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聖痕乙女 番外編 集  作者: うさぎ屋
御使降臨大作戦
11/20

1. 大神官

アンケートで選ばれた、その後の〈聖女〉と魔王の話です。

明るい感じに書きたいと思ってはいます。

 大神官セレスティオは、それなりに緊張していた――なにしろ、魔王との面談を控えている。


 なにかの悪い冗談ではないかと、目が覚めるたびに思う。毎朝、飽きもせずに考えてしまう。これは夢なのではないか、と。大神官である自分が、魔王と協力関係を結ぶ? そんなことが、現実であろうはずがない。

 魔王とは、魔族の王という意味だ。

 説明によれば、魔族に国という概念はなく、地位や称号のたぐいもない。ただ、魔族同士というものは、互いの力関係がはっきりわかるのだという。魔族は、戦って勝てないような相手には無条件で従う。

 すべての魔族を従える強さをもつ者こそが、魔王。つまり、相手は最強の魔族だということだ。


 ――まぁ、わたしも最強の人間ではありますけれどね。


 そう自負する程度の実力はある。それでも、魔王と戦えば敗北は必至だろう。人と魔族とでは、そもそもの強さが違う。まぁまぁ良い勝負にまで持ち込めれば、それだけでも奇跡だ。

 そう考えると、もっと緊張しても不思議はないところだが、それなり、の範囲で緊張がおさまっているのは、事前に魔王を知っているから。ある程度は、どういう相手かを理解できているおかげだ。

 それに、こちらには最終兵器がいる。


「〈教導師(サパータ)〉様!」


 長い回廊の端で彼を待っていたのは、その最終兵器だ。

 魔王は現在、王子が用意した離宮に滞在中である。そこにいてね、と最終兵器がお願いしたら、あっさり承諾した。今なら、ちょっと死んでねとたのめば死んでくれるかもしれない――残念ながら、魔王は事実上不死に近いらしいので、死んでもまたよみがえるだけなのだが。


「どうぞ、こちらです」


 案内されなくても道はわかるが、せっかくなので、最終兵器との親密度を見せつけておくことにした。邪魔な相手として排除されかねない行為だが、まぁ、それならそれで、という感じだ。

 その後、最終兵器のご機嫌をとり結べるとでも思うなら、やってみるがいい。


「〈聖女〉様みずから案内していただけるなど、光栄ですね」

「そんな風に、おっしゃらないでください。〈教導師〉様は、ずっとわたしの師でいらっしゃいます」

「では、アリスティア」


 どうせ聞いているであろう魔王やその配下を意識して、セレスティオは声に笑みを乗せる。

 交渉はもう、はじまっているのだ。


「はい、〈教導師〉様」

「よりよい未来を願うあなたのために、わたしも微力を尽くしましょう。大神官として。また、それ以上に、あなたを見出しここまで導いてきた師として」

「ありがとうございます」


 アリスティアは、胸の前でぎゅっと両手を握った。感激したらしい。

 今日の面談を設定した、いわば責任者は彼女だ。当代の〈聖女〉であるが、装いは質素だ。飾りのない白い服が、しかし、アリスティアにはよく似合う、と彼は思う。

 緊張するといえば、彼女の方がもっと緊張していてもおかしくはない。今日の話し合いがうまくいくかどうか、誰より心配しているだろう。

 もちろん、うまくいかないなどという可能性は、対魔王最終兵器たる彼女が存在する以上、皆無にひとしいのだが――本人に、その自覚はなさそうだ。

 無邪気に見上げる表情から絶対の信頼を感じとり、セレスティオは微笑でそれに応えた。そう、積みかさねてきた時間の長さだけ、信頼は深い。

 嫉妬を誘うのはこれくらいで十分か、と考えながら、彼はゆったりと足を進める。


「少しは慣れましたか。王宮での暮らしに」

「いいえ、全然。身の回りのこととか、自分でやりたくて……自分でできます、とお断りしたら、なんだか嫌われてしまったみたいで」


 アリスティアが〈聖女〉であることは、ごく一部の人間しか知らない。王都にも、クリャモナで新しい〈聖女〉が立った、という噂だけは届いているが、急に王宮に部屋を貰ったこの娘が、その〈聖女〉だとは思わないのだろう。

 王子に手配してもらったから、おそらく、殿下が〈試練の乙女〉に手をつけたとか、そういう誤解が生じているのではないだろうか。王宮の人間にとって〈試練の乙女〉など、〈聖女〉のなりそこないに過ぎない。なりそこなったから、殿下を狙った……そんな風に思われているなら、不憫なことだ。


「辛くはありませんか?」

「大丈夫です。仲良くしてくれないひととは、無理に仲良くしなければいいだけのことですから」


 そういう子だ、とセレスティオは思う。アリスティアは、そういう子だと、知っている。

 前向きで、少々騒がしいくらいに明るくて、やさしい。でも、基本的には他人を必要としていないようなところがある。彼女の芯にあるのは、絶対の孤独なのかもしれない。

 それは〈聖女〉に必要な資質でもあることを、セレスティオは知っている。孤独に耐え得る性向がなければ、どんなに魔力が豊富でも、気高い心を持っていても、〈聖女〉はつとまらない。


「そうですね。王宮にあわせる必要はないでしょう。ここはあくまで仮の宿り、あなたは〈聖女〉なのですから」

「はい……」

「どうしました?」

「〈教導師〉様に認めていただけると、自分が間違っていないと思えて、嬉しいです」


 ――わたしだって、つねに正しいわけではないですけどね。


 そう思いながら、セレスティオは弟子を見下ろして、うなずいた。


「あなたの心を支えることができるのなら、この上ない喜びです」

「いつも、いつでも、支えてくださっていますよ」


 魔族の王に、まるで生贄をやるように差し出したも同然なのに、アリスティアはそうは考えていないらしい。どちらかといえば、背を押してもらったとか、認めてくれたとか。そういうとらえかたをしている。

 変わった子だ……それも、セレスティオはよく知っている。

 にっこりと、曇りのない笑顔でアリスティアは告げる。


「セレスティオ様が、わたしの〈教導師〉様で、よかったです」

「その言葉に恥じないよう、頑張らねばなりませんね」


 セレスティオも笑顔を返した――が、少しばかり、やり過ぎている気がする。

 そろそろ魔王の我慢が限界なのではないか、と考えたまさにその瞬間、大きな音をたてて扉が開いた。


「まぁ、お行儀の悪い」


 アリスティアが、憤然とそちらをふり返る。……うん、そういう子だ、とセレスティオは思う。

 分け隔てしない彼女の性質は、魔王にまで適用されている。


「お待たせしてもいけません。急ぎましょうか」

「申しわけありません」

「いえ」


 視線で弟子を宥めつつ、セレスティオは歩幅をひろげた。さて、魔王との対面である。


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