりましょう」
エリスの顔が引きつっているが、この二人は気にした様子も無く、エリスの前にしゃがむ。
金髪の少年、ハクリが言う。
「こう見えて俺達は既婚者だから、変な事しないよ」
「だったらそのアバターやめろよ。マジでさ」
「娘が喜ぶんだよ」
ケールのツッコミにハクリがそう応じた後、カンナギのヨウゲンが言う。
「これ、奥さんの作ったアバターだから、勝手に変えたら殺されるって言ってるだろうに」
一斉に笑いが起こる。
その途端、私もエリスも一気に警戒が解けてしまった。
「かわいいなぁ。本当によくできたアバターだ。絶対にオンミョウジの衣装似合うと思う。白拍子みたいになるね。うん」
「カンナギなら、巫女だぞ?太古の昔から受ける事間違いなしの激カワ衣装。これしかあるまい」
二人が言い争っていたが、他の仲間に肩を叩かれて、残念そうに言う。
「今日は時間が無いんだ。明日話をしよう」
自己紹介と軽い雑談をして、二人は他にも入って来た人達と一緒に去って行った。