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頼りたくなかったんデスケド。

「…シアン、二人を紹介して」

 結局、シアンに仲介してもらって、ベルコルとチカとちゃんと知り合いになった方が良いという結論に至り、シアンにそのことをお願いした。シアンはそのことを了承した。

「今日は、この後授業ないでしょ?一回寮に戻るわ。肌、悪くなっちゃうからケアしないと」

 イメチェン作戦が失敗したので、ギャルのままでいる意味はない。ルキナはシアンと別れて寮に向かう。その途中、タシファレドとすれ違った。

「あれ?ルキナ嬢、泣きました?」

 タシファレドがルキナの目が少し腫れていることに気づく。

「よくわかるわね」

 ルキナは苦笑いをする。たしかにさっき、シアンに二つの作戦が失敗に終わったと報告した時、情けなくも泣いてしまった。水で簡単に落ちるメイクだったので、泣いた後に顏は洗って、メイクで顔が汚れているわけではない。目の腫れだけでタシファレドは目ざとくルキナの変化に気づいたのだ。

「ロット様をなめてもらっては困りますよ」

 ハイルックが飛んできた。今日もハイルックはタシファレドについて回っているようだ。二人は学科が違うので、ハイルックもタシファレドにつきまとうのはなかなか苦労しそうだ。

「何くっついてるのよ!」

 次はアリシアが飛んできた。ハイルックはどさくさに紛れて、タシファレドの腕に抱きついていた。そのハイルックに飛び蹴りを食らわせる。あんなに見事な飛び蹴りはルキナも見たことがない。

「うっわっ!」

 ハイルックがタシファレドから手を離さなかったので、蹴り飛ばされたハイルックと一緒に、タシファレドも倒れる。地面に倒れたタシファレドは痛そうに顔をしかめている。

「たっちゃん、浮気はめっだよ」

 アリシアはタシファレドの胴をはさむように仁王立ちをし、ニッコリ笑う。

「浮気も何も、お前とは何ともなってないんだよ、この暴力女が」

 タシファレドがアリシアを睨む。女の子にはスマートな対応を心掛けている女たらしだが、アリシア相手にはそうはいかないようだ。かなりペースが乱されている。

「そこで寝転がってると邪魔になるわよ」

 ルキナが男子二人に早く立ち上がるよう言う。

「アリシア、早くどけ」

 タシファレドがずりずりと体を引きずってアリシアの脚の間から抜けようとする。アリシアが邪魔でタシファレドは起き上がれない。アリシアは脚をきゅっと閉じ、タシファレドが身動きできないように挟み込む。

「ちょっ、アリシア!」

 タシファレドがやめるよう訴えるが、アリシアはさらに脚に力を入れる。タシファレドとアリシアは男女という性別の違いと体格差があるが、アリシアの方が自分の体の動かし方をよく熟知している。近接戦闘ではアリシアの方が有利だ。この体勢では、タシファレドはアリシアの脚から抜け出せない。

「たっちゃん、昔みたいにさ」

 アリシアがしゃがむ。タシファレドのお腹の上に座るような形になる。

「アリシャって呼んでよ。そしたら、どいてあげるよ」

 アリシアがタシファレドの顔をまっすぐ見て笑う。タシファレドはその顔にぞっとしながら逃げ出そうと暴れる。しかし、アリシアは小さな女の子とは思えないほどびくともしない。

「ハイルック!」

 タシファレドは頼みの綱である男の名を呼ぶ。普段はうっとうしいだけだが、こういう時は頼りになる。

「ロット様!?」

 ハイルックがタシファレドの呼びかけに応えて飛び起きた。さっきまでうんともすんとも言わなかったのは、アリシアの蹴りで気絶していたかららしい。

 ハイルックは、タシファレドを助け出そうと、アリシアをどかす動きに入る。

「ちょっと、触らないでくださいっ」

 アリシアが抵抗する。三人で騒いでいると、近くを通った人が見て見ぬふりをして通り過ぎて行った。ルキナは変に注目をあびていることに気づき、自分は逃げることにした。

「…ごめん、私、行くね」

 ルキナまでこの変態たちの仲間と思われては嫌だ。ルキナは足早にその場を離れる。

 その後は、変な人たちに絡まれることはなく、女子寮にたどり着いた。自分の部屋に行き、化粧をちゃんと落として、新しい制服に着替えた。もう私服に着替えても良かったのだが、この後食堂に行って、目立つのは嫌だ。皆、制服を着ているのに、自分だけ私服というのはなかなか恥ずかしい。

 身支度を改めて整えると、寮を出て食堂に向かう。お腹がペコペコだ。

「お嬢様、何も言わず、頼まれてください」

 寮を出て数十秒しか経っていないところで、シアンが声をかけてきた。シアンがこんな女子寮の近くにいるのがそもそも謎だし、なぜか大きな荷物を持っている。

「は?」

 ルキナは意味がわからず、説明を求める。しかし、シアンは答えない。

「これを女子寮の入り口にある机に置いておいてください」

 シアンは、ルキナが戸惑っているのも無視して話を進める。そして、持っていた冊子の束をルキナに押し付けるように持たせる。

「え、ちょっ、重っ!」

 ルキナは勢いに圧されてつい荷物を持ってしまったが、かなり重い。シアンは力があるからこのくらいの荷物もたいしたことはないのだろうが、ルキナにはきつい。

「それが終わったら生徒会室に来てください」

 シアンに荷物を押し返そうと思ったが、シアンは言いたいことだけ言って走っていってしまった。本当に意味がわからない。

「待ちなさい!なに私をこき使ってるのよ!」

 せめて説明があったら良かったのに、シアンは何も大事なことは言わなかった。ルキナは文句を言うが、シアンは聞いていない。すごいスピードで走り去ってしまって、もう姿は見えない。

「なんなのよ」

 文句を言うのは後回しにし、寮に向かって歩き始める。重すぎて腕がちぎれそうだ。早く置きに行きたい。でないと、もう手が限界だ。

 ルキナは何も知らない冊子の束を抱えて女子寮に戻る。シアンの言うように、入口に机がある。ルキナは急いでそこに荷物を載せる。

「ふぅ…。」

 ルキナは軽くなった腕を曲げ伸ばしする。こんなに重い荷物を持ったのは実に何年ぶりだろうか。

「クラブ紹介?」

 ルキナは自分が持たされていた冊子の正体をようやく確かめることができた。端の方に生徒会と書かれている。生徒会が用意した冊子のようだ。中には、この学校のクラブの紹介文がずらりとならんでいる。

「で?生徒会室に行けば良いんだっけ?」

 ルキナは独り言を呟く。シアンにいきなり仕事を押し付けられたので腹は立っている。文句を言いに行ってやるくらいのつもりで寮を出る。

 生徒会室のある中央塔にはいろいろな行き方ができる。あまり外を歩きたくはないので、一番近い東館から入って中を通って生徒会室を目指すことにする。静かな廊下を一人で歩いていると、向こう側から金髪の男子生徒が歩いてきた。少し近づくと、目が青いこともわかる。この特徴をもつ知り合いは二人しか知らない。

「ミューヘーンさんですか」

 第一王子のルイスだ。ルイスとノアルドはよく似ており、兄弟なのだということがすぐにわかる。しかし、性格は似ても似つかない。ルイスは自分の意見を強くもてない性格で、いつも自信なさそうに見える。一方、ノアルドは常に自信に満ち溢れている。ルイスの方が兄なので、最も王位に近い人間だが、世間はノアルドの方が優秀なのだから、ノアルドが王になるべきだと噂しているほどだ。ルイスは人の上に立てる人間じゃないと言う者がいる。でも、ルキナはルイスは王様になっても大丈夫だと思っている。なぜなら、ルイスは実はドSだからだ。ルイスも『りゃくえん』の攻略対象の一人で、隠れSキャラという設定が与えられている。親密度が上がると、Sな面も見せてくれるようになる。

「私の顔に何かついてますか?」

 ルキナはぼーっとルイスの顔を見つめすぎていたらしい。ルキナは慌てて謝る。

「最近、ノアルドとは…その、どうですか?どうですかって変な質問ですかね…えっと…仲良くやってますか?」

 ルイスの問いにルキナはどう答えるものかと悩む。ルキナはろくにノアルドと話せない。仲が良いなんて言えっこない。でも、仲が悪いなんて言ったら、それは大げさだし、ルイスも困るだろう。

「まあ、ぼちぼちってところですね」

 ルキナは言葉を濁してはっきり回答するのを逃げた。ルイスは「そうですか」と小さく笑う。

「リュツカ君は…。」

 ルイスが何かを言いかけて言うのをやめた。

「シアンが何か?」

「いえ、なんでもありません。失礼します」

 ルキナが続きを促しても、結局、ルイスは最後まで言わなかった。ルキナは不思議に思いながらも、たいしたことではないのだろうと思い、気にするのはやめた。

 ルイスと別れ、生徒会室に向かう。生徒会室の前に行くと中から声が聞こえてくる。

「生徒会のこと、考えてくれた?」

 ベルコルの声だ。笑い声も聞こえてくる。ドア越しなのであまりちゃんと聞き取れない。

「入ります」

 シアンもいるようだ。シアンがここに呼んだのだからいてもらわないと困るのだが。

 ルキナはドアノブに手をかけて、ドアを開ける。

「本当かい!?」

 ベルコルがシアンの手を掴んで目を輝かせている。

(え、まじか。そういう感じ?)

 ベルコルとシアンが手を取り合って見つめ合っている。シアンはこれを見せたかったのだろうか。

(それはないか)

 シアンは驚いていて、愛し合っている二人という雰囲気ではなさそうだ。

「あのぉ…。」

 ルキナは二人に気づいてもらえるように声をかける。ベルコルが何の用か問いたげにルキナを見る。シアンは、ルキナの顔を見て、慌ててベルコルから手を離した。

「紹介したい人がいるんです」

 シアンがルキナの傍に寄って言った。ベルコルは「リュツカ君の紹介する人なら」と言いながら、ルキナのことをまじまじと見つめる。

「ルキナ・ミューヘーン様です。クラブ紹介の冊子の設置を手伝ってくださったんです」

 シアンがルキナを手で指し示して紹介する。ルキナはそれに合わせて頭を下げる。シアンはさっそくルキナとベルコルを繋ぐ仲介人になってくれたようだ。

(このためにあの仕事を押し付けたのね)

 どうやらシアンはベルコルの生徒会の仕事を手伝っていたようだ。それにルキナも巻き込んだのだ。こうしてルキナをベルコルに紹介するために。ルキナはやっとシアンの考えを理解した。そういう理由があったのなら、シアンを怒るのはやめておこう。

「本当ですか、ありがとうございます」

 ベルコルがルキナに頭を下げてお礼を言う。さっきギャルの恰好を叱った時と態度が全然違う。

「もし、よろしければ、この方も生徒会に入れていただきたいのですが」

 シアンが勝手なことを言いだしたので、ルキナは驚いてシアンを見る。しかし、すぐにシアンの考えは理解できた。生徒会という同じ組織にいれば、ルキナもベルコルとの接点が増える。シアンなりに協力しようとしてくれているのだ。

「人数は欲しいところだし、ありがたいんですが、良いんですか?」

 ベルコルがルキナの反応を伺う。ベルコルはルキナを生徒会に入れても良いと考えているようだ。それにはルキナもびっくりする。

「逆に良いんですか!?」

 ルキナはついさっきベルコルに叱らたばかりだ。制服を着崩し、態度も悪かった。そんな生徒を生徒会に入れれば、生徒会の評判も悪くなるかもしれない。それなのに、ベルコルはためらう様子がない。

(もしかして別人だと思ってる?)

 化粧は落としたし、制服も元に戻っているので、ルキナの印象はかなり違うだろう。しかし、そんなに気づかないものなのだろうか。いくら他人の興味のないとは言っても、顔を正面から見たというのに。

(あ、違う。気づいてないふりをしてるんだわ)

 ルキナはベルコルのキャラ設定を思い出す。

 ベルコルは厳しい父のもとで育ち、バリファ家にとっての利益の有無でのみ動く人間となった。ミューヘーン家は第一貴族。ルキナと仲良くできるのなら、バリファ家にとっても都合の良いことだ。『りゃくえん』内でも、ベルコルはルキナがミューヘーン家の娘だから一緒に行動を共にしていると口にしていた。ベルコルは、メリットがあるからルキナと一緒にいたのだ。その価値観を変えたのが、他でもないヒロインなのだが、今はまだヒロインは現れていない。目の前にいるベルコルはまだメリットとデメリットで物事を判断する人間なはずだ。

 しかし、ルキナとベルコルは初対面。ベルコルはルキナの容姿を知らなかった。もし、あの時もルキナだとわかっていたのなら、ギャルの恰好をしていようが叱らなかっただろう。ルキナの中でのベルコルの印象が悪くなってしまう可能性があるから。でも、ベルコルはルキナを注意した。その過去は変えられない。ならば、なかったことにすれば良い。

(それならそれでいいわ)

 ルキナにとっても好都合だ。ベルコルが仲良くしようとしてくれているのなら、それはそれで嬉しいものだ。

(これだから貴族は厄介なのよ)

 ルキナは父親の影響で、あまり貴族同士の茶会やパーティに参加しない。だから、あまりこういう場に出くわしたことはないが、貴族には自分の家にとっての利益を考えて人間関係を構成する輩が多い。ミューヘーン家も大きな家なので、すり寄ってくる貴族はいくらでもいる。逆に言えば、それが嫌で、ルキナも、父親のハリスも、茶会やパーティには極力行かない。そういう場所で友達を作るのだと聞くが、学校に通うだけでこんなふうに寄ってくる者がいるのだから、もう充分だ。

「よろしくお願いします」

 ベルコルが頭を下げた。ルキナが生徒会に入ることを了承したと思ったのだろう。別に間違いではないので、ルキナもそれを否定するつもりはない。

 ベルコルの思惑に気づいてからは、彼との会話はうわべだけのやり取りという気がしてならない。でも、やるしかない。これも全てルキナの野望を叶えるためだ。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 ルキナはニッコリと笑い返した。

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