相談すると気が楽になるんデスケド。
「ふぅ…終わりよ、終わり。はい、解散」
ルキナが寮に向かって歩き始める。
「あの、まだもう一つ残ってるんですけど」
シアンがまだ学校案内は終わっていないと言う。全て回り終わったと思ったのは、ルキナの勘違いらしい。ルキナは、慌ててシアンの言うまだ見ていない建物の方に方向転換する。
「やっと今日のメインイベントということですね!?」
ユーミリアが、ルキナの部屋を見る気満々で言う。
「なんであなたに部屋を見せなきゃならないのよ。ていうか、まだだし」
「えー、いいじゃないですか。ちょっとくらい見せてくださいよぉ」
「絶対嫌」
「わかりました。私の部屋も見せますから」
「何がわかりましたよ。別にあんたの部屋なんか興味ないから」
「またまたー。照れないでくださいよぉ」
「照れてません!」
ルキナとユーミリアが、おかしな言い争いをしていると、向かい側からタシファレドが現れた。
「あら、タシファレドじゃない。珍しく一人ね」
見たところ、アリシアとハイルックは一緒じゃないらしい。タシファレドは、ユーミリアに気づくと、ルキナに紹介するように言った。
「ユーミリアよ。ユーミリア・アイス。イリヤノイドのお姉さんよ」
「へー、イリヤノイドに姉貴がいたのか」
タシファレドが、シアンにくっついているイリヤノイドとユーミリアとを見比べる。異母姉弟だが、二人はよく似ている。特に、目元が瓜二つだ。
ルキナからユーミリアの紹介を受けると、タシファレドはユーミリアにずかずかと近づいた。
「俺は、タシファレド。以後お見知りおきを。ユーミリア嬢」
タシファレドは、ユーミリアの足元で跪き、彼女に手の甲に口づけをした。ナンパを止める者がいないので、タシファレドは心置きなく、ユーミリアに声をかける。この流れるようなナンパ作業は、さすが女たらしと言ったところだろうか。タシファレドは顔だけは良いので、女の子たちが虜になるのも無理もない。ルキナの目には胡散臭く見えて仕方ないが。
ユーミリアはどう反応するのだろうと、ルキナも少し注意して見ていると、ユーミリアが勢いよく手を引いて、タシファレドの手から抜き取った。そして、その手で、思い切りタシファレドの頬を叩いた。バシンと綺麗な音が鳴る。
「あ…あ…。」
タシファレドは、自分の頬を手で押さえながらユーミリアの顔を見上げる。何が起こったのかわかっていない様子だ。
「女の子がみんなそういうのが好きなわけではありませんよ」
ユーミリアは鋭い視線をタシファレドに向ける。
「ひぃっ…!」
タシファレドは耐えられなくなってその場から逃げ出した。タシファレドは、メンタルが弱い。
タシファレドは初等学校でルキナに初恋し、初めての告白をした。女たらしのタシファレドは自分に冷たい態度をとる珍しい女の子に惹かれる。ゲームでの設定を信じて、ルキナはタシファレドの告白に対しても冷たくあたった。それからだ。ルキナのような冷たい態度をとる者に苦手意識を抱くようになったのは。ルキナのタシファレドに好かれようとして行った作戦は、失敗に終わったのだ。今の女たらしのタシファレドが生まれたのも、ルキナへの恐怖を克服するためだった。だが、まだまだ克服には至っていないようだ。初告白で玉砕してからというもの、ルキナのような冷たい態度をとられるのは苦手になってしまったようだ。
「お嬢様のせいでトラウマになってるんじゃないですか?」
シアンがため息混じりに言う。本当は、ユーミリアがタシファレドに冷たく当たる初めての人になるはずだった。でも、既にタシファレドは、ルキナという元女王様に出会っている。これでは、ユーミリアに惚れるきっかけにはならないだろう。
「おかげで、タシファレドの恋愛フラグは折れてるわ」
ルキナは満足そうに言う。いたいけな少年にトラウマを植え付けたことに対する罪悪感は全く感じていない。トラウマのせいで、ルキナもタシファレドの好感度を上げるのは苦労するということが抜け落ちているのだ。
「そういえば、ユーミリア」
ルキナが歩き出しながら、後ろにいるユーミリアの方を振り返る。
「なんですか?先生」
ユーミリアは、ルキナに話しかけてもらえて嬉しそうだ。
「男って狼よね」
突拍子もない発言に、シアンが驚いた。ユーミリアもびっくりしたようだが、ルキナの言いたいことを理解しようと、すぐに冷静に考え始める。
「…先生、駄目ですよ。男を信用しては」
ユーミリアが返事をした。それを聞いて、ルキナは安心したように頷く。すると、ユーミリアが、パアと笑顔になる。ルキナと通じ合えたとわかったのだろう。
「どういう意味ですか?」
ルキナとユーミリアは通じ合えたが、シアンには理解できなかったようだ。シアンはルキナにすかさず尋ねる。
「たいしたことじゃない」
シアンが知っておかなければならない話じゃない。ルキナは、シアンの問いには答えるつもりがない。別にシアンを仲間はずれにしようなどというつもりがあったわけでもない。そうではないが、シアンが寂しそうな顔をする。
「いや、普通に、ヒロインは鈍感説を確かめたかっただけよ。ヒロインあるあるで、男が獣化することを知らないことが多いの。え?狼?何の話?みたいな反応するのよ、だいたい」
ルキナは、シアンがかわいそうになってユーミリアに対する質問の意図を答える。
「少女漫画の鉄板ネタよ。鈍感の女の子は可愛いっていう考えから生まれた純粋な女の子アピール。男が危険なこともあるって知らない女の子は現実にいないっつーの」
ルキナがぶつぶつ文句を言うと、シアンが「獣って…。」と絶句した。
「さぁて、さっさと見て帰りましょうか」
ルキナが先導して歩く。最後の建物は目の前だ。日が暮れ始めているし、ルキナの言う通り、さっさと回って寮に向かった方が良い。
「ほんとっ、この学校広いわね。こんなに歩いたらお腹ペコペコだわ」
ルキナのテンションは平時より少し高い。ユーミリアと攻略対象キャラの全ての出会いイベントを終えたので気が抜けているのだ。しかも、今までと違って、好感触だ。
(これなら逆ハーレムも楽勝ね)
これまで失敗続きだった。こんなふうに作戦通りに、ヒロインの恋愛フラグを回避できるなんてことは、今までなら考えられなかったくらいだ。ルキナが上機嫌に鼻歌を歌い始めると。ユーミリアが夕食に何を食べたいのか尋ねてきた。
「うーん、チョコケーキかな」
「本当にチョコレートケーキがお好きなんですね」
「そうよ。今度、部活でも作ってみようっていう話になってるの」
「女子部、私も入りたいです」
「まあ、いいんじゃない?部員は増えた方が良いんだし」
ルキナはユーミリアと楽しく話していたが、ふと、ユーミリアの悲しい現実に思い至った。
「…みんなのこともユーミリアに紹介したいし」
ルキナはそう言いながら、ユーミリアの顔をじっと見た。
(シェリカとティナとは面識あるわよね。シュンエルとアリシアはどうなのかしら。ゲームのその先で出会ったことがあるのかしら)
ユーミリアは同じ人生を繰り返している。毎回、結末は違ったと言うが、きっと出会う人は同じ人たちばかり。ノアルドやルイス、マクシスたち攻略対象たちとは、うんざりするほど出会いと別れを繰り返している。でも、そのことを覚えているのはユーミリアだけ。皆、ユーミリアには初対面の人と会う反応をする。誰もユーミリアの苦しみには気づけない。
(私だけ楽しんでいても良いのかしら)
ユーミリアはルキナのことを救いだと言ってくれた。ルキナの書いた本が希望だったと言ってくれた。そうして、ユーミリアが繰り返される人生に希望を見出している間、ルキナは逆ハーレムが何だと言って、自分のことしか考えてこなかった。
(私は本当にユーミリアを救えているの?)
ルキナは、途端に不安になった。それと同時に、ユーミリアの強さを感じた。
「先生?」
ルキナが急に黙り込んだので、ユーミリアが心配そうにしている。ルキナがぼんやりと考え事をしているうちに、最後の建物も見終わっていた。ルキナは、首を横に振って何でもないと答える。
「さっさとご飯食べに行きましょ。このままだと私、餓死しちゃうわ」
ルキナは、ユーミリアの腕を掴んで走る。
「シアンもイリヤもおいてくわよ」
ルキナは、走りながら振り向いて後ろにいる男子二人に声をかける。
「イリヤって呼ばないでください」
「お嬢様、転んでも知りませんよ」
ルキナは、後ろの野郎どもの声を無視して走り続ける。が、途中で石につまづいて転びかける。ユーミリアが腕を引いて止めてくれたので、転ばずにすんだのだ。
「あ、ありがと、ユーミリア」
ルキナはまさか本当に転ぶとは思わなかったので、かなり驚いている。
「だから言ったのに」
後ろから追いついたシアンが言う。ルキナはそんなシアンを軽く睨んだ。
「シアンがフラグを立てたせいよ」
ルキナは転びかけたのをシアンのせいにする。シアンはルキナの理不尽さに呆れてため息をついた。
ルキナたちが立ち止まって話していると、シェリカがティナを連れて現れた。二人も食堂に向かっていたところなのだろう。
「ルキナ様、ごきげんようでございます」
シェリカがスカートをつまんでお辞儀した。必要以上に恭しくするので、逆に失礼な気がする。敬語もおかしい。シェリカの口角が少し上がっているところを見ると、それをわかってやっているのだろう。
「シアンと生意気君と…」
シェリカがルキナと一緒にいる者の顔を順に確かめる。
「生意気君?」
シェリカがイリヤノイドに変なあだ名をつけたので、イリヤノイドがこめかみをぴくつかせる。イリヤノイドは誰に対しても生意気だが、ルキナとシェリカの前では特にその傾向が強い。シェリカなりに、自分に懐かない後輩の扱いを学んだらしい。
「そうだわ。一応、紹介しないとね」
シェリカがユーミリアの顔を見て固まっているので、彼女たちにもユーミリアのことを紹介しなければならないことを思い出す。
「ユーミリア・アイス。イリヤのお姉さんよ」
ルキナは、何度ユーミリアの名前を口にしただろうか。ここ数時間で、かなりユーミリアのフルネームを言った気がする。
「生意気君にお姉さんがいたの…!?」
シェリカが驚くが、ナチュラルにイリヤノイドを変なあだ名で呼ぶので、イリヤノイドは腹を立てる。
「だから、生意気君って何ですか」
「シェリカ・ルースよ。こっちはティナ・エリ」
シェリカはイリヤノイドを無視してユーミリアと握手を交わす。
「これからご飯食べに行くところなんだけど、シェリカも来る?」
「良いんですか?」
「もちろんよ。みんな一緒の方が楽しいもの。ね、シアン」
ルキナがシアンに同意を求めた。しかし、シアンからの返事はなかった。
「シアン?」
ルキナがもう一度シアンの名前を呼ぶと、シアンがはっとしてルキナの方を見た。
「え、あ、はい。そうですね」
シアンはなんだかぼんやりしている。
「体調悪いの?先に寮に戻ってる?」
ルキナが心配すると、シアンは勢いよく首を横に振った。
「考え事をしていただけです。体調が悪いわけではないですよ」
シアンは心配しなくて良いと言う。
「先輩、悩んでいることがあったら相談してくださいね」
「シアン、困っていることがあるなら協力するわよ」
イリヤノイドとシェリカが同時にシアンに声をかけた。声が重なってしまったので、イリヤノイドとシェリカはお互いをキッと睨み合う。
「あの人たちのことは無視して行きましょうか」
「はい、先生」
ルキナはユーミリアにくっつかれながら食堂に入る。食堂はいつ行っても混んでいる。人の流れに沿って料理を選んで買い、席についた。
「いただきまーす」
ルキナは席についてすぐに食事を始めた。
「先輩、せんぱーい、これ美味しいですよ。一口いります?」
「お食事中にそんなにくっついて。行儀が悪い」
イリヤノイドがシアンの腕にしがみついているのを見て、シェリカが注意する。
「へー、羨ましいんですねー」
「別に、羨ましいとかじゃ…」
「まあ、譲る気はないんですけどー」
「だから、羨ましいとか思ってないって」
イリヤノイドとシェリカが喧嘩を始める。否応がなしに、シアンはその喧嘩に巻き込まれているが、まだ考え事をしているのかぼんやりしている。食事の手が止まっていることはないが、ちゃんと味もわかってなさそうだ。
ルキナがシアンを心配しながら見守っていると、その後ろをチグサが通った。ただし、一緒にいたのは、マクシスではなく、ルイスだった。
(ルイスとチグサ…?変な組み合わせね)
ルキナは二人に声をかけるでもなく、ただ見送った。
「珍しい組み合わせでしたね」
ユーミリアもチグサとルイスが一緒に歩いているのを見ていたらしい。ルキナに向かって小声で言う。
「やっぱりユーミリアもそう思う?」
ユーミリアも同じことを感じていたと知って、ルキナは余計にあの二人のことが気になった。
「あなたがシアンを独り占めするのはおかしくない?」
「そういうことをあなたに言われる筋合いもないんですけど」
「でも、生意気君に何か権利があるわけじゃないでしょう?」
「いや、もう、はい。わかりました。このままでは埒が明かないので、勝負をしましょう。早食い対決です」
「え?え?」
「はい、よーい、どんっ」
まだシェリカとイリヤノイドの喧嘩は続いていたらしいが、なぜか早食い競争に発展している。イリヤノイドは自分に分があると思って始めた勝負なのだろうが、イリヤノイドのがっつき具合が引くレベルだ。シェリカは、イリヤノイドに圧倒される形で食事を再開したが、すぐにぴたりと手を止めた。
「あれ?豆が増えてる…。」
シェリカが涙目になる。大嫌いな豆が増えていることに気づいたのだ。
「食事中に喧嘩なんてするからですよ。シェリカ様こそ、お行儀が悪いですよ」
ティナが何食わぬ顔で言う。シェリカのお皿に豆を移した犯人はティナで間違いなさそうだ。ティナに悪気が全くなさそうなのは、シェリカの躾と割り切っているからだろうか。
「ティナ・エリの馬鹿ぁ」
シェリカは、ティナの言っていることは正しいので、豆を送り返すことはできなかった。シェリカは、目に涙をため、ティナへの文句の言葉を連ねながら豆を口に入れていく。
「僕の勝ちですね」
ティナによる妨害もあり、勝負はイリヤノイドの圧勝で終わった。シェリカはちまちまと豆を食べ続けている。シェリカは泣きながら、イリヤノイドを「生意気君のせいだ」と言うように睨んだ。これにはイリヤノイドも、さすがに可哀そうになったのか、「今回の勝負はなかったことにしましょう」と言った。勝利を確信して勝負を始めるという卑怯っぷりを見せていたが、さすがにシェリカを泣かせてまで勝ちを喜ぶ意地の汚さはなかったようだ。
「少しもらいましょうか」
イリヤノイドは意外と泣いている女の子に弱いらしい。イリヤノイドも多少は責任を感じているのか、シェリカに協力を申し出る。
「いいの?」
シェリカがパアッと顔を輝かせた。でも、すぐにチラッとティナの方を見た。ティナは許してくれないかもしれないと思ったのだ。
「…はぁ」
ティナは小さくため息をついて、そっぽを向いた。「見ていないから勝手にしてください」と言っているかのようだ。ティナは、シェリカとイリヤノイドの喧嘩に怒っていたので、二人が仲直りをして協力し合うというのなら、それは邪魔をしないつもりだ。シェリカはティナの考えを察し、イリヤノイドに豆を少しもらってもらう。
「そのくらいだったら食べられますか?」
イリヤノイドは、シェリカからもらった豆をパクパクと食べながら尋ねた。シェリカはその問いに頷いて答えた。その後、ちょいちょいとイリヤノイドに顏を近づけさせた。
「ありがとう」
シェリカが小さな声でお礼を言う。ティナには内緒という体でのやりとりなので、シェリカはティナに聞かれないようにイリヤノイドにお礼を言おうとしたのだ。ティナにはバレバレなので意味はないのだが。
「いえ、別に」
イリヤノイドは、バッと顔を離してぶっきらぼうに答えた。ルキナは、平静を装っているイリヤノイドの耳が少し赤くなっているのを見逃さなかった。シェリカの可愛さにやられたのか、感謝の言葉を言われることを予想していなかったからなのかはわからないが、彼が照れているのは明らかだった。
「それじゃあ、今度こそ解散ね」
夕食を終え、ルキナが言った。シェリカとティナは用事があるため、食堂に残るそうだ。ルキナたち四人はさっさと片づけをすませ、食堂を出た。
「また明日ね」
ルキナが手を振る。夕食を食べたので、それぞれの部屋に戻るのだ。イリヤノイドとユーミリアが寮に向かって歩き始める。
「シアン」
ルキナはシアンを手招きする。ユーミリアに、ルキナが一緒に来ていないとバレる前に、シアンを人気のないところに連れて行く。シアンは何も言わずにルキナに従ったが、不思議そうな顔をしていた。
「はぁ…。」
ルキナは、大きなため息をつき、シアンの肩に自分の額を乗せた。
「お嬢様…?」
シアンは、どうすれば良いのかわからず、焦り始める。はたから見たら、二人は抱き合っているように見えるだろう。誰かにこんなところを見られたら勘違いされかねない。シアンが焦るのも無理はない。
「思ってもみなかったわ。乙女ゲームのヒロインが、記憶を保持したままニューゲームしてるなんて。プレイヤーにとってみれば、選択肢を選んで終わりだもの。リセットで全部消えると思うじゃない」
ルキナが言った。ユーミリアのことだ。ルキナは、ユーミリアの気持ちを理解せずに行動してきたことを後悔している。
ユーミリアは、あと何回この人生を繰り返すことになるのだろう。終わりの見えない時間の流れに気が狂ってしまってもおかしくはない。もし、願いが叶うなら、これを最後にしてあげてほしい。終わりが存在するのなら、幸せな形で終わりたいものだ。これまでユーミリアが送ってきた、何も変えられなかった人生ではなく、全てに救いがある人生で幕を閉じてもらいたい。
「記憶が残ってるなら、ニューゲームは本当に地獄だわ。しかも、記憶があるのは自分だけなんて」
ルキナの言葉をシアンは静かに聞く。
「私ばっかり楽しんでるなんて無神経だったわ」
ルキナは、悪役令嬢ポジションであろうと、『りゃくえん』に転生できたことを喜んでいた。逆ハーレムになれると、期待していた。でも、それはあまりに自己中なことだったように思える。今日だって、無駄にはしゃいで見せたが、恋愛フラグを回避するまでもなく、ユーミリアはきっと男キャラたちの恋愛を望んでいない。彼女は何回も繰り返している。毎回別の人と結婚している。そこに彼女の愛があったのかどうかなんて測ることもできない。もううんざりだろう。ヒロインとして物語を進めるのは。
「今日思ったの。あの子は、みんなの顔と名前を知っている。でも、私たちは…攻略キャラは誰もユーミリアのことを知らなかった。ユーミリアは、出会いを繰り返しているのよ。知っている相手に、それどころか、結婚までしたような相手に忘れられて、初対面のように接されるのよ。それって、あまりにも…。」
ルキナが言葉をつまらせる。シアンも、ルキナの言うことが理解できないでもなかった。
「それだったらなおさら、お嬢様が楽しむべきだと思いますよ」
シアンが言うと、ルキナが顔をあげた。
「お嬢様は、あの人が苦しんでいることを想像できます。他の人とは違って、秘密を知っていますから。だからこそ、お嬢様は楽しんでいるところを見せるべきです。もちろん、ユーミリア様がまた苦しまないとは言いきれないですけど…。でも、お嬢様がめそめそしていたら、ユーミリア様も悲しみますよ。せっかく会えたんですから、堪能しましょう。ユーミリア様も、今のお嬢様に会ったのは初めてらしいじゃないですか。何も悲しむことはありません。逆ハーレムだって何だって良いですよ。今までと違うことをしましょう」
シアンは最後まではっきり言い切った。それを聞いて、ルキナは安心した表情になる。
「うん、ありがと」
ルキナは、小さな声でお礼を言うと、またシアンの肩に額を押し付けた。
(やっぱりシアンに相談して良かった)
ルキナは、シアンがまた焦っていることを感じ取った。でも、ルキナはそれを無視する。
「ごめん。もうちょっと、このままで」
ルキナはそう言いながら、少しだけ涙を流した。シアンのそばはほっとする。それ故に、涙もろくなってしまう。シアンの前では、泣くのを我慢できない。
シアンの肩が少し動いた。ルキナを慰めるために抱きしめようとでもしたのだろう。だが、シアンは途中まで上げた腕を下ろした。
(別に、抱きしめてくれれば良いのに)
きっとシアンは、自分の使用人としての立場に縛られている。ルキナには婚約者がいるし、抱きしめるなんて行為は許されないと考えたのだろう。ルキナは、それを少しだけ寂しく思った。
「シアン」
ルキナは、シアンの肩に額を乗せたままシアンを呼ぶ。
「はい」
「私、シアンに話せて楽になったわ」
「それは良かったです」
「だからね、シアン。もし悩みごとがあるなら、話してね。私じゃなくても良いわ。とにかく、一人で悩まないで」
ルキナは、シアンがずっと考え事をしていたのが心配だった。ルキナがシアンに話を聞いてもらって気分が軽くなったように、シアンにも楽になってもらいたいと思った。
「わかりました」
シアンはそう言ったが、何も話し出そうとしなかった。ルキナは、自分に話さなくても良いとは言ったが、シアンに相談を持ち掛けられないのを残念に思った。




