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「君達は囮だって事」
「囮ですか?」
「そう。何せ君達は中身も正真正銘女性で、アバターもとても綺麗だ。アルベスタの女王よりも造作が綺麗だって評価する観客も居てね……アルベスタの奴らの不満も結構溜まってきているんだ。こっちが正しい筈なのに、何故あちらのプレイヤーが評価されるんだってね」
アルベスタの女王が侮辱された事がきっかけで始まった残虐行為。……セリーヌとエリスが新たな火種になっていたなど、夢にも思っていなかった。
「アルベスタのナイトは装甲が厚い。とどめを刺すのに時間がかかる。君達を奥に配置すれば、オーバーキルしたい奴らは君達目掛けて突進してくる。そいつらを手前で攻撃して撃破していけるなら、その方が俺達が狙われずに済むし、相手の陣形を崩しやすいんだ」
そう言われてしまえば、さっきまでの不満が和らいでいく。
「それに君達のお陰で人気が出ていても、ガウラの兵力は少ないんだ。やっぱり滅亡する勢力に今更アシガルで参加したい奴なんて居ないからね。……だから最初は虚を突いて大勝できても、それ以降は徐々に厳しくなる筈だ。あっちも対策はしてくるだろうからね。その時が来るまでにレベルを上げておいて欲しい」
「そう言えば、オーバーキルアクションを見ませんでしたが」
戦場で、そんな場面には遭遇していない。
するとケールとゼンは顔を見合わせてから、渋々と言う様子で言う。
「君達が戦場に出て以来、あっちの奴らは君達を切り刻む事こそが本当の勝利だと言う考え方をしている。だから、他のガウラ勢のプレイヤーが切り刻まれる行為は無くなっている」
「「え!」」
私もエリスも思わず声を上げて、まじまじと二人を見てしまう。二人共、嘘を吐いている様子はない。
「そもそも滅亡と言うのは、戦場に出られるプレイヤーの数が定員である三十人を確保できなくなった時なんだ。今ガウラは滅亡を前にしながらも、とても士気が高い状態にある。ガウラを滅亡させようと思ったら、ガウラの士気を低下させる必要がある。士気の要は君達だ。だから、アルベスタのプレイヤーが君達を狙うのは、戦略として正しいんだ」
つまり、今私達は敵に倒されてしまった場合、アバターをバラバラにされてしまうと言う事らしい。エリスが思わず私の手を握る。私もそれを握り返す。
「戦争のゲームである以上、敵対勢力をどんな方法であれ排除するのは、間違いじゃない。だから、俺達が大勝してしまえば、あちらも手加減はしてこない。クロウ達が君達を切り刻む事はないだろうけれど、本気で狙って来る事は考えられる。だから、少しでも強くなって欲しい」
クロウってあの……映像だけでも身震いする様な恐ろしい感じのあの人?あんなの前にして、何が出来ると言うのか。かなり絶望的な気持ちになった。
「頑張ってみます」
そうは言ったものの、弓で敵を射るだけだ。部位破壊を狙うにしても、やはり強い弓が無ければアルベスタのナイトの防具を破壊するのは厳しい。
あうん道場に行き、戦場に出ない時間に弓を射る。
「どうしたら、飛距離を伸ばせるのかなぁ……」
ぽつりと零した独り言を、『うん』が拾って応じる。
「ステータスを振り直せば、強くなれまする」
……今、何て言った?と言う心の声が届いたかの様に、『うん』は続ける。
「セリーヌ殿は、現実でも鍛えておられるご様子。お体に合ったステータスに振り分けてやらねば、こちらの世界で自由に動く事は叶いませぬ。元々体を鍛えておられない方の場合は、ステータスに合わせる事ができまするが、そうでない場合は、体の方にステータスを合せまする」
つまり、今のステータス……力に多く振って、早さの少ないステータスが私の動きの枷になっていると『うん』は言っているのだ。
「振り直しって、お金かかるんでしょ?」
「アシガルは無料でござりまする」
お試し期間であるアシガルの間は、ステータスをいじっていいらしい。武将達が完璧に割り振ったと言うステータスだったから、そんな事を考えもしなかった。
「やりまするか?今しかありませぬぞ?」
悪戯っ子の様な口調で『うん』が聞いて来る。
「お願いします」
武将達のアドバイスで割り振られたステータスは、以前の戦略に対応したものだ。ステータスを変えた所で誰も気に留めないだろう。そもそも私の戦闘能力は誰も知らない。期待さえ、されていない。
『うん』のアドバイスに従ってステータスを割り振ると、アバターを動かすのが楽になった様な錯覚を起こした。
「体が軽い……」
どうやら、今まで現実と大きなズレがあって、かなり負荷がかかっていたらしい。弓を射ってみると、想像以上に遠くまで飛んだ。しかも、威力もそんなに減っていない。
『うん』は、後はレベルを上げ、良い武器や防具を手に入れろと言った。
バーバリアンズ・ウォーでは、レベルと言うのはスキルや魔法、装備に影響する。レベルが上がると、使えるスキルや魔法が増え、装備に付けられる付加の種類が増えていく。これらは全て課金で買う事になるのだが、選び方を間違えなければ、そこまでお金をかけなくても強くなれると言う。
ここからは、自分で考えて自分なりの方法を模索しなければならないらしい。『うん』はどうしたらいいのか答えをくれなかった。
ただ『うん』はこう言った。
「セリーヌ殿、あなたが現実でどのような人間であろうとも、この世界では戦果が全て。それを忘れてはなりませぬ。あなたの能力を分析するに……一般人の域を超えておりまする。武器防具が揃えば、武将に匹敵する力を発揮するかと。それを隠すのは、ガウラ勢への裏切りに等しい。出し惜しみはなりませぬ。あなたが戦わねば、ガウラは滅びまする」
『うん』は続ける。
「武将の方々の予測は間違えておりませぬ。戦略を分析されれば、あなたとエリス殿へ届く者が現れる可能性が高い。それに敵はアルベスタだけではありませぬ。ウルファも同じく敵でありまする。アルベスタの様な残虐行為を起こしてこないだけで、あちらもガウラの滅亡を望んでおりまする」
言われてみればそうだ。あちらは私怨で暴走するプレイヤーが居ない分統率が取れている。だとすれば、ウルファの方が強敵であるとも言える。
「つまり、全力で抗わなければいけないって事ですか?」
『うん』はただ頷く。
三国が争う戦いで、ガウラは私達と言う弱点を抱える事で士気を保っている。だったら、私達が弱点にならなければいいのだ。
「分かりました。ちょっと楽しくなってきました」
捜査の事もあって、幾つもの枷がかかっている様な息苦しさがあった。でも、本当に頑張らなければガウラの滅亡が回避できないなら、ただあがくのみ。
迷いが消えて、私はすっきりした気分で『あうん道場』を後にした。
「ケール、話があります」
私はガウラの武将を取りまとめているケールに近づいた。
「何?」
「武将になるには、どうしたらいいのでしょう」
意味が分からないと言う様子でケールは私の方を見ている。帰って来る言葉もない。アシガルでやっと侍になる私が言ったのだから当然だ。
「私とエリスが潰れたら、ガウラは酷い形で崩壊するれしょう。そうならない為には、あなた方と同等の力で戦える事を示さなくてはなりません。だから、まず武将になりたいって思っています」
「あ……いや……その……」
「分かっています。武将になれていない大勢のプレイヤーの皆さんを飛び越して、一番の新人が言うべきじゃない事くらい。でも、決めたんです」
ケールは困ったような表情を引き締めて問い返してきた。
「君に、それだけの力があるのか?」
「……あります。国宝さえあれば、ガウラの戦力になれます」
レベル制限を受けない武器……国宝さえあれば、私はそれを活かして戦力になれる筈だ。辻が国宝を取れと言った。彼は最初から分かっていたのかも知れない。
更に言い募る。
「今言うのは、国宝を取る条件がそろうのは、最初の一戦だと思っているからです」
大勢からの支持を得なくては、国宝に手が届かない。無理を覚悟で取りに行く価値はある。
しかしケールの表情は変わらなかった。
「気持ちだけでは勝てない。今が正念場なのは理解してくれ。国宝を取るなら、ガムランが適任だと思っている」
普段であれば引き下がっただろう。しかし、今は引き下がれない。私はケールに強い視線を向けて告げる。
「私が戦場でただ守られるだけの姫かどうか、見てもらえませんか?」
まだアシガルで、能力値が低い状態ではあるが、あうん道場を利用すれば、同レベルとして勝負をする事が出来る。それを利用する事を提案する。
「……いいだろう。それで納得するなら」
ケールは、駄々っ子を見る様な目で私を見ている。
幾度も見たこの表情。エリスに向けられないのは素直に言う事を聞くし、心底信頼しているからだ。私の内部の複雑な心理をあちらも感じ取っているのだろうから、お互い様だ。
『あ』が事情を説明すると場を設定して審判をしてくれた。
「お互いアシガルのレベル10と言う事にしまする。よろしいですかな?」
私がまだジョブチェンジをしていないので、ケールにジョブダウンを強制する形になった。ケールはハンデだとも思っていないらしく、素直に了承した。
お互いに持っている武器は木刀。練習試合用にあうん道場でのみ使用できる。
「柔道はやっていたと聞いているけれど、剣道は?」
「基本は理解しています。侍になるので、練習はしています」
まだ、気遣う余裕があるのだ。ケールは女性に優しい男性なのだろう。カリスマ性もある。汐里が惹かれるのも分かる気がするが、私とは多分ソリが合わない。何故なら、私は一方的に守られる立場に甘んじる事が出来ない。誰かを頼らなくては生きていけないなんて、怖いからだ。
お互いに見合って木刀を構える。
「試合開始!」
性的な目で見られていないなら、男性は怖くないのだ。目の前のケールは自分を女であると認識していても、性的な対象とは見ていない。安心して集中する。
ケールは私を格下だと見ている。だから最初にこちらへ打って来ない事は予想できていた。だから当然こちらから攻め込む。
木刀の扱いは我流になる。電磁警棒の様に片手で扱えるならもっと楽なのだが、それをすれば警官だとバレてしまう可能性がある。だからそれを隠す為、侍になっても、武器は軽い刀と脇差にして二刀流を目指す。一刀流を使うのは今回だけだ。気付かれない様に。祈る様に動きの一つ一つに神経を行き渡らせる。
まず振り下ろさずに突きから入る。驚いて飛び退くケールの隙を突いて更に間合いを詰めてケールの木刀を払う様に木刀を振る。
ケールの手から木刀が飛び、離れた場所に落ちる。
驚いた表情のケールへとさらに詰め寄ると、ケールは慌てて飛びのいた。……『あ』は私の勝ちだとは言わない。バーバリアンズ・ウォーの戦場では、HPがゼロになるまで相手と戦わなくてはならないのだ。だから試合もそうなっている。
ケールは驚いた表情のまま、開いていた脇をしめてこちらに隙を作らない。……体が勝手に反応しているのだろう。それだけゲームを続けている証拠だ。木刀がある分私は有利だが、相手はニンジャだ。レベルを落とされても体が覚えた動きをする。すぐさま打ち込めば、ケールは不利ながら私の打ち込みを避ける。
動揺はすぐにおさまり、真剣な表情になった。
……強い。
武器を奪ったというのに、打ち込みがなかなか当たらない。掠ってHPを削っているが、確実に当てる事ができていないのだ。しかも隙を見せれば木刀を奪われる事も動きから分かった。
ケールに余裕を与えない為に打ち込み続ける時間は無限に続く様に思えたけれど、それは唐突に途切れた。……ケールが避けるのを止めたのだ。
嫌な手ごたえがあって、ケールが倒れる。
「勝負あり」
『あ』の言葉で勝った事に気付く。
「どうして、避けなかったんですか?」
私の問いに、起き上がりながらケールは苦笑して答えた。
「君の言い分を認めたから」
ケールは表情を引き締めて言う。
「君が武将としてガウラを支えてくれると言う話、検討しよう。アシガルから最速で武将になり国宝を取る女性プレイヤー……。これが可能なら、君は弱点ではなくなる。しかも、この話でガウラに新たに加わるプレイヤーも増える筈だ。戦力増強にもなる。エリスにも武将になってもらう。彼女にも君と一緒に国宝を取ってもらう」
内容に驚く。
「エリスもですか?」
「君一人ではエリスが集中攻撃を受ける可能性がある。彼女自身を守るにもメリットは大きい」
エリスは自分とは違う。でも、一人だけお姫様扱いにされると知ったら、怒り出す事も想像できる。どうしたら良いのか考える前に言葉が続いた。
「君の言い出した事だ。……別々にサポートできる程、俺達には戦力に余剰が無い」
反論の言葉を持たないから、私は頷くしかなかった。
「エリスには、俺から説明する。君から言うのではなく、俺達からの要請としてね」
せめてもの情けと言う様に、ケールはこう告げてくる。否はない。こうするしかないのだから。エリスは守る。そしてガウラを存続させる。……トカゲ犯のしっぽを掴む。全てやって退ければいいのだ。それしか道はない。
「やるからには本気だ。戦力として数える以上、レベルを上げて防具にも金をかけてもらわねばならない。それは今貯まっているチップを使えば十分に可能だと思っている」
「はい」
「後、装備のデザインにも注意を払って欲しい」
「デザイン……ですか?」
思いがけない提案にただ疑問を返すだけになってしまった。
「エリスに任せれば間違いなさそうだが、君達は武将として強いだけでなく、見た時に周囲を納得させるだけの姿をしていなくてはならない。古参でも武将になっていないガウラのプレイヤーにも特別な存在なのだと納得させるだけのね。どうしても必要だ」
「そういうのは、可能なんですか?」
「金はかかるが可能だ。そこまで行くとチップだけでは足りない可能性もある。できるかな?無理なら俺から出す」
そこまで重要だとは思ってもみなかった。……汐里が大喜びでデザインをする姿が思い浮かぶ。
「やります。多分エリスはやるって言うと思います」
「ただのお姫様よりもハードルの高い内容になっている。しかも金もかかる事になるし、今更降りるとか言うのも無しだ。今後も当分は続けてもらわなくてはならない」
もう後戻りはできない。私はただ強く頷いた。
翌日、エリスが嬉しそうに私の所にやって来て、夢見心地で話を始めた。……ケールが自分を認めてくれて嬉しい。期待に応える様に頑張りたい。などなど、恋する乙女パワー全開で話を続ける。
「ここで距離つめないと、本当の姿で会えないもんね」
私の言葉にエリスが力強く頷く。
「VRでもいいから、汎用アバターで会う機会作るまで頑張るわ」
こういうときめきは、今の私には無い。それよりも……犯人を捕まえなくては。もしかしたら、男性恐怖症で仕事を辞めなくてはならないかも知れないのだ。せめて、この仕事だけは最後までやりたい。
私達の本当の意味でのバーバリアンズ・ウォーは、ここから始まった。