真ヒロインの登場デスケド。
ついにきてしまった新学期。ルキナたちは学年が上がり、二級生になった。ゲーム通りなら、このタイミングでヒロイン、ユーミリアが編入してくる。
「はぁ…。」
ルキナがため息をつくと、シアンがなぜ気を落としているのか尋ねてきた。
「なんでって…ユーミリアが来るのよ。これじゃあ、ゲームと一緒じゃない。しかも、私が自分で招いたことなのよ。いくら学科が違うと言っても、男どもがユーミリアに興味を示さないとは限らないし」
ルキナは、いまだに逆ハーレムを達成していない。そんな状態でユーミリアを迎えるのは、気分が乗らない。
「でも、昨日は、ユーミリア様の協力を得られるから心強いみたいなこと言ってませんでした?」
「あんなの、現実逃避の何でもないわよ。ユーミリアに期待できるわけないじゃない」
ルキナとシアンが外のベンチでぼんやりしていると、周囲がにぎやかになり始めた。入学式を終えた新入生たちが、講堂から出てきたのだ。二人は顔を上げて、知り合いの顔を探す。
「あれ、イリヤじゃない?」
ルキナは、イリヤノイドらしき人影を見つけ、指をさす。シアンもそちらに視線を向け、イリヤノイドであることを確かめる。イリヤノイドがこちらに気づいたようで、人混みをうまくよけながら走ってくる。二人はベンチから腰を上げ、イリヤノイドが来るのを待った。
「せんぱぁーい!」
イリヤノイドはまっさきにシアンに飛びついた。相変わらず、イリヤノイドはシアンのことが大好きなようだ。
「イリヤ、久しぶりだね」
シアンが、イリヤノイドを体から引きはがしながら言う。イリヤノイドは見事合格を勝ち取り、このクリオア学院への入学が決まった。喜ばしいことだ。しかし、受験期の間、イリヤノイドはなかなかシアンと会う時間が作れず、フラストレーションがたまっていたようだ。イリヤノイドはシアンへの愛が爆発し、シアンに引きはがされそうになってもなお、引っ付こうとし続ける。
「まあ、合格して良かったよ」
イリヤノイドに好かれるのはまんざらでもないようで、シアンはイリヤノイドを押しのけながらも、笑顔を見せる。
「受かってくれなきゃこっちが困るっていうもんよ」
ルキナは、シアンにばかりくっつこうとするイリヤノイドを不満そうに見ながら言う。ゲーム通りに逆ハーレムになるためには、イリヤノイドもこの学校に入学してもらわないと困る。
(あ、ユーミリア)
ルキナは、視界の端でユーミリアの姿を確認した。そういえば、入学式の日に正式に手続きを済ませて編入すると言っていた。ここに彼女がいても不思議ではない。だが、ルキナは、なんとなくユーミリアに見つかりたくないと思った。ユーミリアがルキナに飛び掛かってくることが予想されるからだ。
「僕は困りませんけどね、ルキナがいなくても。ていうか、むしろいない方が嬉しいですし。なんなら、今すぐいなくなってくれたら嬉しいんですけど」
「はいはい」
イリヤノイドに追い出されるようにして、ルキナはシアンたちから離れた。そのまま、人混みに紛れるように歩く。ユーミリアから姿を隠すためだ。が、こんな時に限って人が少なくなってしまう。新入生たちはもうそれぞれの目的地に移動していしまって、この広場の生徒はまばらになる。
「せんせぇーい!」
ユーミリアの声だ。さっそく見つかってしまったらしい。ルキナは周りをきょろきょろして逃げる場所を探す。その間にもユーミリアは近づいて来る。
「先生!」
結局、ルキナはユーミリアに捕まってしまった。ユーミリアがルキナに抱きつく。
「もうっ、いちいち抱きついてこないでよ」
ルキナは、ユーミリアの力が弱いうちに、しゃがんでユーミリアの腕から逃れた。
「別にヒロインに好かれたくて悪役令嬢やってんじゃないわよ」
ルキナはユーミリアから逃げる。どんなに注意しても先生呼びはやめないし、隙あらば抱きつこうとしてくる。ルキナはそれが嫌なのだ。
「そんな寂しいこと言わないで、私のこともかまってくださーい」
なぜかユーミリアは幸せそうで、笑いながらルキナを追いかけてくる。
「嫌よ。まさか、今までもルキナ・ミューヘーンにそんなことしてたの?」
ルキナはユーミリアから逃げつつ、尋ねる。
『りゃくえん』内のルキナ・ミューヘーンは、いわゆる悪役とまではいかなくても、性格が良いわけではない。少なくとも複数の男たちを虜にするくらいの魅力はあるのだが、全ての人に優しくするような善良な人間じゃない。彼女はプライドが高く、もっと崇高な人物というイメージがある。そんな相手に、いくら人に好かれやすいユーミリアとはいえ、抱き着くような真似をしたら、怒りをかうことになるだろう。
それなのに、どうだ。ユーミリアは、ルキナを追いかけまわし、抱きしめようとしている。
「しませんよ。ミューヘーン様はミューヘーン様でも、先生はないですから」
ユーミリアは、当たり前のように言って、ルキナをつかまえる。そうして、ぎゅっと力強く抱きしめた。
「放しなさいって」
ルキナはユーミリアから離れようと足を動かすが、びくともしない。
「どんな力してんのよ」
「先生のことは一生放しません」
ユーミリアは、ルキナに抱きついたまま、顔をルキナの背中に押し当てた。ユーミリアはとても良い笑顔だ。
ユーミリアにとって、ルキナの小説は救いだった。同じ人生を繰り返し、未来を変えられたのはクリオア学院に編入して以降のこと。だから、いつも同じ本を読んできた。母親が亡くなる前に読んだ本は、読んでいる最中は初めて読む感覚なのだが、既に何度も読んだものだった。本に限った話ではないが、記憶を取り戻す度、そのことに絶望した。それが、今回、記憶を取り戻すのは早く、幼少期に読む本も選ぶことができた。アイドルデビューをした頃、ちょうどルキナのデビュー作が発売された。運命を感じた。今まで、読んだことのない本だった。それもそのはず。ルキナが本を書いたのは、ユーミリアの繰り返された人生のうち、今回が初めてだった。今までと違うことができる。ユーミリアにとって、ミユキ・ヘンミルの本はその象徴だった。
ユーミリアにとって、前世の記憶を有しているルキナに会うのはこれが初めてだ。今までと違うことをするのは当たり前だ。
「この世界はハグしないと死ぬ人間しかいないわけ?」
ルキナは、逃げ出そうとジタバタする。イリヤノイドがシアンに抱きついたり、ハイルックがタシファレドに抱き着いているところを散々見てきたので、ルキナはうんざりする。
「ユリア・ローズじゃない?」
「うそ!?」
不意に、周囲から視線を感じて、ルキナは暴れるのをやめた。ユーミリアのアイドルとしての顔を知っている者たちが、遠目にこちらを見ている。ここにいるユーミリアが、ユリア・ローズであることに気づいたようだ。
「ちょっと、見られてるわよ」
ルキナは少し声を小さくして、背中にくっついたままユーミリアに声をかける。
「良いの?ユリア・ローズの印象が変わっちゃうわよ」
「良いですよ、別に。私はもう先生に会えただけで満足ですから」
「いや、良くないから。絶対良くないから」
ルキナは、ちっとも離れようとしないユーミリアに声をかけ続ける。しかし、ユーミリアは聞く耳をもたない。
「ユリア・ローズって、ミューヘーン様と知り合いだったんだね」
「貴族って有名人とも繋がりあんの?」
「そりゃあるでしょ」
「ユリア・ローズの方が抱きついてない?」
「仲良いよな」
「ユリア・ローズって女の人が好きなの?」
ルキナがユーミリアを離そうと試行錯誤しているうちに、ギャラリーが増えてきた。ユリア・ローズを生身で見られて感涙を流している者もいる。このままでは騒ぎが大きくなりすぎてしまう。
「もう…ユーミリア…。」
ルキナが諦めかけていると、シアンがイリヤノイドを連れて近づいてきた。
「お嬢様、そろそろ行きましょう」
シアンがルキナに声をかける。今日は、イリヤノイドとユーミリアに校内を案内してあげることになっている。あまり、ここで時間をつぶしていたら、全部回り切れなくなってしまう。
「わかった。ほら、行くわよ」
ルキナは、ユーミリアに移動をするから離れるように言う。ユーミリアは渋々というようにルキナから離れ、一人で立った。
「お待たせ」
ルキナが、ユーミリアと一緒にシアンの方に寄ると、イリヤノイドが驚いた顔をしていた。彼には事前に校内を案内するとだけ伝えてあったが、誰と行くかまで伝えてなかった。イリヤノイドのことだから、シアンと二人きりであることを期待していたのだろう。
「…イリヤ」
ルキナの横で、ユーミリアが気まずそうにイリヤノイドの名前を呼んだ。ユーミリアも、イリヤノイドが一緒だとは思わなかったようだ。
「その呼び方はやめてください」
イリヤノイドは、ユーミリアから顔をそらす。イリヤノイドは、ユーミリアのことが気に入らないようだ。おそらく、理由はシアンとの二人きりの時間を邪魔をされたというだけではないだろう。
「やっぱり失敗だったかしら」
ルキナがシアンに耳打ちする。二人は姉弟だから一緒でも大丈夫だろうと思っていたが、それは安直な考えだったかもしれない。むしろ、姉弟だからこそ、ややこしい問題がある。ルキナは、ユーミリアとイリヤノイドがどれくらい会ったことがあるのか知らない。二人を引き合わせるべきではなかったのかもしれない。
「まあ、ゲームでも、学校で初めて会うんだけどさ」
ルキナには、こうなることが予測できなかったわけではない。
『りゃくえん』では、イリヤノイドは、このクリオア学院に入学直前に、姉がいると教えられる。そして、入学後、編入してきたユーミリアと初めて顔を合わせるのだ。彼にとってみれば、突然現れた半分血の繋がった姉。簡単に受け入れられるわけがない。
しかし、このイリヤノイドは、ユーミリアが記憶を取り戻してアイス家に乗り込んだ後すぐに、ユーミリアが姉だと教えられている。既に、姉の存在を知ってから、十年近く、経っている。いくら一緒に住んでなかろうと、二人の関係性は安定してきているものだろう。
ルキナは、ゲームの設定を知っていたが、大丈夫だろうとふんで二人を引き合わせたのだ。でも、やはり、もう少し考えるべきだったかもしれない。
ルキナが頭を抱え、シアンが複雑な面持ちで見つめ合う姉弟を見守っていると、唐突に二人が声を発した。
「ルキナ先生を狙ってるの?」
「シアン先輩を狙ってるんですか?」
ユーミリアとイリヤノイドが同時に口を開いた。完璧にはもる。ルキナとシアンにはちゃんと聞き取れなかったが、本人たちは互いの言っていることを理解したらしい。険しい顔でにらめっこしていた二人は、ふいに表情が柔らかくなる。
「姉さん!」
「マイブラザー!」
ユーミリアとイリヤノイドがハグをする。
「「え?」」
シアンとルキナは意味がわからず驚きの声をあげる。たしかに、さっきまで仲が悪そうに見えた。異母姉弟なのだから最初はこんなものだろうと思っていた。だが、ユーミリアとイリヤノイドは、ハグを終えると、互いに手を出して握手を始める。二人は、互いのターゲットが違うと理解し、協力し合うことにしたらしい。顔を見合わせ、両者の健闘を祈る。
「うっわ。高速攻略」
ルキナはユーミリアのヒロインとしての品格を目の当たりにした気分になった。イリヤノイドがユーミリアを「姉さん」と呼ぶときは、彼女を認めたときだ。イリヤノイドは心を開いてくれるまで時間のかかる難しいキャラだ。そんなイリヤノイドを、ユーミリアは一瞬のうちに攻略してしまった。イリヤノイドがユーミリアに恋愛感情を抱いているわけではないようだが、これで、ユーミリアはまだ物語のヒロインなのだと証明されたのようなものだ。攻略対象のほとんどがルキナの取り巻きになっていない状態で、シナリオ通りに進んでないとはいえ、ユーミリアは彼らを攻略できるようだ。これは手強いライバルだ。
「むぅ…これはもう、ゲームとは違う出会い方をさせるしかないわね」
ルキナは苦しそうに言った。おそらく、ゲームのシナリオ通りに進んだ時、ユーミリアのヒロインとしての運命の力が最も強く作用する。それならば、攻略対象たちとの出会い方を変えるのが今できる最大の妨害だ。
「シアン」
ルキナがシアンの方をチラリと見る。
「…わかりました」
シアンは渋々頷いた。ルキナがシアンに何を言いたいのかすぐに理解したようだ。シアンは、ルキナからある程度情報を得ている。それには、ヒロインと他キャラの出会い方も含まれる。だから、ルキナの協力も可能だろう。
(シアンは優秀で助かるわ)
シアンは一を聞いて十を知ることのできる人間だ。何も言わなくても、たいていの場合、ルキナの望んでいることを察してくれる。
「ルキナ」
ふいに、誰かがルキナの名前を呼んだ。声がした方を見ると、ノアルドがこちらに向かって歩いているところだった。
(いきなりピーンチ)
ルキナは、ユーミリアとノアルドの出会い方を思い出す。ノアルドは、ルキナとユーミリアが話しているところに登場する。学校で迷子になったユーミリアがルキナに道案内を頼み、そこでルキナとノアルドのラブラブっぷりを見せつけられるという筋書きだ。それはつまり、少し状況は違うとはいえ、今、この状況が、ユーミリアとノアルドの出会いの再現ということになる。
(まずいまずいまずい!ちょうど今これを避けようっていう話をしてたのに)
ルキナは混乱した状態で、シアンの方を見た。シアンも焦った表情をしている。この事態の危険性を理解しているようだ。だが、ルキナもシアンも焦りすぎて動けない。
「ルキナ、今日も可愛いですね」
ノアルドがルキナの髪を一束手にとり、髪にキスをする。シアンがいるのに気づいて、イチャイチャするフリをしてくれているのだ。ルキナとの関係にちょっとしたいざこざがあって、気まずい空気もあったのに、ノアルドはルキナのために協力してくれているのだ。ノアルドは本当に優しい男だ。ありがたい。が、今は違う。今だけは絶対に違う。傍から見ているシアンも、顔面蒼白になっている。
(ひゃーーーーーっ!終わった。まじ終わった。はいはい、終わった。終わりました!やっぱこれ一巻の終わりってやつよね。世界の終わりね。人生の終わりね。あっちゃー、やっちゃいましたわ。ルキナ・ミューヘーン、十六歳、早々に二度目の人生詰みました!いやー、呆気なかったわ。あははー、さようならー。…ああ、短かったけど、良い人生だった……がくっ)
ルキナは笑顔のまま表情を固めて、脳内をフル回転させ、最終的に死亡した。これまでにないくらい頭の中は回転しているのに、何も解決策は思いつかない。
「触るな、○○(自主規制)が」
背後から、低く、重い声が聞こえてきた。聞いたことのないどす黒い声だったが、ユーミリアの声だ、ルキナは、ユーミリアが誰にも聞かせられないような侮辱の言葉を使ったと確信した。ルキナは、ばっと振り返り、ユーミリアの方を見る。ユーミリアはおそらくノアルドに向かって言ったのだ。相手は王子。ノアルドに聞かれていたら、ただじゃすまない。
「ルキナ?」
ルキナがユーミリアの顔を見つめていると、ノアルドがどうしたのかと尋ねてきた。幸い、ノアルドの耳には届かなかったようだ。
「いえ、なんでもないですよー」
ルキナは笑ってごまかす。
(何してんのよ、ユーミリア)
ルキナはノアルドに笑顔を向けたまま、心の中でユーミリアに文句を言った。ノアルドに対して暴言を吐いたユーミリアだったが、平然な顔をしていた。そんな彼女を注意したのは、意外にも、イリヤノイドだった。
「姉さん、そういう言葉は使わない方が良いですよ。ルキナにまで聞かれたら…。」
「そうね。気を付ける」
こちらも意外なことに、ユーミリアが素直に頷いた。再会の瞬間は、一発触発の雰囲気をかもしだしていた二人だが、今はお互いに、密かに協定を結んだ相手の言葉は真摯に受け止めるようにしている。二人、それぞれ別の人を大切に思っているので、互いに邪魔をするために動くわけがないのを知っているからだ。
「あれ?そちらの方は…」
ノアルドが、イリヤノイドと話しているユーミリアに気づいた。ルキナは、はっとして、ノアルドからユーミリアを隠そうと体の位置を少し動かした。もう手遅れなのはわかっていたが、動かずにはいられなかった。
「ユリア・ローズさん」
ノアルドが思い出したように、ユーミリアの芸名を口にする。ルキナは体の動きをピタリと止めた。
「有名な方が編入されたと聞いていましたが、あなたでしたか」
ノアルドはユーミリアにもう会ったことのあるような口ぶりだ。ルキナはまさかと思って、知り合いなのか尋ねた。
「国事行事…私も参加したイベントで、ローズさんが歌を歌ったんですよ」
ノアルドが説明する。ユーミリアと顔を合わせて話もしたそうだ。それを聞いて、ルキナは心の底からほっとする。ユーミリアの編入前に、二人が知り合っているなら、確実にゲームとは違う出会い方をしているということだ。
(ん?でも、そうすると、ユーミリアがもうノアルドのことを攻略しちゃってる可能性もあるんじゃ…?)
ルキナは、ノアルドが自分に愛の告白をしていたことをすっかり忘れてしまっている。自分の知らないうちに事態が悪化していないか、心配になる。
「やいてくれてるんですか?」
ルキナが険しい表情を見せたので、ユーミリアに嫉妬しているとでも思ったらしい。ノアルドが嬉しそうに言う。
ルキナとノアルドが話していると、「私は知りません」とユーミリアが強く言い放った。
「私はユリア・ローズではなく、ユーミリア、ユーミリア・アイスです」
ユリア・ローズもユーミリア・アイスも同一人物なのだが、本人は別人だと言う。
(いやいや、そんなの信じないって)
ルキナはユーミリアの話を聞いて呆れる。ユーミリアがなぜノアルドにユリア・ローズであることをバレたくないのかは知らないが、随分と無理のあることを言う。
「すみません。知ってる人とよく顔が似ていたもので…。」
そして、騙されるノアルド。どうやら騙されたフリではなさそうだ。ノアルドは人が良すぎる。騙す方も騙す方だが、騙される方にも問題がある。ルキナは、じとっとユーミリアを見る。
「きゃっ、先生、そんなに見たら照れちゃいますぅー」
ユーミリアが顔を赤く染めて、両手で顔を覆う。
「先生?」
ノアルドが、なぜユーミリアはルキナを先生と呼ぶのか尋ねる。今度は、ユーミリアが小説家のことを話してしまうのではないかとハラハラする。
「先生は先生です」
ユーミリアはそう言って押し切った。具体的な理由を言わなかったが、ノアルドは「そうですか」と言ってその答えに満足している。ルキナは、ノアルドがちゃんとした答えを聞けるまでしつこく質問をするような人でなくて、ほっとする。
「アイスって…もしかして、イリヤノイド君の…」
「姉です」
ノアルドが、ユーミリアとイリヤノイドの姓が同じであることに気づいた。髪色も同じなので、ユーミリアの自分たちは姉弟なのだという言葉をすぐ信じた。
ユーミリアは、イリヤノイドの肩に肘を乗せて、仲の良い姉弟を演出する。
「男の子なんだから、もっと身長伸びても良いんじゃない?」
「余計なお世話!」
イリヤノイドが、ユーミリアの腕をどける。
「もしかして、声変わりもまだだったりして…」
「成長期はこれからなんです!」
ユーミリアとイリヤノイドは、まるでずっと前から仲良しだったように見える。
「私たち、これから学校を回るんですけど、ノア様はどうされますか?」
ルキナがノアルドに尋ねると、ユーミリアが嫌そうな顔をした。ノアルドが一緒に来ることになったら、彼がルキナのそばに居座りそうだ。ユーミリアは、ノアルドがルキナの婚約者であることも承知している。ユーミリアにとっては、ノアルドは邪魔者ということになる。
(協力っていう概念はどこに行ったのかしら)
ルキナは、ユーミリアのノアルドをのけ者にしようとする態度に違和感を感じる。相手がノアルドなのでさほど怒ることでもないし、ノアルドの中でのユーミリアの印象は悪くなっているので、ある意味ルキナの協力をしているようにも取れるので、咎めることはしない。だが、もし、まだまだ攻略に程遠い人物との接点を邪魔されたなら、文句を言っただろう。
「お誘いは嬉しいのですが、この後、用事があるので」
ノアルドはルキナの誘いを断った。ユーミリアが嫌そうな顔をしたからというわけではなく、もともと予定があったようだ。ユーミリアが嬉しそうな顔になる。
「王子様はお忙しいのですね」
ユーミリアが満面の笑みを見せる。
「ん?はい」
ノアルドは、ユーミリアの上機嫌の理由がわからず、首をかしげる。
「それじゃあ、行きますね」
ノアルドは、全員に別れの挨拶をし、最後にルキナの頭をポンポンと撫でて去っていった。
「私は子供じゃありませんよ」
ルキナがノアルドの背中に向かって言う。ノアルドは手をひらひらさせて歩いていく。
「…あの男…許さない…!」
ユーミリアが怒りに顔を歪ませる。さっきの上機嫌はどこへやらだ。




