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時々間違えることもあるんデスケド。

「たっちゃん、大丈夫?」

 アリシアがタシファレドを心配してしゃがむ。

「あんなにジャストタイミングで雷鳴るとは思わなかったわ」

 ルキナは肩を揺らしてクスクス笑う。ユーミリアが怒った瞬間に雷が落ちたのは、あまりに見事なタイミングで、思い返すだけで笑いがこみ上げてくる。

「雨でも降ってるの?」

 シェリカがカーテンの閉まっている窓を見た。ティナが立ち上がり、窓に駆け寄った。カーテンの中に入り、外を確認する。

「今は降ってませんが、これから降るかもしれません」

 ティナはそう報告して戻ってきた。廊下が暗くなったと思ったのは、日が落ちたからではなく、空が雲で覆われていたかららしい。どちらにせよ、早めに解散した方が良さそうだ。

「とりあえず、今日はここらへんで終わりにしましょうか。一人、退出した人もいるし」

 ルキナは椅子から立ち上がり、皆の顔を見た。

「ここで聞いた話は、外で話さないでください。今は、チグサが魔法で音を遮断してくれてますが、私たちを見張っている人たちに聞かれるのは困ります。特に、私の記憶については、シアンのことを忘れているふりを続けるので、そのつもりで」

 ルキナは長々と注意事項を述べた後、最後に「今日はありがとうございました」と頭を下げた。

 ルキナの挨拶が終わると、雨が降る前に移動をしたいと言う、ノアルド、ミッシェル、ベルコル、シュンエル、チカが調理室を出て行った。チグサが、最後の一人がここを出るまで、音を外に漏らさないと言ってくれた。おかげで、部屋を出て行かずに残った者たちは、興奮を無理矢理冷ますこともなく、話を続けた。

「へー、それじゃあ、ロット様がミューヘーンさんと仲が悪くなったふりをしていたのは、見張りをロット様から引きはがすためだったんですね?」

「ああ。俺がルキナ嬢と仲違いしたとわかれば、見張ってる奴らも、俺らが協力するとは思わないだろ?」

 タシファレドがハイルックとアリシアに挟まれた状態で鼻高々に話をしている。二人が知らない影で起こった武勇伝を意気揚々と語っている。

「でも、もうその作戦は使えないけどな」

「え?なんで?」

「同じ部屋で話せるくらい仲直りしたと思われてるからな」

「あ、そっか」

 ルキナは、三人の話をさりげなく聞きながら、机の上に散らばった紙をカバンにしまいこんだ。ルキナのカルテや城の見取り図など、このまま放置できないような重要なものばかりだ。

(よし)

 ルキナは、卓上に紙が一枚も残っていないことを確認し、カーテンを開けに行った。シャーっと、ランナーがカーテンレールを滑る。薄暗かった調理室に、窓から光が入ってくる。空全体が雲に覆われているので、さほど外は明るくない。それでも、カーテンを開けた方が、部屋が明るくなり、空気も軽く感じる。

「じゃあ、じゃあ、ゴールさんちに行ったのは?」

「ん?ああ、ルイス様がどうやってあの殺人事件を解決したのか確認しようと思ってな。一応、親父からなんとなく聞いてはいたけど」

「どうりでたくさん質問するなーって思った」

「それで何がわかったのですか?」

「あんま良い収穫はなかったけど。でも、ルイス様がリュツカを連れ歩いていることはわかった」

「騎士なのだから当然では?」

「別にそうとは限らんだろ。知りたかったのは、ルイス様がリュツカにどこまでやらせてるか、だ。殺人事件の犯人と目的に最初に気づいたのはリュツカで、他の騎士に指示を出して犯人を捕まえたらしい」

 タシファレドはそこまで話して、ハイルックたちの反応を見た。二人とも、タシファレドの言いたいことがわからないという顔をして、きょとんとしている。

「騎士団にも秘議会の奴がいるってことだ」

 タシファレドがため息まじりに言う。タシファレドは、ここまでの話で言いたいことを二人に理解してほしかったようだ。

(その説明じゃ、誰もそんな結論に至らないわよ)

 ルキナは、表情を変えずに心の中で言った。タシファレドは結果を求めすぎて先走るところがある。その性格は話し方にも表れていて、結論が簡潔にまとめられている分には問題はないのだが、根拠となる過程をすっばすので、真面目に聞けば聞くほど話の流れについていけない。

「事件解決に乗り出したのが、戴冠式から一週間とちょっと経ってからだ。誰が突然現れた年下の子供の言うことを信じて、指示に従うんだよ。いくらルイス様がいるからって言ったって、親父みたいなタイプなら絶対言うこと聞かねえ」

 タシファレドが切れ気味に言うと、アリシアとハイルックが「たしかに」と、納得した顔になる。二人とも、タシファレドの父親がどんな人物がよく知っているので、タシファレドの例え話はわかりやすかったらしい。

「秘議会の奴は、リュツカが変なことをするわけないって思ってる。それに、最近、ルイス様の騎士団に新規で入ったのはリュツカだけじゃない。そいつらが秘議会の奴だって可能性は高いだろ」

 秘議会がルイスと共闘している以上、王族とリュツカ家の血の契約は秘議会の知るところとなる。シアンの血液検査でわかっていたはずの契約のことを隠したのも秘議会。血の契約の秘密を知る秘議会の者ならば、シアンがルイスに絶対服従であることを理解している。つまり、シアンが秘議会にとって不利な行動をとるわけがないと信用することができるということだ。たとえよく知りもしない人間の言葉でも、それ以上に信用できるシステムがその人間を制御しているのならば、少しくらい耳を傾けようという気も起こるというものだ。

 タシファレドの説明はやはり所々重要な情報が抜けていてわかりにくいことこの上なかったが、アリシアとハイルックは納得しているようなので、ルキナも口を挟むことはしない。

 ルキナは、チグサと話をしようと思い、ガラガラと椅子を引いた。チグサに机を挟んで向かい合うように座る。

「ねえ、ルキナ様」

 ルキナがマクシスの話を黙って聞いているチグサに話しかけようとした時、アリシアがルキナを呼んだ。ルキナはアリシアの方を見て、どうしたのかと尋ねる。その問いに答えたのはアリシアではなくタシファレドで、「ルキナ嬢とチグサ嬢はどうやって情報交換をしてたんだ?」とルキナに質問を投げかけてきた。

「夏休みの間、チグサ嬢が伝達係をやってくれてただろ?でも、チグサ嬢の魔法をしょっちゅう使うわけにもいかなかっただろうし、どうやってやり取りしてたのかなって」

 タシファレドが、興味津々と様子でルキナに話しかけ続ける。ルキナはどうやって答えようか迷う。

 夏休みの間、チグサはルキナのもとを訪ねては、外で起こっていること、手に入れた情報をたくさん教えてくれた。しかし、ルキナの身辺は常に見張られていた。ルキナがシアンに近づかないようにと用心して用意した秘議会側の見張りだ。情報交換をするには、その目をかいくぐる必要があった。チグサの魔法を使って、今回のように音が周囲に届かないようにする方法もとれないわけではなかったが、それを使うと、聞かれたくない会話をしているのだと一瞬でバレて、怪しまれる可能性があった。そこで使ったのが原稿用紙だ。ルキナは度々チグサに小説の推敲をしてもらっていた。それを上手く利用することにしたのだ。ルキナがチグサに聞きたいことや次の指示を事前に原稿用紙に小説を模して書き込んでおき、家に来たチグサにその文を読んでもらう。そして、チグサがその返答や他の情報を小説の訂正に見せて書き込んだ。そうして、ルキナとチグサは会話をせず、見事に情報のやりとりをしていた。

 だが、この手はルキナとチグサだからこそ成り立ったのだ。タシファレドはルキナが小説を書いていることすら知らない。ルキナは誤魔化したいと思ったが、なかなか良い言い訳が見つからなかった。

「内緒」

 ルキナが迷っていると、チグサが代わりに言った。マクシスの話を聞いているとばかり思ったが、チグサもタシファレドたちの話に耳を傾けていたようだ。そして、ルキナが困っていることに気づき、助け舟を出してくれたのだ。

「聞こえなかった?内緒よ、内緒」

 ルキナは、チグサに乗っかる形で、それ以上の詮索を妨害する。ルキナは相手を納得させたうえで誤魔化そうと思っていたが、チグサは余計なことは考えずに、手っ取り早く教える気はないという意思表示をした。ルキナは、たしかに、チグサの使った手が一番有効だと思った。なぜなら、二人だけの秘密だと聞いて、会話に乱入してくる人物がいるからだ。

「内緒って何だよ。教えろよ。今後に役立つかもしれないじゃないか」

「私たちにしかできないから良いの」

 タシファレドとルキナの間で押し問答が始まろうかという時、マクシスが椅子から立ち上がった。

「姉様、内緒って何ですか?姉様、誰にだって秘密の一つや二つはあると思いますけど、何も今ここで秘密を増やすことないじゃないですか」

 マクシスがチグサを問い詰める。すると、タシファレドが「そうだ、そうだ」と便乗した。

「僕と姉様の仲ではありませんか。少しくらい信用していただいても良いでしょう?秘密にするのは変わりません。その仲間に僕を追加するだけのことです」

「そうだ、そうだ」

「僕らは同じ星のもとに生まれてきた、運命共同体。僕が姉様の全て知りたいと思うのは当然のことなんです」

「いや、俺はそこまで思ってない…かな…。」

 タシファレドが冷や汗をかきながら否定すると、マクシスがキランと目を光らせてタシファレドを見た。獲物を狩る野獣の目だ。タシファレドは、本能的に自分の身に危険が迫っていることを察した。

「そうだ。俺、今日は早く帰らないと行けないんだった」

 タシファレドがこの場から逃げ出そうと、それとなく理由をつけて椅子から立ち上がった。数歩後ずさりし、出口を目指す。その時、マクシスが一歩目を踏み出した。走る体勢に入っている。タシファレドを逃がさないつもりだ。

「ひぃーっ、お助けー!」

 タシファレドは慌てて走り始めた。途中、脚を椅子に引っ掛け、椅子を倒しながらなんとか調理室を飛び出した。廊下に出ると、そのまま走って行った。その後をマクシスが追う。

「たっちゃーん!」

「ロットさまあああああ!」

 アリシアとハイルックが大慌てでタシファレドを追いかけ始める。マクシスの粘着質な性格を知っているので、二人は見た目以上に焦っている。マクシスならば、地の果てまでもターゲットを追いかけまわしそうだ。

 四人の足音が遠ざかっていく。彼らはもう今日はここに戻ってこないだろう。

「ナイス、チグサ」

 ルキナは親指を立てて、チグサをほめたたえる。チグサは、何事もなかったかのようにお菓子を食べ始めた。お菓子パーティの体で始めた会だったので、シュンエルとチカが運んでくれたお菓子が山積みになっている。チグサはそれを当然のようにすました顔で食べる。

「この後すぐご飯食べるんだからほどほどにしておきなさいよ」

 ルキナは、のんきにお菓子に手を伸ばし続けるチグサを見て微笑む。チグサは、ルキナの声が聞こえているのかどうかもわからないが、ルキナの言葉を無視してもぐもぐと口を動かす。

「あの」

 ルキナが頬杖をついてチグサのことを見つめていると、イリヤノイドが話しかけてきた。今日、この調理室で彼が声を発したのはこれが初めてだ。ルキナは内心驚きつつ、頬杖をやめてイリヤノイドの顔を見た。イリヤノイドは思いつめた表情をしていて、どこかルキナに対して救いを求めるような目をしている。

「あの、先輩のために僕にできることはありますか?」

 イリヤノイドが小さな声で問う。イリヤノイドは、大好きなシアンを早く取り戻したくて仕方ない。しかし、イリヤノイド一人ではどうすることもできない。これまで、幾度となく学校でシアンに話しかけようとしたが、一度も達成できた試しがない。イリヤノイドは己の無力さを悟り、焦りを感じている。

 ルキナは、イリヤノイドの気持ちが痛いほど理解できた。だから、ルキナはイリヤノイドに向かって微笑んだ。

「大丈夫。イリヤのことも頼りにしてるわ。じゃなかったら、今日、話を聞かせたりしなかった。ね?ちゃんとその時が来たらお願いするから」

 ルキナが真っすぐイリヤノイドの目を見て言うと、イリヤノイドは少し硬かった表情を緩ませた。イリヤノイドは、「わかった」と答える代わりに、「イリヤって呼ばないでください」といつもの調子で言った。

「そろそろ出ましょうか。チグサもずっと魔法使うのは大変だろうから」

 ルキナは、最後まで残っていたシェリカ、ティナ、イリヤノイドに向かって言った。ティナが椅子から立ち上がり、シェリカの背中をぽんぽんと優しく叩いた。しかし、シェリカは立とうとしない。

「シェリカ?」

 ルキナはシェリカの様子がおかしいことに気づき、シェリカの背中に声をかけた。だが、反応はない。ティナが困ったように肩を落とした。

「どうしたんですか?足でも痺れました?」

 イリヤノイドが茶化しながらシェリカに近づいた。イリヤノイドは、シェリカをからかおうとする。しかし、急にイリヤノイドがぎょっとした顔で固まった。シェリカの顔が見えたのだろうか。イリヤノイドが途端におろおろする。

 ルキナは何が起きているのか確かめるようにシェリカに近づいた。シェリカの近くに行くと、すすり泣く音が聞こえてきた。

「すみません…すぐ行きます…。」

 シェリカが涙声で言った。シェリカはずっと静かに泣いていたようだ。いつから泣いていたのかはわからない。

 ルキナはシェリカのそばでしゃがみ、シェリカの顔を見上げた。

「シェリカ、どうしたの?」

 ルキナは優しく問いかける。シェリカはぐいっと手の甲で涙を拭うと、ルキナの方を見た。

「ごめんなさい」

 シェリカがルキナに向かって頭を下げた。ルキナは驚きながら何に対する謝罪なのか尋ねる。シェリカは具体的なことは言わず「私は、ルキナ様を傷つけてしまいました」と涙ながらに言った。

(傷つけた?)

 ルキナは、シェリカの言葉の意味を理解しようと、少しの間床を見つめた。そして、シェリカが何に対して謝罪をしたのか察した。

「シェリカ、敵を騙すには味方からよ。私はシェリカのことも騙してた。シェリカは騙されてた。でも、それが正解なの。あの時、私はシアンのことを忘れていたのよ」

 シェリカは、シアンのことを忘れ去ったルキナのことを責めた。露骨に無視をしていたわけではないが、ぎこちない態度をとっていた。シェリカは、それがどれだけルキナを苦しめることになったか思い至り、謝罪しなくてはならないと思ったようだ。しかし、ルキナはそんなシェリカを責める気は毛頭ない。数時間前までは、ルキナがシアンの記憶をなくしているという事実が正解で、現実だった。シェリカがルキナを責めるという構図は正しかったのだ。

「私がシェリカの立場だったら、きっと同じ態度をとってた。予想ができた反応よ。だから、タシファレドにあんな役をさせたんだもの。泣くことはないわ」

 ルキナはポケットからハンカチを取り出し、シェリカの顔をそっと拭いた。シェリカは最後に「ごめんなさい」ともう一度言い、椅子から立ち上がった。

「私たちは何かと間違いをするわね」

 ルキナは笑いながらシェリカの横に立った。ルキナは、文化祭の前、シェリカを傷つけた時のことを思い出していた。シェリカがルキナの言葉に頷いた。おそらく、シェリカもルキナとのこれまでを思い返していることだろう。

「全部正しい必要はないんじゃないですか?」

 不意に、イリヤノイドが言った。イリヤノイドなりに二人を気遣ってかけた言葉だろう。しかし、イリヤノイドらしくない言葉に、シェリカが笑う。

「生意気君のくせに良いこと言うね」

「くせにってなんですか」

 イリヤノイドはシェリカに笑われたのが恥ずかしかったのか、顔を赤らめた。ルキナは、シェリカが笑い、イリヤノイドが赤くなっているのがなんだか面白くて、笑ってしまう。

「…二人とも仲良く勝手に笑い死んでください」

 イリヤノイドは、たえきれなくなったようにそう言って、調理室を飛び出して行った。

「姉弟そっくりですね」

 ティナが、イリヤノイドの背中を呆れながら見送る。たしかに、ユーミリアも最後に怒って文句を言い残して部屋を飛び出して行った。似た者姉弟と言えなくもない。

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