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海に来たんデスケド。

「ついに来たわよ、海!」

 ルキナは海水浴客でにぎわう海に向かって叫んだ。

「何叫んでるんですか」

 シアンが呆れたようにため息混じりで言った。しかし、ルキナがこれほどはしゃぐのも仕方のない話なのだ。夏休みに入っても、そうそう外出は許されず、こうして遠出できるのも、これが最初で最後だ。ルキナも、メアリの言葉は完全に無視することはできないので、今年はしょうがないと受け入れざるを得なかった。だからこそ、今日は満足いくまで遊びつくすつもりだ。

「姉様、暑くないですか?」

 マクシスが、日傘をさして、チグサを日陰にいれる。チグサは全く海に入る気がなく、水着を持って来てすらいない。

(まあ、チグサが海に入れないのはしょうがないわよね)

 これまで、チグサが海水浴を楽しんでいるところを見たことがない。何度か一緒に海に来ているが、チグサが水着を着たところを見たこともない。ルキナは、チグサは海が苦手なのだと思っていた。しかし、今はちゃんと理由がわかる。チグサは自分の正体を隠すため、眼帯をつけ、かつらをかぶっている。水に入ろうものなら、これらが取れてしまう危険性がある。だから、人目のある場所で水に入ったりしない。むしろ、それ以外の理由が考えられないくらいだ。三階から飛び降りても無事だったことを考えれば、チグサが泳げないわけがないのだから。

「たっちゃん、早く!早く!」

 アリシアが可愛らしい水着を身にまとって、タシファレドの腕を引っ張る。

「準備体操くらいしろって」

 タシファレドは重心を後ろに移動させてブレーキをかける。アリシアの馬鹿力相手では、性別の壁など全く感じられない。

「ロット様、ちゃんと準備体操なさるとは、さすがですっ」

 ハイルックがタシファレドのそばに立ってほめる。

「見てるなら手伝えって」

 タシファレドがハイルックに助けを求める。しかし、ハイルックはニコニコと笑って見守るだけ。手を貸そうとする素振りは見せない。

「お前、最近どうしたんっ…うわっ!」

 以前のハイルックなら言う前からアリシアを止めに入っただろうに、今のハイルックは動こうともしない。タシファレドが違和感を指摘しようとしたところ、アリシアが不意に手を放したので、タシファレドはバランスを崩して砂浜に倒れこんだ。

「てめぇ」

「あはははっ、たっちゃん、だっさーい」

 タシファレドが怒り、アリシアが笑う。

「あの人たちはどこ行っても変わんないわね」

 ルキナが呆れていると、シアンがすっと一歩ルキナに近づいた。ルキナがどうしたのかとシアンの方を見ると、イリヤノイドがシアンの横を走り抜けて行った。イリヤノイドが抱きついて来ようとしていることを察したシアンが身をかわしたらしい。

「先輩!」

 イリヤノイドが振り返りざまにシアンを呼ぶ。シアンによけられてしまったので怒っている。シアンのところに戻ってきて、腕に抱きついた。

「先輩、泳ぎに行きますよっ」

 イリヤノイドがシアンの腕を引っ張る。シアンがルキナの方をチラリと見た。

「行けば良いんじゃない?」

 シアンがルキナに許可をもらいたがっていると思ったので、ルキナは勝手にするように言った。イリヤノイドは、ルキナの言葉を聞いて、さらに強くシアンを引っ張った。シアンは「わかったから引っ張るな」と言いながら海に向かって歩き始めた。

「こんなに天気が良いと日焼けしちゃうわ」

 ルキナは天に向かって腕を伸ばしながら呟いた。外出そのものが久しぶりなので、太陽の下で伸びをするだけでもリフレッシュになる。ルキナは海で遊び始めた友人たちの姿を遠くから眺めていると、背後から「ルキナ」とチグサが呼んだ。チグサはパラソルの下に座ってくつろいでいる。手招きをしてルキナを呼んでいる。

 ルキナは、パラソルの影に入れてもらい、チグサの横に座った。チグサはルキナが来たのを確認すると、マクシスに遊びに行ってくるように言った。マクシスはあまりチグサの傍を離れたくなさそうだったが、遊ばずに帰っても海に来た意味はないので、結局、みんなところに向かって走り出した。

「チグサ、あれからどう?」

 ルキナはチグサに尋ねた。この質問は、チグサの体調と、その他の状況を尋ねたもので、ルキナはどんな答えが返ってくるか、あまり具体的に考えていない。チグサは、少し考えたように黙った後、「微妙」と答えた。ルキナは、チグサが何に対して微妙と言ったのか考えながら、ユーミリアから手紙で少し話を聞いたと言った。チグサはルキナをチラッと横目で見た後、頷いた。

「アイザック・トウホは、あの青い炎の火事の時もいた」

 チグサが静かに話し始めた。チグサはリュツカ家の血縁者。シアンの両親が亡くなったというリュツカ家の火事を、チグサがその目で見ていたとしてもおかしくはない。ルキナは、誰も知らない秘密を聞くワクワク感を抱きながらも、真面目な顔になって耳をすます。

「その時から、よくシアンの近くにいる。ずっとあの火事のことを調べてる」

 チグサは、ルキナの知る前から、アイザックと知り合いだったらしい。しかし、アイザックはルキナたちと初めてあった時、チグサとも初対面のような反応をした。チグサがいつから髪と目を隠すようになったのかはわからないが、アイザックはチグサがリュツカ家の人間であることを知らないのかもしれない。

「チグサは、あの人は味方だと思ってるの?」

「味方」

 ルキナの問いに、チグサが力強く答えた。チグサには、敵か味方か見極める方法があるようだ。チグサの声は自信に満ちており、さらにアイザックを「秘議会の存在にたどり着いた優秀な人」と評価した。

「私、秘議会のこと、まだあまりよくわからないんだけど」

 ルキナの頭の中には、秘議会の情報に関して、アイザックから聞いた大雑把なものしかない。秘議会についてほぼ知らないと言って良いだろう。それに比べ、チグサはもっと何か知っていそうだ。ルキナは、その情報を教えてほしいと意思表示した。しかし、チグサは応えなかった。

「あの人たちのことは話せない」

 ルキナは少しチグサに不信感を抱いた。チグサにはチグサなりの事情があって、それに基づいて動いているのだろう。しかし、敵の情報を教えないのは、あまりに不親切ではないだろうか。敵組織のことを知らずに、どう戦えば良いと言うのだろう。

「聞くより見た方が速いと思うから」

 ルキナは不満そうな顔をしていると、チグサが不思議なことを言った。これから秘議会に会う機会でもあると言うのだろうか。

「それじゃあ、これだけ答えて。秘議会は、ルイス側の組織?」

 ルキナは簡潔に敵は一つかと尋ねる。チグサもこれくらいの質問なら答えてくれるだろう。ルキナはそう思い、チグサの顔を見て答えを待った。チグサは少し迷ったように固まったが、最終的に、首を縦に振った。

(じゃあ、ルイスは完全に敵ってことか)

 ルキナは内心ショックを受けていた。ルイスが自分の敵になろうとは予想もしていなかった。ここ最近のルイスの態度を見ていれば、たしかに敵かもしれないと疑う気持ちは芽生えてくるが、そもそも『りゃくえん』の攻略キャラだ。このような展開になるとは全く予想していなかった。

 ルキナは癒しを求めるように海を見た。シアンたちが楽しそうに遊んでいるのが見える。ルキナがぼんやりとしていると、不意にチグサが「ごめん」と呟いた。何に対する謝罪かわからない。ルキナは、チグサの声を無視した。

 結局、チグサは完全なる秘密主義者。ユーミリアは自分が信用に足らないから、チグサから話を聞かせてもらえなかったと言うが、チグサはルキナ相手でも話さない。ルキナのことも信用できないのだろうか。ルキナは、チグサが何を考えているかよくわからなかった。先ほどの謝罪が、ルキナを信じ切れないことに対するものだとしたら…。

 ルキナは、チグサの謝罪の意味を考えないようにして、チグサに話しかける。

「眼帯もいつか外すの?」

 チグサは赤い右目を隠すために眼帯をつけている。それはルキナがチグサに初めて会った時からで、眼帯はチグサのトレードマークとも言うべきアイテムとなっている。だが、この眼帯は、正体を隠すためにつけているだけ。必要でなくなれば、外すことになるだろう。

「いつか」

 チグサは、そっと眼帯を右手で触りながら言った。チグサも、いつか自分の正体を明かす時が来ると思っているようだ。

「その眼帯可愛いわよね。お気に入り?」

 チグサの眼帯は黒色で蝶の形のビーズがついている。この眼帯は初等学校に通っていたぐらいの頃から、毎日のようにつけている。長いこと使っているが、大切に扱っているからか、まだとてもきれいだ。

「シアンがくれたから」

「いつ?」

「一緒に買いに行ったって聞いた」

「え?」

 チグサは、シアンがこの眼帯をチグサに贈ったことをルキナが知らないわけがないと言う。でも、ルキナはその時の記憶が全くない。

「私、もう年なのかしら」

 ルキナは、頑張って思い出そうとしたが、やはり何もそれらしい記憶は蘇ってこなかった。

「覚えてないの…?」

 チグサが怪訝そうにルキナを見る。さほど遠い記憶でもないし、ルキナが覚えてないなんてありえないと、チグサは考えている。でも、覚えていないものは覚えていない。

「なんか忘れちゃったっていうか、そもそもそんなことあったっけって感じ」

 ルキナも、自分がそんな重要な思い出を忘れているのは驚きだった。でも、自分でそういうことを忘れていることに気づけるわけがない。ただ自分にとって印象に残らない思い出だったのかもしれないと、ルキナは無理矢理納得した。

 ルキナたちが二人で話をしていると、突然、見知らぬ男たち三人組に声をかけられた。

「お姉さんたち、一緒に遊ばない?」

 ルキナはすぐに、ナンパだとわかった。

「すみません、友達と一緒に来てるので」

 ルキナは丁重にお断りする。

「お姉さんたち可愛いね」

「ちょっとくらい良いじゃん」

「せっかくのお誘いですが、すみません」

 男たちはしつこく、馴れ馴れしい態度で声をかけ続ける。チグサは興味なさそうに無視しているので、ルキナが笑顔で対応する。ルキナも無視してやりたいところだったが、それでキレられても困るので、とにかく笑顔で追い返すことに専念する。

「良いじゃん?良いじゃん?ちょっとだけだからさ」

「なんならそのお友達も一緒にどう?」

 こちらが下手に出たからか、相手が調子に乗り始めた。

(私は乙女ゲームにモブキャラのナンパなんて求めてないのよ)

 ルキナは、一向に引き下がろうとしない男たちにイライラし始める。よく知りもしない相手をモブキャラなんて例えてしまうのは失礼ではあるが、ルキナにとって、この男たちは本当にどうでも良いと思う対象だった。

(こんなことなら無視しておけば良かったかしら)

 ルキナが黙って考え事を始めると、男たちは痺れを切らしたようにルキナの腕を掴んだ。

「放してください」

 ルキナは腕を引いて男から逃れようとするが、男の方もルキナの腕を引っ張るので、無理矢理立たされてしまう。

「ほら、行こうぜ、嬢ちゃん」

「ぜってぇ俺たちと一緒の方が楽しいぜ」

 男たちがルキナを強引に連れて行こうとする。ルキナは「やめてください」と言って腕を引っ張る。横をチラリと見ると、チグサも二の腕を掴まれて立たされていた。

「嫌よ嫌よも好きなうちってな」

 男たちが大声で笑う。ルキナたちの意思を無視して連れて行こうとするので、ルキナは必死に抵抗する。チグサも腕を掴む男を静かに睨んでいる。

「ノリ悪すぎっ」

 ルキナがちっとも歩こうとしないので腹が立ったのだろう。ルキナの腕を引いていた男が振り返り、ビンタをしようと手を振りかぶった。ルキナはぶたれると思い、目を閉じ、身構えた。

 バシッと手のひらが頬を叩く音が響く。しかし、ルキナは痛みを感じなかった。恐る恐る目を開けると、男と自分の間にピンク色の頭があった。

「ユーミリア!?」

 ルキナはパニックになりながら名前を呼んだ。ユーミリアがルキナの代わりにぶたれたのだ。ユーミリアはアイドルの仕事で忙しいため、海も一緒に行けないと聞いていた。ユーミリアがここにいるなんて、ルキナは思いもしなかった。そのうえ、ユーミリアが身を挺して身代わりになるなんて…。

「ユリア・ローズ…?」

 ユーミリアをビンタした男が固まる。超人気アイドル、ユリア・ローズのことを知っていたらしい。ユリア・ローズの名を呼んで、呆然としている。

「あーあ、この顔は大切な商売道具ですのに」

 ユーミリアがぶたれた頬を手で押さえる。男の力でぶたれたのでそれなりに痛かった。頬は赤く染まっている。ユーミリアは、ゆっくり顔を上げ、男をキッと睨んだ。

「慰謝料請求した方が良いですかね」

 ユーミリアが怒りを前面に押し出して言うと、男がたじろいだ。

「はあ!?お前が勝手に入ってきたんだろ!」

 男は、自分の立場が危うくなったことを悟り、見苦しくも言い訳を始めた。ユーミリアはそんな言葉を取り合うことはせず、男たちを睨み続ける。

「良かったな、王子の婚約者じゃなくて。慰謝料、安く済んだじゃないか」

 ミッシェルの声だ。その場の全員がミッシェルの方に顏を向けた。騎士服を身にまとったミッシェルの後ろに、ノアルドが立っている。男たちはノアルドを見て、がたがたと震え始める。そして、ルキナの顔を見て、手を出そうとしていた相手がルキナ・ミューヘーンであることを理解する。

「お許しをー!」

 男たちはしっぽを巻いて逃げていった。かないっこない相手だとわかり、逃げる他なくなったのだ。ノアルドは、ミッシェル以外の騎士も連れてきていた。騎士たちがナンパ男たちを追いかけようとする。ノアルドは、それを止める。

「ナンパする相手はもっと選べば良いのに」

「見た目じゃわかりませんよ。よっぽど会う機会がなければ」

 ミッシェルがのんきなことを言い始めたので、ノアルドが返事をする。ルキナは二人の声を聞いて、この場はとりあえず収まったのだとわかり、ほっとした。チグサは全く動じていなかったようで、既に日陰でくつろぎ始めている。

「ユーミリア、顔見せて」

 落ち着きを取り戻したルキナは、ユーミリアを自分の方に向かせた。ユーミリアはぶたれた右頬を右手で隠している。

「だから言ったじゃないですか。私から離れなければ大丈夫ですって。私の目が黒いうちは、先生には指一本触れさせませんから」

 ユーミリアがにっこり笑う。ルキナは、ユーミリアがこのようなことを文化祭の時に言っていたことを思い出す。でも、ルキナはユーミリアにこんなことをしてほしかったわけじゃない。

「大事な顔に傷をつけたら駄目じゃない」

 ルキナはユーミリアの右手に左手を重ね、そっと頬から離させた。ユーミリアの頬には叩かれた赤い跡が残っていて、見るからに痛そうだった。ルキナが悲しそうな顔をすると、ユーミリアも辛そうな表情になった。

 ルキナたちの騒ぎに気づいたシアンたちが、こちらに走ってきた。

「姉様!怪我はありませんか!?」

「お嬢様、大丈夫ですか?」

 マクシスがチグサを心配し、シアンがルキナを心配する。そんなシアンの姿を見て、ユーミリアが腹を立て始めた。

「遅い!遅すぎる!先生のそばにいることを許されていながら、肝心な時に役に立たないなんてっ!」

 シアンたちが現場に駆け付けたのは騒ぎが収まってから。どう考えても遅すぎる。ユーミリアは、シアンが来たのは遅すぎると怒る。シアンは最初、ユーミリアの大声に驚いたが、すぐに、ユーミリアの言っていることはもっともだと、静かに聞き入れた。ルキナはユーミリアの怒りを収めようとしたが、それに成功したのはルキナではなかった。

「姉さん、顔、怪我してる」

 イリヤノイドが、赤くなったユーミリアの頬をそっと触った。ひりっとした痛みに、ユーミリアは顔をしかめ、シアンを叱るのをやめた。イリヤノイドが「ごめん」と、触ったことを謝ると、ユーミリアはにこっと笑った。イリヤノイドに怪我の心配をさせないようにするためだろう。

「イリヤ、元気してたー?」

 ユーミリアは、イリヤノイドの頭をわしゃわしゃと豪快に撫でた。仕事で忙しいユーミリアは、義弟であるイリヤノイドにも満足に会えていなかったようだ。

「ちょっ、外ではやめてくださいって」

 イリヤノイドが顔を赤らめ、恥ずかしがる。ルキナは、姉弟のじゃれ合いを微笑ましく思って眺めていたが、ふと、ユーミリアがここにいることを再認識した。

(ユーミリアがここにいるってことは、『りゃくえん』のストーリーに近づいちゃうんじゃ…)

 ルキナは、ユーミリアがここに現れたことの重大さに気づき、急に焦り始めた。『りゃくえん』にも、海に行くストーリーがある。ユーミリアがここにいては、『りゃくえん』のシナリオ通りの展開になり、攻略キャラ達がユーミリアに恋に落ちてしまう可能性がある。ユーミリアを仲間はずれにするようなことはできないが、ルキナとしてはやはり、ここに来てほしくなかったというのが本音だった。

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