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バーバリアンズ・ウォー  作者: 川崎 春
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ここから視点が変わります。

 身動きの取れない状況の中、ただ小さく息を吐く。

 本当なら、俺の欲しい物はとっくに手に入っている筈だった。

 俺の欲しい物は、『気付き』だ。皆が目を逸らしている現実に気付き目覚める。たったそれだけの事なのに、邪魔が入る。カドクラウォールと言うVRを保護するシステムが、VRの世界に人々の気持ちを沈み込ませ、現実に目を向けさせない。

 ---二十五年前。

 この偽物の世界、VRで産まれた時から満たされ人は死んでいく。原始の時代から持ち続けているあらゆる欲が、脳内へと送り込まれる電気信号一つで満たされてしまうなど、許されて良い筈がないのだ。

 俺はその理不尽さについて、AIナニーに問いかけた。すると、AIナニーは言った。

「電気信号で出来ている私に、その答えを求めるのですか?」

「答えられないなら消えちゃえよ」

 本来、十歳まで一緒に居る筈だったAIナニーは、俺の場合、九歳で消滅して居なくなってしまった。誕生日まで三日だった事から、あり得ない事態だったにも関わらず、誰も消えた事に気付かないままになった。

 それから俺は同じ疑問を持つ仲間を集める事にした。一人では余りに無力だ。やはり仲間を集め、組織化しなくてはならないと思ったのだ。しかし、仲間を集めるのは難しかった。

「キャンプに行かないか?」

「VRでならいいよ」

「本当じゃないだろう」

「知らなくても困らないよ」

 電気刺激で与えられる情報は現実に近いと言うけれど、俺はそんなの信じない。実際に山の湧き水が冷たいのか感じたい。海の水が塩辛いのか感じたい。たったそれだけの事なのに、誰も確認しようとしないのだ。俺はそれを知りたいと親に言った。すると親が取り寄せてくれた、湧き水のサンプルと海水のサンプルが送られてきた。

 俺はそれの入った丸いシリコンボールを床にたたきつけた。鈍い音を立ててサンプルの入ったボールは転がっただけだった。割れないボールに腹が立ち、俺はそれを踏みつけ続けた。何度も……何度も……。足の骨にヒビが入ったが、ボールは割れないままだった。

 この頃から、俺と親の関係は一気に悪くなった。成績優秀で自慢の息子だった筈が、手放したい精神異常者へと変化していた。度重なる精神鑑定、AIによるカウンセリング。俺の状態は、両親の元では戻らないという診断が下され、俺は親元を離れ、学者……宇佐美の元で十二歳から育てられた。

 VRで出来る事を現実でやりたいと願う気持ちは、受け入れられないままだった。仲間は現れない。誰も彼もが俺を無視した。たまに、見てはいけない者を見ている様な目を向けられるだけだった。こんな目に遭っている奴らが居るなら、俺はその旗印になる。そう決めた。

 花火も、野菜栽培も、虫取りも、現実で俺のやりたい事は何一つ出来ないままだったから、腹いせにVRの花火大会で夜空を流れ星で埋め尽くした。ガーデニングゲームに三日で育つ野菜を食う植物をはびこらせ、一時間で産卵・羽化を繰り返す我を入れて大量発生させた。VRのゲームやイベントはそれで中止になった。このまま……現実でやればいいのにと期待したが、それは無かった。

 宇佐美はその都度、俺と話をする。

「他のやり方を考えなかったのか?」

「少しの変化だと、皆が無視をする。だから誰もが無視できない方法を取った」

「花火大会をする場所など、人の住む環境にはない。何度言えば分かる」

「作ればいい。やりたいと思う人間が増えれば出来る事だ」

「誰も望まない。望んではいけないんだ。だから出来ない。何度も言った筈だ」

 宇佐美はそこからいつもと同じ話をした。俺の中でその言葉の羅列は意味を持たない。

「俺は諦めない。きっと、本当はやりたくても出来ないから我慢している奴らが何処かに居るんだ」

 宇佐美はため息を吐く。俺の言い分は到底理解できないと言う顔をしている。

「お前は、本当に出来の良い馬鹿だな」

 いつもそう言われて終わる会話。何度繰り返しても、宇佐美は俺の言い分を理解しなかった。

 気付けば、宇佐美は高齢になり、俺は成人する年齢になっていた。

 成人年齢になれば、誰もが与えられるVR内部でのウォールレベルA。俺はそれに制限を付けられ、ウォールはCと言う扱いを受けていた。宇佐美からの申請によるものだ。Cと言うのは、子供や軽犯罪者に与えられるBよりも下だ。VR重犯罪者にのみ課されるレベルのもので、未成年時代にVR犯罪を犯した俺にこれを課すという事は、『更生の見込み無し』と言う判断が下された事を意味する。怒りの矛先を向けようにも、この通知が来た時には、宇佐美は共に暮らした家から姿を消していた。何処に行ったのか、ウォールCの壁がある為、調べる事は出来なかった。

「俺はマトモだ。やりたい事をやりたいと言って何が悪いんだよ!」

 宇佐美と長年暮らした家で叫んだが、それに対する返答は何処からも返ってこなかった。

 就職活動をしようにも、ウォールCである場合、面接会場をVR内部で指定されても中に入れない。ウォールに阻まれるからだ。……俺は主席で大学を卒業したのに、就職先を選ぶ事は出来なかった。出来る仕事は、都市整備機構で機械を整備する仕事のみだった。

 現在、肉体的に健全であると判定されている人間には、救済労働基準と言う物が設けられている。それによって出来た仕事。……するべき事は何もない。

 家に引きこもっている人間より少し収入が良くなり、真面目に職場に出ていれば、より良い就職先が見つけられるというシステム。俺に関して言えば、そんな事はまず起こらない。ウォールCの壁があるからだ。……仕事で使う為に越えなくてはならないウォールを越えられない。ウォールの基準を上に上げるとなったら、これを指定した宇佐美からの再審査請求が必要となる。しかし、その宇佐美の居場所が分からない。俺は一生このままだ。

 毎日、スキャニングして自動修理を行う修理ロボットをただぼんやりと眺める。家に居てもVRで出来る事がほとんどない。だからここに来る。

 人間の手によるメンテナンスを必要としない便利な都市。その中で夢の現実を漂う人々。彼らを目覚めさせ、現実を五感で感じる感動に導きたい。しかし目覚めに導く手段を、俺は失ってしまった。

 俺はVRが嫌いなのに、VRに関してのみ能力が突出している。子供の頃からの取り柄だった。……それでも、カドクラウォールの仕組みだけは分からなかった。解析するには大人になってからの権限Aを待つ必要があったのだ。その権限は永遠に得られない。

 もう、このまま朽ちていくだけなのだと諦めていた頃、職場で一人の男に声をかけられた。

 俺達の職場は、一種の交流所の様な物で、仕事中に酒を飲む奴も居れば、麻雀をしている奴らも居る。家にいるよりも給料が上がるから来ているだけで、真面目に勤務している訳じゃない奴らだ。この環境に適応し、納得している。俺もその中の一人になるのだと覚悟していただけに、とうとうその入門編が来たと思っていた。

「ちょっと、こっちに来て話をしないか?」

 年齢は分からないが、高齢者だ。この場に集まっている奴らを仕切っている。最初に紹介された時に名前を言っていたが覚えていない。

「いいっすよ」

 男は西原と名乗った。年齢は七十歳近いが、眼光が鋭く言葉には覇気がある。怒らせてはいけないと言う雰囲気を持っているが、人の話を良く聞いて寛容な態度で応じる器の大きな人だった。

 時間が経つにつれて、俺は西原と親しくなった。宇佐美は俺の話を否定したが、西原は俺の境遇や考え方などを、しっかりと聞いた上で、否定しなかったのだ。

「お前は好き勝手に外に行ける暮らしを取り戻したいだけなんだろう?いいじゃねぇか」

「西原さんは俺の理解者だ。一緒に戦ってくれませんか?俺は、世界を肌で感じたいんです」

「いいぜ。ただし……始めたら後戻りはできねぇ。その覚悟はあるのか?」

 試されている。俺の本気が。

「勿論です」

 そう言うと西原は凄まじい笑みを浮かべて言った。

「今日から俺の事は会長って呼べ」

「は?」

 間の抜けた返事をした途端、頬に凄まじい衝撃を受けて横に吹っ飛ぶ。気付けば、ここに集まって麻雀をしていた中年男に殴られたのだと気付いた。周囲はここに集まっている男達で囲まれていて、俺は呆然とその様子を見る事しかできなかった。

「会長だ。言ってみろ」

 殴った男に言われ、俺は震えながら応じた。

「会長……」

「そうだ。苗字も偽名だ。もう口にするな。いいな?」 

 何度も頷く。それ以外に術がなかった。逆らえば死ぬ。それだけが頭を支配していた。

 バーチャルヤクザ。今も存続する違法組織。カドクラウォールに敗北し、消滅したと思われていた彼らは、こうして生き延びていたのだ。俺はその巣窟に居た事にようやく気付いた。

「お前には、新しい人生をやる。それを俺の為に役立てろ」

 会長はそう言うと、不遜に笑う。当然拒否権などない。

 そして仕事が終わっていないのに引きずられて行ったのは、職場の外れにある倉庫だった。

「ヒッ」

 細い声が喉から漏れた。……そこに人が倒れていた。少年だ。

「これは……」

「見て分からねぇのか」

 会長はそう言うと俺の方を冷ややかに見た。

「お前、こいつに成り代われ。なぁに、うちには腕の良い医者が居る。二年かからねぇ」

 言っている事がじわじわとしみて来る。目の前の少年は意識はないが生きている。成り代わったら、この少年はどうなる?

「待ってくれ、俺はただ」

 続きを言わない内に顔を殴られて吹っ飛ぶ。その後、重たい音がして、男が会長に蹴られて尻もちをついていた。

「顔はやめろ。頭の中身が壊れたら困るだろうが」

「す、すいません」

 男が立ち上がると、会長はこちらを見ると凄みのある笑顔で言った。

「なぁに。ここでぼんやりしている時間よりは退屈せんだろうよ」

 会長は一言そう言い残すと、引きつれていた男と共に居なくなった。

 逃げなければ……

 そう思った瞬間、俺は意識を失った。暗い倉庫には人の気配があった。逃げるのは不可能だったのだ。それからは目覚めるまでの記憶がない。一瞬後に戻った様に感じたが、暦では一年八か月が経過していた。

 鏡には少年が写っている。少年の名前は三浦壮太。年は十三歳だ。

 三浦壮太の父親の『中身』はバーチャルヤクザの一員で、カドクラウォールを作ったとされる門倉警視監殺害の実行犯だった。俺が今行われている『成り代わり』の一番最初の被験体だったらしい。

 本当の名前は分からないので三浦と呼ぶ……は、門倉警視監の殺害後、一般人として潜伏した。そして仲間を確保する為の活動を続ける事になった。

 バーチャルヤクザである事が判明している人間の個人アドレスには『黒タグ』と呼ばれる印が付いている。一般人が見ても分からないが、何か事件や問題が発生した場合、VR警察は『黒タグ』がある人間の行動記録を閲覧できる権限を持っている。原因特定された場合には、即座にウォールCに権限を落とされる。

 親族にも『黄タグ』が付けられている。VR警察のウォールSS権限を持っている幹部クラスになると、『黄タグ』の行動記録も閲覧できる。

 三浦は『黒タグ』や『黄タグ』の無いバーチャルヤクザの人材を確保していたのだ。

 結果、三浦は何人もの仲間の勧誘に成功し、子供まで作って差し出すに至った。……それが三浦壮太だ。

 壮太は生まれてからの殆どの時間を部屋から出ないで過ごしていた。外を知らず、ただAIと勉強したり遊んだりして日々を過ごしていた。周囲には遺伝病の治療中で、日光を浴びると体調が悪くなると説明されていた様だ。診断書もあったから、本人もそれを信じていた。本職の医者がバーチャルヤクザに居ると、それだけの事ができてしまうのだ。

「この体に不健康な所など全くない。しかしお前の脳が入って不健康になった。注意しろよ」

 河津はそう言った。河津は医者で、バーチャルヤクザに自分から加担している。……この成り代わりの生体実験がやりたかったからだと悪びれる事なく言った。確かに一般的に認められる事ではない。

「注意しろって、いきなり倒れたりするのかよ?」

「それはないな。神経はきっちり繋がっている。問題は免疫だ」

「免疫?」

「全く遺伝的に関係の無い脳を異物だと認識しないレベルにまで免疫力を削いだ。つまり病気になったら死ぬって事だ」

「病気になるなって事か?」

「そもそも病気になったらVRベッドが認識した時点で調べられて成り代わりもバレる。だから、健康で居るしかない。具合が悪くなっても助ける方法はないからな」

「滅茶苦茶だ!」

「三浦はまだ生きている。……親子なんだから一緒に暮らす事になる。あいつが生き方を教えてくれるだろうよ」

 何が親子だ。どうせロクな男ではあるまいに。

「元が誰かは問わない。壮太と呼ぶ。俺の言う事を聞け。それしか道はない」

 出会った三浦は、開口一番そう言った。静かな口調で話す男だった。会長の部下は皆頭の悪そうな喧嘩腰の男ばかりだったので、妙な気分になった。

「お前は会長の望む事をする。俺はそれを補佐する。会長の言う通りにしなければ、お前は死ぬ。俺はお前を死なせたら、会長に消される」

「会長って何者なんだよ」

「今は考えるな。……仕事だ。これをやれ」

 言われたのは、ゲームの登録アカウントを放置している人間を洗い出す為の検索システムを構築する事だった。

「スクラップアカウントのサルベージか?」

「そうだ。上手く出来たら、それを操作する方のシステムも作ってもらう。今までそれを任されていた人間が消されたから、代わりにお前がやるんだ」

 消されたと言った。ただ死んだ訳ではない。俺の前任者は、反抗したのか、上手く仕事をこなせなかったのか……会長の気分を害して消されたのだ。

「死を望むのは勝手だが、只で死ねるとは思うな。俺も自分が可愛いから自殺はさせない。お前が死ねば俺も消されるんだ」

 目の前が真っ暗になった様な錯覚を覚えた。

 鏡を見れば全くの別人。強制される仕事。会長の影に怯え、三浦に監視されて生きていくと思うと、涙が出る。

「お前はまだ生きている」

 三浦の言葉に顔を上げる。 

「どれだけ再生医療が発達しても、脳の寿命を延ばす事は出来ない」

 三浦は静かに、しかし真剣に言った。

「泣いている暇があったら、耐えて生き続けろ」

 明確にしない言葉、しかし同時に感じる強い意志。

「分かったな」

 俺はただ黙って頷いた。

 三浦に教えられたのは、感染症などのリスクから自分を守る方法、対人で怪しまれずに生きていく方法だった。三浦は会長の命令で殺人事件を起こした後、未だに逃げ続けている潜伏のプロフェッショナルだ。人に気取られずに生きる方法に関して、これほどの知識を持っている人間はまず居ない。

 彼も、自分と同じくいきなり引き込まれた挙句、門倉警視監を殺害しなければ自分が消されると言う状況に陥ったらしい。同じような境遇で会長に引き込まれた俺に自分の過去を重ねたのか、同情してくれている節があった。……大事件の主犯でありながら逃げ延び、息子を平然と殺して会長に差し出した男ではある為、全面的に信用した訳ではないが、会長と言う恐怖の前に一蓮托生である事は事実なので、その部分に関しては疑わない事にした。

 そして、会長が死んだ。

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