それだと好きってことになっちゃうんデスケド。
昼食を終え、トリプルデートも半分を終えた。昼過ぎの暖かい日差しの中、広大なお花畑の間を歩いている。見渡す限り満開の花たちが風に吹かれて優しく揺れている。この花鳥園の花は、季節ごとに花を植え換えているので、いつでも満開の季節の花を楽しめる。
ルキナは、ふと面白いようなそうでもないような話を思いついた。シアンに聞かせてあげようと思い、シアンの方を見た。
「ルミナスさんはどんな花が好きなの?」
「えっと…こういう花が可愛いと思います」
「ピンク色の花が好きなの?」
「そう、ですね」
シアンは、シャナ・ルミナスとしてロンドと話している。ぎこちなさは残るが、なんだか楽しそうだ。それを邪魔をするのは野暮だろう。ルキナは、シアンを呼ぶのは諦めた。
(むぅ。ロンドの奴、シアンを独り占めしちゃって)
ルキナはロンドに鋭い視線を送った。ロンドも何かを感じたのか首のあたりをさすって顔を上げた。キョロキョロと何かを探すように周りを見たが、すぐにシアンとの会話に戻った。
「ルキナ、どうしました?」
ルキナがシアンの方を見て固まっていたので、ノアルドが心配して声をかけてきた。
「なんでもありませんよ」
ルキナは、ノアルドに心配をかけないように笑顔を向ける。
(別にシアンに話さなくても良いじゃない。ちょっとシアンがロンドにとられたからって機嫌悪くなるなんて、子供みたいだわ)
ルキナは、シアンに話そうとしたことをノアルドに話すことにする。
「ノア様は何か花言葉をご存知ですか?」
「花言葉ですか。いくつか聞いたことはありますが、覚えてません。あまり興味がなくて」
「普通、そんなものだと思いますよ」
ルキナは、ミーナとエルメスのことを思い出した。あの二人は、花を贈り合うことで、想いを伝えあった。エルメスは花言葉を全然知らなかったが、庭師に聞いて、ミーナに一輪の花を贈った。
ルキナたちの足元にネイビーブルーの控えめな花が咲いている。ちょうどこの花だ。ミーナがエルメスに送ったのは。
「これは、ライアっていう花なんですけど」
ルキナは道の端でしゃがんで青色の花に手を伸ばした。ノアルドもルキナの隣にしゃがむ。
「可愛い花ですね」
「はい。このライアの花も、密かな愛っていう花言葉があるんです。ライアの花はこの一色しかなくて、小さな花なので目立ちにくいんです。だから、密かな愛」
ルキナの花言葉の話に、ノアルドが耳を傾ける。
「ルキナは花言葉に詳しいんですか?」
「少しですよ。恋愛に関係ありそうな話は好きなんです」
「そんなイメージはあります」
ルキナは恋バナが好きだ。ノアルドもそのことは理解している。
「それで、花言葉は花の本数でも変わったりするんです。たとえば、この花は、三本だと浮気っていう花言葉になっちゃうんですよ」
「なんだか急に悪い意味に変わりましたね」
「そうなんですよ。同じ花でも正反対の意味の花言葉を持ってることがあるんです」
「それでは、うかつに花なんてあげられませんね」
「そうですね」
ルキナとノアルドは顔を見合わせて苦笑する。
「でも、やっぱり気持ちが一番大切ですよね」
ノアルドが立ち上がった。ルキナがノアルドの顔を見上げると、ノアルドが手を差し出した。ルキナはその手を取る。ぐいっと引き上げられ、ルキナはノアルドの横に立った。
「ノアルド殿下、あちらのお店で少し休憩しようという話になったのですが、よろしいですか?」
シアンがルキナたちのところへ駆け寄ってきて言った。他の四人で休憩をしようという話をしたようだ。
「良いですね。行きましょう」
ノアルドが了承し、一行はシアンの言っていた店を目指して歩き始めた。
この花鳥園は山を切り拓いていく作られたので、お花畑の道も勾配がある。目指している建物も、小さな丘なようなところにあるので、そこまで行くのに坂を上らなければならない。
(ヒールはほぼないけど、シアン大丈夫かしら)
ルキナは前を歩くシアンを心配する。踵のある靴の方が多少女性らしく見えるので、シアンにもヒールのある靴を履かせている。といっても、ヒールはほとんどないに等しい。それでも、これだけ歩けば靴擦れはするだろう。シアンは痛くても我慢していそうで心配だ。
「あ、二階があるー」
お店につくなり、ミカが階段を見つけて駆け出した。この店にはバルコニー席があり、ミカはそのことを知っているようだ。飲み物を買うことも忘れ、ミカは一人で行ってしまう。シアンを含めた男性陣が飲み物を買っておいてくれるそうなので、ルキナはミカを追いかける。
「ミカ、他の人の迷惑にならないように気をつけなさいよ」
ルキナはミカがはしゃぎすぎないように注意する。ファレンミリーの中日ということもあって、この花鳥園はカップルたちでにぎわっている。この店もカップルでいっぱいだ。
バルコニーには外階段がついていて、その付近には席がない。ルキナはミカをそこに連れて行き、景色を眺めた。丘の上のカフェなだけあって景色が良い。花鳥園の花畑の向こうには、街が小さく見える。
「たかーい」
ミカがバルコニーの高さに興奮する。建物としては二階なのだが、バルコニーの下は丘の下で、バルコニーと地面の間に崖のように高低差がある。真下の花が小さく見える。
ルキナたちが景色を楽しんでいると、びゅっと少し強い風が吹いた。ルキナたちのいたところがちょうど風の通り道となり、強い風が二人を襲った。
「あっ」
ミカが慌てた声を出した。ルキナがミカのことを確認すると、ミカが頭を押さえていた。かぶっていた帽子がない。風で飛ばされてしまったようだ。ルキナはミカの帽子を探す。
「あ、あった」
ルキナはミカの帽子を見つけて呟いた。ミカの帽子は、目の前の気に引っかかっていた。木とバルコニーとの間には少しだけ距離があったが、ルキナはこれくらいなら届きそうだと思った。
「ミカ、ちょっと下がってなさい」
ルキナはミカを離れさせ、自分は手すりに手をかけた。上半身を乗り出し、腕を伸ばす。
「オジョウ、気をつけてね」
「うん」
ミカが後ろで見守っている。
「あと…ちょっと…。」
届きそうであと少しが届かない。ルキナは精いっぱい右腕を伸ばす。足も爪先立ち状態で、これ以上体を乗り出すことはできない。
「ふぬぬー」
ルキナは気合でなんとか帽子へと手を伸ばし続ける。
そこへ、シアンが階段を上ってやってきた。飲み物は買えたが、シアンは持っていない。男性陣は、スカートで階段が上りづらいシアンを先に送り出して、ルキナとミカに声をかけに行かせたのだ。
「お嬢様、ミカ、飲み物が買えましたよ」
シアンがルキナたちに近づく。と、その時、ルキナの手が帽子に届いた。
「取れた…!」
右手が帽子を掴んだ。と、思った瞬間、体を支えていた左手がずるっと滑った。手すりから乗り出していた体は重力に逆らうことなく、バルコニーの外に投げ出される。
「きゃあっ」
ルキナは自分が落ちていることを理解し、短い悲鳴を上げた。
「お嬢様!」
シアンがルキナを呼ぶ声が聞こえてきた。目を開けると、手すりに手をかけ、軽々と手すりを飛び越えたシアンの姿が映った。シアンのスカートが美しく風になびいた。
シアンはルキナを助けようと飛び降りてくれたが、落下距離を考えてもきっと間に合わない。ルキナはそのまま地面にたたきつけられることを覚悟し、目を固く閉じた。
しかし、ルキナの体はどこにもぶつからなかった。シアンが魔法を使ってなんとかルキナの落下速度を落とし、抱き上げた。シアンは、ルキナをお姫様抱っこした状態で地面に着地した。ふわっと花びらが舞う。
ルキナは恐る恐る目を開けた。すると、目の前にはシアンの顔があった。シアンはルキナをお姫様抱っこして地面に片膝をついている。
「大丈夫ですか?お嬢様」
シアンの問いに、ルキナは帽子を握りしめて何度も頷いた。
「オジョウー!シアンー!」
上から心配そうなミカの声が聞こえてくる。周りに意識を向けられるようになってくると、周囲の声が聞こえてくるようになってきた。
「ちょっと、人が落ちたって」
「え!?大丈夫なの?」
「二人落ちたの見たけど」
二階にしては高い場所だったので、ルキナたちが落ちたことで騒ぎになっている。
「お花、弁償しないとですね」
シアンは周囲のことなど気にする様子はなく、ただ足元の散ってしまった花の心配をしている。シアンが魔法を使って着地したので、ここの花たちが犠牲になってしまったのだ。
「お客様、お怪我はありませんか?」
「ルキナ、大丈夫ですか?」
店員らしき人とノアルドの声が聞こえてくる。シアンがルキナを抱いたまま立ち上がった。数歩歩いて花壇の外に出ると、放心状態のルキナを下ろした。自分の足で立ってやっと気持ちが落ち着いてきた。
「シアン、足は大丈夫なの?」
シアンは慣れない靴で走り、高いところから着地した。ルキナを抱いて歩いていたがそれだけでもかなりの負担だ。それなのに、シアンは平気そうな顔をしている。
「大丈夫ですよ。足を怪我したくらいで死んだりしませんから」
「やっぱり怪我してるのね。早く手当しないと」
「大丈夫ですって」
ルキナたちが話していると、ノアルドがミッシェルを連れて到着した。ミッシェルは今日もノアルドの護衛として陰ながら見守っていたらしい。
「オジョウ!シアン!」
遅れてミカがやってきた。ミカはルキナに抱きついた。
「ごめんね、ミカ。心配させちゃって」
ルキナはミカの頭を撫でる。ミカの見ていた位置からはルキナたちのことが見えなくて、二人がどうなったのか、かなり不安だったらしい。ルキナは、ミカには申し訳ないことをしたと思った。
ロンドとベルコルも駆けつけて、二人の無事を確認しに来た。ロンドは、か弱そうなシャナがルキナをかばったと聞いて「すごい、かっこいい」と感動している。さすがにシャナがシアンであることがバレてしまうかと思ったが、ロンドはまだシャナを女の子だと信じ切っている。
(これだけ馬鹿だと心配になるわ)
ルキナは、ロンドの馬鹿さ加減に呆れた。
その後、六人は店に戻って予定通り休憩をした。ルキナたちが荒らしてしまった花壇は、弁償するつもりだったが、弁償は必要ないと言う施設側の厚意に甘えることになった。
「それでは、今日はこのへんで解散としましょうか」
夕方になり、トリプルデートも終わる時間となった。ノアルドが終わりだと言うと、ロンドとミカが物惜しそうにした。
「また会えば良いでしょ」
ルキナが窘めると、二人とも渋々頷いた。ロンドはシアンの両手をとって「また会いに行くから」と言った。シアンは笑顔を向けるだけで、うんともすんとも言わなかった。ミカの方は、ベルコルに家まで送ってもらえることになり、喜んでいる。
「シャナちゃん、帰るわよ」
ロンドに捕まったままのシアンの腕を引っ張る。二人は学校ではなく、ミューヘーン家に戻る。ルキナには、明日、クッキーを作るという任務が残されているので、家に帰りたいと言ってあったのだ。
「ルミナスさん、良ければ送って行くよ」
ロンドは、ミカがベルコルに送ってもらえることを喜んでいるのを見て、羨ましく思ったらしい。ロンドは少しでも長くシャナといようとする。
ルキナは、シアンがロンドにとられると思ったら腹が立ってきた。
「いい。シャナちゃんは私と一緒に帰るから」
ルキナは、シアンを強引に引っ張って馬車に乗り込んだ。取り残されたロンドは寂しそうだ。
「お嬢様がロンド様のことをあまり良く思ってないのは知ってますけど、そんなに強く当たらなくても良いんじゃないですか?」
シアンもさすがにロンドをかわいそうに思ったらしい。
「…。」
ルキナは無性に腹が立っていたので、シアンのことも無視する。シアンは肩をすくめた後、窓の外を見た。シアンは馬車が動き出す前にロンドに手を振った。せめてもの詫びのつもりなのだろう。
「ルミナスさーん」
ロンドはシャナに手を振ってもらえた喜びで、ルキナに冷たくされたことなど忘れてしまっている。無邪気に手を振り返している。窓越しにシャナを呼ぶ声が聞こえる。
間もなく、馬車が動き出した。
(どうしよう、シアンがシアンじゃない)
ルキナは、向かい側に座るシアンを直視することができなくて、自分の膝の上を見る。バルコニーから落ちてから、なぜかシアンが輝いているように見えるのだ。
(おかしい。こんなの絶対おかしい)
今まで、シアンにお姫様抱っこされたことなど何度もあるし、今日以上の危険から命を救われたことがある。でも、一度もこんなことにはならなかった。シアンがまぶしくて見れないなんてことはなかった。
それに加え、鼓動がいつもよりうるさい。ドキドキ、ドキドキと、耳の後ろから音が聞こえてくるようだ。
(私、病気にでもなったの?変な花粉でもあった?)
ルキナは、体の異常を疑った。心臓の病気にでもなったのではないか、花鳥園で変な花粉でも吸ってしまったのではないか、と。
(そうじゃなかったら、だって、それって、私…)
ルキナはゆっくりと顔を上げてシアンの方を見た。シアンはまだ女装をしたままだ。長いかつらからのぞく横顔は、やはり眩しく見える。
「お嬢様?」
ルキナの視線に気づいて、シアンが首を傾げた。ルキナは「なんでもない」と言うように首を横に振った。シアンは、ルキナの様子がおかしいと思ったが、それ以上問い詰めようとはしなかった。また窓の外に視線を向けた。
(ノア様と変な話をしたせいよ。そうよ。絶対そう。だって、十年一緒にいて、急にこんなことになるなんておかしいのじゃない。好きとか嫉妬とか…)
ルキナは顔が赤くなるのがわかった。
(それだと、私、シアンのことが好きってことになっちゃうじゃん)




