ほしいものが貰えるところ 「マイナス」
あるところに、お兄さんがいました。
そのお兄さんは、いつも悪い事ばかりしているのです。
お菓子をお店から盗んだり、A君がB君の悪口を言っていたという嘘をB君に伝えたりしました。
お兄さんのお父さんやお母さんは、そんなことしちゃいけないと叱りますがお兄さんはぜんぜん聞きません。
毎日毎日、誰かを怒らせています。
さて、ある日のお昼の事です。
そんなお兄さんは盗んだ自転車をこぎながら、お兄さんはぼやきます。
「あぁ、面白いものはどこかにないかなぁ」
お兄さんは街の中をからからと自転車をこぎ、あちこち探していますがどれもこれもつまらなそうです。
そうしてうろついていると、小さな本屋さんを見つけました。
べつに面白そうではありませんが、お兄さんは本を盗みやすそうなお店だと思ったので入ってみました。
そこで、うろうろしていると面白そうな絵本を見つけました。
なんだか暗くて怖いお店が描かれた表紙ですが、興味がわいたのでお金を払わず持っていってしまいました。
お兄さんはたくさんのお店が連なった道を歩きながらペラペラとページをめくります。
どうやら、不思議な世界を描いた絵本のようでした。
「その駄菓子屋さんは、普通絶対にいけないけど、ある時あっけなく行けてしまう、変なところにあります」
ペラペラ。
すれちがった人に歩き読みは危ないと言われましたがお兄さんは無視しました。
「そんな変なところには、もっと変なことがあります、自分が持っている同じものを差し出せば同じだけの価値の探しているものを貰えるのです」
絵本の内容を読み上げながら、ペラペラペラペラ。
「今日もお客さんがやってきました、お母さんの病気を治したい男の子です」
ふぁ――、とお兄さんはひときわ大きなあくびをしました。
一気に絵本の内容を飛ばして、最後のほうを読むことにしました。
「男の子はお母さんの病気を治すために、自分の命を引き換えに治療薬を貰いました」
それで絵本は終わっています。
満足したお兄さんは絵本を道端に捨てました。
しかし、それを見ていた人がいました。
「コラ!モノを道に捨てるんじゃない!」
「うわ、父さん、なんでこんなところに」
たまたまお兄さんのお父さんがこの道を通っていたのです。
「私がここにいることはどうでもいい、それよりその本盗んだモノだろ?まったく、人に迷惑ばかりかけてそんなんだといつかひどい目にあうぞ、だいたいお前は……」
長い長いお説教が始まると思ったお兄さんは、走って逃げ出しました。
お父さんはかんかんに怒りましたが、お兄さんはぐんぐんすばやく走ります。
逃げ切りました。
そして、お父さんの声が聞こえなくなりました。
「まったく、父さんはいちいちうるさいんだ」
お兄さんは少し怒りました。
気づけばもう夕方です、夜は寒いし暗いので帰りました。
家の玄関の、ドアノブに手をかけて違和感を感じました。
いつもより力をこめないと開かないのです。
家のドアを開けた時、そこには駄菓子屋さんが広がっていました。
子供のおこづかいでもたくさん買えるほど安いお菓子が立ち並ぶそのお店は、古さを感じる匂いで一杯です。
なぜだか、いるだけでもここが特別な場所と感じました。
お兄さんは、まるでさっき読んだ駄菓子屋さんの絵本のようだと思いながら歩き出すと、お菓子の棚に隠れていたところには店員がいました。
店員は、繊細そうな男の子です。
カウンターでレジ番をしながら、退屈そうに飴をぺろぺろとなめていました。
初めて見たはずなのですが、お兄さんは店員に見覚えがあります。
パラパラ適当にめくって捨てたあの絵本の中に、描かれていた気がします。
そしてお兄さんはわかりました。
きっと作者が、ここに来たことのある人なのでしょう。
あの絵本は本当にあった出来事なのです。
「こんちわ」
お兄さんはカウンターに腰かけて、店員になれなれしく話しかけました。
「帰るなら普通に店を出て行けばそれでいい」
「いやいや、欲しいものあるからオレ」
「チョコ?ラムネ?ガム?どんな駄菓子もあるけど」
店員さんは白々しい様子です。
「いやいや、わかってんでしょ?ここがただの駄菓子屋じゃねーって俺知ってる、俺探してるものがあんの」
「駄菓子買って帰った方がいいと思うけど」
「絵本で知ってるぜ……ここは持ってるものとなんかすごいものを交換してくれんだろ?」
お兄さんは店員の忠告なんて聞く気はありません。
「交換できるなんか面白いものない?持ってるだけで人生面白くなるもん探してるんだぜオレは」
「そんなのと交換できるほど価値のあるもの、アンタは持ってないみたいだけど」
「はぁ?!あるんだろホントは?!探し物はなんでもあるって絵本には描いてたぞ!?」
お兄さんはとても怒り、店員の胸ぐらをつかみました。
すると、店員はめんどくさそうにパチンと指を鳴らしました。
すると、駄菓子屋の床やカウンター中に色んなものがあらわれました。
例えば紙くずや、ほこりや、使ったティッシュです。
どれも見ただけで価値がないとわかります。
「これが、アンタが交換できるものだけど」
店員が冷たく言い放ちました。
しかし、お兄さんは一つだけ気になりました。
ぽつんとある”箱”がです。
それだけは何なのかわかりません。
黒いテープでぐるぐるに巻かれ、何十枚もおふだが貼られ、開けるなと赤いペンで書かれているのです。
じ―――っとお兄さんがその箱を見つめていると。
「ふざけるにしても、それだけはやめといた方がいい」
店員は、低くて怖い声を出しました。
「こんなただの箱が?」
お兄さんはジロジロと箱を見ましたが、これがなんなのか何もわかりません。
「それ、価値がメチャクチャなマイナスみたいだから」
「マイナスってどういうこと?」
お兄さんが聞きます。
「ゼロ以下、つまり有害」
「そんなものと、交換して何がつりあうの?」
「交換をすすめたいワケじゃないけど、仕事だから言う」
店員は少しためらってから、話しだしました。
「同じだけ価値の“ない”もの、例えば怪我とか、借金が無くなる」
「じゃ、この箱ってどう有害なの?」
そう聞くと、店員は少し困り顔です。
「わからない」
「え?」
「わかった時には絶対、ロクなことにならない」
店員の言い草にお兄さんはびっくりしました。
それには少しだけ怯えが混じっていたのです。
こんな不思議な場所にいる不思議な人がそんな風になるこの箱は面白そうだ、それにそもそも俺は面白いものを探していたのだら求めていたのはこの箱じゃあないのか?
そう思って「俺のもってるのとコレ、交換する」と言いました。
「じゃあ30個くらいのモノとコレの交換になるから、ホントに交換していいか確認を」
店員さんがそう言っても
「そんなにいっぱい話聞きたくねーから、交換していいよ、どうせマイナスなら俺が幸せになるだけだろ?」
お兄さんは断りました。
「あっそ」
パチン、とこれまでで一番退屈そうに店員が指を鳴らしました。
そして箱をお兄さんに手渡しました。
店員は何も言いませんが、お兄さんがはやく帰ってほしいと思っているのは明らかな表情です。
「一応言っとくけどお店を出たらもう返品はできな」
お兄さんは、店員のお話を聞かず外に出ました。
すると、お兄さんは家の玄関にいました。
さっきまでの事は夢かと思ったのですが、右手にはテープでぐるぐる巻きの箱があります。
その場でお兄さんはテープもおふだもべりべりはがしまして、それから開けようとしました。
ですが、なぜかふたが硬くて開きません。
叩いても、投げても、びくともしません。
でも、今日は不思議な場所に行って疲れていたので、諦めて寝ることにしました。
そして次に目覚めた時から、お兄さんの調子はとても良かったのです。
箱の事を忘れてしまう程に。
宝くじにはあたるし、頭が冴えていてすごい発明をしました。
それに、女の子にもモテモテで毎日が幸せでした。
価値がマイナスの箱と、色々なものを交換した結果です。
その箱はどこかになくしてしまいましたが、もうどうでもよくなっていました。
毎日毎日お兄さんは幸せの絶頂でした。
悪い事をしてお兄さんのお父さんやお母さんにいくら叱られても、馬の耳に念仏でした。
たまに、ごとごとという音がどこかでしている気がしましたが、お兄さんはそれもどうでもよく思いました。
しかし、長い長い幸せな日はあっけなく終わりました。
お兄さんが寝ようと自分の部屋でベッドに入った時、枕元に箱があったのです。
「あぁ、なんだか懐かしい、なんで今さらこんなものが出て来たんだろう」
お兄さんがじっと見ていると、ごとごとと、その箱は動き出したのです。
そして、蓋が開こうとしています。
何かが中から出ようとしているかのように。
お兄さんは突然、店員のしていた話を思い出しました。
慌てて、それをおさえて窓から捨てました。
振り返ると、枕元に箱がありました。
先程よりも、大きな音でごとごとごとごと箱が動きます。
お兄さんは箱を叩いて壊しました。
こなごなになった箱は溶けるように消えて、何も無かったかのように箱は枕元にありました。
ごとごと、ごとごとと、どんどん箱は大きく震えています。
まるで、中でとってもよくないものが育って飛び出そうと暴れているかのように。
お兄さんは、怖さのあまり叫びました。
ごとごとごとごとごとごとごとごとごとごとごと。
箱のふたが開こうと、ごとごと。
「開くな、出るな、開くな、出るな」
お兄さんは、必死でそう言いました。
ですが箱が聞くはずはありません。
ごとごとごとごとごとごとごとごとごとごとごとごとごとごとごとごとごとごとごとごとごとごとごとごとごとごとごとごとごとごと。
おわり。