プロの顔は違うんデスケド。
文化祭初日。文化祭は三日間ある。ルキナは、約束通り、シアンをシェリカのために一日拘束することになっている。シアンが一日空いていたのは初日だけだったので、今日がシアンとシェリカのデートの日ということになる。
「はい、これ。シアンをここに呼び出してあるから」
文化祭の開会式が始まる前。朝食の時に、ルキナはシェリカに一枚のメモを渡した。そこには、シアンとシェリカの待ち合わせ場所となる場所が書かれている。
「そんな顔するくらいなら、あんなこと言わなければ良かったじゃないですか」
シェリカはルキナからメモを受け取りながら笑う。ルキナがムスッとしてかなり不機嫌な顔をしていたからだ。理由は明確。自業自得ではあるが、敵に塩を送るような行為を約束してしまったから。ライバルと好きな人の仲を取り持つなんて、耐えがたい屈辱だ。
「私への罪滅ぼしですか?」
シェリカが少し悲しそうな顔をしながらルキナに問う。図星だった。これまで、シェリカにはたくさんの迷惑をかけてきた。怪我をさせてしまった罪悪感もあるが、それ以上に、シェリカには辛い役回りばかりさせてしまった後ろめたさがあった。ルキナには、あの日、約束を守らず、ルキナの気持ちの結論を聞くのを渋ったシェリカの気持ちが痛いほどわかる。逃げようと思わせてしまうほど、シェリカを追いこんでいたのもわかっていた。だから、ルキナは、シェリカのために何かしなくてはならないと思っていた。敵に塩を送る行為は、シェリカは散々やってきたのだ。それこそ、ここでルキナが逃げるのは、フェアじゃない。
ルキナが黙って何も反応しないでいると、シェリカはため息をついた。
「…わかりました。ルキナ様が良いと言うのなら、こちらも全力で楽しませてもらうまでです。後悔しても知りませんからね」
シェリカはそう言い、ルキナにニッといたずらっぽく笑った。シェリカは強い女の子だ。同性のルキナから見ても、シェリカは魅力的な女の子。シェリカの良さを知ってしまったら、みんなシェリカが大好きになってしまうだろう。
(もしかしたら、シアンもシェリカのことを好きに…)
ルキナは強気なつもりでいたが、急に不安になってきた。
「…あまりにも良い雰囲気だったら邪魔しちゃうかも」
ルキナは自分が衝動的にシェリカの邪魔をしてしまう気がして、先に謝っておく。すると、シェリカが声を出して笑った。
「それでこそルキナ様ですね。それじゃあ、ルキナ様が邪魔したくなるくらい良い雰囲気になるように頑張りますね」
「うん…。」
ルキナとシェリカは軽く握手を交わした。
「安心してください。ルキナ様が邪魔しそうになったら、私が止めますから」
突然、ティナが二人の会話に入ってきた。これまで静かに見守っていたので、ルキナはかなり驚いた。
「ティナが言うと物騒だからやめて」
ルキナは心を落ち着かせながら言う。ティナは常にいくつかの薬を持ち歩いている。睡眠薬は片時も手放したことがないと言う、時には、毒薬に類するものまで持ち歩いていると言っていた。そんなティナがルキナを止めるとなると、そのあたりの薬を惜しげもなく使ってきそうで怖い。
「あ、そのあたりは大丈夫です。ルキナ様のことは薬がなくても止められる自信があるので」
ティナが本当に自信満々で言う。たしかにティナの言うことは正しい。ティナは体術で簡単にルキナの動きを止められるだろう。だが、こうはっきり言われてしまうと、ルキナも何か言い返したくなう。
「あのドジっ子泣き虫のティナはどこに行っちゃったのよ」
「演技です」
「可愛かったのに」
「演技です」
ルキナが嘆く度に、ティナは真顔で「演技です」と繰り返した。ルキナとティナは初等学校で知り合った。当時のティナは、わがままシェリカに従順な気の弱い女の子を演じていた。本人は、シェリカのおもちゃになるためだったと言っているが、こうも変貌を遂げると、逆に演技であることを疑いたくなる。
「そろそろ時間です。行きましょう」
ティナが立ち上がって言う。文化祭が始まる時間だそうだ。ルキナとシェリカは急いで移動の準備をする。それじゃあ出発しようかというところで、ルキナは自分の体を見た。
「ユーミリア、気持ち悪いからそろそろ離れてくれない?」
ユーミリアは充電と称して、ずっと無言でルキナに抱きついていた。ユーミリアがルキナに抱きつこうとするのはいつものことだが、一言も話さなかったことはこれが初めてだったので、さすがに気味が悪いと思う。
「先生、今日は片時も離れません」
ユーミリアはルキナのお願いを無視して抱きつき続ける。ユーミリアが簡単には離れてくれないだろうことは予想がついていた。とりあえずは、ルキナはユーミリアを体にくっつけたまま開会式が行われる講堂に向かう。
(ファンから何て言われるかわかったもんじゃないからやめてほしいんだけど)
文化祭には外からもお客さんがくる。この学校にユリア・ローズが通っていることは周知の事実なので、ファンが詰めかけてくるのも想像に難くない。となると、普段はこの光景を見慣れている生徒以外のファンが来るということだ。生徒の中のファンたちは、ユーミリアがルキナのことを大好きななのは受け入れ、仲を引き裂こうとするのは諦めている。しかし、外部のファンからはそう上手く理解を得られないかもしれない。そんなファンたちのことを思うと、ルキナは悪寒がしてくる。
(集団リンチにでもあったらどうしよう。とりあえず、権力をかざすのが良いかしら。私が第一貴族だって言ったら諦めてくれるかも。あ、でも、そんなことすると、ユーミリアの印象が悪くなるわ。ユリア・ローズを権力で従わせてるって思われたら、うちにもマイナスだし)
ルキナは、まだ見ぬユーミリアのファンガチ勢に怯える。いかにそのピンチをくぐり抜けようかと一人で考えていると、ユーミリアが言った。
「だーいじょうぶでぇすよっ。私がなんとかしますから。先生が私から離れさえしなければ、先生には何も起こりませんから」
ユーミリアは何やら自信ありげだが、ルキナは信用ならないと思う。こんなに上機嫌にデレデレしているユーミリアを見たら、ユーミリアに頼る方が無理な話だ。
「そもそもあんたが元凶なのよ。ていうか、心読まれたみたいで気持ち悪いからやめて」
「先生は考えてることが顔に出てわかりやすいですよねー」
ユーミリアは、ルキナに可愛いと言ってニコニコしている。
「まあ、いいわ。開会式が終わったら離れなさいよ」
ルキナは、ユーミリアの相手が面倒になったので、開会式の間は我慢してあげることにする。講堂に入り、真ん中あたりの席に四人で並んで座った。
「シェリカは閉会式の担当だっけ」
ルキナは、最後の最後まで忙しそうにステージで準備をしている生徒会の仲間を見て言う。
「はい、そうですよ。生意気君が一緒なのでやりにくいですけどね」
シェリカがイリヤノイドと一緒の仕事だと聞いて、ルキナは驚く。
「イリヤ、シアンと一緒の仕事にしなかったの?」
「シアンは会長の補佐ですよ。生意気君を連れて回るわけにはいきませんよ。あ、でも、一個、二人一緒の仕事があった気がしますけど」
シェリカがそんなことも知らなかったのかと言いたげに、ルキナの顔を見つめた。ルキナは、自分のことでいっぱいいっぱいだったので、自分のチーム以外のことは全く気にしていなかった。
「そういえば、ブランカ先輩も、当日はバリファ先輩の手伝いで忙しいって言ってたわね」
リリは、文化祭当日はベルコルの手伝いに行くから、ミスコンの方はあまり協力できないかもしれないと言っていた。リリはシアンと同じ仕事をするということだろう。
「三日間の午前、午後で分けて、六人の当番制で補佐は決まってるんですよ。それ以外の人で他の仕事を割り振ったって感じです」
「へー、それって、バリファ先輩は働きづめってこと?」
「そうならないための補佐ですよ。生徒会室が総本部になりますから、そこに一人はいないといけません。会長と交代で見回りと生徒会室の管理をするんですよ」
「そういう話、聞いたような聞かなかったような」
「当番は、企画の主催チームに入ってない人の中で決めたので、ルキナ様が知らなくても仕方ないですよ」
「じゃあ、なんでブランカ先輩は…?」
「立候補ですよ」
「当番決めの時、急に生徒会室に乱入してきて、私が誰よりも優秀なことを証明してやるって」
「あー…。」
ルキナとシェリカが話していると、客席側の照明が暗くなった。ステージに生徒会メンバー登場し、開会式が始まった。これでクリオア学院の文化祭は二度目なので、開会式も珍しいものでもなくなった。文化祭のノリに乗ってるベルコルも、意外には思わない。
「それでは、ルキナ様。行ってきますね」
開会式が終わると、シェリカがウキウキしながら席を立った。シアンとの約束は開会式が終わった後。シェリカはこれからシアンとのデートなのだ。
「はいはい、いってらっしゃい」
ルキナはさっさと行きなさいと言うように手をひらひらさせる。すると、シェリカはルキナたちの前を通り抜けて走って行ってしまった。ティナも後に続く。ルキナは二人を見送った後、席を立った。
「先生は私とデートですねっ」
ルキナが歩き出そうとしたら、ユーミリアがルキナの腕にさらにぎゅっとくっついた。
「離れなさいって。約束と違うじゃない」
「私は約束なんかしてませんよー」
ルキナは顔をしかめる。たしかに、開会式前の話では、ユーミリアは何も返事しなかった。約束はできていなかったらしい。
「とりあえず、ミスコンの説明に行かないとね」
ルキナはユーミリアを連れて野外ステージに向かう。ルキナたちはミスコンとミスターコンの開催を宣言しなければならない。
「ユーミリア、ちゃんと仕事はしてよ」
「まっかせてください!私にかかればイベントの一つや二つ、ちょちょいのちょいっですよ」
ルキナたちが野外ステージの袖に行くと、他のチームメンバーとコンテストの出場者が集まっていた。
「ルキナ、遅いよ」
マクシスがルキナに遅刻だと言う。
「ごめん、開会式行ってたら混んでて」
ルキナは謝りつつ、マクシスから状況を教えてもらう。開始時刻まで残り少ないので、段取りを軽く確認する。
「時間です」
野外ステージの管理者が合図をくれる。
「じゃあ、ユーミリア、よろしく」
ルキナがユーミリアの肩をとんとんと叩いて合図すると、ユーミリアがすっとルキナから離れた。
「お任せあれぇ」
ユーミリアはマイクを引っ掴んで、ステージに飛び出した。客席からわーっと歓声が聞こえてくる。ユーミリアがこのステージに立つことは知れ渡っていたらしく、ファンたちが待っていたのだ。
「さあさあ、皆さん!始まりましたよ、文化祭!というわけで、さっそくですが、ミスコン、ミスターコンを始めたいと思いまーす。司会は、私、ユリア・ローズこと、ユーミリア・アイスがお送りしまーす!」
「「「ユリアたーん!」」」
「それでは、ミスコン、ミスターコンの出場者に登場してもらいましょー!」
最終審査に残った男女五人が、ユーミリアに呼ばれてステージに出て行った。
「「「ユリアたんはエントリーしないのー?」」」
「ごめんねー、私も出ようと思ってたんだけどぉ、申し込みに間に合わなかったの。締め切りを一か月勘違いしてて」
「「「ユリアたんのうっかりものー!」」」
「えへへー」
ユーミリアがミスコンに出場しないと知ったファンたちが抗議の声を上げた。しかし、ユーミリアは、ファンたちを刺激せず、丸く収めた。
(アイドルってすごいわ)
ルキナはステージ袖で見守っていたが、ユーミリアは一人で進行をこなしている。あくまで主役はコンテストの出場者たち。自分のファンがユリア・ローズのライブだと勘違いさせないように、工夫しているのが見て取れた。
(いつもはあんなんでも、仕事になるとプロの顔になるのね)
ルキナは、ユーミリアのプロの技に感心した。
「お疲れ様」
ユーミリアによる出場者の紹介が終わり、みんな袖に帰ってきた。外は暑いし、みんなを盛り上げようとしたので、ユーミリアは汗がかなり出ていた。それなのに、ユーミリアは戻ってくるなりユーミリアにくっついた。
「暑苦しい」
ルキナはユーミリアに文句を言うが、ユーミリアは全く離れる気がない。
「皆さん、ありがとうございました。それでは、また今日の締めもお願いします。あ、あと、そのタスキは可能な限りつけていてください。みんな、誰が出場者かわらかないと思うので」
ユーミリアを引きはがそうと騒いでいるルキナを無視して、マクシスが出場者を解散させた。マクシスは早くチグサと文化祭を回りたいと思っているので、仕事が速い。
「それじゃあ、ルキナ、僕たち行くから」
マクシスがチグサと手を繋いで外に出た。
「あ、ちょっと。私たちも早く行くわよ。次の人たちが来ちゃうわ」
ルキナはユーミリアを連れてステージ袖から退散した。野外ステージも出し物の企画でスケジュールが埋まっている。いつまでもここに居座っているわけにはいかない。
「ユリアたーん」
「えっ、えっ、映鏡で見るより可愛いじゃん!」
「握手してー」
「あ、あの、私、ずっとユリアちゃんのファンで…。」
外に出た途端、ルキナたちは、ユーミリアのファンたちに囲まれてしまった。
「ユーミリア、この後、クラスの劇よ」
「わかってますよ」
ルキナはユーミリアに時間がないことを耳打ちする。ユーミリアもそのことは理解している。
「ごめんねー、みんな。私、これから劇に出るの。準備に時間かかっちゃうし、お話はまた後でね」
ユーミリアは笑顔でファンたちを下がらせる。みんな、大好きなユリア・ローズのお願いなので、素直に引き下がってくれる。
「それじゃあ、先生、行きましょうか」
ユーミリアがルキナの腕を引く、ルキナは頷いて、ユーミリアと一緒に歩き始めた。
「なんか、手慣れたもんね」
ルキナが感想に困りながら言うと、ユーミリアが苦笑いをした。
「そりゃあ、何年もやってますからね。まあ、ありがたいことですよ。これだけファンがいてくれるから私の懐は暖まるってもんです」
「ちょっとゲスいところがまたリアルで怖いわ」
ルキナ達は急ぎ足で講堂に戻った。クラスのみんながステージ袖で待ちかねていた。ユーミリアは朝から劇用の衣装を着ていたので、着替えの時間は必要ない。その分、スケジュールはカツカツだ。アイドルであるユーミリアが引っ張りだこになるのは仕方がないのかもしれないが。
「開演まであと五分ちょっとね」
ルキナは時間を確認して呟いた。客席の方はがやがやと話声が聞こえてくる。ユリア・ローズが主演との噂は充分広まっていたので、客入りは申し分ない。
(これがアイドルの力…)
ルキナは、客がどれだけ入っているのか見たくて、ステージ袖から客席を見た。客の中に、シアンがいるのが見えた。シアンは銀髪で、たくさんの客の中でも、ひと際目立つのだ。その隣にはシェリカとノアルド、ミッシェル。四人並んで劇が始まるのを待っている。
(ノア様は、ルイスのことをどう思ってるのかしら)
ノアルドが一緒でも、シアンが体調を崩すところは見たことがない。ノアルドとルイスの間に決定的な違いがあるのだろう。ルイスが陰で悪事を働いているとして、ノアルドはそのことに気づいているのだろうか。
ルキナは、ふとルイスがシアンの近くにいるのではないかと思い、ルイスの姿を探した。幸いなことに、ルイスはいなかった。
(チグサがまた何かしてくれてるのかも)
ルキナはチグサがルイスの行動を制限している可能性を考えた。だが、チグサもルイスと話した後は体調が悪そうだった。チグサ一人ではどうにかできるものでもないだろう。
「ユーミリア、こんな時にごめん」
ルキナは、本番前で精神統一をしているユーミリアに話しかけた。
「先生?」
ルキナが深刻そうな顔をしていることに気づき、ユーミリアは心配そうにする。
「私、ルイス様のことが信じられないの」
ルキナの唐突の発言に、ユーミリアはかなり驚いた。
「詳しいことはまた後で言うけど、もし、私もチグサも動けなくなったら、あなたがシアンを守って」
ルキナがそう言うと、ユーミリアは少し怒ったような顔になった。
「先生、自分から危険な道を行くのはやめてくださいね」
ユーミリアは、ルキナの自己犠牲をいとわない発言に怒っている。まだ詳細は聞かされていないので、頭ごなしに怒れないというのが本音だろうが。
「アイスさん、時間ですよ」
開演の時間だと、クラスメートがユーミリアに合図した。
「はーい」
ユーミリアは、ステージの中央に向かって移動していく。途中、不安そうにルキナの方を一度だけ見たが、不安そうな顔をしたのはそれっきりで、人前に立つプロのような顔つきに変わっていた。




