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バーバリアンズ・ウォー  作者: 川崎 春
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 セリーヌのリアルについては、そのパターンから公務員であろう事は特定できた。公務員のウォールと言うのは、機密保持の為に独特のパターンで展開されている。一般人のウォールよりも厳重なのだ。

 こうなってくると、身体能力の高さから……警察官か自衛官の可能性が高くなる。しかし、どちらなのか判別するにはウォールを突破しなくてはならない。公務員のウォールには特殊な仕掛けがある。面倒なのであまり触れたくない。

 そこで、友人であろうエリスの個人情報を洗い出す事で、彼女の正体に迫ろうと試みた。彼女は間違いなく一般人だ。服飾関係の仕事をしているという話は以前に聞いた。だから、彼女からセリーヌへの探りを入れられると考えたのだ。しかし……

「何だこれは……」

 エリスに展開されているウォールは今まで見た事の無いようなパターンな上に、恐ろしく緻密だった。

 俺には、ウォールが一本の糸で編まれたレースの模様の様に見える。人の個人情報を得たい場合、一本の糸で編まれたその一部を解き、その隙間から侵入して必要な情報を得たら元通りに編みなおし、痕跡を消している。レースの模様が複雑であれば、穴を開けるのも元に戻すのも時間がかかる。だから情報を得るのに時間がかかる。エリスのウォールは、重厚感を与えないのに唯一無二だと主張してくる美しく複雑なパターンだった。

 これはVR超感覚を持つ人間にしか作れない。

 俺の様な感覚を持つ者は滅多に居ない。かつて超感覚と言われたそれをVR内部で発揮できる人口は、正確に把握されていない。ナニーAIの世話により、雰囲気を読み取る能力を獲得するのとはまた違うと言われている。ただ分かるのは、カドクラウォールを発案した人間は、間違いなく俺と同じ感覚を持っていたという事だ。

 エリスは……カドクラウォールに関係している。俺の直感はそう告げていた。エリスのウォールの特異性は、通常の人間には感知できなくても俺には分かる。

 セリーヌの事を知ろうとして、とんでもない物に遭遇した。忌々しい事だが、エリスのウォールを突破するのは不可能だ。だとすると、やはりセリーヌから情報を得るしかない。

「公務員か……」

 呟いて俺は目を閉じる。

 個人の情報保護ウォールと言うのは、カドクラウォールの展開されていない場所でも、外部からの刺激を受ければ展開される。展開されている状況が長く続くと、脳への負荷が一定値以上になり、コアの展開するウォールが阻害行動をとるようになる。コアは俺の概算だと、現実距離で半径十キロ圏内を網羅する。VR接続時は数百キロ先からでも応援に駆け付ける。

 このコアの展開しているウォールは隙間は大きいのだが、違うパターンのウォールが数種類救援にやってくる事から、個人情報への侵入はほぼ不可能になってしまう。

 俺からしてみれば、レース編みのコースターをほどいて穴を開けようとしたら、レースのカーテンが幾重にも引かれ、コースターそのものが見えなくなってしまう様な感じだ。

 どこまでも繊細で攻撃性がない。それなのに仕組みが分かり辛く、破るのが難しい。それがカドクラウォールの特徴だ。

 引き裂いて侵入しようにも、負荷が強い事からウォールが即座に救援に現れて、切断しようとしていたウォールを見失う。ウォールの数は多くて不規則、更に背後にあったウォールが乱数で前面に出てくる。予測も成り立たない。そもそも人間の脳の反応速度を超えた速度で移動展開する物を破壊するなど不可能だ。

 コアの展開しているウォールが発動する前に、個人ウォールに隙間を作り、内部の情報を抜き取って元の状態に戻す。これが出来ないと足が付く。解こうとする側の痕跡も残るのだ。VR空間と言うのは、いつも記録されている。記録媒体の関係上、一定期間で異常が無ければ消えていくものだが。ただ、異常を感知した場合その前後数時間の記録は保存される。だから元通りにして「異常はなかった」事にする。それが上手くいけば、記録は消えて俺の痕跡は残らなくなるのだ。

 公務員の場合、個人情報のウォールの糸は、糊付けされたように交差している部分で張り付いている。これは公務員に一度でもなった人間の特徴で、辞めてもそのままだ。この糊付け糸をほどいた場合、ウォールに歪みが生じる。元通りに出来ないから侵入が発覚するのだ。そこから痕跡を辿られて足が付く。だから、時間内に元通り糊付け出来るところまでの事ができなくてはならない。

 ……幸い、俺は警察官だ。パターンを疑似的に再現する為のオリジナルを持っている。時間内に全て出来るようになる練習をするなら可能だ。ただ、どれだけ練習したら可能になるのかは、全く分からない。

 どうせ逃げられないなら……やるしかない。

 ガウラはまだ滅びない。俺は身動きが取れない。だったら時間はある。

 バーバリアンズ・ウォーを離れてしまったら、セリーヌとエリスの個人特定ファクターを失ってしまう。そうなったら探すのは難しくなる。

 セリーヌに対する興味とエリスに対する興味は全く違うが、とにかく知りたいと強く思う。

 逃げ延びて、カドクラウォールの問題点を発表する事が出来るかの瀬戸際だというのに、全く別の事に気持ちが持っていかれる。あまり良い傾向ではないと分かっていても、気持ちが浮き立つ。

 いつも冷めた気持ちで、ゲームを渡り歩いていた。

 そんなに戦争をしたいなら、実際にやればいい。人の感情が偽物で満たされる筈がない。切り刻みたいなら刻めばいい。気持ちのままに。そうして揺さぶれば、あっさりと皆陥落していった。狂気に触れ、己のタガが外れて現実に染み出る様は、彼らに本当の人生を与えたという満足感があった。

 あれほどまでにモラルだの何だのと常識人ぶっていた奴らが、本来の願望を叶える為に犯罪まで犯す。これこそが……人の本性だ。VRの様な疑似空間で満足など出来ないという証拠。

 VRで何でも出来るという幻想は、人を上手くコントロールする為の檻だ。

 檻の番人であるカドクラウォール。あれを破壊し、セリーヌを解き放つ。共に手を取り合って新世界へ飛び出すのだ。彼女は、俺に笑ってくれる筈だ。嬉しそうに。

 ただ……エリス。あの女は邪魔だ。俺の邪魔をする事は目に見えている。

 あの女は、セリーヌに近づく男を遮断している。……セリーヌに惹かれるプレイヤー達の目を自分の方へと向ける。セリーヌの内面を知りたいのに、あの女は会話が進むと割って入って来て、いつの間にか話題の中心に居る。

 感じた違和感は、嫌悪になっていった。今では憎悪に近い。邪魔で仕方ない。あの女を二度と立ち上がれない程に打ち据えてしまいたい。

 自分の個人ウォールは立派なのに、セリーヌのウォールは普通だった。親友なら彼女のウォールも自分と同等にしてやるべきなのにそうしていない。セリーヌは親友だと思っていても、エリスはそう思っていないに違いない。

 そんな傲慢さを指摘し、セリーヌの気持ちをこちらに向けるには、やはり個人ウォールを突破して内部に俺の存在を意識させるのが良い。それが一番だ。

「は……はははっ」

 そう思った途端、気分が高揚して笑い声が漏れた。

 今まで、個人ウォールの内部に痕跡を残した事など一度もなかった。でも、今回はそうしたいと思う。カドクラウォールに感知されないのに、セリーヌのVR内部に俺の立ち入った痕跡が深く刻み込まれて消えなくなったとしたら……。

 セリーヌは俺を忘れない。そしてエリスは、ウォールを突破した俺の事をどれだけ忌々しく思うだろう。それを想像するだけでゾクゾクした。

 ああ。とてもいい。こんな気持ち初めてだ。

 美しい蝶と蝶に擬態した蛾。蝶の羽に俺の印を残し、蛾を踏み潰す事が出来る。こんな機会は一生に一度あるか無いかだ。

 俺はゲーム、仕事、ウォール突破のタイムアタックを繰り返す日常に突入した。

 足が付くのを恐れ、少し間隔が空いてしまったが、今日は久々にサルベージアカウントで『バーバリアンズ・ウォー』へとログインする。大勢で賑わっている城下町は、ガウラが持ち直した事に対する議論で持ち切りになっている。

「長く稼げるならいいんじゃないのか?」

「最近、俺達の方が悪者だよな」

「やっぱ戦闘回数を重ねると、スプラッタショーにも飽きるんだろう」

 効果が薄れている……。

 その場の風景を記録する。その時間は0.1秒。その画像に俺の作ったフィルターをかける。すると、景色の中に赤く外枠の付いたアバターが見える。数は三人。カドクラウォールのコアとなっているプレイヤーだ。

 コアとなっているプレイヤーに対して、俺は声をかける。

「これ落としましたか?」

「俺のじゃないな」

 たったこれだけ。会話の中に俺の作った種が入っている。返事をすれば……それで相手の中に入り込む。ぶつかって謝る、挨拶をする。それだけだから、誰も気づかない。

 河津に最も凶暴化を促せるホルモンの配合を算出させ、俺がそれに基づいて作った。バーサクシード。

 オキシトシン・アドレナリン……複数のホルモンの分泌を促し、気分良く残虐行為を行えるようになる。人の脳内で発芽して花を咲かせる。花が枯れるまで脳内で分泌系を制御する。

 ただ、オリジナルであるコアの脳には影響を与えない。コアの内部では一つの種が花を付け、すぐに散って実となる。実は内部に大量の種を内包している。何かの拍子にカドクラウォールが出現した場合、実が弾けて周囲へとその種をまき散らすのがバーサクシードの仕組みだ。

 戦争のゲームでは、バーサクシードが効率よくばらまかれる。ゲームでの強い電子負荷に加えて、集団行動だからだ。

 脳への一定以上の電子負荷。それこそがカドクラウォールの展開条件となっている。開発された当初、VR内部でこれ程に脳に負荷のかかるゲームは開発されていなかった。今やその刺激は強く、これを規制する動きはあるものの、実際の健康被害が出ていない事からまだ規制は行われていない。

 カドクラウォールは古いんだよ。

 俺はそう思いながら、ほくそ笑んで戦場へと向かう。

「我々は強い。それを信じろ。今や、ガウラは死に損ないの勢力ではなくなっている。……死者を刻んでいる時間があるなら、戦え!」

 クロウ。アルベスタのジェネラル。バーバリアンズ・ウォーで一番最初に国宝を入手した事から、バーバリアンズ・ウォーでも知らぬ者の居ない生きた伝説。その意見に大勢が賛同の雄たけびを上げている。

 馬鹿共め……今日からまた死体を刻むんだよ。

 俺の脳にもバーサクシードは入り込む。しかし、ログアウトした後、自動的に取り除く『除草剤』があるから、感染による狂気をあえて受け入れる。……怪しまれない為にそこまですべきだと三浦が言うから従った。実際、誰も俺を特定できていない。

 他のゲームでは敵味方の全てにバーサクシードがばらまかれた。しかし、バーバリアンズ・ウォーでは、敵軍にバーサクシードが拡散しない。ゲーム内部の敵味方識別判定によって、バーサクシードが弾かれる。……予想外の事があったとすればそれだけだ。

 狂気に酔いしれる時間だ。

 戦場でガウラ勢と相まみえる。

 ジェネラル達の武装は重厚で似ている。デザインや色は個人で変えてあるので、誰なのかは識別できる。アルベスタの色である深紅の鎧と兜を身に着け、巨大な盾と片手斧を持つのはクロウだ。クロウは、同じく深紅の盾にアルベスタの紋章を入れている。他のジェネラル達も鎧は赤くないが、鎧や盾にアルベスタの紋章を入れている。

「総員!用意」

 ガシャンと鎧のこすれる音が一斉にして、ファランクスの陣形となる。

 前面にジェネラルを中心に、ナイトが前面に並び、その背後にアーチャーとマギが並び、背後にヒーラーが続く。

 俺はモブのナイトとして前面に立ちながら、戦場の先を見る。ガウラ勢が見えるが、俺が見ているのはひとりだけだ。

 ……今日も綺麗だよ。セリーヌ。

 敵に回る事で、彼女を真正面から見る事が出来る喜びに浸る。一緒に戦っているときは、その姿を目で追う事ができない。彼女に恥じるような戦いはしたくなかったからだ。

 今日も美しい姿は健在だった。武者鎧は深みのある澄んだ青を基調に複雑な色合いが出されている。兜は透過処理で装備しているが見えないようになっている。顔も髪型もはっきりわかる状態だ。青い髪を一本の三つ編みにし、赤い組み紐で束ねているだけだが、そのシンプルな装いが彼女に似合う。大勢の目を惹く。

 圧倒的な存在感だけでなく、正確な射撃で敵の装備を破壊していく強さも彼女の存在を浮き上がらせる。レベルによるスキルや能力値の補正を必要としない……本来の肉体の強靭さが浮き彫りになる。

 それでいて、男慣れしていない敬語の硬い話口は、崩したいという欲求を強く刺激する。

 エリスといるときの口調や柔らかい笑みを知っている者達からすれば、彼女への強い妄想を駆り立てるには十分だった。

 あどけない容姿を武器に、男に媚びる癖に隙を見せないエリスとは正反対だ。

 和弓を持つ手を見るだけで、長くいる中級プレイヤー達とも格の差を感じる。彼女は弓を地面に付けて立てる事を決してしない。武装を大事に扱うのだ。国宝を手に入れる前からそうだった。

 武器にすら敬意を払い、敵であっても誠意を持って戦う。戦闘が終了すれば武装は元通りになるのに、「ごめんなさい」と呟きながら弓を射る姿に、ガウラのプレイヤーがどれだけ心酔しているのか、彼女は知らない。俺もその一人だと言うのに、それに気づかない。

 思考に浸っている内に開戦となり、さっそくカドクラウォールが展開され始めたらしい。狂気が侵入してくる。

 セリーヌを……愛しい彼女を……

「バラバラだぁ!」

 隣に居た奴が叫ぶ。狂う。皆一緒にこの狂気に沈めばいい。

 そう思っていると……白い波の様に何かが押し寄せてくる。その白い波の中心には、あのいけ好かない女、エリスがチラリと見えた。初っ端で国宝の力を使用するのは初めてだ。

「相手の速度を落としたよ。みんな頑張って~」

 軽い声に、ガウラ側で雄たけびが上がる。

「やばっ!マジかよ」

 そう呟く隣の奴の顔から狂気が抜け落ちている。俺自身……冷静に起こったことを見ている。呆然とするしかない。俺のバーサクシードが今の魔法で消されたのだ。

 狂気とは違う怒りで、脳が赤く染まる。

 あの女は明らかにおかしい。何故誰もそれに気づかないんだ。ギリリと歯を食いしばり、俺は前へと前進する。

「そこ、ライン出すぎだ!」

 聞こえたが、無視した。クソ女をどうにかしなくては……。

 そう思った瞬間、飛来した弓によって、俺の鎧が破損して崩れた。セリーヌの矢ではない。どこかの中級プレイヤーの侍の矢だ。

 次の瞬間、駆け寄ってきた忍者のクナイが飛んでくる。俺は僅か三十秒で死亡した。

 そして、俺の居なくなった穴からガウラ勢が入り込み、ラインが崩れていく。蘇生までそれを眺める事になった。俺の居た場所だけでなく、戦列はあらゆる場所で崩れ、立て直す事はできなかった。最初に速度低下魔法を軍勢全体にかけるという大技に浮足立ったプレイヤーが多かったからだ。……戦闘は続けたけれど俺は内心呆然としていた。

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