謎が謎を呼ぶんデスケド。
チグサ様が目を覚まされました。
チグサ様は、三日ほど病院で様子を見た後、退院なさるそうです。突然、チグサ様がお医者様と起きてお話していたので、私も驚きました。チグサ様は、「やりたいことは全て終えたから、もう寝ている必要はなくなった」とおっしゃってました。マクシス様は、皆さんの前では喜んでましたが、チグサ様がまた襲われるのではないかと心配しておられます。
チグサ様は、あの期間に何をなさっていたのか、マクシス様に何をさせていたのか、あまりお話してくださいませんでした。私は、あくまで先生との伝言役にすぎないようです。そのあたりの話は、先生から直接お聞きするのがよろしいかと思います。
私が教えていただいたのは、マクシス様があの国軍の方と話をしたということです。先生のおっしゃるように、あの方は私たちの、少なくとも、チグサ様にとっての味方のようです。私が知らない過去の事件や王族の周囲の人間について調べてもらい、その結果を教えていただいていました。どうやら、チグサ様はヒギカイという組織の調査をしているようです。ヒギカイに関しては、まだ私もよく知らないんですけど、かなり昔から存在していて、王族と関わりの深い組織のようです。
まだ先生にはお話しなくてはいけないことがある気がしますが、長くなってしまうので、このあたりで終わりにしておきます。また会った時に直接お話しましょう。
ノアルド様のこともありますし、最近、なんだか物騒ですから、一人で行動するのは控えてくださいね。
あと、チグサ様が「まーくんは脅されている。だから、今は話せない。私も話せない。自分勝手でごめんなさい。」と。チグサ様も倒れた理由を話せないようです。
ルキナはユーミリアからの手紙をポケットに大事にしまった。この手紙は肌身離さず身に着けている。ルキナにとって大切な情報である上に、誰かの手に渡った時のことが恐ろしい。
ルキナは、夏休みに入ってすぐ、ノアルドに手紙を送った。日時と場所を指定し、会って話したいと書いた。ノアルドからの返事の手紙はなかった。でも、ルキナは、伝えた日時に、伝えた場所に行った。ルキナが指定した場所は王都のレストラン。個室があり、ゆっくり話をすることができる。
(もうそろそろ時間ね)
レストランの予約は少し早い時間だった。ルキナはその時間に合わせて来たので、約束の時間まで一人で待つことになった。
(やっぱり来ないかしら)
手紙がノアルドの手元に届いていないとは考えにくい。しかし、ノアルドが来る気配がない。それでも、ルキナは仕方ないと思った。ノアルドはルキナに会うのは気が重いはずだ。ルキナがノアルドの立場なら逃げ出したい気分だ。だから、もし今日来なくても、また手紙を送る。ノアルドが会ってくれるまで、何度でも手紙を送るつもりだ。幸い、夏休みは長い。ゆっくり少しずつ、また以前のように話せるようになれば良い。
ルキナは、ウエイターに料理を持ってくるよう声をかけようとした。今日はノアルドが来ないと判断した。だが、ルキナの予想を裏切り、ノアルドは現れた。
「お連れ様がおこしになりました」
ウエイターが個室に入って来て、そう告げた。ルキナは心底驚いた。ノアルドの姿をその目で見るまで信じられなかった。
「ノア様」
ルキナはノアルドが来ると、思わず立ち上がった。ウエイターが二人を部屋に残して出ていく。ノアルドは気まずそうな顔で下を見る。そして、弱弱しい声で、「すみませんでした」と謝った。深々と頭を下げる。ノアルドは、文化祭の時のことを謝罪している。ルキナは、ノアルドに頭を上げるように言った。
「ノア様、お話しましょう」
ルキナはノアルドに座るように促した。ノアルドは、頷いて、ルキナの言葉に従った。ルキナも向かい側いの椅子に座った。
「…。」
「…。」
二人はしばらく黙っていた。ルキナは、自分が話を進めるべきだろうと思った。
「ノア様、あの日のことを気になさっているなら、ごめんなさい。私ももっと早くお話するべきでした。私は大丈夫です。病院で検査もしましたが、異常はないと言われました」
ルキナはゆっくり話した。ノアルドはその間、俯いていたが、おそらくちゃんと聞いてくれている。
「そもそも私、ノア様が悪いとは思ってません。私の考えが正しいなら…ノア様、あの時、誰かに体を操られていたのではありませんか?」
ルキナは、ノアルドを見つめて答えを待つ。ノアルドは、ルキナの言葉を聞いて、はっと顔を上げた。「どうしてそれを?」と問いたげに、ノアルドがルキナの顔を見た。ノアルドの目には以前のような自信が見受けられず、ルキナは胸が苦しくなった。
「…あの時、ノア様の目がいつもと違ったように感じたんです。そもそも乱暴なことをする人じゃないですし」
「私をそんなに信用しないでください。私の内面にあったものかもしれないんですから」
「ノア様は本当に心優しい方です。ノア様の体が何者かに乗っ取られていたこと以上に、ノア様が乱暴な人だと言われる方が信じられません」
ノアルドが自分を責めるようなことを言ったので、ルキナはそれを力強く否定した。ルキナはつい熱くなってしまったので、深呼吸をして、気持ちを落ち着けた。
「…それに、ノア様が落としたこの石」
ルキナは、例の白色の石をカバンから取り出して、ノアルドに見せた。ノアルドは見覚えのあるその石とルキナの顔とを見比べた。ルキナの話の続きを待っているらしい。
「ノア様、この石をサイヴァン先生から受け取った日のことを覚えていらっしゃいますか?」
「はい。お守りとして持っておくのが良いと」
「この石はどんな石かわかりますか?」
「トリネラだと聞きましたが…。」
ルキナの質問に答えながら、どんどんノアルドが不安そうな顔になる。ノアルドはルキナに結局何が言いたいのかと問う。
「この石、たぶんトリネラではありませんよ」
ルキナがそう言うと、ノアルドは少し驚いた。しかし、トリネラではなかったとして、それが意味することがわからない。ノアルドはもう少し詳しく話すよう、ルキナにお願いした。
「サイヴァン先生は、この石がトリネラで、魔力を高める効力はほとんどないかもしれないけど、お守り代わりに持っておいても良いかもしれないと言っていました」
ルキナの言葉に、ノアルドが「その通りです」と言う代わりに深く頷いた。
「でも、この石はトリネラではありません。まだちゃんと調べてませんが、私でも、これはトリネラじゃないとわかります。トリネラはもっとキラキラして、透明感がありますから」
ルキナは、鉱物研究部員のアリシアに見せてもらったトリネラを思い出す。あの石は、白色の核の周りに、透明の層があった。しかし、この小さな石はその透明の膜が無い。素人のルキナでも、これはトリネラではないと見分けられる。
「それでは、あの人が間違えてトリネラと…?」
ノアルドがためらいがちに言った。サイヴァンがトリネラの見分けがつかないわけがないと思っているのだろう。だから、自分でもそんなわけないと思っていて、自信をもって言えないのだ。
「あまり疑いたくはないですけど、サイヴァン先生はわかってて、ノア様を騙してこれを渡したんだと思います」
ルキナがそう言うと、ノアルドはやっぱりという顔をした。まだ確証を得ていないとはいえ、ノアルドも裏切られた気分になっていることだろう。
「この石をちゃんと調べるまでまだわかりませんけど」
「そうですね」
ルキナは、まだ希望はあると言った。ノアルドも頷く。結局のところ、ルキナは、サイヴァンが渡したこの石が原因で、ノアルドの人格が変わってしまったのではないかと考えている。ノアルドも、ルキナの考えは理解している。だからこそ、確証を得るまで、下手な動きはできない。
「これでわかっていただけましたか?私は、ノア様が力任せな行動に出る人ではないと信じていること」
ルキナがノアルドの目を見ると、ノアルドは優しく微笑んだ。そして、「ありがとうございます」と嬉しそうに言った。やはり、ノアルドはこの笑顔が一番似合う。
二人の話にひとまずきりがついた頃に、料理が運ばれてきた。
「美味しそうですね」
すっかりいつも通りの調子を取り戻したノアルドがルキナに笑いかける。
「ですね。実は、ここ。私の両親が初めて一緒に食事をしたレストランなんです」
ルキナも笑顔で応える。このレストランを予約したのはルキナで、ここに選んだのは、両親の思い出の場所として記憶に残っていたからだ。
「そうなんですか。素敵なところですね」
「はい。結婚記念日には何度かここに食べに来てるみたいです」
「良いですね。ルキナのご両親は仲が良いんですね」
「でも、二人がイチャイチャラブラブしてるところはあんまり想像できません。そういうところは、私は見たことがないので」
「ルキナの前ではイチャイチャしづらいでしょうね」
ルキナが上品に笑う。ルキナもつられて笑った。
「ルイス様はどんなお方ですか?」
ルキナは、ずっとノアルドにルイスのことを聞いてみたいと思っていた。家族の話で盛り上がっていたので、ルイスの話をふるチャンスだと思った。ルキナとしては良い流れだと思ったのだが、やはり焦りすぎたようで、ノアルドが「急ですね」と言った。
「兄上は、真面目で、何事にも全力で…尊敬できる人です」
ノアルドはルイスのことが好きなのだろう。とても良い笑顔で言った。
「父上も、兄上のことをとても誇りに思っていらっしゃるようで、いつも気にかけていました。父上が兄上を次の王にと言った時は、本当に嬉しかったです。兄上は自信なさそうでしたけど、偉大な王になると思いますよ。もちろん、私もサポートしますし」
世間が抱いている印象と全く違った。ルキナのイメージとも違った。ノアルドは、心からルイスを尊敬しており、ルイスにも認められるほどの実力があるらしい。世間は、次の王にはノアルドが適任と考えているが、実際は、ルイスにも王となるだけの資質がある。
(ルイスは自信なさそうで誤解されやすいけど、努力家だしね。でも、王様もルイスのことを認めてるとは思わなかった)
『りゃくえん』で、ルイスは父である国王から冷遇されていた。弟のノアルドの方が出来が良かったからだが、そのせいで、ルイスはコンプレックスを抱き、さらに自信のない王子に成長する。しかし、この世界の国王は、ノアルド以上にルイスを気に入っているようだ。子供を比較する親もどうかと思うが、ルキナにしてみれば、かなり意外なことだった。
「ルイス様とは、何回かお話したことはありますが、あまりルイス様のことを知る機会はなくて」
ルキナがルイスのことを尋ねた理由を述べると、ノアルドが納得したように「ああ」と呟いた。
「たしかに、ルキナと兄上が話しているイメージはあまりありませんね。あ、でも、兄上はシアンのことが気に入ってるみたいですね」
ふいにシアンの名前が出てきた。ルキナは、ルイスがシアンをどうするつもりなのか聞けると思い、ノアルドの声に神経を集中させる。
「ほら、兄上の十歳の誕生日。兄上がシアンをパーティに招待したじゃないですか」
「そういえば、そうですね。あの時は、私もびっくりしました。シアンがルイス様と知り合いだったわけでもないですし」
「はい。兄上は、こうやって言うと聞こえが悪いですが、シアンの、リュツカ家の血に興味があったみたいです」
「血…。」
「リュツカの一族が竜の血を引いていると聞いてから、兄上はシアンのことが気になってたみたいです。残念なことに、シアンのご両親も、親戚の方も亡くなられていて、リュツカの一族はシアンしか残ってませんから」
ノアルドは、チグサの正体を知らない。ルイスはチグサの血の話をしていたので、もしかしたら、チグサの血筋のことは知っているかもしれない。この差は何なのだろう。ルイスが知っていて、ノアルドは知らない。王族と一口に言っても、何か複雑なものがあるようだ。
「ルイス様にとって、シアンの血は重要なんでしょうか」
「重要と言われるとよくわかりませんが、兄上にとっては何か興味をひく理由があると思いますよ。今でこそ、没落貴族と言われてますが、かつてはリュツカ家も第一貴族でしたし、他の三家以上に王族と深いつながりがあったと聞いています」
「王族とつながり?」
「私も詳しくは知りませんが、四頭会議以外の仕事も任せていたみたいですよ」
魔法と身体能力に長けたリュツカ家の人間は、言ってしまえば便利だ。王族がリュツカ家の者を重宝するのも考えられなくもない。だが、それだけがリュツカ家と王族との間にあるものなのだろうか。ルキナには、それ以上に何か秘密があるような気がしてならない。だから、ルイスはシアンを狙っているのではないか。ルキナは、急に、家に残したシアンのことが心配になってきた。
「あ、そういえば、チグサさんが目を覚まされたようですね」
ノアルドは、話に区切りがついたと考え、話題を変えた。
「そうみたいですね」
「安心しました。もうずっと目を覚まさないかもと心配してましたから」
「私も少しそう思いました。でも、これでみんなで海に行けます。ノア様も一緒に行けそうですか?」
「海ですね。たぶん行けると思いますよ」
「それなら楽しみです」
ルキナは難しいことを考えず、ノアルドとの食事を楽しみ始めた。頭をフル回転させながら会話するのは本当に疲れる。ルキナは、ノアルドとの会話に癒され、ほっとする。他人を疑ってばかりの日々はできるだけ早く終わることを祈るばかりだ。
「ところで、ルキナ」
最後のデザートを前にして、ノアルドが改まった様子で口を開いた。
「ルキナはいつシアンに想いを告げるんですか?」
「へっ!?」
「私たちの婚約破棄はまだ問題がいくつか残ってますが、ルキナの気持ちが確定したのなら本格的に動き出せますしね。そうなると、次はどのようにシアンに気持ちを伝えるかですよね」
ノアルドが速いテンポで話を進めていく。ルキナはあっけにとられて返事が遅れていく。
「あ、でも、やっぱり、こういう話は女の子同士の方がしやすいですか?恋バナって言うんでしたっけ。そういう話は、女の子が好きなイメージありますね。特に、ルキナは好きですよね」
「あのっ、待ってください」
ノアルドが一人で話し続けるので、ルキナは慌てて止めに入った。ノアルドはルキナが置いてけぼりになっていたことに気づかなかったようで、驚いたような反応をした。
「ルキナ、どうしました?」
「私、気持ちを伝えるつもりはありませんよ」
「え!?」
「あ、いえ、一生伝えないとかいう話ではなくてですね。その今は、いろいろと立て込んでてそれどころじゃないって言いますか」
今はルイスと秘議会のことを気がかりだ。そのあたりの話が終わるまで、ルキナは浮かれたことを考えたくないと思っている。恋愛のことに一喜一憂するためには、まずはこのごたごたを終わらせるのが先決だ。
「そうですか…。」
ルキナがなんとなく理由を伝えると、ノアルドが残念そうにした。ノアルドはルキナのことを全力で応援するつもりでいた。ルキナがまだだと言うのなら勝手に進めるわけにはいかないが、ノアルドは出鼻をくじかれた気分だった。
「ありがとうございます」
ルキナはノアルドに感謝の気持ちを述べた。ノアルドはびっくりしたように顔を上げた。ルキナが「いろいろと」と付け加えると、ノアルドはくすっと笑った。
「こちらこそです。ルキナに会えて良かったです」
ノアルドがニコッと笑った。ルキナは、ノアルドにこのようなことを言ってもらえて、本当に嬉しかった。ルキナは、この心優しい青年が幸せであることを願った。




