デートの約束デスケド。
六月に入ると、世間はファレンミリーの話でもちきりだ。学生たちは誰に贈り物をするのか、告白するのか楽しそうに話している。
「こう、なんで毎年くるのかしらね。リア充イベント。四年に一回にでもしたら良いのに」
ルキナは、目に見えて校内カップルが増えてきていたので気に入らない。別に幸せいっぱいのカップルを見て可愛いと思わないわけではない。別れろなんて思わない。でも、こう何組ものカップルのイチャイチャを見せつけられると、僻みたくもなるものだ。
「お嬢様だって、殿下からデートのお誘いを受けてるじゃないですか」
シアンが、ルキナもそのカップルたちに含まれていることを指摘する。ルキナはノアルドにデートに誘われた。そのことを忘れていたわけではない。だが、こうしてカップルたちを目の当たりにすると、自分の棚を上げたて僻みたくもなる。
(でも、夏になるかならないかの時期にファレンミリーって、やっぱり微妙よね。お菓子も傷みやすいし、デート中もくっつきにくいし。バレンタインは冬にあるから、チョコの交換がしやすいのよね)
冬にリア充イベントが集中しているのにも理由があるのだ。そのことを異世界転生することで知った。
(ノア様とのデートはともかく、問題はクッキーよ。いつ作って渡そうかしら。部活で作ってからだと日にちがあくから危険よね)
ルキナは、シアンにクッキーをプレゼントしようと思っている。シアンはそれなりにモテるし、ファレンミリーにはクッキーもたくさんもらうだろう。いくら大好きなお菓子と言っても、限度というものがある。ルキナからのクッキーは迷惑かもしれない。それでも手作りクッキーを渡そうと思ったのは、ファレンミリーに渡すことに意味があると思ったからだ。ファレンミリーはもともとリア充イベントではなく、家族に感謝を伝える日。ルキナにはシアンに感謝すべきことがだくさんある。ルキナは、手作りクッキーを用意して、シアンに感謝を伝えようと考えた。
(とりあえず、材料を買って準備をした方が良いよね)
ルキナは、今週末は一度家に帰ることにした。そうと決まれば、帰る準備もしなければならない。ちょうどシアンがいるし、帰ることを伝えておいた方が良いだろう。
「今週末、一回、家に帰ろうと思うんだけど、シアンも来るでしょ?」
ルキナはそこまで言って、言い方を間違えたと思った。シアンにサプライズでクッキーを用意しようと思っていたのに、これではシアンも一緒に家に行くことになってしまう。シアンに材料を買うところを目撃されてしまう可能性がある。
「殿下に渡すものを買いに行くとかですか?」
ルキナが後悔して頭を抱えていると、シアンがルキナの帰省の理由を尋ねた。ルキナは適当に肯定しておいた。嘘を言うのは気が引けたが、下手なことを言うよりは、静かにしておいた方が良い。
「じゃあ、僕も行きます」
シアンが「じゃあ」と言ったので、まるでルキナの買い物について行くために一緒に帰ると言ったように聞こえた。
「なに?私が何を選ぶか気になるの?」
ルキナは、ニヤニヤしながらシアンを見る。こうしてからかえば、シアンがやっぱり行かないと言うかもしれない。ルキナはシアンを誘導するつもりでからかう。
「違いますよ。そろそろ旦那様に会いに行こうかと思ってただけです」
シアンにはこの程度のからかいは効果をなさなくなってきたようだ。シアンはルキナのことを一瞥するだけで、動揺したそぶりを見せない。ルキナは、面白くないと思った。
「というか、そんなに変な物を買うつもりだったんですか?」
シアンがじろりとルキナを見る。シアンは、ルキナが変な物をプレゼントしかねないと思っているらしい。
「そんなんじゃないわよ。ただ、ついてくるんだーって思って」
「来てほしくないならそう言ってください。それか、最初から何も言わずに一人で帰れば良かったじゃないですか」
「そんなことしたら、シアン、おいてかれちゃったって泣いちゃうでしょ?」
「わかりました。僕は寮に残るので、週末はお嬢様だけでお屋敷に行ってください」
ルキナがからかうようなことを重ねて言ったので、さすがにシアンがムッとする。意地悪しすぎたようだ。
「ごめんって。シアンも一緒に来て良いから」
シアンが少し怒ったようだったので、ルキナは焦り始める。ルキナがシアンに謝っていると、背後からルキナを呼ぶ声が聞こえてきた。
「「オジョウ!」」
ルキナは可愛らしい声のした方を振り向いた。
「リュカ?ミカ?」
ルキナたちの背後に双子が立っていた。シアンが驚いて二人の名前を呼ぶ。
「来ちゃった」
ミカが指でブイサインを作る。
「来ちゃったって…ここ学校よ。勝手に入って良いの?」
「まあ、セキュリティはそんなに強くないですからね。どこの上級学校も」
ルキナは、双子が悪いことをしたのではないかと心配する。しかし、シアンはその心配はないと言った。
シアンが言うには、部外者が上級学校の敷地内に入るのは難しくないらしい。将来、ここに通いたいと思っている人が見学に来れるように常に開放されているうえに、研究職についている人間の出入りも多いので、不審者がもぐりこんだとしても気づくのに時間がかかるのだ。
「お嬢様に何か用でもあったの?」
シアンは双子に優しく問いかける。
「ファレンミリーもうすぐでしょう?」
女の子の恰好をしたリュカが、ルキナのスカートを引っ張ってしゃがむよう指示する。ルキナは、リュカの目線に合わせてしゃがむ。シアンもつられてしゃがんだ。
「あの緑色の人にお願いがあるの」
リュカがそう言って、チラリとミカを見る。ミカは、手を後ろで組んでもじもじしている。双子の言動を見て、ルキナはピンときた。
「ベルコルをデートに誘いたいのね」
ルキナは、初々しいミカを見て可愛く思う。
「わかったわ。ベルコルに言いに行きましょ。こういうのは自分で言うのが一番よ」
ルキナは立ち上がってミカの近くに行く。ベルコルのところに案内するから、自分でデートに誘うよう言う。
「む、無理」
いつも強気なミカも、初めての恋に戸惑っているようだ。
「大丈夫。ミカはできる」
リュカがミカの手をにぎる。双子はいつもこうやって励まし合っている。
「ふーん。だいぶお兄さんらしくなったのね」
ルキナは、リュカの成長を感じている。シアンもそれに頷く。
「さっ、行きましょうか。善は急げと言うわ」
ルキナがミカとリュカの間に入って、二人と手を繋ぐ。
「急いては事を仕損じるとも言います」
ルキナたちが歩き始めようとすると、シアンが言った。ルキナが善は急げと言うと、必ずシアンがこのことわざを口にする。ルキナの考えなしの行動を戒めるためなのだろうが、何度も言われすぎて、他の目的があるのではないかと勘繰ってしまうくらいだ。
「シアンってば、毎回それ言わないと気が済まないわけ?」
「でしたら、お嬢様が善は急げと言わなければ良いんですよ。そうすれば、僕も言わなくなりますから」
「いつシアンがそれ言わなくなるかなって」
ルキナがとぼけたようなことを言いながら、歩き始める。
「この先もずっと言うつもりですけど」
シアンは三人の後ろについて歩く。
「ほら、三度目の正直っていうし、今度こそ…って思ったりするわけ」
「二度あることは三度あるとも言います」
「ああ言えばこう言うわね」
ルキナがシアンの方を振り向いて言う。シアンは、笑顔でルキナの顔を見つめ返す。
「はいはい、短気は損気」
ルキナが折れて、前を向いた。
「タンキワソンキ?」
リュカがルキナの顔を見上げる。
「怒りっぽい人は損をするっていうこと。だから、あんまりすぐに怒ったりしないで、ちゃんと考えなさいっていう言葉」
ルキナは丁寧に言葉の意味を教えてあげる。
「へー。リュカは新しい言葉を覚えた」
リュカがニカっと笑う。
(リュカってば、自分が可愛いってこと、どうやったら可愛く魅せられるか理解しているわね。恐ろしい子だわ)
ルキナはリュカの可愛さにデレデレになる。顔がとろけそうだ。ルキナがニマニマ笑って歩いていると、シアンが引き留めた。
「お嬢様、通り過ぎてます」
ルキナが目的の場所に到着しても歩き続けるので、シアンが止めたのだ。ルキナははっとして、シアンのいるところに戻った。
「ここは?」
ミカが尋ねる。
「生徒会室。ベルコルの城よ」
ルキナが簡単に説明する。ベルコルに会いたいときは、生徒会室にこれば良い。たいてい、ベルコルが中で仕事をしている。
「ミカ、ベルコルには自分で言うのよ。ファレンミリーでデートしたいって」
ルキナがミカを鼓舞するように言い、生徒会室の扉を開けた。予想通り、ベルコルが中で仕事をしていた。書類とにらめっこしては、何かを書き込んだり、印を押したりしている。
「バリファ先輩」
ルキナが声をかける。ベルコルは、意外とすぐに気づいた。書類から目を離して顔を上げた。ドアが開いても無反応だったので、集中していて反応が遅れるものと思った。
「ミューヘーンさん、どうかしたのか?」
ベルコルがルキナと一緒に双子がいることに気づく。ルキナは、ミカから手を離して、背中を軽く押す。ミカが一歩ベルコルと近くなる。
「あ、あのね…もうすぐファレンミリーだから…その…。」
ミカは一番重要なところが言い出せずにいる。でも、ベルコルは、その先の言葉を待ってくれている。
「わ、私とね、で、…でー…お出かけしてほしい、です」
ミカが顔を真っ赤にして俯く。
「良いよ」
ベルコルは快く了承して、ミカの頭を撫でた。彼も、ミカのことは可愛く思っているようだ。デートなのだという意識はあるのかどうか怪しいが、約束は約束だ。ファレンミリーの一日はゲットできたわけだ。
「やったー!」
ミカが万歳して喜ぶ。
「やったじゃない、ミカ」
ルキナもミカと一緒に喜ぶ。
「三日間あるけど、いつにするの?」
ベルコルがミカと目線を合わせるため、椅子から下りてしゃがんだ。
「ミカも学校があるだろう?たしか、今年のファレンミリーは金、土、日だった気がするけど。お出かけするなら二日目かな。日曜日はちょっと用事があるから」
「うん!」
「どこに行きたいの?」
「えっと…えっとね、んーと…。」
「まだ一週間くらいあるし、ゆっくり考えておいで」
「うん」
ベルコルは、ミカの頭をぽんぽんとして、立ち上がった。
「僕はまだ仕事が残ってるから、この子たちを送り届けるのは、ミューヘーンさんにお願いしても良いかな?」
ベルコルがチラッと机の上の資料を見た。もうすぐ夏が来る。夏には文化祭がある。生徒会ではその準備が始まっている。特にベルコルは既に仕事が舞い込んできて忙しいようだ。
「もちろんです」
ルキナはベルコルに言われずとも、双子のことを送って行くつもりだった。行きと同じように、双子と手を繋いで生徒会室を出る。
「オジョウ、この後暇?」
校門を目指して歩いていると、ミカがルキナの顔を見上げて言った。
「どうしたの?」
「デートの時の服を決めたくて」
ミカがもじもじしながら言う。
「なるほどね。私に頼りたいと」
ルキナは、ミカが真っ先に自分を頼ってくれたことを嬉しく思う。ミカは家にある服の中からルキナにコーデを決めてもらうつもりで考えていたようだが、ルキナは新しい服を買ってあげることにする。もちろん、リュカにも新しい服を買ってあげるつもりだ。
「任せなさい!この恋愛マスターのルキナ・ミューヘーンがミカを最高に可愛い女の子にしてあげるわ!」
「お嬢様、課題は…?」
「それじゃあ、さっそく出発よ!」
「え、お嬢様、課題はどうするんですか?」
ルキナはシアンの制止も聞かずに駆け出した。本当は今日はルキナも暇じゃない。明日までに終わらせなければならない課題が残っているのだ。ベルコルに教えてもらうつもりだったのだが、今の彼は忙しい。そこで、ルキナはシアンに手伝いを頼んだのだ。
「ほらほら、シアンも行くわよ」
ルキナは、課題は帰ってから頑張ることに決めたので、今はミカのデートコーデのことで頭がいっぱいになっている。
「シアンー!」
「はやくー!」
双子たちに急かされて、やっとシアンも動き出した。
ルキナたちは手っ取り早く近くの服屋に入った。学校からは短い距離だったが、気温がそこそこ高いので、すぐに汗ばんだ。
「ミカはどんなのを着たいの?」
ルキナが尋ねると、ミカが気になっていた服を取りに走った。
「リュカも、何か欲しい物があったら買ってあげるから選んできなさい」
そう言うと、リュカも服を物色し始めた。
「孫を可愛がってるおばあちゃんになった気分だわ」
ルキナが双子たちのはしゃぐ姿に目を細めていると、シアンがルキナを心配そうに見た。
「まさかあの子たちが選んだ服全部買ったりしませんよね?一人一着ですよね?」
「なんでそんなケチなことするのよ」
「駄目ですよ。お嬢様に経済的余裕があっても、それは駄目ですよ。教育に悪いです」
「子供たちの幸せが一番よ。未来ある若者たちの笑顔こそ、世界を救うのよ」
「何言ってるんですか。無駄遣いを覚えた若者に食い荒らされる未来が見えますよ」
「あれを見なさい」
ルキナは悟りを開いたような穏やかな表情で、試着室の方を指さした。シアンが黙ってそちらを見た。さっそく双子が服を選んで試着したのだ。
「…どうかな?」
「見て見てー!」
ミカは、デートを意識しているためか照れている。リュカは可愛い女の子の服に身を包んで、ルキナたちの気を惹こうとしている。
「あの笑顔こそ、守るべき世界の希望よ」
ルキナはシアンにそう言った後、双子たちに「二人とも可愛い」と褒めちぎった。そこからは、ファッションショーのように怒涛の試着ラッシュが始まった。二人とも楽しくなったのか、今まで着たことのないような系統の服まで着始めた。
「結婚式みたいにお色直しがあれば良いのに」
ルキナはまだ双子の気に入った服全てを買ってあげるつもりでいる。
「駄目ですからね?」
シアンが慌ててルキナを止める。
「あー、せめて写真があれば残しておけるのに…。カメラがあれば、子供のファッション誌のモデルに抜擢されること間違いなしよ」
ルキナは双子にメロメロだ。その後も、他の店に移ったりしながら服探しを続けた。結局、シアンの努力もあり、ルキナは二人にワンコーデ分の服を買ってあげた。靴も帽子も何もかも一通りそろえたので、ミカのデートの準備は完璧だ。
「オジョウ、ありがとう」
ゴスロリ風の真っ黒の服に身を包んだリュカがお礼を言った。リュカは新しい世界への扉を開いたらしかった。ルキナは満足そうに頷く。
「ありがとう」
ミカもお礼を言った。ミカは大切な服が汚れてしまわないように、今は着ないで袋に入れて持っている。
「デートでどこに行くのか決めておきなさいよ」
ルキナがミカの頭を撫でると、ミカは太陽のような明るい笑顔で頷いた。そうして双子たちは、満足そうな顔で家へと帰って行った。ルキナは双子の背中を見送って言った。
「可愛い!可愛すぎる!この初デートは見逃せないわ」
ミカとベルコルのデートについていく気満々のルキナの発言に、シアンが呆れる。
「せっかくミカが楽しみにしているんですから、邪魔するのはかわいそうですよ」
「大丈夫よ。ちゃんと隠れるから」
ルキナたちは学校に向かって歩き始めた。もう日が傾いていて、時間の経過を感じる。
「そうだ。シアンも一緒に来てよ。シアンの力があれば、ミカたちにバレずにすむわ」
「バレるバレないの話ではなく、そもそもデートは部外者がついていくようなものではないんですよ」
「シアンってば、ほんと頭が固いわよね」
「いえ、お嬢様の考え方が甘いだけです」
「はいはい、私が悪うございました。短気は損気ね」
ルキナは無意味な言い合いが続かないように折り合いをつけた。だが、ルキナはまだミカたちのデートについていくつもりだ。シアンもそのことを察したのか、納得いかない顔をしている。
「さあて、今年のファレンミリーは忙しくなるわよ」
ルキナはそう言って走り出した。まずは帰って課題を片付けなくてはならない。学生の本分は勉強だ。後に待っているお楽しみの前に課題と授業はちゃんとこなすべきだ。
(あー、忙しい、忙しい)
ルキナは、充実した時間を過ごせていることに喜びを感じてた。




