ちょっと普通じゃないデートデスケド。
週末になると、ルキナはシアンと一緒に家に戻った。金曜日の放課後に学校を出発したのだが、同行をねだるユーミリアとイリヤノイドを説得するのが大変だった。せっかく家に帰るのだからゆっくりしたいと考えていたので、二人がいるのは少々不都合だ。
「お嬢様、お買い物は良いんですか?」
ルキナがシアンの部屋を訪ねると、シアンが言った。もともとミューヘーン家に戻ってきたのは、ファレンミリーのための買い物に行くためだった。シアンにはノアルドへの贈り物を買うのだと言ってあったが、本当はクッキーの材料を買うつもりだ。サプライズのためんはシアンの前で買うわけには行かないので、結局、使用人に代わりに買ってくるようにお願いすることになった。
「もうすませたわ」
「そうだったんですか?それは気づきませんでした」
「買うものの目星はついてたし、迷わずに買えばこんなもんよ」
「変な物、買ってませんよね」
「大丈夫、大丈夫」
ルキナは、シアンと話しながら窓辺に移動した。そうして、窓に背を向けて窓辺に座った。太陽の日差しがルキナの背中にあたる。背中がじんわりと温かく、心地良い。
「シアンは誰かからデートに誘われた?ファレンミリーの」
「…。」
ルキナの問いにシアンが黙った。否定しないということは誘われたということだ。こういうところで嘘がつけないのがシアンだ。
「さては、何人かに誘われたわね?どうするの?」
「断りましたよ」
「なんでよ!?シアンのデートも陰から見守ってみたかったのに」
「お嬢様がそう言うと思ったからですよ」
「えー?私のせい?」
ルキナは、シアンが本当の理由を言わずに逃げた気がして頬を膨らませる。
「シアンがデートするところ、普通に見てみたかったわ」
ルキナがブーブー文句を言うが、シアンは取り合わない。シアンの反応が面白くないので、ルキナは文句を言うのをやめた。そして、ふとシェリカの顔が思い浮かんだ。
「シェリカは?シェリカには誘われた?」
「どうしてそこでシェリカ様が出てくるんですか」
ルキナの突然の問いにシアンが驚く。シアンは、なんでその質問をするのか、とか言っておきながら、ちゃんと理由を考えたりしない。そんなことだから、いつまで経っても彼女の好意に気づけないのだ。
「うっわ、さすが鈍感男」
ルキナが軽蔑したような視線をシアンに向ける。ここまですれば、シアンもシェリカのことを考えてくれるかもしれない。ルキナは、本人はここにはいないが、少しシェリカの背中を押してあげるような気持ちになった。
その時、背後の窓の外から声が聞こえてきた。
「ルミナスさん、シャナ・ルミナスさん」
思い出したくもない、あいつの声だ。ルキナは、声の主の顔が容易に想像できるのが余計に嫌だった。
「ルミナスさーん」
シャナ・ルミナスというのは、シアンが女装をした時の名前。あの名前を知っている者はそう多くない。シアンも嫌そうな顔をして口を紡いだ。シアンも誰が名前を呼んでいるのか見当がついているだろう。そうでなくても、シアンはあの名前を思い出すのが嫌なはずだ。
「僕とデートしていただけませんかー?」
庭から大きな声が聞こえてくる。ルキナは窓枠から飛び降り、くるりと振り返った。そうして、窓を開けて言った。
「あら、ありがとう」
ルキナが窓から顔を覗き込むと、ロンドがあんぐりと口を開けて驚いていた。どうやらルキナのことをシャナと勘違いしていたらしい。太陽の光と角度のせいで、ルキナの長い髪は見えたが、髪色までは判別がつかなかったようだ。
「あのロンドからデートに誘われるなんて」
ルキナは、ここぞとばかりにロンドをからかい、ニヤニヤと笑う。
「…な…あ…お前じゃねぇ!」
ロンドがやっとの思いで言った。動揺のあまり声が出なかったらしい。
「で?ロンド、何の用?」
ルキナは、二階から庭にいるロンドと話を続ける。距離があるので声を張らなければならないが、下に下りてまで話してあげる相手じゃない。
「お前に用などない」
ロンドがふんっと鼻で笑う。ロンドは、ルキナより自分の方が優位な立場にあると誇り気な顔をしている。しかし、ここで優位にあるのはルキナの方だ。
「まあ、いいわ。私も忙しいのよ。シャナちゃんと喋ってたところだから」
ルキナが立ち上がって窓から離れようとする。すると、ロンドが急に慌て始める。ロンドも、自分とシャナとの関係は、ルキナの手でどうとでもなるということを理解したようだ。
「そこにいるのか?ルミナスさんが」
「そうよ。まあ、面白そうだし、仲をとりもってあげても良いけど」
「ほんとか!?」
ルキナの言葉にロンドが目を輝かせる。
「じゃあ、ファレンミリー二日目に!」
ロンドはそれだけ言うと、走って去って行った。シャナとのデートが決まれば、その準備を進めなければならない。ロンドは焦って、返事も聞かずに行ってしまった。
「お嬢様!」
シアンが怒っている。それもそのはずだ。本人の了承なく、デートの約束をとりつけられてしまったのだから。
「ごめん、ごめん」
ルキナは一応謝るが、誠意はまったく感じられない。
「それに、大丈夫なんですか?ファレンミリーは、ノアルド殿下とデートもありますし、ミカのデートも見守るって言ってましたよね」
シアンが心配そうに言う。ルキナのファレンミリーの予定がどんどん増えていく。
「何のためにファレンミリーが三日間あると思ってるのよ」
ルキナがニヤリと笑う。
「三人とデートするためよ」
ルキナが自信満々に言い放った。たしかに、ゲームの制作者側は、ファレンミリーのデートイベントを一人に絞らなくて良いように、三枠用意した。でも、この世界はそううまくいかない。ゲームと違い、欲張れば、どこかで失敗する。
「そうですか」
シアンが呆れ気味に返事をすると、ルキナが「安心なさい」と言った。
「シアンのデートもちゃんと見届けてあげるから」
「そういう心配はしてません」
シアンは盛大にため息をついた。
そして、迎えたファレンミリー当日。シアンは、王都から少し離れた花鳥園に来ていた。ルキナの手によって女装させられた状態で。
「…で、これで良いんですか?」
シアンが顔を引きつらせる。今日はファレンミリー二日目。シャナとロンドのデートの日だ。でも、ここにいるのは、シアンとロンドだけじゃない。無論、シアンのデートを見に来たルキナもここにいるわけだが。
「しょうがないでしょ?みんな予定が合わなかったんだから」
ルキナがやれやれのポーズをとる。ルキナはまるで被害者のような態度だが、これは全てルキナのせいだ。
「ルキナ、今日は一段と可愛いですね。私のためにオシャレをしてくれたんですか?」
ノアルドがルキナの肩に腕を回す。
「ベルコル、これあげる」
ミカがベルコルのために用意したお菓子を手渡している。ベルコルが受け取ってお礼を言う。
「いやぁ、見事に勢揃いね」
ルキナが他人事のように言う。本当は三組のデートを全て別の日にするつもりだったのだが、見事にファレンミリー二日目に集中してしまった。こうなってしまった以上、ルキナは潔く、トリプルデートをしようと持ち掛けた。二日目に全てのデートを済ませることで、三日目にクッキーを作る余裕ができた。堂々とミカとシアンのデートも見守れるし、ルキナにとってはこれが最適解だったような気がする。
「なに馬鹿なこと言ってるんですか」
ルキナがのんきなことを言っていると、シアンがルキナを責めるように言った。しかし、実はシアンも正直助かったと思っている。女装姿でロンドと二人きりというのもつらい。堂々とルキナも一緒にいてくれた方が良い。
「ルキナ、最初はどこに行きますか?」
ノアルドがルキナの体を自分に寄せながら言う。
(シアンもいるから余計に積極的ね)
おそらくノアルドは、シアンに嫉妬をさせるというルキナの作戦を口実に、ルキナに触れている。そういう思惑が想像されても、ルキナはノアルドに全くドキドキしないわけではない。
「どうせなら全部見て回りたいですけど…ミカは何したいの?」
ルキナは平静を装いながら、ミカに話を振る。こうして二人きりに耐えられなくなった時の逃げ場がるのも、合同デートの利点だ。ルキナの問いに、ミカは指をさして答える。ミカが指さしたのは、鳥とふれあうことができるドームだ。
「良いわね」
ルキナのOKが出ると、ミカが走り出した。
「ベルコルー!」
みんなより前に出ると、ミカが立ち止まってベルコルに向かって手を振る。ベルコルは動物が嫌いだ。気乗りは全くしないが、あんなふうに可愛く呼ばれてしまったら行くしかない。ベルコルは歩いておいかける。
「ルミナスさん、よろしければ」
ロンドがシアンに腕を差し出す。シアンは少しためらったが、結局、彼の手を借りた。まだヒールになれていないからだろう。
「アリーマン様は、このような場所に来たことはありますか?」
シアンがロンドに話しかける。
「うーん、あんまりないかな。一番最近に行ったのも、中等学校に上がる前だから」
ロンドは、照れてるのか、シアンのは全然見ようとしない。まっすぐ前を見て話している。
「あの…ルミナスさんが嫌でなければ、ロンドと呼んでください。以前のように」
ロンドがためらいがちに言う。ここにアリーマン家の者がロンド以外にいないので、シアンはあえてアリーマンの姓で呼んでいたのだが、ロンドには不評だったらしい。呼び方一つで人の距離感は変わる。ロンドはシャナとの壁を感じて寂しかったのだろう。
「あー、はい。わかりました、ロンド様」
シアンが了承すると、ロンドがパアッと表情を明るくさせる。ロンドとしては、苗字ではなく、シャナと呼びたいということも伝えたかったが、さすがにそこまでの勇気はなかった。
「さっ、私たちも行きましょう」
ノアルドがルキナの腰に回した腕を優しく押した。
「そうですね」
ルキナは笑顔でノアルドに答える。
「あの、ノア様」
「はい、なんでしょう」
ルキナが話しかけると、ノアルドがニコニコとルキナに笑いかけた。
「好きって何でしょうか」
ルキナの突然な問いに、ノアルドは驚く。まさかこのようなことをルキナが尋ねてくるとは想像もしていなかったのだ。
「もしかして、私のルキナへの気持ちを疑っていますか?」
ノアルドが不安げに言う。ルキナの問いがあまりに唐突だったため、ルキナがノアルドに対して何か思っていることがあるのだと考えたのだ。
「違います、違います」
ルキナは慌てて否定する。別にノアルドを不安にしたくてこんな話をし始めたのではないのだ。ただ、知りたかったのだ。ノアルドはルキナのことを好きと言ってくれた。ノアルドには好きの形がちゃんとあるのだ。ルキナは、それがどんなものなのか、聞いてみたくなった。
「最近、私の気持ちを指摘してくる人がいて。自分で気づいていないだけで、そういうのがあるのかもしれないって少しは思ったんです」
「私の言ったことがルキナの負担にはなってますか?」
ルキナが、ノアルドに突拍子もない質問をした理由を話していると、ノアルドが口を挟んだ。ノアルドも、何度かルキナに自分の気持ちを自覚するように言った。それがルキナを焦らすようなことになっていないか、ノアルドは心配している。
「そんなことありません」
ルキナはぶんぶんと頭を横に振った。
「私、見ていればだいたい、あの子はあの人のことが好きなんだろうなっていうことがわかるんです。周りにいる人がわかりやすいっていうのもあるんですけど。ちなみに、ノア様はわかりにくかったです」
「それはすみません」
ノアルドがへらへらと謝ったので、二人で顔を見合わせて笑う。
「でも、だから、ノア様に聞いてみたくなったんです。ノア様なら答えを知っているかもしれないと思ったから」
ルキナが理由を言い終えると、ノアルドは「わかりました」と言った。
「実際のところ、好きは好きの言葉でしか表現できないので、説明は難しいんですけど」
ノアルドはそう前置きして話し始めた。
「感情にはいろいろ名前がついてますが、好きにも名前がある以上、きっとたくさんの人がその好きという気持ちを共有しているのだと思います。もちろん、全く同じというわけではないでしょうけど。でも、ある程度の共通点はあると思うんです。たとえば、私は、ルキナが近くにいると、ドキドキして、緊張します。ルキナがもし私のことを好きだと言ってくれたらと想像すると、とても嬉しい気持ちになります。逆に、もう二度と顔を合わせたくもないと言われたら、悲しいです。たぶん、こういう気持ちは、好きな人がいる人はみんなわかるはずです。それと、好きという感情は、様々な気持ちが合わさったものではないかと思います。そのあたりは、ルキナもよく口にしている嫉妬なんかは顕著ですよね」
ノアルドがルキナの顔を見て、ふふっと笑った。
「嫉妬というのは負の感情です。言ってしまえば、人を嫌う行為です。好きとは正反対。でも、嫉妬は好きという気持ちの表れ。嫉妬でモヤモヤする気持ちで好きという気持ちに気づくことも少なくないと思いますよ」
「ノア様も嫉妬するんですか?」
「嫉妬しまくりですよ。ルキナがシアンと話しているのを見ると嫌な気持ちになりますし、ルキナが私と話しているのにシアンの話をしていてもイライラします」
「…ごめんなさい」
ルキナは何と言ったら良いのかわからず、思わず謝った。すると、ノアルドの方も申し訳なさそうな顔になった。
「気持ちを押し付けるのは良くないですね。少し意地悪を言いました。すみません」
ノアルドが前を見た。前の四人と距離ができている。二人は少しだけ歩くスピードを上げた。
「時々、あー、好きだなーって心の底から思うことがあるのですが、やっぱり好き以外の言葉では表せないんですよ」
ノアルドが話をまとめるように言った。
「説明になってましたか?」
「ありがとうございます。なんだか少しわかった気がします」
「それなら良かったです」
ルキナたちがふれあいドームに到着すると、ミカが「遅い」と怒った。みんな入らずに待っていてくれたのだ。ベルコルは外で待っていると言った。ルキナとシアンはすぐに理由を察した。ミカは、かなり残念そうだったが、好きな人の前で駄々をこねることはできなかった。
「ちょっと暑いわね、この中」
中に入ると、独特の動物の匂いがした。それに加えて、日差しがドームの中に注ぎ込み、中の気温を上げていた。少し蒸し暑い。ルキナは手をひらひらさせて自分の顔に風を送る。
「えさあげてくる!」
ミカがたくさんの鳥を間近に見て興奮している。はしゃぎすぎて迷子にならないか心配になる。
「ルミナスさんは鳥に好かれやすいんだな」
ロンドがほほえむ。
「え?」
シアンは何のことかわからず、首を傾げた。そして、何の気もなしに足元を見てびっくりした。たくさんの鳥がシアンを囲んでいた。
「鳥にまでモテるわけね」
ルキナが口をとがらせる。
「え、餌持ってないですけど」
シアンは、てんぱって鳥に話しかけている。
「ふふっ、餌ならここにありますよ」
ノアルドがシアンに合わせて鳥たちに話しかける。自分の足元に餌を撒くと、シアンを囲んでいた一部の鳥がノアルドの方に寄って行った。
「花と鳥なんて見て何が楽しいのかわからなかったけど、悪いものじゃないわね」
ルキナは、鳥の間をかきわけながらシアンのそばに寄る。
「そうですね」
シアンは力強く頷いた。
(女装してるし、シアンは楽しめてないのかと思った)
ルキナは、シアンが予想より楽しんでいるのだとわかってほっとした。
「今度はみんなで来たいですね。トリプルデートっていうのもおもしろいですけど」
シアンの言葉を聞いて、ルキナはニヤリと笑った。
「こういう時は、二人で来たいって言うのよ」
ルキナがロンドの方に視線を送る。ロンドがシアン(女装バージョン)に二人で来たいと言われたらかなり喜ぶだろう。
「嫌ですよ」
シアンは、ルキナにからかわれて、ムッとする。すると、鳥たちはシアンが怒ったのかと思ったのか、急にルキナを攻撃し始めた。ルキナを敵とみなしたらしい。
「えっ、なに。ちょっ、痛いって」
ルキナの足がくちばしでつつかれる。シアンは、変な展開に面白くなって笑い始める。
「もう、笑ってないでなんとかしてよ」
ルキナは足を交互にあげながら、鳥の軍団から抜け出す。しかし、鳥たちによる攻撃は止まらない。ルキナは鳥から逃げるように走り出す。その後を、鳥が追いかける。鳥が飛ばずに地面を走っているところを見ると、本気で攻撃しようとしているわけではないだろう。シアンは、安心して笑い続けている。
「覚えてなさい、シャナ・ルミナス。後でおしおきしてやるから」
ルキナが必死に逃げながら言い放った。それでも、シアンは笑うのをやめなかった。
(なんで私はこんなめにあうのよ)
ルキナはふれあいドームから逃げ出すことで難を逃れた。
「ミューヘーンさん、災難だったね」
ガラス越しに中の様子を見ていたベルコルが笑う。
「ほんとですよ」
ルキナは肩をすくめた。鳥に攻撃されるのは痛かったし、追いかけまわされても怖いだけだ。でも、みんなが笑って楽しそうなのを見て、悪い気分ではなかった。みんなが笑ってくれるなら、少しくらい災難なめにあっても許せる気がした。




