学校生活といえば部活デスケド。
「つまり、新しい同好会を作りたいと」
ベルコルが難しい顔をして言った。ルキナが調理同好会の話をベルコルにしたところ、ベルコルは渋い顔をした。
「ええと…駄目ですか?」
ルキナは、却下されるかもと思い、不安げに尋ねる。ベルコルは眉間にしわを寄せたまま「うーん」とうなった。
「いや、別に部活を作ること自体は問題ないんだ。特に、同好会に関しては、予算の心配もないし、生徒会としても止める理由をあげる方が難しい。ただ…。」
ベルコルは、調理同好会の話を前向きに聞いてくれているが、それでも依然として厳しい顔をしている。
「ただ、問題は、調理っていうところだ」
ベルコルが、ルキナの提出した申請書をペンでカンカンと叩いた。ルキナは、さらに詳しく教えてほしいとお願いする。
「調理室を使う時、教員の監視がないとだめなんです。個人的に使う時は、ルールブックに従ってもらえれば良いということになっているんですが、部活となると、責任というものが大きくなりますから、先生の目がないと…。」
「なるほどね。じゃあ、顧問になってくれる先生を見つければ良いんですね?」
ルキナが意気込むと、ベルコルが「でも、簡単ではないですよ」と言った。
「先生たちは、学校で研究をしているわけですから、その研究の時間を割きたくない先生ばかりですし、そういうのを気にしない先生は、既に他の部活の顧問になってますから」
ベルコルの言っていることは最もだ。
「では、バリファ先輩は打つ手なしだと言いたいんですか?」
ルキナが上目遣いで尋ねると、ベルコルがごくりと喉を鳴らした。ルキナが助けを求めているのに、協力できないのを辛く思っているらしい。
「可愛い後輩のために何とかしてあげたいところだけど…」
「ようは、監督してくれる暇な先生を捕まえれば良いんですよね?」
ルキナがベルコルの話を遮った。ルキナは、正直、ベルコルの協力はなくても顧問となる先生を見つけられると思っている。だから、ルキナは自信満々な態度なのだ。一方、ベルコルは心配そうだ。
「だから、簡単に言うけど…」
「たぶん大丈夫です。あてはあるので」
ルキナは腰に手を当てて、どんと胸を叩いた。ベルコルに心配しなくて大丈夫だと伝えるための動きだ。ベルコルがくすっと笑った。
「その後、ツェンベリンさんはどんな感じ?」
ベルコルが声を落として言った。ここは生徒会室。今日の会議のために既に多くの生徒が集まっている。個人情報も含む会話となるので、他の者たちに聞こえないように配慮しているのだろう。
「元気そうですよ。また早いうちに帰省して、ご両親とお話されるみたいですよ」
「それは良かった。髪色も変わってショックを受けてないか心配だったんだ」
ベルコルは、ルキナからシュンエルの身に起った一連の出来事を聞いている。
「病院に検査に行ったって話をしてたんですけど、もしかして…?」
ルキナは、ベルコルの反応を伺う。ベルコルの家は病院を経営している。シュンエルはキーシェルが消えたその日のうちに病院に検査に行ったと言っていた。そのタイミングで病院に行ったのは、自分の意思だけではないだろう。キーシェルが消え、自分の体に妖精がいなくなったのに、検査が必要だなんて普通思わないからだ。外部から検査を受けるように促されたに違いない。ルキナは、そんなことをしたのはベルコルの他にいないと思っている。シュンエルが妖精に寄生されていたことを知っていて、シュンエルに接触できる立場にある人物だから。
「ああ、うちの病院だな。寄生妖精の情報を集めるためにも検査に協力してもらったんだ」
ベルコルは肯定した。ルキナの予想通りだった。
「やっぱりそうだったんですね。あ、シュンエルさんも調理同好会に入ってくれるみたいなんですよ」
「そうか。交流が続くみたいで良かったよ」
ベルコルは心の底から安心したという顔になる。ベルコルは心優しい人間だ。
(誰よ。ベルコルはメリットがないと動かない非情な人間だって言ったの)
ルキナは、一人で勝手に怒り始める。
「そろそろ時間だ。会議を始めようか」
ベルコルがそう言ったので、ルキナは席について、会議に参加する準備をする。隣に座るシェリカが、同好会は作れそうかと尋ねてきた。ルキナがベルコルと話していたので、同好会の申請をしていると予想したのだろう。
「顧問の先生がいないと駄目なんだって」
ルキナがひそひそと言うと、シェリカが驚いた。
「部活じゃなくてもいるんですか?」
「そういう同好会もあるみたいよ」
シェリカが残念そうな顔をする。ルキナの話を聞いて、同好会は作れないと思ったようだ。
「大丈夫よ。顧問になってくれる先生を見つければ良いだけなんだから」
「そう簡単にいきますか?」
「たぶん大丈夫よ。生徒会が終わったら、先生に会いに行ってみるつもりだから」
ルキナとシェリカが話していると、ベルコルが議題を言い始めた。二人は黙って、会議に集中する。
この時期の生徒会はさほど忙しくない。生徒会が主導するイベント事がないからだ。だが、一か月に一度、生徒会室に全役員が集まって会議をする。議題は様々だ。今はこれと言って急ぎの内容ではないが、じきに来年度の部活の予算を決める時期がやってくる。これからは生徒会も少し忙しくなるかもしれない。
「今日の会議はこれで終わりにします」
話し合うような内容がほぼなかったので、だいぶ早く終わった。これなら今日も顧問探しに時間を使えそうだ。ベルコルが会議を締めると、皆、ぞろぞろと生徒会室を後にした。
「お嬢様、ディメラルシェ先生のとこに行くんですか?」
ルキナがあてにしている教師のいる場所を目指して移動を始めると、シアンが追いかけてきた。ルキナは立ち止まり、シアンに疑いの目を向ける。
「聞いてたの?」
ルキナが不信感をあらわにするが、シアンは動揺した様子を見せない。
「聞こえてたんです」
シアンは耳がとても良い。ルキナとベルコルが話している時、シアンは少し離れた場所にいたが、二人の話をしっかり耳に入れていたようだ。たしかに、シアンの聴力なら、聞こえてしまうこともあるだろう。だが、それなら、聞かないように努力をすべきではないだろうか。シアンがいては、プライバシーも何もなくなってしまう。
「どっちもそう変わらないわよ」
ルキナが口を膨らませると、シアンが「それなら気にしないでくださいよ」と言った。シアンはルキナの言いたいことがわかってない。
「聞かないようにしなさいって言ってるの」
ルキナはため息をついた。それでもシアンは意に介さない。ルキナは諦めてまた歩き始めた。目指すは、シュクラの研究室だ。シアンの言う通り、ルキナが顧問に、と思っている先生はシュクラ・ディメラルシェだ。
「調理同好会って、料理を作って食べるっていう同好会ですか?」
シアンが当然のようにルキナについてきながら問う。ルキナは「そうよ」と答える。
「楽しそうですね」
「シアンも入る?」
「いえ、遠慮しておきます」
「そう。じゃあ、アクチャーはもうしないの?アクチャー部もあるでしょ?」
シアンは中等学校でアクチャー部に入ってアクチャーをしていた。アクチャーは弓で矢を放って的を射る競技だ。シアンは未経験者でありながらそこでなかなか良い成績を残した。ルキナは、てっきり、入学と同時にアクチャー部に入ると思っていた。
「部活に入ること自体、あまり考えてないです」
「なんでよ」
ルキナは、シアンをじっと見る。中等学校の時、シアンがルキナに遠慮して部活に入らなかったからと、二人は喧嘩まがいなことまでした。ルキナは、またシアンが遠慮しているのではないかと疑っている。しかし、シアンはそれを否定した。
「特に理由はないですよ」
「じゃあ、部活やれば良いじゃん」
「でも、部活に入る理由もないんです」
シアンの言葉に、ルキナはなるほどと思った。どうやら遠慮しているわけではなさそうなので、ルキナはとりあえず満足する。
「ディメラルシェ先生に顧問になっていただくんですよね?」
シアンが確認するように尋ねる。
「そのつもりよ。まあ、先生が良いよって言ってくれたらの話だけど」
「そうなったら、いっそ部活にしたらどうですか?」
シアンは、同好会ではなく、部活にしたらどうかと提案する。たしかに、部員は最低人数の五人には足りている。そのうえ、顧問もいるとなると、部活とそう変わらない。部活ではあれば、活動費がもらえる。部活であるに越したことはないだろう。
「でも、部活にするなら活動日数を増やさないと」
部活を作るにはいくつか条件がある。部員、顧問、活動場所、そして、活動日数だ。活動場所は他の団体が使っていない調理室を使うので問題はないが、今のところ活動は週に一回の予定だ。部活にするなら週に三回以上の活動日を設けなくてはならない。
「日にち増やしたら、先生が顧問やってくれないかも」
ルキナは、シュクラが時間に余裕があるだろうと見積もって声をかけにいくのだが、さすがに一週間に三日は多すぎる。調理をするには先生の監督が必要なのだから、他の部活のように、顧問の監督なしに活動するのは難しい。
「先生に来てもらえる日だけ、調理をして、それ以外の日は別のことをするんです」
ルキナが困っていると、シアンが画期的な提案をした。ルキナは思わず「なるほど」と呟いた。
「それなら、部活の名前も変えないとね」
「何か良い考えがあるんですか?」
ルキナが良いことを思いついたという顔をしているので、シアンがその理由を尋ねる。部活の名前を変えるということは、調理以外に何をするのか思いついたということだ。
「料理ができるっていうのは、モテスキルにも含まれるわけよ」
「…はあ」
ルキナが突然モテスキルと言い出したので、シアンがあっけにとられる。シアンは話題が変わってしまったのかと思って戸惑っている。
「まあ、つまりは女子力よ。そういうのは、料理に限らないわけ。たとえば、裁縫とか、掃除とか。だから、そういう女子力をあげる部活にすれば良いのよ」
ルキナがニヤリと笑う。
「その名も女子部よ」
「そうですか」
ルキナが自信満々に立ち止まってポージングまで決めて言ったのに、シアンは興味なさそうな反応をする。すたすたとルキナをおいて行ってしまう。
「シアン、待って」
ルキナは慌てて追いかけてシアンの横に並ぶ。
「良い考えだとは思いますよ。お嬢様には、女子力とやらが欠如しているようですから」
「意地悪な言い方するわね」
「事実ですし」
「言い方ってものがあるのよ。なんでシアンはモテるのかしらね。こんなに口は悪いのに」
ルキナがやれやれのポーズをする。
「性格の問題じゃないですか?」
「なによ。私の性格が悪いって言いたいわけ?ていうか、自分がモテるのを否定しないの?」
「まあ、事実ですし」
「シアンってば、いつの間にそんな子になってしまったの!?私、こんな子に育てた覚えはないわ!」
ルキナが走り出した。前まで、シアンはモテていると言われても絶対否定していた。それが、今は、モテているのは事実だとか言い出す始末だ。ルキナだってショックを受ける。
「母よ、僕は僕です。受け入れてください」
シアンはテンションが高いのか、いつもと違ってルキナのふりにのってきた。ルキナはくるりとその場で体の向きを変え、シアンの方を見る。
「母はショックを受けたわ」
ルキナが自分をぎゅっと抱きしめて、泣いたふりをする。安っぽい演技だ。
「というわけで、シアン、今度のデートついてきて」
「…え?」
ルキナの発言に、シアンが固まる。
「今度、ノア様とデートすることになってるから、シアンについてきてほしいの」
「なんでですか」
「良いじゃない、ついてきてくれても」
「嫌ですよ。僕がいたらデートじゃなくなっちゃうじゃないですか。それに、もうそんなことはしないと言ったはずですよ」
ルキナが思っているより、シアンが怒っている。ルキナは慌てて冗談だと言う。
「そんなに怒んなくても良いじゃん」
ルキナは、シアンの情緒がわからなくて、困ってしまう。
リュクラル史研究室。シュクラの研究室に到着すると、ルキナは扉をコンコンとノックした。間もなく、ガラガラと音を立てながら扉が開いた。
「おお、これは、これは。ミューヘーンさん、いらっしゃい」
シュクラがそれはそれは嬉しそうにルキナを迎えてくれた。ルキナがお願いがあって訪ねてきたのだと言うと、シュクラはルキナとシアンを研究室に招き入れた。流れるようにお茶を出してくれる。孫に甘い田舎のおじいちゃん感が否めない。
「お願いがあるんだって?」
シュクラがルキナたちに向き合って座る。
「はい。私、部活を作ろうと思っていて、よろしければディメラルシェ先生に顧問の先生になっていただきたいんです」
「部活?」
「女子部っていうのを作ろうと思ってるんですけど、調理室を使いたいと思っていて。調理室を使うなら顧問の先生の監督がないと駄目だと言われてしまったんです。そこで、先生に週に一回で良いので、顧問の先生として監督していただきたいなと」
「それは構わないけど」
シュクラはすぐに了承の返事をくれた。ルキナの期待した通りだ。
「その代わりと言ってはなんですが、さっそく研究室に入ろうかなと考えているのですが」
ルキナがそう言うと、シュクラが本当に嬉しそうな顔になった。この研究室は万年人がいない。今は一人だけ四級生の生徒が所属しているが、この研究室には誰一人として生徒がいないこともざらだ。そんな研究室へ、ルキナが入ると言ったら、シュクラが喜ぶに決まっている。
「本当は二級生になってからとか、他の人たちみたいに四級生とか五級生になってからかなって思ってたんですけど」
「いえいえ、今すぐでも。歓迎しますよ」
シュクラは、自分の研究しているリュクラル史が不人気なのを不服に思っている。シュクラにとって、リュクラル史が好きだと言う若者がいるのは喜ばしいことなのだ。
ルキナは、部活創設の申請書の顧問欄にシュクラのサインをもらう。とりあえず、今日の目的はこれで果たされた。
「それでは、先生、よろしくお願いしますね。詳しいことはまたお話します。研究室のことも含めて」
ルキナは、シアンを連れて研究室を出た。
「お嬢様、忙しくなりますね」
これからルキナは、部活に研究室と忙しい日々を過ごすことになる。小説家としての執筆活動の時間も確保しなくてはならないので、効率的な時間の使い方をしないと睡眠時間が減る一方だろう。
「そうね。でも、時間が足りないのはそれだけじゃないのよ。もうすぐ二級生になっちゃうじゃない。急がないと、ユーミリアが来ちゃうわ」
ルキナの頭には逆ハーレムのこともあった。ヒロインが来てしまっては、ルキナが逆ハーレムになる機会が失われてしまう。それより前に、皆に好意を寄せられる必要がある。
「もうそのこと忘れたんだと思ってました」
ルキナが逆ハーレムの話をするのは久しぶりだったので、シアンが驚いたように言った。
「私が忘れるわけないでしょ」
「そうですね。それで、どうするんですか?ノアルド殿下とはデートするみたいですし、良い感じだとは思いますが」
「ノア様は…まあ…。」
ルキナがお茶を濁すと、シアンが首を傾げた。シアンは知らないが、ルキナとノアルドの間には婚約破棄の話題が出ている。シアンの前でイチャイチャしているのだって、全て演技だ。ルキナはノアルドを数に入れていない。
「最近、ベルコルはなぜか優しいし、それこそ良い感じかもって思ってるけど」
「なぜか?」
ルキナがベルコルの話をし始めると、シアンが理由はわからないのかと指摘した。
「そう、なんでか知らないけど、優しいのよ。これは脈ありなのかしら」
「脈ありだったとして、理由がわからないのでは、他に活かしようがありませんね」
シアンの言っていることは正しい。だが、残念ながら、ルキナにはベルコルが優しくなったきっかけがわからない。それに、その優しい態度が、ルキナだけに対するものなのかも怪しい。
「あ、でも、チカの方は本当に上手くいってる感じするわよ。チカの夢の応援をするっていうのは、我ながら良い案だったわ」
ルキナが、腕を組んでうんうんと頷く。
「チカの夢?」
シアンにはチカの夢が何なのか見当もつかない。シアンはチカからそういう話を聞いていない。
「知らない?あの子、演劇に興味あるのよ」
ルキナたちがチカの話をしていると、近くの研究室からチカが出てきた。授業の質問でもしに来たのだろう。
「チカ、グッドタイミングね」
ルキナが声をかけると、チカがぺこりと頭を下げた。
「私、新しい部活を作ろうとしててね。さっき顧問の先生になってくださいってお願いをしてきたの」
ルキナは自分がなぜここにいるのか説明する。
「チカも部活入ってないわよね。勉強が忙しいの?」
チカは奨学金の援助を得ている身として、勉学に励んでいる。無論、チカ自身は勉強が好きではあるのだろう。だが、ルキナには勉強ばかりしているイメージが強くて、学校生活を楽しめているのか微妙な気がする。
「チカも部活やってみたら?」
ルキナが提案してみるが、チカの反応は今一つだ。
「ほら、演劇部とか。チカが役者になりたいのか、演出をやりたいのか知らないけど、どちらにしても何事も経験だと思うのよ。部活となるとどこまで本格的なことができるかも未知だけど、役者も裏方もやってみたら新しい発見があると思うわ。今後、演劇に携わりたいなら、演劇の知識をつけるためにも、そういうのはやってみるべきよ。せっかく時間あるんだし、見てるだけではもったいないじゃない」
ルキナの話をチカが真面目に聞いている。「気に入らなければ、部活じゃなくて、どこかの劇団に入るっていう道もあるわけだし」とルキナが付け加えると、チカが頷いた。
「演劇部に入ってみます」
言うが否や、チカはさっそく入部届を出すと、行ってしまった。チカは意外と行動力がある。こうと決めたことはすぐにでもやらないと気が済まないのだろう。ルキナがチカの背中を見送っていると、シアンが感心したように「お嬢様、すごいですね」と言った。シアンは、ルキナがそれほど他人に影響を与えることができるとは思っていなかったのだ。




