久々のデートデスケド。
「それでは行きましょうか」
一月最後の土曜日。ルキナとノアルドは校門前で待ち合わせをし、デートに出発した。王都を観光することにしているので、馬車は使わない。ルキナはノアルドと腕を組んで歩く。
「ノアルド様よ!」
「王子が歩かれているわ」
「では、あの方がルキナ様?」
王都に住む者ならば、ノアルドの顔は知っている。ノアルドは、噂されているのを気にも留めないで、堂々と歩く。ルキナは、そんなノアルドの横顔をじっと見つめる。
「ルキナ、どうかしましたか?」
ノアルドがルキナの視線に気づいて微笑む。ルキナはノアルドの笑顔を眩しく思いながら、ずっと気になっていたことを聞いてみるチャンスだと思った。
「どうしてデートなんですか?」
ルキナの問いに、ノアルドがきょとんとした。ルキナは、自分でも脈絡のない質問だと思った。
「えっと…私のお願いを聞いてもらうかわりにデートしてほしいとおっしゃったではありませんか。ノア様は簡単なことだと引き受けてくださいましたが、私は感謝していますし、お礼をすべきだと思っていました。だから、ノア様が望むのであればデートをするのもやぶさかではありません。ただ、こんなお礼で良かったのかと疑問に思っていまして」
ルキナが改めて質問し直すと、ノアルドは納得したように頷いた。ルキナが何を疑問に思っているのか理解してくれたらしい。
「心配しなくても、私にとって、デートがお礼になるんですよ。可愛い女の子を連れて歩けるなんて、ご褒美以外の何物でもありませんよ」
ノアルドが可愛いと言ったので、ルキナは少し顔を赤くする。生身のノアルドにそのようなことを言われるのは慣れていない。そういった耐性がないルキナは、こうも真正面に言われてしまうと、さすがに照れしまう。ルキナは、照れながら「タシファレドみたいなこと言わないでくださいよ」と茶化す。同じセリフでも、誠実そうなノアルドとチャラ男代表の女たらしファレドが言ったのでは全然違う。普段は滅多にこのようなことを言わないノアルドだからこそ、茶化していないとやってられない。
ルキナは自分の顔が熱くなっていることを自覚しながら、冷静さを保とうと、周りに視線を向けた。物陰からこそこそとノアルドの護衛と思われる複数人の人間がついてくるのを確認する。ルキナには誰が誰だか判別がつかないが、おそらくあの中にミッシェルもいる。
「気になりますか?」
ルキナがきょろきょろしていると、ノアルドが申し訳なさそうに言った。ルキナがノアルドの護衛に意識が向いていることに気づいたのだろう。ルキナは慌てて首を振る。
「守られている感あって安心しますよ」
ルキナが微笑むと、ノアルドはほっとしたような顔になった。
「普段はルキナはシアンと一緒にいますから、こんなふうに護衛は必要ないんですが、本来はルキナにも護衛はついているはずなんですよ」
「そうなんですか?」
「そりゃあ、王族の婚約者となると、いろいろな組織が命を狙ってきますから」
ノアルドが苦笑して「窮屈でしょう?」と言った。ルキナは「守ってもらってるのに窮屈なんて文句は言いづらいですけどね」と笑う。
「ルキナ」
不意にノアルドがルキナの名前を呼んだ。
「何ですか?」
ルキナは、ノアルドの顔を見て、どこかを見て驚いている顔をしているのを確認する。ノアルドの視線の先には、ひと際目立つ銀髪の頭が見えた。銀髪なんてそうそう存在しない。いるとすればシアンだけだ。
「いや、まさか。だって、今日はイリヤの勉強を見てあげるはずで。王都なんて来てる余裕ないはずです」
「ですよね…。」
二人は乾いた笑いをする。だが、その笑顔はすっと消えた。イリヤノイドなら、自分が受験生だろうが、息抜きと言ってシアンを王都を連れまわしていてもおかしくないと思えるのだ。残念ながら、銀髪頭はすぐに見失ってしまったので、真相を確かめることはできなかった。
そうこうしているうちに目的のスイーツ専門店に到着した。とてもオシャレで、見るからに新築であることは明らかだった。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。ご案内します」
店員がノアルドの顔を見るなり、二人を奥の部屋へと案内した。ルキナがあっけにとられていると、「完全予約制の個室があるんですよ」とノアルドがこっそり教えてくれた。聞けば、この個室は人気故に予約をとるのは大変なのだそうだ。予約は一か月前からすることができるのだが、ほとんどその日のうちに予約が全て埋まってしまう。
(ノア様はいつ予約したのかしら)
ルキナたちがこの店に来ると決めたのはほんの数日前だ。ノアルドが王族の権力を振りかざして予約をとろうとするなんてとても思えない。
(まさか一か月前に?)
ルキナは目の前に座るノアルドの顔を見つめる。デートに行くと決めたのも、デートの日取りを決めたのも、つい最近のことだ。もし一か月前に予約を済ませていたのなら、その時点ではデートをするかどうかも確定していない状態だった。
「ここなら周りの目も気になりませんし、良い感じではありませんか?」
ノアルドが笑う。外を歩いていると、ノアルドは市民の注目の的だし、護衛たちの視線も気になる。ノアルドは個室を予約しておいてちょうど良かったと言う。
(でも、私以外と来る予定だったかもしれないか)
ノアルドがスイーツのお店に行こうとしていたのが意外に思えたが、勝手なイメージを押し付けるのも良くないと、ルキナは心の中で反省する。
「こんなデート、今しかできないじゃないですか」
ルキナがぼんやりと考え事をしながらノアルドの顔を見つめていると、ノアルドがぼそりと言った。これは単に独り言というわけでもなさそうで、ルキナに聞こえるのが前提だったようだ。
「さっきの話です。なぜデートがお礼になるのか、という話。さっきも言いましたが、このデートは私にとって価値があるんです。だって、ルキナとデートなんて、今しかできないでしょう?」
ノアルドはにこやかだ。それに反して、ルキナの顔がこわばる。
「それは…?」
ノアルドが「今しかできない」と言うのは、ただ単に、この十代のうちにできるデートは今しか味わえない尊いものだと考えているからなのか、婚約破棄という未来もあり得る以上、この先デートはできないかもしれないと考えているからなのか。ルキナは、ノアルドがどういうつもりで言ったのか真意を確かめるように、じっとノアルドの表情を観察する。そんなルキナの重苦しい表情を見て、ノアルドがやや口角を下ろした。
「ルキナのお察しの通りですよ」
ノアルドは依然として微笑んでいるが、真面目な雰囲気もある。ノアルドの答えは、婚約破棄を理由としている、のようだ。
「やはりノア様は婚約を破棄なさるおつもりなのですか?たとえば、私の答えが出なくても」
ノアルドと婚約破棄の話をしたのは一度だけではないが、その度に、ルキナ次第だと言われてきた。ルキナが誰を好きで、婚約を破棄したいと思っているのか。その答え次第で、婚約破棄の話を進めようということをノアルドが言っていた。だが、今、ノアルドはもう婚約破棄をする気満々のような発言をしているように思える。
「ルキナに破棄したくないとおねだりされたら破棄はしませんよ。でも、きっとルキナは答えを出します。今すぐにとはいきませんが、きっと、必ずです。前にも言いましたが、愛のない結婚は好みませんから」
ノアルドは、ルキナの答えはもう決まっていると考えている。ルキナの答えは、婚約破棄に必ず繋がる。だから、この時間は終わりを迎えることになると覚悟している。
「もし、私の言葉がルキナに負担を与えているのなら、すみません。答えを決して急ぐ必要はないですし、私の予想通りの答えである必要もありません。ルキナが愛のない結婚を望むなら、それも甘んじて受け入れますよ」
ノアルドが、反応に困っているルキナを見守るように笑う。
「ノア様はどうして私にそこまで、時間とチャンスを与えてくださるのですか?」
ルキナには、ノアルドが優しすぎる気がしてならない。ノアルドは、自分の人生をルキナの選択に任せてしまっている。きっと、ルキナがどんな選択をしても、ノアルドは全てを受け入れる余裕がある。だが、ノアルドにそこまでしてもらう意味がない。優柔不断なルキナとの婚約など捨て去って、己の人生を歩むべきだ。最終的に、婚約破棄という結果が残るのだろうと予想しているのなら、なおさらだ。
ルキナが心底不思議そうに首を傾げていると、ノアルドが口を開いた。ルキナの質問に答えてくれるのだ。ルキナは、ドキドキしながらノアルドの答えを待った。
「簡単な話ですよ。私がルキナを好きだからです」
ルキナは、「友達として」という言葉がつくのではないかと身構える。変な期待をしてはいけない。ルキナはそう自分に言い聞かせて落ち着く。
ルキナは、一度ゆっくり深呼吸をし、もう一度ノアルドの顔を確認した。ノアルドは相変わらず笑顔だ。だが、冗談を言っているような顔じゃない。ルキナが固まっていると、ノアルドが「すみません」と謝り始めた。
「言うつもりはなかったんですよ。でも、欲というのは大きくなるばかりで、止まることを知りません。つい思っていたことが声に出てしまいました。私の修行不足です。本当に言うつもりはありませんでした」
ルキナは、ノアルドの「好き」という言葉に「友達として」という言葉がつかないことを理解した。だが、それはあまりに酷なことだった。ノアルドは今まで散々、ルキナにシアンのことが好きだろうと言い続けていた。それは少なからずノアルドに思うところがあったからこその発言であっただろうし、今だってルキナの気持ちを一生懸命考えている。しかし、それは辛いことであったはずだ。ルキナには想像することしかできないが、ノアルドはそうとう辛かったはずだ。自分の気持ちを押し殺すという行為は、そう簡単にできることではない。
「だから、ルキナが負担を感じることはありません。聞かなかったことにしていただいて一向にかまいません」
ルキナは首を振る。ノアルドは、やはり自分の気持ちをルキナに伝えるべきではなかったと後悔しているようだが、ルキナは後悔してほしくないと思った。だって、今の今まで、こうしてノアルドが告白してくれるまで気持ちに気付かなかったのだ。もし、自分が最後まで知らないままでいたのなら、自分を殴ってやりたいくらいだ。
「私は嬉しいですよ。そんなふうにノア様に思っていただけたのだと知れて。もう知ってしまった以上、知らない頃には戻れませんし、戻るつもりはありません」
ルキナがはっきり自分の考えを口にすると、ノアルドは頷いた。ノアルドはルキナの考えを理解してくれた。
「でも、どうして婚約破棄の話をしたんですか?うやむやにする手段だってあったはずです」
ルキナは、好きな人がいたらその人と結婚したいと思うのだろうと思っていた。だから、今回でいうなら、ノアルドはルキナと結婚したいと思うはずだ。しかし、ノアルドは、むしろ逆のことをしようとしていた。執拗にルキナに婚約破棄を勧めている印象がある。
「だから、言いましたよ。私は愛のない結婚が嫌いだと」
ルキナはとんだ思い違いをしていた。愛のない結婚のくだりは、ノアルドがルキナに好意を抱いていないという宣言なのだと思っていた。ルキナは、そのことにショックを受け、だが、仕方ないと受け入れようとしていた。しかし、ノアルドは愛がないのは自分ではなくルキナだと言う。
「私、そう言われても、ノア様に愛を抱いていないとは思えません」
ルキナは前世において、ノアルドを最推しとして愛してやまなかった。それは転生をしようが変わらなかった。ルキナにとって、ノアルドは推しだ。ルキナがノアルドに愛を抱いていないわけがない。
「その言葉の真意は測りかねますが…少し喜んでも良いのでしょうか」
ノアルドは、ルキナの考えていることが全ては理解できないでいる。それでも、ルキナのことは理解しようと努力している。そのうえで、己の解釈は正しいのか確かめるように、ルキナの反応を見ている。
「私にも自分がよくわからなくて…。」
「良いですよ。今の問いに答えられるようでしたら、きっと答えはとっくに出てるはずですから」
ノアルドは少し悲しそうだ。
「本当はすぐにでも別れるべきだと思うのですが、もうしばらく私の婚約者でいてください。ダサい男ですみません」
ノアルドはルキナに告白をしてしまった以上、振られることを覚悟している。ノアルドは振られる前提で話を進めているが、そうとは限らないはずだ。だが、ルキナもそれを否定できなかった。
(ノア様に好かれるなんて、何より嬉しいはずなのに)
ルキナは自分がわからない。最推しのノアルドがリアルに自分の目の前に存在することを感動していた頃の気持ちはどこに行ってしまったのだろうか。
「いえ、私はノア様のお願いは断れませんよ」
ルキナは、ノアルドが何かを望むなら、それに全力で協力したいと考えている。それくらいはしないと、ノアルドの気持ちを無視してきた罪は償えない。
ルキナたちが重苦しい話をしていると、注文していたスイーツが運ばれてきた。
「おいしそう」
ルキナは努めて明るい声を出した。目の前にはルキナの大好物のチョコレートケーキが置かれている。美味しそうだと思っているのも、テンションが上がっているのも嘘ではないが、意識的に笑わなくてはすぐに表情が硬くなってしまいそうだ。
「そうですね。チョコレートケーキが有名なだけありますね」
ノアルドもルキナに合わせてテンション高めなリアクションをする。そして、店員が個室を出て行った後、二人はケーキを口に頬張った。
「おいしー!」
ルキナは頬を手で押さえて、感動を体で表現する。ルキナの反応を見て、ノアルドが満足そうに頷く。この店の予約をとったのはルキナのためだったのは明らかであった。
「ノア様はいつも良いお店をご存知ですね。仕立て屋もそうですけど、ノア様が教えてくれるお店ははずれがありません」
「そうですか?そう言ってもらえると嬉しいです」
ケーキが運ばれてきてからは、二人とも穏やかな気持ちで会話を続けられている。ケーキを食べ終わる頃には、何事もなかったかのような、以前となんら変わらない態度になっていた。
「そろそろ出ましょうか」
ゆっくり紅茶も堪能した後、ノアルドが席を立った。ルキナもノアルドと一緒に個室を出る。
「なんで駄目なんですかぁ。すっごい並んだんですよぉ?」
会計をしていると、店の入り口の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「申し訳ありません。こちら、完全予約制となっておりまして」
「せんぱぁーい。先輩も何か言ってくださいよー」
イリヤノイドだ。イリヤノイドがシアンを連れて、この店に入ってきたようだ。何やら店員と揉めている。といっても、一方的にイリヤノイドが店員を困らせているだけのようだが。
ルキナはノアルドの服を引っ張り、二人の存在を知らせる。向こうはこちらに気づいていなさそうだ。イリヤノイドの機嫌は悪いようだし、ここで見つかるのは面倒だ。気づかれていないうちに抜け出すのが良さそうだ。
ルキナたちはこそこそと姿を隠しながら様子を伺う。
「店員さんが困ってるだろ。すみません、空いてる席にお願いします」
どうやって店から出ようかと考えていると、シアンがイリヤノイドと店員の間に入って話をまとめた。店員がシアンたちを席に案内する。
「チャンス」
ルキナはそう言って、素早く店を後にした。ノアルドも後に続いた。
「ありがとうございました」
店員の声が背後から聞こえてくる。店から完全に出た後、店の方を振り返る。シアンたちがこちらに気づいた様子はない。ルキナは、自分のやっていることが意味わからなさ過ぎて、なんだか笑えてきた。ルキナが笑うのを見て、ノアルドも笑いを抑えられなくなった。二人は顔を見合わせて笑った。




