1. 大神官
アンケートで選ばれた、その後の〈聖女〉と魔王の話です。
明るい感じに書きたいと思ってはいます。
大神官セレスティオは、それなりに緊張していた――なにしろ、魔王との面談を控えている。
なにかの悪い冗談ではないかと、目が覚めるたびに思う。毎朝、飽きもせずに考えてしまう。これは夢なのではないか、と。大神官である自分が、魔王と協力関係を結ぶ? そんなことが、現実であろうはずがない。
魔王とは、魔族の王という意味だ。
説明によれば、魔族に国という概念はなく、地位や称号のたぐいもない。ただ、魔族同士というものは、互いの力関係がはっきりわかるのだという。魔族は、戦って勝てないような相手には無条件で従う。
すべての魔族を従える強さをもつ者こそが、魔王。つまり、相手は最強の魔族だということだ。
――まぁ、わたしも最強の人間ではありますけれどね。
そう自負する程度の実力はある。それでも、魔王と戦えば敗北は必至だろう。人と魔族とでは、そもそもの強さが違う。まぁまぁ良い勝負にまで持ち込めれば、それだけでも奇跡だ。
そう考えると、もっと緊張しても不思議はないところだが、それなり、の範囲で緊張がおさまっているのは、事前に魔王を知っているから。ある程度は、どういう相手かを理解できているおかげだ。
それに、こちらには最終兵器がいる。
「〈教導師〉様!」
長い回廊の端で彼を待っていたのは、その最終兵器だ。
魔王は現在、王子が用意した離宮に滞在中である。そこにいてね、と最終兵器がお願いしたら、あっさり承諾した。今なら、ちょっと死んでねとたのめば死んでくれるかもしれない――残念ながら、魔王は事実上不死に近いらしいので、死んでもまたよみがえるだけなのだが。
「どうぞ、こちらです」
案内されなくても道はわかるが、せっかくなので、最終兵器との親密度を見せつけておくことにした。邪魔な相手として排除されかねない行為だが、まぁ、それならそれで、という感じだ。
その後、最終兵器のご機嫌をとり結べるとでも思うなら、やってみるがいい。
「〈聖女〉様みずから案内していただけるなど、光栄ですね」
「そんな風に、おっしゃらないでください。〈教導師〉様は、ずっとわたしの師でいらっしゃいます」
「では、アリスティア」
どうせ聞いているであろう魔王やその配下を意識して、セレスティオは声に笑みを乗せる。
交渉はもう、はじまっているのだ。
「はい、〈教導師〉様」
「よりよい未来を願うあなたのために、わたしも微力を尽くしましょう。大神官として。また、それ以上に、あなたを見出しここまで導いてきた師として」
「ありがとうございます」
アリスティアは、胸の前でぎゅっと両手を握った。感激したらしい。
今日の面談を設定した、いわば責任者は彼女だ。当代の〈聖女〉であるが、装いは質素だ。飾りのない白い服が、しかし、アリスティアにはよく似合う、と彼は思う。
緊張するといえば、彼女の方がもっと緊張していてもおかしくはない。今日の話し合いがうまくいくかどうか、誰より心配しているだろう。
もちろん、うまくいかないなどという可能性は、対魔王最終兵器たる彼女が存在する以上、皆無にひとしいのだが――本人に、その自覚はなさそうだ。
無邪気に見上げる表情から絶対の信頼を感じとり、セレスティオは微笑でそれに応えた。そう、積みかさねてきた時間の長さだけ、信頼は深い。
嫉妬を誘うのはこれくらいで十分か、と考えながら、彼はゆったりと足を進める。
「少しは慣れましたか。王宮での暮らしに」
「いいえ、全然。身の回りのこととか、自分でやりたくて……自分でできます、とお断りしたら、なんだか嫌われてしまったみたいで」
アリスティアが〈聖女〉であることは、ごく一部の人間しか知らない。王都にも、クリャモナで新しい〈聖女〉が立った、という噂だけは届いているが、急に王宮に部屋を貰ったこの娘が、その〈聖女〉だとは思わないのだろう。
王子に手配してもらったから、おそらく、殿下が〈試練の乙女〉に手をつけたとか、そういう誤解が生じているのではないだろうか。王宮の人間にとって〈試練の乙女〉など、〈聖女〉のなりそこないに過ぎない。なりそこなったから、殿下を狙った……そんな風に思われているなら、不憫なことだ。
「辛くはありませんか?」
「大丈夫です。仲良くしてくれないひととは、無理に仲良くしなければいいだけのことですから」
そういう子だ、とセレスティオは思う。アリスティアは、そういう子だと、知っている。
前向きで、少々騒がしいくらいに明るくて、やさしい。でも、基本的には他人を必要としていないようなところがある。彼女の芯にあるのは、絶対の孤独なのかもしれない。
それは〈聖女〉に必要な資質でもあることを、セレスティオは知っている。孤独に耐え得る性向がなければ、どんなに魔力が豊富でも、気高い心を持っていても、〈聖女〉はつとまらない。
「そうですね。王宮にあわせる必要はないでしょう。ここはあくまで仮の宿り、あなたは〈聖女〉なのですから」
「はい……」
「どうしました?」
「〈教導師〉様に認めていただけると、自分が間違っていないと思えて、嬉しいです」
――わたしだって、つねに正しいわけではないですけどね。
そう思いながら、セレスティオは弟子を見下ろして、うなずいた。
「あなたの心を支えることができるのなら、この上ない喜びです」
「いつも、いつでも、支えてくださっていますよ」
魔族の王に、まるで生贄をやるように差し出したも同然なのに、アリスティアはそうは考えていないらしい。どちらかといえば、背を押してもらったとか、認めてくれたとか。そういうとらえかたをしている。
変わった子だ……それも、セレスティオはよく知っている。
にっこりと、曇りのない笑顔でアリスティアは告げる。
「セレスティオ様が、わたしの〈教導師〉様で、よかったです」
「その言葉に恥じないよう、頑張らねばなりませんね」
セレスティオも笑顔を返した――が、少しばかり、やり過ぎている気がする。
そろそろ魔王の我慢が限界なのではないか、と考えたまさにその瞬間、大きな音をたてて扉が開いた。
「まぁ、お行儀の悪い」
アリスティアが、憤然とそちらをふり返る。……うん、そういう子だ、とセレスティオは思う。
分け隔てしない彼女の性質は、魔王にまで適用されている。
「お待たせしてもいけません。急ぎましょうか」
「申しわけありません」
「いえ」
視線で弟子を宥めつつ、セレスティオは歩幅をひろげた。さて、魔王との対面である。




