話がしたいんデスケド。
「…という感じで、男女それぞれの一番を決めるコンテストになります」
生徒会で、ルキナは約束通り、ミスコン、ミスターコンの説明を行った。ルキナをリーダーとするミスコンチームには、ユーミリア、マクシス、チグサ、リリが属している。チーム分けは本人たちの意思と、各人の能力によって行われた。
「見た目で格付けするというのは、少々気が引けるな」
ルキナの説明を聞いて、リリが言った。腕を組んで資料と睨めっこしている。
「まあ、そうですね」
ルキナは、リリの言っていることはもっともだと頷く。人となりで順位をつけるのは良心が痛む行為ではある。ルキナも、ミスコンやミスターコンの存在は倫理的にどうなのかと思ったが、前世の記憶からすれば盛り上がるのは確実だ。
「でも、一番に選ばれるのは見た目だけじゃないですから」
ルキナが言い訳のように言うと、リリが腕を組んだまま「なるほどな」と相槌を打った。
「そういう背徳感も含め、こういうイベントが盛り上がるのだろうな、きっと」
リリがニッと笑った。ミスコンの企画をやる気になってくれたようだ。
「分析ありがとうございます」
ルキナはリリに笑い返す。そして、ルキナは「あくまで提案という形なんですが」と前置きして、さらなる説明を加えた。
「コンテストの審査方法ですが、一次、二次は、私たちが審査員となって合格者を決めます。一次で募集者から人数を絞って、二次で最終審査に出しても良いか、最終的な判断をします」
「それじゃあ、一次で合格した人はほぼ最終審査に進むの確定?」
ルキナの話を聞いて、マクシスが質問する。
「うん。ステージで変なことされても困るし、二次で一応確認をって思ってる。最終審査でやってもらうアピールタイムもそこで一通り見せてもらうつもり。二次の内容は、改良を加えても良いけど、大幅改変は禁止の方向で」
「それ破ったら罰則とかあるの?」
「罰則まではいらないと思うけど。審査結果に影響しますって言ったら、ほとんどの人はそんなことしないんじゃない?」
「その程度の拘束力では、思い出作りを重視する人間を止めることはできないぞ」
ルキナとマクシスとでやりとりしていると、リリがそこに加わった。そこからチーム全体の話し合いへと発展していく。
「全生徒がエントリーできるとなると、優勝を目的としていない者も現れるだろう。羽目を外す輩が一人でもいれば、次回の文化祭でこの企画は禁止されるやもしれん。長期的に考えるべきだと思うぞ」
「先生、私もブランカ先輩の言ってることに賛成です。せっかくこれだけ大掛かりな企画を作るなら、一回で終わるのはもったいないです」
「たしかにね。でも、罰則って聞くと、ちょっと抵抗あるっていうか」
「他の企画はどういうふうにしてるの?ステージに立つ人たちは基本的に審査を通らないといけないんじゃなかった?」
「姉様、僕が確認してきます!」
マクシスはそう言うなり席を立ち、飛び出して行った。他のチームやベルコルに確認しに回る。
「フットワークの軽い人が一人いると楽なもんね」
ルキナは、チグサのためと称して動き回るマクシスを便利だと思った。チグサにお願いしてもらえば、マクシスはどのようなことも率先して行うだろう。
「先生、最終審査はどのように行うおつもりですか?」
ユーミリアが手を挙げて問う。マクシスが戻ってくるのをただ待っていても時間の無駄なので、話を先に進めようと言う。
「最終審査は、審査員と生徒全員の投票の総合得点で決めようかなって考えてる」
「投票?」
「せっかくならみんなも参加できると良いかなって」
「少々規模が大きくなりすぎないか心配になるな」
ルキナとユーミリアが話しているのを聞いて、リリが唸る。この学校は生徒数は莫大だ。投票権をもつ全生徒が投票するとは限らないが、投票結果を集計するのにはかなりの労力を要するだろう。
「実行委員会を作るのは?」
チグサが、規模が大きくなるのなら、運営側の人数も増やせば良いと言う。実行委員会は様々存在し、文化祭においても、既にいくつかの実行委員会が生徒会のもとで動き出している。
「新設の委員会に人が集まるのか不安だな」
ルキナはチグサの案を良いと思っていたが、リリは渋い顔をする。
「拘束時間を短くして、気楽に参加できそうな雰囲気があれば良いんじゃないですか?」
「そうだな。活動の透明化が重要か」
ユーミリアが意見を言ってくれたので、リリも実行委員会の創設に賛成する方に傾いた。
「それじゃあ、実行委員会を作るっていう方向で話を進めても大丈夫ですか?」
ルキナの確認に、全員が頷いた。
「実行委員会の前に、最終審査の投票を決めなきゃならんな」
「バリファ先輩に実行委員会の申請を出すのもまだ後の方が良いですか?」
「いや、申請は出しておいてくれ。どうせ必要になるだろう。募集人数が決められない状態ではあるが、とりあえず話はベルコル・バリファに通しておくべきだろう」
「そうですね」
「ミューヘーンさんには悪いが、実行委員会を作って、そいつらに何をやってもらいたいか書き出しておいてほしい」
「わかりました」
ルキナ達が話していると、マクシスが戻ってきた。
「罰則なのかはわからないけど、ルール違反をしたら即退場っていう決まりがあるって」
マクシスの報告を聞いていると、ちょうどチャイムが鳴った。今日の生徒会の時間はこれで終わりだ。
「投票についても相談の余地がある。それに関しては、我々が明日、一人一つ何かしらの案を用意するとしよう」
リリはルキナへの負担が大きくなりすぎないように考えてくれている。この会議の進行も、ルキナに押し付けないように心がけてくれているようだ。チームに一人このような人がいてくれるだけで、とてもやりやすい。これからは毎日のように生徒会の集まりがある。それでも時間は有限だ。いかに効率的に時間を使えるかで、企画のクオリティに差がでてくる。
「ブランカ先輩、ありがとうございます。今日はこれで解散にしましょう。お疲れ様でした」
ルキナが会議を締めた。
(ベルコルに実行委員会の報告をしなきゃだから、生徒会室に一回行かなきゃ駄目なのか)
ルキナが考え事をしていると、ユーミリアが飛びついてきた。
「先生、この後どうしますか?」
「んー、一回生徒会室に行くつもりだけど」
「それなら早く行きましょう」
ユーミリアがなぜかウキウキしながらルキナの腕を引っ張る。気づけば、他の三人の姿はもうない。
「はいはい。わかったから引っ張らない」
ルキナはユーミリアに連れて去られるように生徒会室に向かう。生徒会室でグループ会議は難しいので、ルキナ達は別室で会議をしていた。生徒会室からはそう離れてはいないが、何か一つ確認したり、報告したりする度に生徒会室に足を運ばなければならないことを考えると、少々面倒ではある。
「先生、クラスの劇は何をやりたいですか?」
ユーミリアがウキウキしながら言った。
基本的に上級学校にはクラスというものが存在しない。だが、文化祭の時期だけは、その準備や出展のために、生徒たちはクラスという名の団体に振り分けられる。そのおかげで部活に参加していない者たちも企画の主催者として文化祭を楽しむ機会を得られうのだ。
ルキナとユーミリアは、そのクラスが同じだ。クラスごとの活動も始まり、ルキナたちのクラスは演劇をすることになった。
「別にやりたいのとかないけど」
「私は先生の書いた脚本でやりたいです」
「私の?」
「はい!」
ユーミリアが目をキラキラさせる。クラス演劇でユーミリアが主演を務めることはほぼ確定している。有名アイドルのユリア・ローズがいるのだから、それを使わない手はないだろう。主役のユーミリアのわがままなら、クラスのみんなもそれなりに聞く。だから、例えば、ユーミリアが提案した演目が誰も知らない創作であっても、きっと簡単に通ってしまうだろう。
「私もちょっと脚本は書いてみたいけど、名前を出すのはちょっと」
ルキナが渋っていると、ユーミリアがさらに目を輝かせた。
「名前を出さなければ書いてくださるんですね?」
ユーミリアは言質をとったと言わんばかりの態度で言う。
「そうだけど。名前を出さないっていうのは、ルキナの方もミユキの方も出さないっていう話よ」
ルキナは、己とミユキ・ヘンミルとの繋がりを一つ残らず断ちたいと思っている。ルキナに執筆能力があると思われるのも困るし、ミユキ・ヘンミルが一文化祭のために脚本を書き下ろしたと公言するのはもってのほかだ。
ルキナは、本名もペンネームも隠した状態で、無名の脚本家の脚本なんか、クラスのみんなが受け入れないだろうと思った。脚本を書いてみたいという気持ちは嘘ではないので、少し残念だ。しかし、ユーミリアは決して諦めてはいなかった。
「先生、私が何とかしてみせます!」
ユーミリアの気合は充分だ。
「そ、そう…。」
ルキナはユーミリアの気迫に圧され、曖昧な相槌を打った。
「ふんふんふーん♪」
ユーミリアは気分が乗って来て、鼻歌を歌い始めた。もうすぐ生徒会室だ。ルキナは、ふとユーミリアに言っておかなければならないことがあると思い当たり、その場に立ち止まった。ユーミリアはルキナの腕を掴んだままだったので、自然とユーミリアも足を止める。ユーミリアが振り返り、ルキナの方を不思議そうに見た。
「ユーミリア、ずっと聞かれてたままだった質問の答えなんだけど」
ルキナは、どのように話すべきか迷いながら話を切り出した。ユーミリアは、突然の話、一瞬きょとんとしていたが、すぐに何の話か理解したようだ。ルキナの目を見て、続きを待っている。
「ユーミリアの言ってた通りだった」
ルキナが最後まで言い切ると、ユーミリアは満開の笑顔を見せた。
「やっと認めたんですね」
ユーミリアは、ルキナの口から答えが聞けて嬉しいと言う。
「ずっと言ってくれないのか心配しちゃったじゃないですか」
ユーミリアは笑って言うが、本当に不安だったのだろう。ルキナをしかと抱きしめた。
「くっついたら歩けないでしょ」
ルキナは冗談を言ってユーミリアを引きはがす。そのまま、目の前の生徒会室にドアを開けて入った。
「お疲れ様です」
生徒会室には、生徒会主催のメインイベントの企画、準備をするグループがまだ残っていた。それぞれの作業をしているだけで、話し合いをしているというわけではなさそうだ。
「バリファ先輩」
ルキナがベルコルに声をかけると、ベルコルはすぐに顔を上げた。
「実行委員会を新しく作りたいんですけど」
ルキナが手短に用件を伝えると、注意事項を言いながら、実行委員会の創設申請書を渡してくれた。実行委員会は、生徒会に必要だと認められれば、誰でも作ることができる。生徒会役員も、他の生徒と同じように申請書を提出すれば、決められた手順に則り、実行委員会を創設できる。
「ありがとうございます」
「お疲れ様」
ルキナがお礼を言うと、ベルコルは労いの言葉を述べて、また机の上に視線を戻した。文化祭が近づくにつれ、ベルコルは忙しそうだ。
ルキナは邪魔にならないように生徒会室をさっさと出て行くことにする。ドアに向かって一直線に歩いていると、途中で視界にシェリカの姿が入ってきた。
(そうだ。シェリカにも言わないと)
シェリカとは、昨晩、喧嘩をしたような状況のまま、それっきり会っていなかった。今すぐはシェリカも忙しいだろうから、先に約束を取り付けるだけにとどめて退散するのが良さそうだ。
ルキナがシェリカの名前を呼ぶと、シェリカはびっくりした顔でルキナを見た。昨日の今日で、気まずさがある。ルキナが普通に話しかけてくるとは思わなかったようだ。
「シェリカ、話があるの」
ルキナがそう言うと、シェリカは机の上に散らかしていた紙を集め始めた。ルキナの話を聞くために、ここから出る準備をしてくれているのだ。ルキナはそう考え、他の役員たちの邪魔になる前に生徒会室から出た。少しの間、ルキナとユーミリアが廊下でシェリカを待っていると、じきにシェリカがドアを開けて出てきた。シェリカは、ルキナたちが待ち伏せしていたことを確認すると、ほんの少し動揺したように瞳を揺らした。
「シェリ…」
「おつかれさまでーす!」
ルキナが話しかけようと手を伸ばすと、シェリカは光のような速さで走り去ってしまった。
「はぁ!?」
ルキナは、思わずいら立ちをあらわにした。シェリカも、ルキナが何を話そうとしているか察しているはずだ。大事な話だとわかっているはずだ。それなのに、シェリカはルキナに話す時間を与えることなく逃げてしまった。
「教えてくれって言ったのはシェリカじゃない!」
ルキナは、もう見えない逃亡者の背中に向かって叫んだ。




