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思い出話に花は咲くものデスケド。

 夏休みに入って早一週間。ルキナはリビングでくつろいでいた。シアンも一緒だ。ルキナがソファで寝転がり、シアンは近くの一人用のソファに座って本を読む。生産性があるかと聞かれれば、答えはノーだ。それでも、この時間はとても心地が良い。

「そういえば、シアン」

 ルキナはソファの上でごろっと転がり、うつぶせになると、シアンに話しかけた。シアンが本から目を離してルキナを見る。

「良いの?帰らなくて」

 毎年、シアンは夏休みになるとリュツカ家の屋敷に帰っている。しかし、今年はルキナが一緒に行けない。無論、ルキナの体調をメアリが心配するからである。

「良いのよ、私のことは気にしないで帰ってくれれば」

 シアンはルキナなしで家に帰ることは可能だ。それでも帰らないのは、きっとルキナのことを気遣ってのことだろう。ルキナも、シアンがいないと家につまらないので、できればシアンに一緒にいてほしいと思っている。でも、それ以上に、帰省は大事なことだ。あの屋敷に家族は待っていてくれていなくても、帰ることに意味はあるはずだ。

「今年は良いかなって思ったんです。海に行く予定も、戴冠式もありますから。お嬢様がどうとか関係ないですよ」

 シアンはそう言うが、きっと関係ある。

「でも、それなら、三日とか一週間とか、短い期間にすれば良いじゃない」

 ルキナは、シアンが我慢をしていないか心配になる。しかし、シアンはその心配を打ち消すように、首を横に振った。

「毎年行かなくてはならないわけではありませんし、それこそ無理していく場所ではないと思います」

 シアンはルキナに笑顔を見せる。ルキナは、これではあまり納得できなかったが、シアンの言っていることを聞き入れないというのも変な話なので、それ以上この話を続けるのはやめた。

 ルキナたちが午前中をごろごろと過ごし、昼食を済ませると、ミューヘーン家にマクシスの父、マイケルがやってきた。

「明日から四頭会議でしたね」

 シアンが、マイケルとハリスの話声を聞いて言った。四頭会議に参加するミューヘーン家、アーウェン家、ロット家の当主は、四頭会議の前日、誰かの家に集まって話をするようになった。もともとそんな行事はなかったのだが、ここ数年、恒例になりつつあった。

「意外と仲良いのよね、お父様たち」

 ルキナはソファから立ち上がって言った。マイケルに挨拶をしに行こうと思ったのだ。

(これから一か月以上、毎日のように顔を合わせるのに、どうして一日早く集まるのかしらね)

 ルキナは、ハリスとマイケルがいる客間に向かいながら考える。どうやら、ハリス、マイケル、カンベルは同じ上級学校を卒業しており、同じ第一貴族という関わり以上に、プライベートな友達として仲が良いようだった。

「タシファレドパパと仲良いのが一番以外だけどね」

 ルキナが、後ろからついてきたシアンに言う。ルキナの中で、カンベルは口が悪い人というイメージがある。誰に対しても、皮肉を言うし、単純に悪口を言う。だから、ハリスたちがカンベルと仲良くしていたのだと聞いた時は驚いた。

「この話も、本人に聞かれたらぐちぐち言われそうだし」

 シアンは返事に困ったようで、曖昧な相槌をする。それでも、ルキナが一人で笑っていると、不意に足音が近づいてきた。

「誰がぐちぐち言うって?」

 男性の声だ。ルキナはびくっと身を震わせた。声の主がなんとなく想像できたのだ。ルキナはゆっくり首を回して男性の方を見た。

「あ、どうも、カンベルさん」

 ルキナは引きつった笑顔でカンベルに挨拶をした。一番聞かれてはならないカンベルに聞かれてしまったらしい。

「それで?何の話をしていたか聞かせてもらえるか?」

「あー、えっとー、カンベルさんはちょっと言葉がきついですよねーって話です」

 ルキナは取り繕うかと思ったが、潔く、少し悪口を言ってしまったことを認めることにした。カンベルは、ルキナを睨む。

「口が減らないところは父親に似たな、小娘」

 カンベルはルキナにそう言い返すと、シアンをチラッと見た。そして、ふっと嘲笑するに鼻で笑った。

「まだお前らはしょせんガキ。紛い物は小娘にべったりなのは変わっていないようだしな」

「訂正してください」

 カンベルの言葉を聞いて、ルキナはすかさず訂正を求めた。カンベルはシアンを紛い物と呼ぶ。これが初めてではない。だが、いつもまでもこのような人を侮辱するような呼び方を許すわけにはいかない。しかし、シアンは何とも思ってなさそうに、真顔でうんともすんとも言わない。こういう時こそ、ルキナが止めるべきだ。

「訂正?本当のことを言ったまでだが?」

 カンベルは全く謝罪する誠意を見せず、むしろ、ルキナたちを馬鹿にするような笑いを続ける。

「今すぐ訂正してください。同じ人間に言って良い言葉ではないでしょう」

 ルキナが声を荒げると、騒ぎを聞きつけた大人たちが集まってきた。

「子供相手に何やってるんですか」

 ハリスが呆れたようにため息をついた。

「ミューヘーン君の学生時代にそっくりだな、ルキナさんは」

 マイケルが楽しそうに笑う。マイケルは、ハリスを誰もが避けたがったカンベルにも物怖じしないで反論できる勇者みたいな人だったと言った。

「さしずめ、俺は悪役ってか」

 カンベルが機嫌悪そうに言った。

「ルキナ、また失礼なこと言ったんじゃないでしょうね」

 メアリが駆け寄ってきた。メアリも玄関で起きていた騒ぎに気づいたらしい。ルキナの大きな声が聞こえたので、ルキナが悪いと疑ってかかる。実際、ルキナも悪いところはあるが、全面的に悪者にさせるのは不本意だ。

「別に。本当のこと言っただけだもん」

 ルキナはふいっとメアリから顔をそらした。カンベルがルキナをキッと睨んだが、メアリが来たからか、カンベルは何も言わなかった。メアリは、カンベルとルキナとを見比べて、肩をすくめた。事情も知らないのに、口をはさむのは良くないと判断したらしい。

「メアリさん、元気そうで良かったです」

 微妙な空気で皆が沈黙していると、マイケルがメアリに声をかけた。

「おかげさまで」

 メアリが深々とお辞儀をした。

「メアリさんは、昔から変わりませんね。あ、悪い意味ではありませんよ。もちろん」

「はい、わかってますよ」

 マイケルとメアリが笑い合う。ハリスが優しい顔をして二人のやり取りを眺めている。ルキナは、その隙に、シアンを連れてその場から離れた。

「お父様とマクシスパパが、同じ上級学校だったのは知ってたけど、お母様も知り合いだったのね」

 ルキナは、シアンを自分の部屋に連れて行きながら言った。

 ルキナは、自分の母親であるメアリのことをあまり知らない。母方の祖父母には会ったことがないし、旧姓や生い立ちを聞いたこともない。知らなくても困ったことがなかったので、ルキナは母親のことを知らないことを不思議にも思わなかった。

 心配なのは、メアリがミューヘーン家の親戚とあまり良好な関係とはいえないこと。メアリの生い立ちが影響しているのかもしれない。ルキナが知らないだけで、ハリスたちと同級生だったのかもしれない。

(もうちょっと、お母様に興味をもつべきだったわ)

 ルキナは少し反省をしたが、自分からそういう話を母親に聞いて良いものか悩ましい。親が自分の人生について語るのは、自ら望んでのことが多い。少なくとも最初は自分から話し出してくれないと、ルキナも聞くに聞けない。親相手でも踏み込んではいけない部分というのはあるはずだ。

 ルキナはシアンを自室に連れ込み、ドアを閉めた。シアンは、ルキナの部屋に入る度、少し緊張した態度を見せる。しばらくすれば普通になるのだが、最初のうちは、異性の部屋にいるということを意識してしまうのかもしれない。

 ルキナはベッドに腰かけ、シアンに椅子に座るよう指示した。シアンは黙って椅子に座った。

「ていうか、シアンも何か言い返しなさいよ」

 ルキナは目の前のシアンの顔を見て言う。シアンはカンベルに言われっぱなしだった。少しくらい反論しても良かったはずだ。ルキナは、シアンが何も言わなかったことに、腹を立てる。

「紛い物なんて。シアンはちゃんと人間だっての。ねえ?」

「僕は気にしてませんよ」

 ルキナが焚きつけようとしても、シアンは全くなびかない。落ち着いて、静かに言う。ルキナは、シアンの心が凪になっていることを思わず気味悪く思う。シアンはもう少し人に怒るべきだ。もともとシアンは感情的で、ルキナにはよく言い返していた。だから、余計に違和感を感じたのだ。

「駄目よ。むしろ気にしなきゃ。言わせっぱなしのまま終わらせちゃ駄目。ああいうのは本人が言わないとやめないんだから」

 シアンは、相手が目上のカンベルだったから言い返さなかったのかもしれない。怒ろうともしないのかもしれない。でも、ルキナは、それは間違いだと思う。言うべきことは言う方が正しいと考えている。それで己の立場が悪くなろうとしったことではない。正しいのは自分だと信じて疑わなければ、どんなことになっても怖くはない。

「そうかもしれませんね」

 シアンは、ルキナの怒りも全て受け止めようとするように、ゆっくり言った。ルキナを落ち着かせようとしているのが目に見える。ルキナは、これ以上言ってもシアンは変わらず、むしろ、ルキナの相手に疲れるだけだろうと考え、黙った。

 ルキナは、階下から聞こえてくるハリスたちの笑い声に耳を傾ける。話声までは聞こえないが、話が盛り上がっているのはわかる。

 ルキナは、そっとシアンの様子を伺った。シアンは居心地が悪そうに、椅子に座ってじっとしている。ルキナの部屋にはシアンの居場所はないように感じるのだろうか。

(別にこの部屋に入るのは初めてじゃないんだから、もう少し肩の力を抜けば良いのに)

 ルキナはシアンの硬い表情を見てこっそり笑う。ルキナの方から何か話題を振ってあげた方が良さそうだ。

「シアンは、自分のお父さんとお母さんのこと、何か知ってる?」

 ルキナは、我ながら変な質問をしたなと思った。でも、それも仕方ない。ルキナは、シアンが幼少期の記憶をなくしていることを知っている。原因は不明だが、シアンはリュツカ家で過ごした記憶がほとんどない。だから、両親のこともあまり覚えていない。シアンに両親のことを聞くのは、少々残酷なことなのだ。

「あんまり覚えてないです。あ、でも、最近知ったんですけど、僕の両親も、クリオア学院に通ってたみたいです」

 シアンが嬉しそうに言う。記憶がない分、両親のことを知れたことが喜ばしいのだろう。

「そうなの?じゃあ、お父様たちとも学校で会ったことあるのかしら」

 ハリスたちもクリオア学院の卒業生だ。子供が同い年ということは、お互いの両親も同じ世代だ。同じ頃に上級学校に通っていた可能性は十分にある。

 ルキナの発言に、シアンが「そうかもしれないですね」と笑った。ルキナは、シアンに両親の話を振ったのは失敗だったかもしれないと一瞬考えていたが、杞憂だったようだ。シアンはむしろ上機嫌で、ここがルキナの部屋であることも忘れているかのように、緊張を解き始めた。

「でも、どうやって知ったの?」

 ルキナはシアンがどうやって情報を手に入れたのか尋ねる。歴代卒業生の資料でも見たのかと尋ねると、シアンは肯定した。

「正確には、アクチャー部の資料なんですけど」

「え!?弓の?」

「はい。僕の母は、あの学校のアクチャー部に所属してたみたいなんです。時々、アクチャー部に顏を出しているイリヤが、リュツカの名前を見つけたと言って、大会の賞状を見せてくれたんです」

「へー、お母さんがアクチャーを。なんか、運命的ね」

 シアンは、自分の親がアクチャーをやっていたことなど知らずに、中等学校でアクチャーを始めた。ルキナは、それを運命だと言う。シアンは、はにかみながら「そうですね」と頷いた。

「お母さんの名前は何て言うの?」

 ルキナはシアンの話に興味をそそられ、身を乗り出して問う。シアンからこんな話を聞くのは初めてだ。ルキナもワクワクしている。

「アドリエナ。アドリエナ・リュツカです」

「素敵な名前ね」

 ルキナは、心がぽっと温かくなるような気持ちになった。シアンが満面の笑みを見せてくれたことが嬉しかったのかもしれない。

(この世界に写真があれば)

 ルキナは幾度となく、目に映る景色を残しておけたら、と思ったことがある。でも、今日ほど切実に思ったことはない。写真の技術があれば、シアンだって、レンズ越しではあるが、両親の姿を見られただろう。ルキナはとても切なく、もどかしい気持ちになった。

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