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バーバリアンズ・ウォー  作者: 川崎 春
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 視点が美月に戻ります。


 バイオフレーム……腕や足の筋肉に付加されている筋力補助装置。主に警察官や自衛隊員に認可付きで移植されている。まだ開発段階で、軽量化の研究がされている。使用時には政府により各地に設置されている認可AIの承認が必須ではあるが、その為の通信と認可の時間はおおよそ三秒以内とされている。見た目こそ変化がないものの、その重量を支える為の本人の筋力維持が必要。また、最悪の事態(AIからの認可通知が来ない)を想定しての訓練は日常的に行われている。

「セリーヌ!」

 ケールの声に反応して目の前の敵の攻撃を避ける。そこへケールがクナイを投げつけ、喉元に当たった敵はその場に倒れ伏す。急所攻撃で即死したのだ。

 ほっとしつつ周囲を見回すと、こちらを苛烈な表情で睨みつける隻眼の男が見えた。

 ウルファの傭兵大将であるエドネルだ。

 エドネルが近づいて来る前に装備を破壊しておかねばならない。……あの男の装備は凄くお金がかかっていて、急所攻撃の命中率を落とすのだ。

 自分の愛用している刀を即座に消し、弓に持ち替える。こういう時、ゲームなのだとしみじみ思う。手になじんできた弓は青くうっすらと光を帯びている。出現と同時に周囲の敵が焦ってこちらに近づいて来る。同時に味方がそれを阻むのも見える。

 エドネルが忌々しそうにこちらを見ながら、それでもあきらめずにラウンドシールドを構え、剣先をこちらに向けて来る。

 私の弓である『宵闇の弓』は国宝だ。一戦闘に一度だけ、三十秒の速射が可能だ。致命傷を負わせる事はまずないが、矢による装備破壊は起こりやすくなる。速射は命中率が下がる。まだまだ使いこなせていないが、相手にとっては十分脅威だ。

 エドネルの意図は読めている。彼は三十秒の内、できるだけ長い時間を耐えて味方への被弾を防ごうとしているのだ。挑発行為はあえてやっている。彼のアバターが隻眼なのは、『鷹の目』と呼ばれる相手の能力を分析するスキルを得る為らしい。ウルファのスキルの内容はよく分かっていないが、ウルファにはこの手の「何かを犠牲にすることで別の能力を得る」と言うスキルが数多くあるそうだ。私は知らないのだが、エドネルは元々隻眼ではなかったらしい。

 ウルファは近々エドネルを中心にまとまって、戦略も確立されるだろう。そうなる前に出来うる限り叩いて勝率を稼ぐ。それがガウラの方針だ。

 確かにエドネルは男気があり、他の大将達も一目置く存在になりつつある。バラバラに戦っていては勝てない。それがウルファに浸透しつつある。少し前まで、ガウラが滅びそうだった事もあって、彼らは自分達のプレイスタイルを振り返る事がなかったのだが、今それが変わりつつある。

 相手も精一杯の戦いをしているのだから、こちらも手は抜かない。

 鷹の目の能力は相手の能力を見るだけでなく、あらゆる武器の軌道を読む可能性があるとゼンは主張している。……確かにエドネルにはかなり避けられるのだ。速射の命中率が低いとは言え、正直凹む。嫌な事に、仕留めるまでの時間がだんだん延びている。エドネル以外を狙うというのは、観客の手前やり辛い。皆、私とエドネルの対決を楽しみにしているのだ。

「戦争ゲームなんだから、何をしてでも勝てばいいと思うんだけど」

「確かに戦争のゲームだけど、同時にショーなのよ?観客の期待には応えないとダメ。私達の装備にかかったお金、思い出してよ!私、このまま終わるのは嫌よ」

 今のままでは赤字なのだ。エリスの言葉を思い出し、私はエドネルに照準を定めた。

 ガウラで武将、アルベスタでジェネラルと呼ばれる……バーバリアンズ・ウォーにおける重職に着く人間を、ウルファでは大将と呼ぶ。

 一度前の国が滅びて新しく建国されたウルファは、まだ戦略が完成していない。傭兵と言う、かなり自由度の高い職種である事から統制が取れないのだ。当然、個人でのスタンドプレイが目立ち、個人で強い人間が上に上ってくる傾向がある。

 自分の実力次第ともいえるけれど、連携が取れない上に仲間が危機でも平気で見捨てて逃げるので、戦線がすぐに後退する。ウルファでは、衛生兵と呼ばれる回復役になりたがるプレイヤーが少ないというのも影響している。

「どうして少ないのでしょうか?」

「みんなバラバラに動くからね。回復の管理なんて出来ない。しかも目立たないんだよ。あの国の衛生兵は本当に地味過ぎる!」

 ヨウゲン……ガウラの武将であるカンナギが力一杯そういうと、私だけでなく聞いていた周囲の人間が一斉に笑った。

「地味にしないと狙われるからねぇ」

 オンミョウジのハクリがのんびりと応じる。

 ウルファの衛生兵は足が速く、戦場を走り回る上に隠れるスキルを持っている。それを極めるにつれて……装備が地味になっていくのだ。つまり強い衛生兵程、目立たないのだ。

「観客取り込まないといけないのに、酷い仕様だな」

「まぁ、レビンさんが面白い事始めたから今後は増えそうだけどね」

「何したんだ?」

「観客への挑戦状。一戦闘でレビンさんが何人を回復したかを当てるゲーム」

「……当てたら何かあるのか?」

「特に何も。でも案外当たらないって話題になっていて、躍起になっている観客が増えてきたらしいよ」

「客集めとしては……長持ちしなさそうなんだが」

「否定はしないけど、ウォン・リーを探してだっけ?あれみたいで楽しいって人も一定数居るみたいだから、いいんじゃないの?」

 ヨウゲンとハクリは年齢が近い既婚者と言う事もあり、一緒に居る事が多い。ゲームで知り合ったので、リアルはお互いに詳しく知らないらしい。会う予定もないそうだ。……その距離感が二人には丁度いいのだろうというのは、何となく分かる。

 ゲームから引退してお互いに縁が切れても、良い思い出に出来る距離だ。友達と言うには微妙に遠いと思わなくもないけれど、そんな関係もアリだと私は思っている。

「そういえばセリーヌとエリスって、かなり珍しいよね」

 ハクリが言うとヨウゲンも頷く。

「そうですか?」

「ずっと一緒で親友関係が大人になってまで続くって、そう無いよ」

 この前、うっかり小さい頃から一緒だと話してしまった人が居たのを思い出す。そこから伝わったのだろう。

「そうかも知れませんね。私達の場合、親同士の付き合いもあってこうなったと思うので」

「家族ぐるみの付き合いって、俺は経験ないんだよね。娘の友達も全然分からない。そうそう、娘と言えばね、学校で折り紙の飛行機を……」

 私が少し困った顔をしたから、ハクリはすぐに話を逸らした。

 ハクリの小学生の娘さんの話を聞きながら、私の気持ちは過去に飛んでいた。


「宇佐美先生、うちの子を使ってください」

 母がそう言ったのは、私が五歳の時だ。子供を使えって……しかも本人の目の前で。失礼な母親だと思う。

 母は脳神経に関する研究を宇佐美先生の元で行っていた現役の研究者だ。宇佐美先生は、元々は東港大学の教授で、脳神経パルス受容体の研究でノーベル賞も受賞した権威だ。しかし、先生は酷い問題を抱え、大学を辞めてしまった。

 重度の脳機能障害を持つ男の子を引き取り、その障害を改善しようと努力したのだが、その成果が出なかったのだ。男の子の起こす問題は、成長するにつれて規模が大きくなり、今もVRで悪い事を沢山していると聞いた。年上なのに子供みたいだと思った。

 先生はその子の更生を信じて庇い続け、己の地位を失う事になってしまったのだ。

 ほぼ同じレベルの機能障害を抱えている汐里のお母さんである穂香さんと対照的に、凄く攻撃的だったと聞いている。施す治療を「洗脳」だと判断し、自分の思考から拒絶していたそうだ。自分の脳をAIや他者からの干渉から守るシールドを独自に編み出していて、何も受け付けなかったらしい。

 穂香さんの例があったからきっと大丈夫だという宇佐美先生の思惑は外れてしまったのだ。

「汐里ちゃんが同じ道を辿る事を阻止する礎になるなら、丈夫なだけが取り柄の美月の人生も少しは華やかになるかと思います」 

 ……母は、決して悪い人ではない。宇佐美先生の罪悪感を軽くする為に、何も考えていなさそうな娘を貶めていただけだ。多分。

「そうは言うが」

 母は真面目な顔で告げる。

「穂香に関わる事で私は幸太郎さんと結婚して美月を授かりました。研究者で政府のマッチングでの結婚しかないと思っていた私が恋愛結婚したんですよ?先生だって、私がどういう人間か知っているでしょう?」

「まぁ、うん」

 押され気味に言われ、宇佐美先生は少しのけぞって応じる。

「私も幸太郎さんも幸せです。……私達の家族は穂香をきっかけに生まれた関係です。だったら、穂香とその娘である汐里ちゃんに返せる物を美月に返させたいんです」

「それは、美月ちゃんの権利を親として私物化しているからやめなさい。親の恩と子供が返すという発想は良くない」

「いいえ。これは……人が人と生きていく上で人を助けて生きていくという大事な教育で経験です」

 母はきっぱりと恩師に逆らった。……宇佐美先生は政府のマッチングで結婚したお相手と長期別居をしていて子供の居ない状態だ。小さな子供との接点が少なく、母親の持論にタジタジになった。

「少なくとも、美月がそれほど影響を受けない方法で汐里ちゃんの人生を手助けできるのですから、私はやらせたいのです」

 あの当時は分からなかったが……私がやらなければ誰かがやる事になった役目。母はそれを見ず知らずの誰かではなく、私にさせたかっただけなのだ。自分の研究の為、そして親友である穂香さんの為に。

「美月、汐里ちゃんの為に少しお手伝いしてくれないかな?」

「やだ」

 即答した。そもそも汐里の事は知っていたけれど、話しかけても答えが返ってきた事がなかったからだ。言葉が遅いからごめんねと……汐里のお母さんである穂香さんにも言われていたが、幼稚園の友達は普通に話せていたから、何か異質だと思っていたのだ。

「別に難しい事じゃないわ。あなたの感覚を貸してあげて欲しいの」

「わかんない」

「い・い・か・ら、言われた通りに手術受けて汐里ちゃんと一緒に居なさい。欲しがっていた兎のぬいぐるみ、全色買ってあげるから」

 兎さん全色。でも手術って何?

「痛くない。怖くない。入院もしない。半日くらい寝ている間にする手術が何度もあると思う。それだけ」

 そんなに何度も手術をするのは嫌だと思い、首を横に振った。

「お母さんがやるの。怖くない」

 目線を合わせてそう言われて驚く。

「お母さん、お医者さんだった?」

「……微妙ね」

 母はとても明け透けな物言いをする。今もそれは変わっていない。医師免許は持っているが施術は素人だったと知ったのはだいぶ後になってからだった。宇佐美先生や何人かの外科医がちゃんと手伝ってくれていたらしいのだが、私は意識が無いから知らなかった。

「美月は病院に行かなくてもいいの。痛くない。もし痛かったらすぐに治してあげる。絶対に」

 生まれたときから、強引に何でもやる母親。でもそれで嫌な目に遭った経験は無かった。痛くないのも本当だろうし、痛くなったら治してくれるのも本当だと……私は信じた。

「じゃあ、いいよ。……兎さん買ってね。痛くしないって約束だよ」

「勿論。かわいい娘さんに、痛い思いなんてさせませんよ~」

 兎のぬいぐるみは全色買ってもらえた。痛くもなかったし、怖くもなかった。でもハゲた。それも数か所。だから伸ばした髪の毛をアレンジして誤魔化していた。すっかり生えそろってハゲなど無い今でも髪をロングに伸ばして切りたくないと思うのは、この当時の影響だと思う。

 この手術がどういう物なのかを詳しく教えられたのは、高校生になってからだった。

 側に居るときには、リアルだろうがVRだろうが私の捉えた周囲の感覚を汐里に共有するというものだった。

 汐里には周囲の景色は美しくも汚くもなく、ただ興味の無いもので人間も同じだった。そして、VR上のオブジェクトはおかしな物に見えていたらしい。

 汐里は私の感覚を繰り返し感じ取る事で生まれ持った脳内の感覚を『私の感じ方』へと近づけて行った。花を見て綺麗だと感じる。ぬいぐるみをかわいいと感じる。そういった感覚は人の全てが必ずしも一緒ではないのだが、私の感覚はごくごく普通だと判断された。

 かつて、「体も服の様に変えられる」と主張した美容外科医が居て、実際にその施術を止める法律が無かった事から大流行した時期があったそうだ。しかし、免疫機能をそぎ落として適合させる大がかりな脳外科手術を行う為、殆どの人が生き残れなかった。その教訓を生かしているから手術は改良されたとその人は言ったらしいけれど、その言い分は認められなかった。

 法律が施行されて、基本、病理も無いのに人の脳へ外科的な施術をしてはいけないという事になった。……私に対する手術が認可されたのは、汐里の様な構造の脳を外部から投薬なしに治療する方法として特例承認されたからだ。

 汐里の持つ超感覚でVRに生み出されるツールは、一般人のクラッカーやハッカーを一切受け付けない上にバグらしいバグが無い為、かなり長い期間仕様出来るシステムだ。とは言え、穂香さんの作った古いシステムを『誰かが一般人の意見を聞いて改変していかなくてはならない』と言う問題が起こっていた。

 政府……世界中の国から、カドクラウォールの改変を求める声があり、穂香さんが対応していたが、それも穂香さんが居なくなったらできなくなる。

 そんな中で生まれた汐里は、世界中の期待を背負っていたともいえる。それだけに他国から汐里の脳に直接触れて、事故があった場合はどうするつもりだと言う圧もあったから、平凡で丈夫なだけが取り柄である私の脳の価値が安くなってしまったのも仕方ない。

 私のごく一般的であるという取り柄が、汐里にとって大事だったのは言うまでもない。

 本来見ていなかったものを見て、聞いていなかったものを聞く。それは汐里にとってかつてない経験だったと後で聞いた。繰り返す事で、一般的な脳と同じ様な神経回路が生まれ、拡がっていき……ある意味、感覚を貸し与えた私よりもずっと感情豊かで明るく、社交的な女が出来上がった。

 私が汐里に感覚を貸し与えるという状態は今も続いている。……汐里に赤ちゃんが生まれたら、その子に小さい頃から接する為だ。だから機械が脳内に埋め込まれたままになっている。実は穂香さんの感覚にもおかしな部分があったのだが、それも私と一緒に居る事で改善されたという。

 思考までは伝わらないのが救いだが、感覚を周囲に無制限に拡散している状態だと考えると気分が滅入る。普通に自分の感覚が発達している人には不要だから感知しないそうだが……。汐里の様に特殊な回路を持っている人の気は引いてしまうそうだ。

 もう感覚が麻痺して、人が感知しようがしまいがどうでもいいという思考にまで至っている。その人の感覚が一般規格へと近づく慈善行為だと母は繰り返し語り、私に暗示をかけた。その効果だ。

 汐里は誰にも素性を明かさない様にしながらデジタル庁と連絡を取り合い、カドクラウォールやその他のツールの改善を行っている。穂香さんと二人でやっているとは言え、やる事は多い。急いで修正するような物はないので、二人のペースでやっている。

 穂香さんはかつてこの仕事で潰されかけた事があると聞いている。当時、実質労働時間は一か月で200時間を超えているのが当たり前だったらしい。まだ学生で望んでやっている訳でもない穂香さんにそこまでやらせたデジタル庁に対して、母だけでなく父も未だに腹を立てている。


「欲をかき過ぎたら、ダメなんだよねぇ」

 全然話を聞いていなかったけれど、私はハクリの言葉に思い切り頷いてしまった。 

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