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距離を縮める時デスケド。

「良いんですか?こんなにもらってしまって」

 一通り、キーシェルとの別れの話を終えると、ロリエがキーシェルのために用意していた服をルキナにくれた。グンテがシアンを連れてどこかに行ってしまったので、その間、ルキナは双子の知り合いがいるのだという話をした。シュンエルたちと同じ双子の兄妹だと言うと、ロリエは男の子用の服を引っ張り出してきた。そして、ロリエは、お下がりとして持って行くように言った。

 たかが服といえど、キーシェルとの思い出が詰まった品物のはずだ。それを簡単に手放そうとするロリエに、ルキナは疑問を覚えた。

「着ないのにとっておいても意味がないですし、捨てるよりは…。」

 ロリエは少し寂しそうに言った。できれば手元に残して置きたいようだが、それでは服が劣化するだけで、何の意味もない。だから、せめて他の誰かに着てもらった方が良いと考えたのだ。

「そうですよね」

 ルキナは、ロリエの考えが理解できた。これがロリエなりの整理のつけ方なのかもしれない。

「でも、やっぱり、いくつかは残しておいた方が良いんじゃないですか?キーシェル君が気に入って着ていたものとかだけでも」

 ルキナが進言すると、シュンエルもそれに賛成した。ロリエは二人におされる形で、袋から詰めてあった服を取り出した。

「ミューヘーン様のお知り合いの双子ちゃんは何歳ですか?」

 ロリエが小さな服を手に取って尋ねる。キーシェルが着ていた服全てがここにあるので、サイズも様々だ。

「もうすぐ初等学校に入るって言ってたので、六歳くらいだと思います」

「そうなると、このあたりの服はもう小さいかもしれませんね」

 ロリエが小さな服を取り除いていく。これらの服は、キーシェルが三、四歳の頃に着ていた服だそうだ。たしかに、とても小さく見える。

「子供の成長は早いものですよね」

 ロリエがしみじみと言った。

「生まれた時は男の子だったんです。本当に小さくて、可愛くて。初めて抱っこした時は、この子が私たちの子供なんだって感動しちゃって。オレンジ色の髪の毛だったのは驚きましたが」

 ロリエがふふっと笑う。当時のことを思い出したのだろう。シュンエルが兄の服を物色する手を止めた。母親が自分たちが幼い頃のことを話すのは珍しいので、このチャンスを逃すまいとする。

「一歳になる頃に、突然、キーシェルの体が女の子に変わったんです。顔も体もそっくりなのに性別が変わってしまって。男の子だと思っていた子供が、実は女の子で、今まで勘違いをしていたんじゃないかって思いました。でも、やっぱり、おかしいからって、病院に連れて行ったら、寄生妖精だと診断されて…この子たちは特別な双子なんだって。キーシェルがいつかいなくなってしまうことを知って、悲しくはなったけど、私たちのところに、素敵な子供たちが来てくれたことが嬉しかったんです」

 ロリエがシュンエルの頭をなでた。シュンエルは照れくさそうにうつむいた。

 キーシェルが自分たちの子供でいてくれる時間は限られている。だから、その時間を少しも無駄にしないように、精一杯の愛情を注いだ。

「キーシェルにばかり意識がいっちゃって、シュンエルのことはあんまり構ってあげられなかったかもしれません」

 ロリエがシュンエルの頭をなでるのをやめた。

「この子が、全寮制の遠い学校を選んで進学したのは、私たちと一緒にいるのが嫌だったからなんじゃないかって考えたんです。キーシェルのことを隠してたりしたから、信用をなくしちゃっただろうし。隠してたのはシュンエルのためを思ってのことだったけど、それが逆効果だったみたいだし」

 シュンエルは、キーシェルのことを知らされなかったために不便をしたという話をしていた。ロリエは、過去の選択を後悔しているようだ。

「違うよ」

 ロリエの考えを否定したのは、他でもなく、シュンエルだ。

「違うよ、お母さん。私は、もともとクリオア学院に行きたいって思ってたし、お母さんたちと住むのが嫌で全寮制の学校を選んだわけじゃないよ。たまたま王都の学校だったっていうだけで」

 シュンエルはロリエを安心させようと、ゆっくり言葉を選びながら話す。

「そうよね、ごめんね」

 ロリエがまたシュンエルの頭を撫でた。ロリエは不安を感じていた。初めての子育てで、右も左もわからない。そんな状況で、子供が何を考え、思っているのか知ろうとしなくてはならない。いくら自分の子供といえど、互いに考えていることを全て共有できるわけじゃない。あくまで個人対個人なのだ。話さなければ何も伝わらないし、努力をしなければ家族という関係は崩れていってしまう。ロリエは、シュンエルの気持ちをくみ取ってあげきれないことを悔しく思った。

 ルキナたちが、服の仕分けを再開していると、シアンとグンテが帰ってきた。皆、二人がどこに行っていたのか気になったが、二人とも答えようとしなかった。代わりに、シアンがシュンエルに連れて行きたいところがあると言った。

「えっと…どこですか?」

 シュンエルは少し警戒した態度を見せる。この地に関しては、シュンエルもそれなりに詳しい。それなのに、わざわざシアンがすぐ近所に連れて行くとは考えにくい。シュンエルは、変なところへ連れて行かれるのではないかと疑っている。

「キールがいつも遊んでいた山に行ってみませんか?」

 シアンは、そう言って、どこに連れて行くつもりなのか明かした。シュンエルは「わかりました」と短く答え母親から離れた。

「私も一緒に行っても?」

 ルキナは、シアンたちが玄関から外に出ようとしたところで声をかけた。シアンは首を縦に振って答えた。

 外に出ると、シアンが山に向かって歩き始めた。シュンエルはなぜか不機嫌そうで、ずっと黙っている。ルキナは、シュンエルが素直に話相手になってくれなさそうだと思い、シアンの横に移動した。

「シュンエルパパと何してたの?」

 シュンエルに聞こえないように、シアンに話しかける。声は小さくしているが、シュンエルはすぐ後ろにいるので、もしかしたら聞こえているのかもしれない。

「話をしていただけですよ」

 シアンは、背後の空気が重いのを感じて、話しづらそうにする。

「何を話したの?」

「シュンエルさんにキールのことをいっぱい教えてあげてほしいって言われました。親の口から話すのには限界があるからって」

「だから、あの洞窟に行くのね」

 ルキナは、シアンとキーシェルの思い出の場所にシュンエルを連れて行くのだとすぐに理解した。シアンは、キーシェルに会えなくなってから、あの洞窟に一人で行っていたくらいだ。二人にとって大切な場所なのだろう。そこへシュンエルを連れて行くことに意味があるのかはわからないが、シアンは、キーシェルのことを教える場所として、洞窟を最適だと判断したらしい。

「よくわかりましたね」

「そりゃあ、シアンのことだもの」

 シアンが感心している。ルキナも、自分で感心するくらいに頭の回転が速いと思ったので、調子に乗り始める。

「シアンの考えてることなんてお見通しよ」

「ついこの前は通じ合えないって話してたのにですか?」

「一瞬で進化したのよ」

「では、今、僕が考えてることは何だと思いますか?」

 シアンの問題に答えるため、ルキナは咳払いを数回した。

「お嬢様可愛いなー」

 ルキナがシアンの声に似せようと声を低くした。しかし、全然似ていない。シアンが不快そうな顔をする。

「違いますし、似てません」

 シアンがはっきりと否定する。

「じゃあ、何て考えてたのよ」

 ルキナがニヨニヨしながら尋ねると、シアンはスンっと冷たい顔になって、「言いません」と言った。

「僕の考えてることがわかるみたいなんで、言わなくても大丈夫ですよね」

「えー。わかんない。ほら、言いなさいよ」

 ルキナは、シアンの腕を肘で小突く。シュンエルは、後ろから、二人がじゃれているのを見ていた。

「お二人は本当に仲がよろしいのですね」

 シュンエルに話しかけられたので、ルキナは後ろを振り返った。シュンエルは無表情で、まるで皮肉を言っているかのようだ。

(笑わないで言われると、裏があるのかと思っちゃうわ)

 ルキナには、シュンエルが表情を硬くしている理由がわからない。シュンエル本人は、含みの無い発言のつもりだったのかもしれないが、聞き手からすると、素直に受け取って良いものかためらわれる。

 山に到着すると、シアンがやはり道案内をするように先頭を歩いた。シアン一人の時は険しい道を使うが、今は女の子が二人もいる。時間はかかるが、歩きやすい道を選んで進む。そうして黙々と山登りを続け、目的地に到着した。

「…ここですか?」

 シュンエルは、洞窟の暗い入口を見て、困惑する。

「入ってみればわかるわよ」

 ルキナがそう言うと、シュンエルは覚悟を決めて洞窟の中に入って行った。ルキナはその後に続く。しばらく四つん這いで進み、広い場所に出るまで移動した。ちらほらと緑色の光が見えてくる。

「どこまで進みますか?」

 シュンエルが、四つん這いをやめて立ち上がった。この奥もまだ四つん這いでなら進めそうなので、シュンエルは目的の場所はまだ先なのか尋ねた。

「ここです」

 ルキナの後ろから、シアンの声が聞こえてきた。ルキナが狭い通路から離れると、少し遅れてシアンが顔を見せた。少し広めの空洞になっているとはいえ、三人も入ると少し窮屈だ。

「その場に座って上を見てみてください」

 シュンエルは、シアンに言われるままに地べたにお尻をつけ、上を見た。

「わぁ…。」

 シュンエルが感嘆の声をもらした。ルキナもシュンエルの隣に座って、上を見る。久しぶりに見たが、やはりとても良い景色だ。緑色の無数の石が淡く光ってる。石の形もサイズも様々なので、本当に星空を見ているかのようだ。

「兄がここに…。」

 シュンエルが呟いた。

「素敵な場所ですね」

「ここは、キールが教えてくれたんです」

 シュンエルはこの場所を気に入ってくれたらしい。天井から目を離さない。そのことに気を良くしたシアンは、キーシェルとの思い出を話し始めた。

「僕が家出をして、一人でいるところに、キールが来て。山の中での遊び方を教えてもらいました。その時、ここのことも教えてくれたんです」

「山登りが速すぎる男の子がいるって話、聞いたことがあったんです。でも、それが誰かまでわかりませんでした。まさかそれも兄だったとは」

「たしかに、キールは山登りが得意で、すごく速く頂上にいけるんですよ」

 シュンエルは、キーシェルの噂は聞いたことがあったらしい。噂の主役がシュンエルの兄にあたる人だとは思わなかったので、特別興味などなかったが。

「私は知らなかったけれど、兄はずっといたんですね。ここに」

 こうして、キーシェルが行って場所を訪ねることで、彼の存在を感じている。シュンエルは今、どんな顔をしているのだろう。暗闇に目が慣れてきたが、ルキナの目にはシュンエルの表情までは見えない。

 ルキナは、シアンとシュンエルに挟まれて上を見続けた。いつまでここにいるのだろうか、などと考えていると、シュンエルが静かに話し始めた。

「私、本当はこの村から早く出て行きたかったんです。みんな私のことなんか見てなくて、兄を私に重ねて見ていました。キーシェルはどうしたの?ってことばかり聞かれて、誰も私のことなど気にしてなかったんです。あの頃の私は、キーシェルという人のことが、会ったこともないのに大嫌いでした。だから、早くここから離れるために、たくさん勉強をしました」

 シュンエルは、クリオア学院に行くことを決めたのは、この地から離れるためだったと言う。特待生になって奨学金をもらえるように勉強したのも、親を説得して、学院に入学を決めるためだった。

「でも、無駄だったみたいです。兄は、ずっと私のことを考えてくれていたし。両親だって。あの人たちのことは悲しませてはいけないと思いました。兄のためにも、あの学校に行くのは間違いだったのかもしれません」

 シュンエルが悲しいことを言うので、ルキナは「それは違う」と否定した。

「努力を無駄だったみたいなことを言ってはだめよ。理由はどうあれ、あの学校の特待生になったのはあなたが掴んだ道なんだから。クリオア学院に入学したことを後悔しても、努力したことを後悔しては駄目よ。違いわかる?」

 シュンエルが正直な心を話してくれているのだということはわかった。だが、ルキナには、その全てをただ受け止めるということができなかった。シュンエルがクリオア学院に通っていることを後悔していると言うので、口を挟まずにはいられなかった。たしかに、シュンエルがクリオア学院の寮に入ることで、両親はキーシェルとの最期の別れの挨拶を満足にできなかった。シュンエルは、責任を感じてしまっている。

「なんとなくですが。ミューヘーン様が私のことを大事に思ってくださっているっていうことは」

 シュンエルは、ルキナのまとまらない言葉をなんとなく理解してくれた。ルキナは、なんだか嬉しくなる。

「あらやだ。そんなふうに直球で言語化されちゃうと照れちゃうわ」

 ルキナは冗談を言うことで照れ隠しをする。

「大丈夫ですよ。ここを出たいと今は思ってません」

 シュンエルが「今は」を強調して言った。ロリエが、クリオア学院を選んだ理由について話していた時、シュンエルはロリエの考えを否定した。本当は、その見解は正しかったのに、だ。でも、シュンエルは嘘をついたわけではない。なぜなら今は考えていることが違うからだ。シュンエルは、両親やこの地から離れるためにクリオア学院に通い続けているわけではない。

「それに、今の私があるのは、あの学校を選んだからだとわかってます。過去の決断がなければ、ミューヘーン様とも会えなかったわけですから、後悔ばかりの選択ではないと思ってますよ」

「もうっ!私を照れさせて殺す気!?」

 ルキナは逃げるように洞窟から出た。明るいところに急に出ると、しばらく視界が悪くなる。明るさに目が慣れて、自分の服を見ると、泥で汚れていた。ルキナは、軽く泥を払う。

「ミューヘーン様、待ってください」

 シュンエルがルキナを追って洞窟から出てきた。

「シュンエルさん、はい」

 ルキナは、四つん這いのシュンエルに手を差し出した。シュンエルは感謝の言葉を述べながら、ルキナの手を取った。

「シュンエルさん…ううん、シュンエルちゃん、私のことは名前で呼んでくれた嬉しいわ」

 ルキナの手を借りて立ち上がったシュンエルに、ルキナはニコリと笑いかける。シュンエルは、ルキナとの距離を縮めることができて、嬉しそうな反応をする。

「もちろん、喜んで。ルキナ様」

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