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バーバリアンズ・ウォー  作者: 川崎 春
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 線香の煙の臭い。何処からか聞こえてくる坊主の念仏。

 今時、こんな葬式を行う様な奴らを、俺は初めて見た。黒い服で来いと言われてそれは出来たけれど、数珠と言う物はたった一度の葬式の為に取り寄せるには高額だったので、持たずに行ったら殴られた。律儀にも腹だった。その場でうずくまる事になった。

「会長の葬式だと言うのに、この恩知らずめ」

「すいません。俺には高額過ぎて……すぐには」

 会うと必ず殴って来るこの男は、成り代わる前から俺を殴って来たあの男だ。次の会長でもある。この男は自分が馬鹿である事を理解している。だからVR内部の事を常人よりも理解し、操作する俺に劣等感を抱き、恐れてもいるから支配下に置きたがっている。

 そんな心理が分かる程には付き合いもあったから、稼ぎが少ない事を暗に伝えるだけで、男の怒りが薄らいでいくのも分かっての発言だった。

 俺の報酬となる金を、三浦が奪って、その一部をこの男に流している。……こいつの気分を良くする為だ。当然、三浦の事をこの男は忠実な部下だと思い込んでいる。

「これからも、言う事を聞いていれば食うに困らない様にしてやる」

「はい」

 バーチャル・ヤクザで故人である『奥村栄司郎』は若い頃、VRが日常を浸食している過渡期だった事に目を付け、借金で絡め取った技術者を集め、人に強い刺激を与える中毒性の強い薬の様な物を作れと命じた。それがVR麻薬だ。

 麻薬の仕組みは、VR内部で快感を与える脳の部位に対して指向性の高い電流を送り続けると言うものだった。脳はそれを受け入れ、刺激が続けば慣れてしまう。そうなるとより強い刺激を求める相手に強い電流を与える。やがて廃人になるのだが、相手はそれが分からないし、無くなれば酷くつまらない世の中に絶望する。どっちにしても、行きつく先は死。そういう物だった。

 だからこそ警察に目を付けられ、完全に封じられる事になった。仕組みさえ分かってしまえば、簡単に作れる。ヴァーチャル・ヤクザだけが作れる状態の内に警察は動いたのだ。

 俺が成り代わりにならねばならなかった理由は、その時代を忘れられず、再び同じ事をしようと言う会長の執念にあったのだ。

 しかしカドクラウォールは、人々の情報権限の管理から、脳に過剰な負荷のかかる電流の制御まで行う。何人もの人間がウォールの仕組みの解析とその突破を目論みたが、未だ成功した者は居ない。

 次期会長であるこの男も、俺にそんな事はできないと思い込んでいる。サルベージアカウントを利用して、自分達の方へと一般人を巧みにゲーム内部で誘導し、本人と会う場を取りつけた後はリアルで金品も尊厳も奪い尽くす。そして、人間そのものを破壊してしまう。嗜虐性の高いこの男は、それで精神も懐も満たしている。それ以上の物を望んでいない。

 会長が欲していたのは、国すら恐怖する様な切り札による群衆からの搾取だった。当然、器の違いは会長にもわかっていた。しかし、番犬としては役立つ男だった。だから会長は、密かに三浦に対して後継者になるように打診していたが、三浦はそれを拒む様にこの男に媚びた。……当たり前だ。免疫力の全くない体では、この汚い男に対抗できはしない。それは俺も同じだ。

 会長は人心の把握が巧みで、恐ろしい程の観察眼があった。思っている事を黙っているのに悟られそうな恐怖が絶えずあった。しかしこの頭の悪い男には、そんな物は無い。

 俺は側で見下ろしている三浦の方を見た。三浦は一つ頷く。……茶番は終わりだ。

 葬式が終わった後、次期会長だと言う男は心臓麻痺で死んだ。医者である河津が居れば、この程度は足の付かない様な方法で行える。会長がいる間は、河津と結託している事を悟られる訳にもいかず実行できなかったが、それもようやく終わった。

 俺達は、バーチャル・ヤクザと言う組織を解体した。いらないからだ。

 俺がしたいのは金儲けじゃない。皆をVRの世界から引きずり出す為の気付き。その為にはカドクラウォールを何とかしなければならない。

 河津は人体実験がしたいだけ。三浦は俺の行く末を見守りたいと言う。

「親だからな」

 奇妙な関係ではあるが、まだ一緒にいてくれる事にほっとした。実の親も宇佐美も俺を捨てたけれど、三浦は絶対に俺を捨てないし裏切らない。それだけは分かっているのだ。

 三浦は……壮汰を息子としてちゃんと可愛がっていた。母親が誰かは知らないが、生まれてからずっと一人で世話をしていたから、壮汰はとても父親を信頼していた。その息子を外出だと言って連れ出した。滅多にできない外出にはしゃぐ壮汰が疲れて眠った後……俺との入れ替わりで永遠の別れとなった。

 三浦は会長を憎んでいた。しかし歯向かう事ができなかった。……その会長も死んだ今、できる事といえば、外見だけ残った壮太を大事にする事しかないのだ。

 遺伝的に見れば、壮太と三浦の中身は全く血縁の無い関係だ。それでも、三浦にとっては子供だった。中身すら違う今、一体何の関係があるというのか……。三浦は頑なにその現実から目を逸している。他に何もないのだ。

「カドクラウォールの仕組みは、予想できているんだ。もし本当だとすれば、隙はある」

 俺がそういうと、三浦も河津も目を瞠る。

「推察でいい。どうなっているのか教えてくれ」

 好奇心むき出しで言う河津に、俺は淡々と応じた。

「カドクラウォールは、人間をコアにして展開するウォールだ」

「人間を?」

「表向き、VRベッドに常備されていて個人情報を守るウォールだとされている。VRの情報は全てベッドに依存し、起きているときもベッドからVR情報を呼び出しているから、ウォールが働くとされている」

「そうじゃないのか?」

「違う。……ナニーが適正を調べ、コアになる人間が選出される。実質、基礎疾患や脳障害が無ければほぼ全員がその対象だ。そうなった人間は、ただ生きているだけでウォールを展開する。それがカドクラウォールの正体だ」

「ウォールのコアになると言うのはどういう事だ」

「コアとなっている人間は、VRと未接続でもずっとVRへ干渉する。ウォールの出現を予測できないし、数の暴力とでもいうべき力で侵入を阻止する」

「ほう。微量とは言え、電気刺激が流れ続ける訳だから、それは後遺症がありそうだな」

 河津はニヤニヤしている。

「だから一人の人間がコアとなり続ける期間は短く、不規則だ。俺は元々日光アレルギーだと言う事もあって、適性者から外されている。何が起こるか分からない状態の人間は使わないのだろう。俺の脳の状態を調べた形跡がない。しかし、俺の学生時代の知人には特に理由も無く脳を中心にメディカルチェックをされた形跡がある。元を辿ればデジタル庁に辿り着く。最新の健康状態でコアになれるか判断して、負荷限界を超えない程度で選出を繰り返している」

 俺の理屈について考えているのか、河津は腕組をして天井を見上げる。

「確かに、それなら解析などできるはずがない。……証明する方法はあるのか?」

 そこで、俺が考えた事を話す。

「調べる方法はある」

 説明は面倒なので、俺の仮説を直接脳へと渡す。三浦は青ざめて、河津は大笑いし始めた。

「本気か?」

 三浦の言葉に俺は頷く。

「カドクラウォールの穴を突く。大事件にしなくては、無かった事にされてしまうからな」

「いいじゃないか。俺はこういうの大好物だ」

 河津が笑いながら言う。一方三浦は呆然とした後、慌てて言う。

「テロだ!」

「何とでも言えばいい。……生易しい方法で世界を変えるなど不可能なのはわかっている。お前が門倉警視監を殺害しても、世界は変わらなかったじゃないか」

「あれは会長の私怨を晴らす意味の方が強かった!第一、お前が本当にしたい事は人殺しじゃないだろう?何を焦っているんだ」

 三浦はそれでも食い下がって来た。

「焦るに決まっている。俺が世界に疑問を感じてから何十年経ったと思っているんだ。こんな体だ。何時死ぬかわからない」

「三浦、ごちゃごちゃ煩い。止めてもやるって言っているんだから、見ていればいいんだよ」

 河津は、無抵抗な人間を切り刻む事に快感を覚える医者だから、俺のやる事が楽しいのだろう。三浦の発言を止めようとしている。

 三浦はそれでも言い募った。

「会長が死ぬまで待ったのは、俺の心が弱いからだ。殺されるのも自殺するのも無理な俺は……人を犠牲にしてしまう。でも、望んで人を殺したいなんて思った事は一度もない。あんな組織が無くなれば、殺しを積み重ねなくて良いと思ったから、お前と一緒に組織を潰したんだ」

「だから?」

 俺の言葉に三浦は呆然とする。

「嫌なら見なければいいんだ。別にお前が何処に行こうと探しはしない。ただ、俺のやっている事を警察に垂れ込めると思うな」

 俺は三浦壮太として、VR警察に在籍している。子供に戻り、カドクラウォールの制限も受けていないから、俺は慎重に立ち回り、上手く入り込む事に成功した。日光アレルギーであると言う子供時代の詐称経歴を生かし自宅勤務が多いと言う点を除けば、誰も怪しみはしない。

「裏切るとは……言っていない」

 恩人で、唯一の同士とも言える三浦が俺を裏切るとは思っていない。しかし、裏切りではなく情から俺の動きを妨げに来る可能性はある。それは封じたい。

「俺が捕まれば、父さんも一緒に捕まるよ。お願い……手伝って」

 『父さん』と呼ばれると、三浦は苦悶の表情になり俯いた。俺が自分の言い分を通す時、罪悪感を煽って黙らせる事は三浦も知っている。それでも、このやり方に三浦は逆らわない。逆らえないのだ。

 話は終わったとばかりに河津が俺の前に三浦を押しのけて出てくる。

「それで、コアは特定できるのか?」

「可能だ。後、あんたの協力が必要だ」

 コアとなる人間の特徴は、電気刺激に耐性の強い脳を持っている点。そういう人間は、ナニーAIの世話を受けてVR内部での感受性を身に着けていても鈍い。それで検索をかけられるツールを作ればすぐに見つけられる。

 集団で雰囲気を読んで動くような場面で、反応の遅れるやつを探せばいいのだ。スポーツや戦争のゲームが良いだろう。俺の目論見は当たり、今ではツールが簡単にコアを特定できる様になった。

 特定さえ終わってしまえば、後は一瞬だ。

 俺の推測は、面白い程に当たっていた。俺が特定したコアに仕掛けをした所、凶悪犯罪者と化す者が増え始めた。論拠は揃った。……実験はバーバリアンズ・ウォーで最後になる筈だった。後は、カドクラウォールの仕組みを公開し、その在り方を世間に問うだけだった。

 しかし、その段になって邪魔者が現れた。

 現段階で情報を公開すれば、俺は捕まる。VR警察内部でも、俺は関係者として、特定されている。サルベージアカウントから足がつく事は今までなかったのだが、今回はシナリオに無理があって足がついてしまった。女性AIの画像でプレイヤーを煽る方法は……プロを自負する者の多い『バーバリアンズ・ウォー』では、動機として弱かったのだ。

 しかもアルベスタのジェネラル達は、他国に比べて頭が切れる。特に筆頭ジェネラルであるクロウは、女王以上にプレイヤーの尊敬を集めているカリスマだ。他国からも特別視されている。そんなプレイヤーの居る国を迂闊にも煽ってしまった。プレイヤーの一部は、当初から強い違和感を感じていたのだ。

 故に俺の使ったサルベージアカウントが洗われて、俺の存在にたどり着いてしまったのだ。俺は自分のアカウントが乗っ取られていたような偽装もしたが……まだ疑われている事は知っている。

 それで、身動きが取れなくなってしまった。

 それでも俺の本アカウントの居る勢力……ガウラが滅亡すれば、十分に逃げ切れる。その時を待って息を潜めていた。逃げ切る事ができれば、本アカウントは何もせず、その間に別人の複数アカウントでカドクラウォールの事を暴露しようと考えていた。それで終わりになる筈だった。

 その予想はもろくも崩れている。

 戦場はいまだかつてない活気に満ちていて、ガウラはここ最近負けなしだった。

「みんなぁ~!行くよ~」

 女の声と共に、ガウラ勢が全員わっと沸く。美しい少女姿のアバターだが、中身はそんなに若くない。馬鹿っぽい女を装っているが、戦場を分析する能力は高く計算も出来る。俺の苦手なタイプの女だ。戦場で何度も助けられているから良く分かっている。恩着せがましい事を一切言って来ないが、いざというときにはこの実績を使って決して逆らえない方向へもっていくのだろう。

 名前はエリスという。職業はカンナギだ。まだプレイを初めてそんなに経っていないのに、過去の観戦者数の最高記録と支持を叩き出し、国宝ダンジョンで『明星の錫杖』を手に入れている。

 この国宝は、一戦闘に一度だけ、戦場を全範囲として己の魔法を行き渡らせる事が出来るというとんでもない武器だ。

 シャン……

 鈴の音と共に、白い波がエリス中心に拡散し、ガウラ勢のHPが回復し始める。

 当然敵対しているアルベスタ兵は、エリスに向かって進み始める。しかし……パァン!と言う破裂音を立てて、次々にアルベスタ兵の装備が壊されていく。

 サムライの弓による装備破壊だ。

 ……許せない。俺の行く手を阻む敵だ。それなのに。

 エリス以上に度し難い程の脅威だ。それなのに、国宝『宵闇の弓』を引き、次々に敵を射るその姿はあまりに美しい。セリーヌと言う侍は、今まで誰も俺を理解できないという怒りに満ちた感情を、一瞬で消し去る程の存在だった。

 エリスの様な計算高さは無く、ただ己が強く在りたいと願い、己の信じる善の為に真っ直ぐに前を向き続けている。なぜそこまで強く在りたいのかは、多分エリスの為なのだと俺も含め、周囲は考えている。

 エリスと一緒にいるときに見せる笑顔には構えた所が無く、本来はただの優しい女なのだと分かってしまう。それ程に、エリスとそれ以外に向ける表情や言葉には差があるのだ。

 一戦闘三十秒だけの速射能力のある宵闇の弓は青い。それを三十秒の間射る姿は、青を基調にした美しいアバターにとても合っている。

 セリーヌ達がいきなりガウラに飛び込んできたときには、何も知らない二人を姫様扱いで祭り上げて『滅亡祭り』をする予定だった。最後まで戦うモチベーションに、綺麗な女の子達を守るのは、良いじゃないかという話になっていた。滅亡前に、誰かがプライベートのアドレスをもらえるかを賭けの対象にしていた程度だ。それで終わるなら、俺の存在も気づかれず、霞んで終わりだと思っていた。

 ところが、この二人は現在の戦場での戦闘方法に対する打開策を発見した。しかも、本人達がそれぞれに頭角を現し、誰もが認める存在となってしまった。……本当にあっと言う間に。アバターが作りこまれているから祭り上げて使おうと言う認識は過去のものになった。アバターだけでなく、本人達もそれぞれ普通ではなかったのだ。

 特にセリーヌの戦闘能力の高さは圧倒的だった。柔道経験者だという話もあって、女性のアスリートか何かではないかと考えている者も居る。または警察官、自衛官ではないかと言う者も居る。現実での事を露骨に聞く者はいないから、本当の事はわからない。

 調べなくてはならない。俺は探りを入れる事にした。

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