これが大切なお守りデスケド。
ルイスの戴冠式当日。ルキナは正装をし、出発の準備をしていた。戴冠式まで時間はあるが、ルキナは、ノアルドの婚約者として、戴冠式の前に行われる儀式に参加するので、他の人より早く城に行かなくてはならない。
ルキナは支度を終え、出発時刻まで暇を持て余す。ルキナはシアンに話し相手になってもらおうと、シアンに部屋に行った。
「シアン、準備できた?」
ルキナはドア越しにシアンに確認する。部屋の中から「できましたよ」とシアンの返事が返ってきた。
「じゃ、入るわね」
ルキナは躊躇なくドアを開け、シアンに部屋に入る。シアンも正装し、城に行くための準備を整えていた。
「シアンはそういう服も似合わうね」
ルキナはそう言いながら、椅子に腰かけ、脚を組んだ。はまるでこの部屋の主人かのような佇まいだったが、シアンはルキナの態度に文句は言わない。むしろ、それが当然のことであるかのように、シアンは気にする素振りも見せない。
「でも、式が夏なのは困ったものね。こんな格好、暑くてしょうがないわ」
ルキナがひじ掛けで頬杖をつく。部屋の中をうろちょろと歩いているシアンの背中を目で追う。
「体調の方は大丈夫なんですか?」
シアンが作業を続行しながらルキナに問う。ルキナが暑さを訴えたので、また頭痛がルキナを苦しめているのではないかと思ったのだ。
「平気よ。最近、調子が良いの。薬を飲まなくても大丈夫な日もあるし。少なくとも、お母様がお城に行くのを許してくれるくらいには良い感じよ」
ルキナの原因不明頭痛は、最近、かなり良くなってきていた。だから、メアリがルキナに儀式に参加することを許したのだ。シアンが心配するような状況は既に脱している。
「まっ、ちょっと面倒な偏頭痛と思えばなんてことはないわよ」
一か月も頭痛と伴った生活を続けていれば、嫌でもその痛みと違和感に慣れる。ルキナは、ニッと白い歯を見せて笑う。シアンはふっと小さく笑った。ルキナが元気そうなのを確認できて、安心できたことだろう。
シアンが机の引出しをあけ、頑丈そうな箱を取り出した。ルキナはその箱に中身を知っている。手のひらサイズの年季の入った箱には、シアンの宝物が入っている。
「今日はつけてくの?それ」
箱を手に取って固まっているシアンに、ルキナが尋ねる。シアンは、ルキナの質問の答えに迷っているようで、返事はせず、そっと箱の蓋をあけた。箱から取り出したのは、青色の大きな石がついたブローチ。このブローチは、シアンがリュツカ家を離れ、ミューヘーン家にやってきた時から所持していたものだ。シアンはこの石のことも何も覚えていないが、両親の形見として大切にしている。
ルキナは椅子から立ち上がって、シアンに近づいた。シアンが持っているブローチを近くで見たくなった。シアンは、ルキナが近づいてきた目的を理解し、ルキナに大切なブローチを貸してくれた。ルキナは、シアンの宝物を落としてしまわないように気をつける。
この青色の石は見れば見るほど不思議な石だ。見る角度によって色が変わって見える。薄い水色に見えたり、濃い青に見えたり、時々緑色がみえたり。一言で言えば、「きれい」だ。ルキナが「きれい」と呟くと、シアンが嬉しそうに、自慢げに笑った。
「良かったら、石を目に近づけて、奥をよく見てみてください。たぶん石の傷だと思うんですけど、白色の点々が見えるんですよ。僕は、それが星空みたいで好きなんです」
シアンがうっとりとした顔で言う。ルキナはシアンに言われたように、石を顔に近づけて覗き込んだ。たしかに、シアンの言うように、白色の小さな模様のようなものが見えた。意外と白色の点々はたくさんあり、シアンが星空と例えたのも納得できる。ネイビーブルーに見える角度で覗き込むと、より白色の自然が生み出した奇跡の模様がくっきりと見えるようになり、より星空に近づいた。
「ほんとね」
ルキナは、シアンが好きだと言う景色を共有できたことを嬉しく思う。それはシアンも同じのようで、ルキナが同意すると、「きれいですよね」と本当に嬉しそうに言った。
ルキナは石を顔から離し、石を固定している金色の台座を見た。そこには、小さく文字が書かれている。今、この国で使われている文字ではない。現在は古典文字と呼ばれる、過去の文字だ。中等学校で古典文字に関しても習うので、教養のある者なら、台座に書かれた文字も読める。そこに書かれているのは、『その血が示すままに』だ。ルキナには、その言葉に意味がわからない。シアンにもきっとわからないだろう。でも、この言葉はルキナにとって、とても重要なものだ。なぜなら、この言葉が、ルキナの前世の記憶を呼び起こしたのだから。
『その血が示すままに───。』
ルキナは、この言葉を前世で何度も見た。他でもない、『りゃくえん』のプレイ中だ。『りゃくえん』のイントロ画面にこの言葉が映るのだ。だからだろうか、ルキナはこの言葉を偶然聞き、記憶を取り戻すきっかけとなった。
(やっぱり定番は頭を打ってっていうパターンかしら)
ルキナは、七歳の頃のルキナの身に起った出来事を、前世のことを思い出すきっかけとしては満足していない。きっかけにしては、あまりに偶然に頼りすぎている気がしたからだ。頭を打って思い出すというのも、なかなかあり得ないような偶然の産物には感じるが、たまたま例の言葉を聞くという運命を引き当てるよりは容易に思われる。
(これぞ運命?)
ルキナは、ブローチから目を離し、チラリと隣にいるシアンの横顔を見た。シアンがこのブローチをハリスに見せ、ハリスが古典文字の意味を読み上げた。シアンがいなければ、ルキナが前世の記憶など手にすることはなかっただろう。どうやら運命というのは存在するらしい。ルキナは、『りゃくえん』のストーリーに則り、己がモテモテになる運命になるという運命を信じて疑わなかったが、それ以上に、信じるべき奇跡的な運命があったのだ。
(…なんて、痛いことを考えてみたり?)
ルキナは、自分が自分で恥ずかしくなってきて、一人で照れ笑いをする。シアンと出会えたことは運命なのだと、口にしなくても、考えるだけで恥ずかしくなってくる。そんなルキナを見て、シアンが不思議そうに首を傾げた。
「ああ、ごめん。返すわ」
ルキナは我に返り、ブローチをシアンに返却した。シアンは、それをおもむろに胸につけた。ブローチをつけていくか迷っていたが、結局、つけていくことに決めたらしい。シアンが空になった箱を引出しに戻した。ルキナはそのシアンの手を目で追い、引出しに金色の指輪が入っていることに気づく。その下には、メッセージカードが一枚しまわれていた。
「シアンのお守りはいっぱいね」
ルキナは、シアンの引出しを見て言った。シアンは、ルキナの言いたいことを理解し、指輪とメッセージカードを取り出した。
指輪は、とある場所でシアンが偶然拾った。リュツカの名が刻まれていたので、シアンは両親が遺したものかもしれないと大切に保管している。
「この模様、思ったよりちゃんと見えるようになってたのね」
ルキナは指輪を見せてもらい、呟いた。指輪には何かの模様が描かれていたようだったが、シアンが拾った時は、模様が潰れていて、とても何が描かれていたのかわからない状態だった。でも、今は、プロの手によって修復され、可能な限り模様も再現されている。
「えっと…竜かな、これは」
ルキナは指輪の模様をじっと見つめた。竜と思われる生物が何かに巻きついた模様だったようだが、その何かまでは再現されていない。
「ちゃんともともとの模様も見てみたかったわね」
「そうですね」
ルキナはシアンに指輪を返し、最後にメッセージカードを手に取った。これはルキナも記憶に新しい。中等学校最後の夏休み、シアンと一緒にリュツカ家の屋敷に遊びに行った際、シアンあてに荷物が届いた。差出人不明の荷物は、シアンの成人式のために用意してくれたらしい綺麗な服と、このメッセージカードが入っていた。他に手紙も入っていたが、差出人がわかるようなヒントは何も見つからなかった。このメッセージカードには、『すべてが明かされる約束の夜に備えよ 扉は竜の口 鍵は竜の血 宝は竜の涙』というなぞなぞのような文が書かれており、ルキナもシアンも、これが何か大切な意味を持っていることは察していた。が、謎を解き明かすことはできないまま。ルキナはメッセージカードに書かれた謎を久しぶりに考え始める。
「お嬢様こそ、たくさんありそうですけど」
シアンが、謎解きに夢中になっているルキナに言った。ルキナは、顔を上げて、シアンの顔を見た。ルキナは、少しの間をおいて、シアンとお守りの話をしていたことを思い出した。
ルキナは物を捨てられない質の人間だ。両親と使用人のおかげでルキナの部屋は片付いているが、基本的に物が多い。ルキナの両親が使用人に、不必要なものは容赦なく捨てるように言ってあるのだ。もし、ルキナが誰の干渉もない場所で暮らしていたなら、その家はすぐに物で溢れかえっていただろう。しかし、これまで、使用人たちの掃除によって失われた物たちの中に、ルキナが失ったことを悲しんだ物はなかった。自分が一瞬でも必要かもしれないと部屋に持ち込んだ物であったことも、それがなくなっていることも忘れてしまうのだ。結局、ルキナに他人に理解できないような本当に大切な物は存在しない。
シアンは、そういういったルキナの性格をなんとなく理解してるので、ルキナにとってお守りとも言うべき宝物はたくさんあるだろうと思ったらしい。
「あいにく、私にはお守りは一つしかないわよ」
ルキナは、もともと座っていた椅子に戻り、どかっと勢いよく腰を下ろした。そして、脚を組み、手を膝の上に乗せた。「どうぞ当ててご覧なさい」と言うように、シアンに挑発的な視線を送る。シアンは、ルキナの意図を理解したのか、目を泳がし始めた。シアンに当てる気があるのか、ないのか。ルキナは黙ってシアンの出方を伺う。
「…何ですか?」
シアンは、一度も挑戦しようともしないで、ルキナに答えを求めた。シアンも、こうやってすぐに答えを聞いてしまうのは良くないかもしれないと思っているようで、答えを望む声はとても迷いが表れていた。ルキナは肩をすくめ、小さくため息をついた。シアンは、ルキナのことを完璧に理解しているわけではなかった。
「これよ」
ルキナはすまし顔で、髪を耳にかけ、右耳をシアンに見えるようにした。ルキナは常に右耳に一つだけイヤリングをしている。そう、シアンが作った魔法石だ。ルキナにとって、唯一のお守りは、このイヤリングだ。
「それはなんか違うと思います」
シアンがルキナから目をそらした言った。でも、嬉しいと少しは思ってくれているのか、シアンの口元は緩んでいる。
(そんなに照れなくても良いのに)
ルキナは、シアンの反応が思った以上に可愛かったので、ついニヤニヤしてしまう。ルキナのにやついた顔をどう解釈したのか、シアンは不満そうな顔になった。
「お嬢様、シアン様、お時間です」
シアンの部屋に使用人が二人を呼びに来た。
「それじゃあ、シアン。行きましょ」
ルキナは椅子から立ち上がり、シアンを連れて家を出た。空は快晴で、今日行われる戴冠式を祝しているかのようだった。
ルキナ達は、馬車に乗り込み、王城に向かった。どこもかしこもお祭りモードで、馬車の窓から見えるあちこちの建物にルイスの王位継承を祝うポスターが貼られていた。
(あ、これ持ってきちゃった)
ルキナは、手にメッセージカードを持ったままだった。
(あとで返そう)
今シアンに渡しても困ってしまうだろう。家に帰ったら返すことにする。
二人が王城に到着したのは、戴冠式より三時間ほど前。ルキナたちは待合室に通され、そこで誰かが呼びにきてくれるのを待つ。
「そういえば、ルイスって」
ルキナは、シアンがルイスに呼ばれていることが気になっていた。シアンに何か事前に聞かされていないか尋ねようと思い、話題を振る。シアンは、「ここで呼び捨てはまずいですよ」と小さな声で注意する。
「そっか。ルイス様って、例の儀式に参加するんでしょ?いつシアンと話すのよ」
ルキナは、ルイスの名に敬称をつけて言いなおす。待合室にはルキナたちしかいないが、シアンにつられて、ひそひそと話す。
「それ、僕も思ってました。たぶん儀式の合間に、とかだと思うんですけど」
「まあ、そうよね。別の日じゃ駄目だったのかしら」
シアンとルキナが喋っているところに、城の従者がやってきた。二人をそれぞれの場所に案内すると言う。ルキナは、もう少しシアンと話をしておきたかったが、呼ばれてしまったものは仕方ない。
「それでは、お嬢様、後ほど」
シアンが従者の後について離れて行く。
「ミューヘーン様、参りましょう」
ルキナがシアンの背中を見送っていると、ルキナの案内役がルキナに声をかけた。ルキナは頷き、儀式の会場へと案内してもらう。
(ルイスは何を企んでるのかしら。チグサはシアンとルイスを二人きりにするなって言われてたけど…儀式の後、私がルイスを引き留めて時間を稼ぐしかないわね)
儀式の後は戴冠式。式の間に余裕をもって時間があけられているので、ルイスがシアンと話をするとしたら、その間の時間だ。ルイスをシアンのところに行かせないためには、ルキナがシアンのところに行かないようにルイスを引き留めておく他ない。
(ああ、もうっ、じれったいわ)
この世界の身分の差というのはどうにも面倒だ。ルキナたちは王族に言われたことは基本的に逆らえない。本当は、シアンに城に行くな、ルイスと話をするなと言いたかったが、言ったところで、シアンがルイスの誘いを断ることはできない。それでも、もし、ルキナにもっと権力と立場があれば、シアンをルイスより自分に従わせることはできただろう。
(でも、それにしては早く呼びすぎじゃない?)
シアンと話す時間は戴冠式の直前。シアンが儀式に参加するわけでもないし、ルキナと同じ三時間前に呼ぶ必要はなかったはずだ。シアンをそんなに長いこと待たせておくなんて、ちょっと意地悪すぎではないだろうか。
ルキナは従者に案内され、儀式の会場となる、城の一番高い塔に上った。この場所に人が入るのは、国王の入れ替わる時にのみ行われる特別な儀式の時だけ。定期的に清掃は行われるが、王族ですらめったに入らない場所。この儀式は、天に一番近いところで、次期国王が身と心を清め、誓いを立てるためのもの。儀式の会場が狭く、神聖な行事であるので、この儀式を実際に見られるのは王族とそれに近しい者だけ。
ルキナはノアルドの隣に座り、儀式が始まるのを待った。しばらくすると、白色の儀式用の服に身を包んだルイスがやってきた。
ルイスは、一番大きな窓の前に両膝をつき、神官の手によってゆっくりバケツ一杯の水頭からかけられた。両手を組み、水を滴らせながら祈りをささげる。窓から入ってくる太陽光が、ルイスの金色の髪と水に反射して、キラキラと光る。とても幻想的な光景だ。神官から合図があると、ルキナたちも、ルイスの後ろで祈りを始めた。そうして、厳かな雰囲気で執り行われた儀式は、時間をかけて終わりを迎えた。
「ルイス殿下、失礼いたします」
儀式が終わると、外で待機をしていた家来たちが濡れているルイスに煌びやかな布をかけた。単純に、濡れたままのルイスが風邪を引いてしまわないようにするための布だが、これも儀式の一部のようで、とても綺麗な布だった。赤色の分厚い生地に金色の糸の刺繍。
「ルキナ、ドレスが濡れたりしませんでしたか?」
ノアルドが、にこやかにルキナに話しかけてきた。ルイスにかけられた水が少し周りに飛び散った。それがルキナにかかったのではないかと、ノアルドは心配している。
「大丈夫ですよ」
「それなら良かったです」
「はい。とても素敵な式でした」
ルキナはノアルドと話しながら、チラッと周囲を確認した。ルキナには、ルイスを引き留め、シアンのところに行かせないという使命がある。しかし、既にルイスの姿はなかった。
(ルイスがいない!?)
ルキナは目だけではなく、顔と体も動かして周囲を見る。ルイスがいないことを再度確認する。そして、ドアに視線を向けた。ルイスはもう塔から移動してしまったらしい。
「ルキナ?」
ノアルドが心配そうにルキナを見る。
「ノア様、ルイス様はどちらに?」
「兄上なら、たぶんお部屋に戻られたと思いますよ。あのままでは風邪をひいてしまいますし」
「そう…ですよね」
ルキナはノアルドにルイスの所在を尋ねた。当然だが、体を水で濡らしているルイスがいつまでもここに留まっているわけがなかった。
(ルイスの部屋に行きたいところだけど…それは無理よね、きっと)
ルキナは、どこかでルイスを待ち伏せすべきだろうと考える。しかし、ルキナはこの城の間取りに詳しくないし、正式に王族ではないルキナには入ることが許されていない場所もある。
(いきなり詰んだ…?)
シアンが今城のどこにいるかはわからない。ルイスがシアンのところにいるのかもわからない。ルイスがシアンに会ったとして、何が起こるのかはわからない。ルキナにはどうすることもできない。
(シアン、無事でいて)
こうして念を送ったところで、きっと事態が良くなることはない。それでも、ルキナは祈らずにはいられなかった。




