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バーバリアンズ・ウォー  作者: 川崎 春
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 震える三浦を見ながら、これで個人が特定できる訳ではない事に歯がゆさを覚える。

 門倉警視監の娘であると同時に、カドクラウォールの産みの親である小沢穂香の娘。この事実は厳重に秘匿されている筈だ。そして、あの能力は間違いなく母親から受け継いでいる。

 おびき出して殺せと言う河津も、恐ろしいから近づくなと言う三浦も…臆病者だ。

 俺とあいつらは違う。

 再度、公務員の個人ウォールを解いて再度直す為の工程を見直す。糊付けはツールでパターン化して公務員にのみ添付されている。この糊がどういう構造なのか分かれば……。

 一般人のプログラムだ。俺も知識はあるが超感覚でVRにかかわる時間が長い分、どうしてもこちらは馴染まない。幸い、三浦がそのエキスパートである事も分かったから、協力させる事を思いついた。俺がやるよりも早い筈だ。『洗浄剤』を作り糊を除去し、解いて中を見た後、糊そのものを作り出して再度貼り付け直す。これが出来れば、短時間で公務員のウォールを破り、中を覗き見る事が出来る筈だ。

 三浦にその事を告げると、青ざめて首を左右に振る。

「聞いていたか?近づくのは止めろ」

「俺のやっている事は、門倉の娘に悟られている。どっちにしても俺が特定されれば、お前の元にたどり着くだろう」

 絶句している三浦に立て続けに言う。

「勝つしかないんだ。門倉の娘に負ければ、俺達に先はない」

 三浦は虚ろな目で俺の方を見て言う。

「逃げればいい」

「逃げ切れると思うか?」

 三浦は保身の権化だ。どんな状況でも自分の保身だけは貫く。

「別の国へ行けばいい」

「成り代わりの体でか?空港で全身スキャンされればバレて終わりだ。どこへも行けない」

「だったら、もう何もしなければいい」

「目を付けられている。ただ大人しくしている間にも俺の特定は進んでいる筈だ」

 三浦の虚ろな目が俺に救いを求めて来る。

「どうすればいい?」

「簡単だ。俺に協力しろ。門倉の娘の親友であるセリーヌの情報から、先に門倉の娘の情報を得るんだ」

 河津の言葉を利用して言う。

「先手を打てば……もう俺達の行為を邪魔する奴はいなくなる」

「殺せって言うのか?」

「今は脳さえあればVRで不自由なく暮らせる時代だからな。脳を壊しておかないと、安心はできない」

「安心……」

 三浦にとっての安心。それは不安なく生存し、日々を過ごす事だ。

 本人にたどり着いてしまえばどうにでも出来るというのは、一度殺人を犯している三浦には納得できる道理だ。

「別にお前がやらなくても、伝手くらいはあるだろう?」

 バーチャルヤクザは解散したが、鉄砲玉として動く駒のアテならある。金さえ積めば、いくらでも……。それ程に犯罪者としてウォールをCに制限された人間の暮らしは満たされないのだ。娯楽がVRに集中しているせいで、金銭でウォールの限定越権を購入しなくてはならないからだ。

「そ、そうだな」

 怖いものは消してしまえばそれで怖くなくなる。

 会長は、この男の素性を知っていながらスクラップアカウントのサルベージをやらせなかった。何故なのか今なら分かる。……現状に不満を抱けば保身の為に警察に自首する可能性もあったからだ。だからVRで不必要な作業をさせない様にして、安定した暮らしを与えて飼い殺しにした。

 しかし、今はこの能力を活用させてもらう。……今引きずり込んでおかないと俺が危ない。俺への情よりも保身へ天秤が傾けば、こいつはいつでも俺を裏切るだろう。『門倉の娘』と言う存在が、今までの歳月で培ってきた関係を破壊したのだ。あの女の存在はどこまでも邪魔でしかない。

 壮太の紫外線アレルギーに対する偽装が完璧なのも、三浦の手腕だったのだと思えば納得がいく。俺がこうやった自分で動くようになる前は、身元を調べられた事など一度もなかった。

「必ず、あの女が俺達にたどり着くよりも先にあの女のリアルを割るぞ」

 三浦は青ざめて何度も頷いた。

 その後の三浦の解析はすぐに開始された。

「お前が糊と表現している物は、俺から見れば法則性に則って座標指定されている小さなブロックだ。この座標が少しでも移動した場合、ブロックは移動数値を残して崩壊する仕組みだ。崩壊の際に出す負荷電圧がカドクラウォールを呼び寄せる仕組みだ。……ブロックを一か所壊すだけでもいつかは電圧が蓄積してカドクラウォールを呼び寄せる事になる。崩壊させない方が良いだろう」

「……それで、出来るのか?」

「崩壊そのものをさせない様にするのは可能だが……当然ながら手を加えると外部へ通報する仕組みもあるから、それを何とかしてからだな」

 三浦の答えが出れば、公務員であるセリーヌのウォールを突破するのは容易だ。

 あの女はどんな顔をするだろう。出し抜かれて怒るだろうか、泣くだろうか。想像すると楽しくて仕方ない。そして、セリーヌのリアルはどんな姿なのか。あれだけ美しいアバターだから引け目を感じるだろうが、俺にとって大事なのは彼女の美しい内面だ。がっかりなどしない。

 誰も知らないセリーヌの内面を俺が知る。……ウォールの内部は記憶野だ。AI達はここから上手く検索をかけてほしい情報を引き出す。その為ナニーAIに育てられている間に記憶は綺麗に整理されている者が殆どだ。大人になってもその整理法が続く者が大半で、欲しい情報を検索すれば、感情を伴った記憶を引き出す事が出来る。本人すら朧気で思い出せないような記憶も、残存しているなら当時のまま綺麗に再現できる。

 途中で切れてしまう断片でも、相手の弱みとなる様な情報が含まれている事がある。俺は過去それを盗み出して相手の弱みを握る手伝いをさせられていた。俺の超感覚があれば、検索するよりも早く欲しい情報を得られるからだ。俺は記憶野をVR越しに見る事で、大事な物かそうでないかを視覚的に判断できるからだ。

 沢山の引き出しのある箪笥が見えて、引き出しの取っ手が豪華な引き出しを選び中を覗けば、綺麗な宝石や宝石箱、王冠、光沢のある布など、美しい見た目で俺には見える。だから、そういう物を複製して持って帰る事で相手の大事にしている物が分かる。

 禍々しい引き出しもある。その中のおぞましい物も一緒に持って帰る。これらは主に性格に影響を与えるようなトラウマなどの情報で、中には変色してボロボロになった人形や割れた皿、虫の死骸なんかが入っている。見るのすらおぞましい物も入っているが、この情報も貴重だから持ち帰る。

 相手を知る上で重要な点を抑えるなら、この二つを得る事で事足りるのだ。

「何だか、楽しそうですね」

 セリーヌに言われて笑い返す。

「ちょっと良い予定があるんだ」

 セリーヌは何も知らないから、笑顔のまま聞いてくる。

「デートですか?」

「まぁ、そんな所」

 君とだよ。と心の中で付け加える。

 セリーヌの笑顔が変わり、感情が抜け落ちたような気がした。完全な作り笑いだ。

「そうなんですか。……楽しんできてくださいね」

 何か微妙な含みを持った言い方をしてセリーヌは呼ばれて去って行った。

 俺の事を好きなのだろうか。そう思いたいし期待する半面、そういう感情ではないと冷静に考える俺も存在していた。その疑問ももうすぐ解ける。

 俺は、彼女の記憶野に入ったら、ある事をしようと決めていた。

 彼女の事を知るついでに、大事な物の引き出しに、俺の贈り物を仕込む事。俺の事を忘れられなくする物を記憶野に残すのだ。記憶野の中身を引きずり出して消す様な事をすれば脳細胞が焼き切れてしまう。だから贈り物を置いてくる。俺の贈り物が大事な物に分類されている以上、デートと言う言葉であんな顔をしなくなるし、俺が誘えば喜んで応じるだろう。

 三浦の解析によって糊は簡単に消したり再現できるようになり、それを利用して公務員のウォール内部に簡単に入り込める様になった。多分、エリスが何も考えていない筈もないから、警戒は怠らない。あの女よりも早く、セリーヌのウォール内部に侵入してしまえばいいのだ。

 決行するのは、バーバリアンズ・ウォーで戦闘が開始される前、まだ脳内に電子負荷がかかる前だ。慎重にタイミングを見計らう。そうでないと近くで展開されているカドクラウォールが電圧負荷を感じ取ってこちらにやって来てしまうからだ。エリスの居ない時も見計らう必要がある。

 チャンスを逃せば、いつになるか分からない。出来る時に速攻でやる。

「セリーヌ、ちょっと来てくれ」

 呼ぶと素直にやってくる。

「何でしょうか?」

「あうん道場で少しだけ練習に付き合ってくれないか?今日、ちょっと調子が出なくて」

「いいんですか?私で」

「勿論」

 そう言えば、素直に付いて来る。……あうん道場で二人の入った練習室の番号をあえてロックする。

「ロック?」

 気づいて驚いているセリーヌに、俺は苦笑して言う。

「調子が悪いなんて、他の奴らに言いたくないんだ。内緒にしてくれないか?」

「それは構いませんが、誰にだって調子の悪い時はありますよ。無理しないで下さいね」

 裏表の無い優しい感情に気分が高揚する。もうすぐ……たどり着く。

「じゃあ、射撃で命中率の競争をやってもらってもいいかな?君と同じかそれ以上なら大丈夫だけれど、そうじゃないなら少し慎重に動こうと思う。だから本気でやって欲しい」

「わかりました」

 そう言って射撃を開始する。時間は一分。

 射撃に集中しているセリーヌ。その瞬間、一気にウォールを崩す作業に入る。

 糊を消してウォールの一部を解く。……20秒。

 内部に入り、記憶野に侵入する。大きなチェストには綺麗な色の引き出しが入っている。……30秒。

 どれが一番大事な引き出しか分からない!

 こんな事は初めてだった。時間がない。全てをコピーする時間はない。分からないまま、黒い引き出しの中身だけをコピーをした。一瞬の迷いが時間を食ってしまい、色鮮やかな引き出しには手を付けられなかった。結局、俺はそのまま撤退する事になった。

 再びウォールを元の状態に戻し、糊で固定をする。……57秒。ウォールが展開する前に戻れたが、セリーヌの半分しか知れなかった上に、俺の置き土産を置いて来る事も出来なかった。

「大丈夫ですか?」

 気づけば、心配そうにセリーヌがこちらを見ていた。異変には全く気付いていない。

「……ああ。思っていた以上に調子が良くないみたいだ。今日はログアウトするよ。格好悪いけれど、足を引っ張る訳にはいかない。内緒にするって言ったんだけど……皆に伝えておいて欲しい。いいかな?」

「それは構いませんが、本当に大丈夫ですか?」

「うん、心配かけてごめんね」

 そう言ってあうん道場の部屋のロックを解除し、早々にログアウトする。

「上手くいったか?」

 三浦の言葉に俺は不機嫌なまま応じる。

「これから調べる」

「しくじったのか?」

「うるさい!」

 自分の身の危機にだけしつこく反応しやがって。

 俺はむしゃくしゃした気分のまま、解析の作業の為に作った専用のベッドへと進む。

 通常のVRベッドと違い、外界と遮断されている。VR空間は小さいながらにも存在し、外部と隔絶されえている。……シェルターの様なものだ。ハッキング技術を疑似的に試す事も可能である事から、あると分かっただけで犯罪となる代物だ。

 どうやって作るかと言えば、死体のIDを使用してVRベッドを購入するのだ。バーチャルヤクザに所属していた為、こういうのは勝手に用意されていた。それを今もそのまま使用している。

 大事な物は半分手に入らなかった。……でも半分は手に入った。

 遮断されたVR空間で、改めてコピーしてきた物を見る。真っ黒な兎のぬいぐるみ。汚れているのではなく、ただ黒いだけのきわめて綺麗な物だった。赤いボタンで目が付けられていて、たれ耳で尻尾は丸い。

「バーカ!」

 唐突に声がした。驚いている間にも、手の中にあったぬいぐるみはするりと手から抜け出して、離れた場所に浮いていた。

「あんた単純よね。セリーヌが好きで好きで仕方ないって顔していたから、罠しかけたら、本当に引っ掛かった」

 声はゲームで聞きなれた声だった。本人のリアルの声ではない。幼い少女の声。

「エリス……」

「何の権限があって、人の記憶野に入っていたんだ?」

「バカじゃないの?ブーメラン発言してんじゃないわよ。そもそも私本人の訳ないじゃない。あんたが私を見ている場所は外界と接触できない」

 ウサギ……エリスの作った何かは続ける。

「セリーヌがどうして私にここまでの事を許しているのかは、あんたが知る必要のない事なの。あの子は他と違う。私達VR超感覚を持つ人間以上に特別な子。だから、あんたはあの子が欲しくなって、リスクも忘れて私の罠に引っ掛かったのよね。可哀そう」

 ウサギはぬいぐるみで、鼻も口もない。でも体を震わせて笑っているのが分かる。

「残念でした。絶対にあげな~い。あの子はあの子を本当に大事にしてくれる人と幸せになるの。そしてその側に親友として私もずっと居続けるの。ふふふ、あんたの事なんて記憶から消し去ってしまうような長い時間、幸せな時間を過ごすの」

 ギリギリと奥歯を噛みしめる。

「ねえ、今の姿は脳の人?それとも見てくれ?」

 急な発言に冷水を浴びせられた様に気持ちが冷える。一方的な言われように覚えていた怒りが、『そこまで知られている』と言う恐怖に消されてしまった。

「あんた、本当に出来の良いバカね。先生の言う通りだわ」

 出来の良いバカと言う言い回し。そして先生と呼ばれる人物は、俺にとって一人しかいない。

「宇佐美は……先生は何処だ!」

「もう、あんたの先生じゃないわ」

「あいつがウォールCの申請をしなければ、こんな事にはなっていなかった」

「先生って言っておいて、あいつ。ふぅん」

 兎は冷めた口調でつづける。

「ねぇ、私達みたいな超感覚を持つ人間がそもそもどういう人種か知っている?」

「何の事だ」

「特別な人間だとか勘違いしていない?」

 特別に決まっている。他の人間の出来ない事を簡単に出来るのだから。

「百年くらい前だとね、私達は脳の機能障害と診断されていたらしいわ」

「機能障害……」

「投薬による治療方法が確立され、ナニーによる認知療法も手助けするから、症状の出る人が居ないのが現状」

「それならもっと超感覚を持つ人間が多くてもおかしくない筈だ」

「全ての機能障害者が超感覚を持つ訳じゃないの。複数の機能障害を抱えている重度の者だけが持つ特徴なのよ。遺伝的にそういうのを引き継ぐ可能性のある結婚の場合は、ブライダルチェックですぐに分かるからまず子供を持つ人は殆ど居ないの。全く健康な人同士の劣勢因子が偶然に何個も引き継がれて生まれた場合くらいじゃないかしら。とても確率の低い事で、あんたはそれね」

「嘘だ!」

「嘘じゃないわ。知りたいなら文献を検索して調べればいいじゃない。ウォールBでも見られるレベルの情報よ」

「じゃあ、お前は何だ?」

 反論の糸口を見つけて言う。

「俺が偶然なら、お前は何だ?」

 明らかにおかしな女。同類だなんて認めない。俺はこいつとは絶対に違う。そう思いながらその事実を突きつけた。

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