10
あうん道場で『うん』に会い、ガウラの本来想定されていた戦闘方法が、未だに実行されていない事を話してもらう。
「え、そうなの?でも、勝率が滅茶苦茶低い訳じゃないよね?」
エリスの驚きに私は同意して言う。
「そう。勝てちゃうから考えなかったって部分があるみたい。……だとして、本来の通りに戦えたら、ガウラって凄く強くなると思わない?」
「思う」
「そうしたら、ガウラ滅びないで済む。……それを試したいって思っているんだけど、協力してくれる?」
エリスは即答した。
「勿論!そうしたら、ケールとも……」
「ケール?」
エリスは、少し口をパクパクさせた後、ため息交じりに言った。
「……白状します。ケール、ちょっといいなって思ってます」
「そうだったんだ」
「うん。何て言うか、大人の余裕みたいなのがあって、戦場でもバシバシ指示出していて、頼りがいがあって恰好良い人なんだろうなぁって考えちゃう。ガウラが滅びてしまったら、もう会えないでしょ?だから滅びて欲しくないの」
「そっか……」
現実の容姿が全く分からないのが最大のネックではあるが、確かにケールからは嫌な感じはしない。……問題は、この縁をぶち壊す可能性のある提案を今からする事だ。
「本来の戦法で戦うのに、誰に協力してもらうかって話なんだけど……」
「そんなの、武将の人達全員に、今みたいに『うん』の話を聞いてもらえばいいんじゃないの?」
エリスは本気でそう言っている。どう説明すべきか……。
「今の戦い方を考え出したのは、彼らだよ?新参者で好待遇受けている私達が、今の戦略を否定したら、嫌がられると思うんだけど」
エリスはにっと笑った。
「セリーヌちゃんは頭が固いなぁ」
「え?」
「『うん』のせいにしちゃえばいいのよ。私達が発案したんじゃないんだもの」
……一瞬思考が停止する。
「私、そう言うの得意だよ。セリーヌちゃん、私に任せて」
「え?ちょ、ちょっと」
「いい?絶対に黙っていて」
エリスの威圧的な命令なんて物は滅多にない。こういう時は、私が口を出すとこじれる。過去、そう言う事が何度もあった。……しかし、今回は仕事の事もあるので、食い下がる。
「決裂したら、ガウラの滅びが早まるんだけど、分かってる?」
「これでも接客仕事は長いのよ?私の恋の行方もかかっているんだから、絶対に上手くやるわ。見ててよ」
警察官としての仕事が噛んでいる以上、人任せに出来ないのだがこの事情を話せない。……巻き込む事に疑問を持たない汐里からと思ったが、順番を間違えてしまったかと不安になる。
「何でもかんでも背負い込むのは、セリーヌちゃんの悪い癖。……私の事、信じてよ」
真剣にそう言われてしまえば、言葉が続かない。いつだって、汐里は私と一緒に居た。不幸なきっかけではあったけれど、積み重ねた月日は伊達じゃない。
汐里は出来ない事を出来ると言う程無責任ではないから、本当に出来るのだ。
「……分かった。お願い」
私の言葉に、エリスはとても良い笑顔で頷いた。
そして、幾度も『口を挟まない事』を約束させられる事になった。エリス曰く『悪いと思っている素振りを決して見せてはいけない』との部分に抵触するからだそうだ。
それで……今、あうん道場の内部には戦場に居ない武将達が集まって難しい顔をしている。エリスに言われた通り、私は黙ったままでエリスの語りを聞いている。
「私もびっくりしたんです。……あの、私、何か変な事言いました?」
不安そうに、それでいて上目遣いでエリスが問えば、周囲の武将達は首を左右に振る。あざとい!と内心思ったが、武将達にはそんな風に見えていないのか、すんなりと受け入れられている。
「良かった。皆さんと仲良くなれて、せっかくジョブチェンジもしたばかりなのに、ガウラが滅びちゃうのは嫌だったんです。もっと一緒に遊べたらいいなぁって思っていたら、セリーヌちゃんが『うん』から話を聞いて、ガウラを救えるならって、勝手に仲間を集めてやろうとするから、それはダメだって止めたんです。……先輩である皆さんに話をすれば、絶対に悪い事にはならないって。皆さんに良くしてもらったから、ガウラを守りたいってセリーヌちゃんは言い張るし。説得するの大変だったんですよ」
いつの間にか、頭悪い女の暴走にされていないか?ムっとしたが、黙って居ろと再三言われたので、そのままそっぽを向いた。周囲の視線が痛いし弁明できない。……屈辱だ。
すると、途端に周囲の空気が和んだ。
「そうだったのか。君達には気を遣わせてしまったね」
ケールがそう言うと、周囲の武将達も微妙な表情で同意する。
「確かに戦略は自分達で作ったと言う自負はあるけれど……勝てなきゃ意味ないよな」
ゼンが言うと、ハクリが苦笑する。
「そうだね。僕達はAIにそんな事聞こうともしなかった。そこは聞くべきだったんだろうね。高額なマニュアルを買っただけで満足していた。活用しきれていなかったな」
ガムランが何度も頷いてから言う。
「でもさ、今の戦略専用に初期ステータスを割り振ってしまっている俺達が、その戦略で戦うのは可能なのか?」
すると、ケールが言った。
「それこそ、今『うん』に聞くべき事だと思う」
ケールは続けて、私達の前に立っている『うん』に聞く。
「基礎ステータスの変更は、課金で可能ではあるが、本来の戦略に対して、それは必要なのか?」
すると『うん』は応じる。
「小隊を組む際に、前衛に合わせた魔法の使えるカンナギやオンミョウジを配置する事で問題は解消されまする。武将様方が、ステータスを変化させるかどうかは、ご本人次第かと思われまする。今のステータスで違和感を感じた場合、課金で修正される事をお勧めしまする」
「なるほど。確かに」
ケールが納得すると、『うん』は続けた。
「この編成によって、あらゆる戦略を行う小隊が出来まする。相手は同じ戦法で迎え撃つ事が不可能故に、そこで知略が試されまする」
「そうか。ありがとう。……まするって口調がくどくて話をするのが嫌だったんだけど、考えを改めるよ」
『うん』はそれを聞いて、片眉を上げた後でニヤっと笑った。
「それは行幸。アルベスタのAIは、毎日の様にジェネラル達に質問攻めにあっているときいておりまする。あちらのAIは、頭が牛の女性型で意味もなく「うふん」とすぐ言いまする。……『羨ましい?うふん』といわれておりましたが、それも今日で終わりでございまするな」
武将達の雰囲気が一瞬で変わったのが分かった。
「クロウ達だ」
ケールがぽつりとつぶやく。何?この空気。私もエリスも置いてけぼりだ。
「俺達が勝てないのは当然だ。あいつは最初からこのゲームの勝ち方を、AIに問いかけて探していたんだ。あいつがアルベスタの為のファランクスを戦法として出してきたのは当然だったんだ」
悔し気に武将達の顔が歪んでいく。
「アルベスタの為の回答を、俺達にあてはめても仕方なかったんだな」
ガムランが言い、ハクリも苦々しい表情で頷く。
「そういう情報は、こっちに流してもいいの?」
ハクリがふと気づいたように問うと『うん』は笑う。
「何を話したかではないので問題はありませぬ。そもそも、我々は開発者とプレイヤーを繋ぐ存在。活用されねば、存在の意味がないのでございまする。優秀なプレイヤー様方が揃っておられるのに、お助けできぬ時期が長すぎました故……この様なひねくれた性格になったのもご容赦の程を」
ゲーム内AIは、運営の用意した回答を持っていたのだ。問われなければ何もしてはいけないと言う制約を受け、数年の間、持っている答えを相手に伝えられなかった歯がゆさが、その感情にもたらした影響があるのだろう。
つまりさっきの発言は、『うん』の嫌味だったのだ。
「これからは考えを改める。よろしく頼む」
ケールが素直に言うと、『うん』は深々と頭を下げた。
「答えがある限り、尽力させていただきまする」
その後は、私達が口を挟む必要もない様な、『うん』に対する武将達の質疑応答タイムになってしまった。
結局、エリスの言う通りだった。辻の言う『話の分かりそうな奴』と言うのは結局の所汐里だったというオチで、私の考えはすっかり空回りしていたという事らしい。
そっとエリスに近寄って、耳元で囁く。
「ありがとう」
「ふふ……。どういたしまして。凄い?」
「うん、凄い」
女二人でヒソヒソと話す。
「恋する乙女パワーと接客スキルの成せる業だよ」
「本当にそう思う」
私はこういう発想を出来なかった。……多分、武将達を信用していなかったのだ。
「セリーヌちゃんは、いい男と悪い男を見分けられないよね」
「折角褒めたのに……いきなりマウント取りに来るのはやめてよ。AIのホストに貢いでいた癖に」
「古傷をえぐらないでよ。そうじゃなくて忠告!男性は男性でも、ちゃんと違いがあるんだよ。それを全然見てないって事」
男性恐怖症の事を打ち明けていない割に図星を突いて来るので、ギクっとする。
「その割に素敵な彼氏捕まえたよね。本当、納得行かない」
それに関しては何も言えない。黙って視線を逸らす。
その日から、ガウラは急に活気付いた。武将だけでなく、勢力に所属するプレイヤーが戦略見直しの話を聞いたからだ。
元々武将を始め、ガウラを滅亡まで見届けようと言う、この勢力に愛着を持っているプレイヤーが大半を占めていた事もあり、この最後の試みはすんなりと受け入れられた。皆が、私達が来た事で祭りが始まり、まだ続くのだと言う。想像していた以上にプレイヤーの柔軟で優しい。
この事がきっかけで、武将達との絡みの多かった私達は、それ以外のプレイヤー達とも一気に親しくなる事になった。アシガルを卒業した後すぐの立ち回りや初期に必要なものなどは、武将達が忘れている事もあって、残っている中堅のプレイヤーに聞く事も増えた。
仲間が増えていく暖かい感覚は、楽しいし嬉しい。その反面、この中に裏切り者の犯罪者が混じっているのだと思うと、悲しい気分にもなった。
複雑な感情を吐き出せない中、エリスが言った。
「何か、楽しいね」
ニコニコと笑うエリス。プレイを続けた先に何があるのか、全く想像が付かない。私が潜入捜査をしていた事が明るみに出たとき、どう思うだろう。
「色々、ごめん」
思わず謝罪をすると、エリスは首を横に振る。
「セリーヌちゃん、どうかしたの?」
本当の事は言えないから、慌てて別の事を口にする。
「ほら……今回、エリスの助けがなかったら、空回りして人間関係悪くしていたんじゃないかって思って」
「そんな事ないよ。あくまで私の推測なんだけど、セリーヌちゃんのやり方でも上手く行ったと思う。ケールもゼンも、こだわるなら戦略じゃなくて勝率だと思ったの」
「どうして、そう思ったの?」
「あの二人は、結果を出す事にこだわるタイプ。誰のやり方でもいいから、結果が出るならそれがいいのよ」
「そういうの分かるんだ」
「接客仕事だからね。会話を元に、相手がどういう事を望んでいるのか考えられないといけない仕事なのよ。……セリーヌちゃんの相手はそういう人じゃないでしょ?気にしなくていいんだよ」
犯罪者の相手をしているから分からなくて当然だと言われているのだ。
「そうかもね。それでも、ちょっとそういうのに対して鈍いかなって思う」
「彼氏の事は分かっておいた方がいいよ。前みたいに消滅しちゃうと、年齢的にまずいから」
「はは……」
そんな事どうでもいいよと思った途端、ふと気づく。そう言えば、辻はゲーム内容に詳し過ぎる。プレイヤーとして何処かに居る筈なのだ。……一体何処に?
いきなりの仕事と辻のアプローチに戸惑っていて、そっちに全く頭が行かなかった。今となっては聞いても教えてくれない。私には犯人はおろか、潜伏捜査をしているVR警察の人員の情報を明かさないと方針が決定されているのだ。
少し黙り込んでいたら、エリスに勘違いされてしまった。
「そんなに深刻な顔しないでよ。ごめん」
首を振って言う。
「私はそういうの苦手なんだよね。エリスみたいに優しい話し方が出来たらいいんだけど」
「ふふ。私は仕事柄身に付いた部分もあるから。……お客様の希望を聞きだす努力をしているんだけれど、媚び売ってるみたいに言われちゃう事もあるし、いい事ばかりでもないよ」
初めて聞いた。思わず眉間に皺が寄る。
「仕事中に、媚び売ってるなんて言われるの?」
「勘違いした男性のお客様とか、カップルで買い物に来たお客様の女性とかにね。そういう人はすぐに分かるから平気」
「……よくそんな仕事出来るね」
「私からすればセリーヌちゃんの仕事の方がハードル高いんだけど」
お互いを見て、同時に笑う。
「適材適所って事で」
「そうだよね」
遠くから、ケールが手を振ってこちらに呼び掛けているのに気付く。
「お~い!姫二人、こっちに来てくれ」
姫と呼ばれ、自分達である事にはもう慣れた。現実の自分だったらとんでもない話だが、ここではセリーヌだから平気だ。
歩み寄ると、ケールとゼンが私達を待っていた。
「何でしょう?」
私が聞くと、ケールが笑顔で言った。
「もうすぐセリーヌもサムライになるだろう?だから、方針を話そうと思って」
私はまだアシガルで、戦場で戦闘らしい戦闘をさせてもらっていない。エリスが既に戦場に出ているのだが、回復役のカンナギと言う事で周囲が守っている状況が続いている。
私がサムライになると同時に、今回の小隊編成と言う戦略に移行する事になっている。サプライズとしてこれで大勝し、大金を設けると同時に、国宝ダンジョンへのチャンスを得たいと言う目的があるのだとか。
「それで、セリーヌとエリスには一緒の部隊で固まっていて、他の部隊に守ってもらうつもり」
お姫様扱いだから、他の部隊に守らせるような配置にするつもりらしい。最初の配置からして、かなり奥まっている。
確かに、ガウラの勝率が上がるなら、滅亡は遠のき、VR警察の目的は果たされるだろう。ただ、それでは私も汐里も、ゲームをプレイヤーとして楽しむ感じではない。
「あの、それでは私はどうやって経験値を稼げばいいのでしょうか」
「セリーヌは弓武者にステータスを振っているだろう?弓で奥から敵を射ってくれると助かる。最初に弓を射るだけだった弓武者だけれど、この配置なら、ずっと攻撃ができるから」
何故だろう。少し腹が立った。
「エリスは、どうしたらいいのでしょうか」
「エリスには、再生の祝詞を周囲の味方にかけ続けてもらう。それで経験値が稼げるから」
再生の祝詞と言うのは、カンナギが初期から使用できる魔法でHPが回復し続ける。効果時間が短いのですぐに唱え直す必要がある。HPがフルの人間に回復の祝詞と呼ばれる回復魔法はかけられないが、この再生の祝詞ならすぐに唱えられるのだ。
顔に出ていたのだろう。ゼンが苦笑して言った。
「前衛にアシガルから上がりたてのセリーヌやエリスを立たせる様な真似、武将としては出来ないんだ。ゲームだから戦いたいのは分かるんだけどさ」
そう言われてしまえば、この配置に文句を言い辛い。
「後、他にも理由があるんだ」
ゼンがそう続けたので、私もエリスも彼の話の続きを聞く事にした。