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女子会デスケド。

 翌日、ルキナは完全回復した。放課後には調理室でクッキーを作れるくらいにはなっていた。ルキナは、慣れた手つきで材料を混ぜ合わせ、生地を伸ばす。かたどりしたら、鉄板にクッキーを並べてオーブンへ。

「あとは待つだけっと」

 ルキナは、椅子に座り、ぼーっとオーブンを見る。オーブンを見ていても何も変化はないが、他にすることがないので仕方ない。

「ミューヘーン様」

 ふいに名前を呼ばれて、ルキナは驚く。この調理室はルキナ一人だったはずだ。ルキナは声の主が誰なのか確認する。

「あ、シュンエルさん」

 意外にも、シュンエルがルキナに会いに来ていた。

「料理をされてるんですか?」

 シュンエルがルキナの隣に座る。

「そうよ。一週間に一回とか、二回とか、ここでクッキー作ってるの」

「クッキーですか」

「うん」

「私も作ってみたいです」

「作る?」

 ルキナは、シュンエルがやる気になったので、また新しくクッキーを作る準備をする。材料はルキナが大量に買い置きしているので、思い立ったときに作れるような準備は整っている。

「シュンエルさんはクッキー作ったことあるの?」

「いえ、兄の作ったクッキーを食べるばかりで、作ろうと思ったことすらありません」

「まあ、キールのクッキーは美味しいものね」

 ルキナは、シアンから少しクッキーを分けてもらったことがある。だから、キーシェルがどれだけ美味しいクッキーを作れたのか知っている。

「私も、兄のように作れるでしょうか」

「作れるわよ、練習すれば。美味しく作れるようになったら、ご両親に贈ったら?」

 ルキナは、シュンエルに混ぜる時のコツを教えながらシュンエルとの話を続ける。

「この学校って、調理部ないですよね」

「調理部?ああ、私は部活じゃなくて個人的な趣味でやってるだけだしね」

 ルキナは、調理部という言葉にすぐに反応することができなかった。貴族の人間が料理をするのは本当に珍しい。料理は使用人、または、その道の者がするものだと思っている。ルキナはそのへんの考えに対して寛容ではあるが、周囲の人間も貴族ばかりなため、料理が趣味という者はいない。ルキナがクッキーを作っていると聞いて、皆、かなり驚いていたくらいだ。そんな環境にあったのだから、調理部という単語を聞くのも珍しい。中等学校には調理部もあったが、貴族はもちろん、普段から家で料理をしている平民の子供たちも、学校でわざわざ料理をするものではないと、活動はあまり活発ではなかった。故に、ルキナは、調理部の存在をほとんど忘れていた。

「部活にしようとすると、学校側がお金出さなきゃいけないでしょ?それで調理部なんて、材料費も馬鹿にならないじゃない。だから、部活は難しいのよ」

「よくご存知ですね」

「そりゃあ、私は生徒会役員だからね。部活の予算の話だってしたから」

「生徒会!?」

 シュンエルは、ルキナが生徒会に属していることに驚いた。

「シュンエルさんも生徒会入る?あ、部活やってたら忙しいわよね」

「部活は入ってません」

「そうなの?」

「はい。何かの団体に属して、一緒に何かをしたら楽しそうだなとは思うんですけど」

 シュンエルは、口を動かしながらも、クッキー作りの手は止めない。シュンエルは料理に慣れているようで、ルキナがクッキーを初めて作った頃より断然手際が良い。

(そうだわ)

 ルキナは、シュンエルの作業を見守りながら、あることを思いついた。

「それなら、調理部、作ってみない?」

 ルキナが、誘うように言うと、シュンエルが顔を上げた。

「部活を作るんですか?」

「そう!ないなら作れば良いのよ。って言っても、部活だと予算が…って言われちゃうから、同好会かしらね。材料は自分たちで用意して、いろいろな料理をするの。ご飯を作れば、材料費は食費から出せるわけだし」

 ルキナは、自分の考えを説明し、「どうかな?」とシュンエルの反応を見た。シュンエルは、少しの間考えるように黙った後、笑顔を見せた。

「とても良い考えだと思います。それでしたら、週明けの放課後に活動するのはどうですか?お休みの間に材料を集められますよ」

「なるほどね。でも、二人だと少し足りない感じがするわよね。非公式な団体とはいえ、五人くらいはいた方が安心よね。あと、一応、生徒会に報告しておかないと」

 ルキナが独り言のように話していると、シュンエルがクッキーの型抜きを終えた。鉄板にクッキー生地が綺麗に並べられている。

「良い感じじゃない」

 ルキナが作ったものより美味しいものができるかもしれない。そして、ちょうど、ルキナのクッキーが焼き終わった。

「グッドタイミングね」

 ルキナはオーブンから自分のクッキーを取り出し、シュンエルのクッキーをオーブンに入れた。

「良い匂いですね」

 シュンエルが頬を緩ませる。

「でも、味は期待しないでよ。キールのクッキーには遠く及ばないから」

 ルキナは、熱々のクッキーを皿に移していく。シュンエルはぼんやりとその作業を見ている。

「あの…兄のことなんですが…。」

 シュンエルがためらいがちに口を開いた。ルキナは手を止めて「なに?」と続きを促す。

「兄は寄生妖精だったんですよね。兄は、自分の運命を全て知っていたのでしょうか」

「そういえば、寄生妖精のことは明日話そうとか言って、結局、話してなかったわね。聞いた話だと、十六年目が近づくにつれて、自分の正体に気づき始める…でも、そういうのは、ご両親から聞いた方が良いと思うわよ。ご両親はきっといろいろとご存知だから」

 ルキナがシュンエルの両親の話をすると、シュンエルはなぜルキナが両親のことを知っているのかと、不思議そうな顔をした。

「あ、そうだ。シュンエルさんには一つ謝っておかないと」

 ルキナは、シュンエルに、実家を訪ねたことを言っていないことを思い出した。

「なんですか?」

「私、シュンエルさんのご両親に会いに行ったことがあるの。シュンエルさんに初めて会う前に」

 シュンエルが目を伏せた。無断で実家に行ったことを怒っているのだろうか。

「そう、だから。シュンエルさんに隠してたわけだし、シュンエルさんの許可もなかったから。ごめんなさい」

 ルキナが頭を下げると、シュンエルが焦り始めた。

「いえ、…いえ、謝らないでください」

 ルキナが礼儀を欠いたというのに、シュンエルは怒っていない。

「むしろ、私の方がお礼を申し上げなくては」

「お礼?」

「はい。あの時、ミューヘーン様とリュツカ様がいらっしゃっていなければ、私は混乱して、何もできなかったと思います。わけもわからず、兄とのお別れもできなかったかもしれません」

「シュンエルさんは優しいのね」

 ルキナは、シュンエルの優しさが身に染みる思いがした。独断で勝手に動いたために、たくさんの人に迷惑をかけた。シュンエルの周囲だってかき乱してしまった。シュンエルに怒られて当然だと思っていた。

 ルキナがクッキーと一緒に飲む紅茶の準備をし、シュンエルが調理器具の片づけをする。二人がせっせと作業をしていると、シェリカが調理室に入ってきた。

「あれ?早かったですか?」

 ルキナはシェリカにクッキーの出来上がる時間を伝え、その時間に来るように言ってあった。それなのに、ルキナたちがまだ作業をしているので自分が早く来てしまったのだと勘違いしている。

「ううん、大丈夫。クッキーはできてるわよ」

 ルキナは、シェリカを椅子に座らせる。ティナにも座るように言ったが、ルキナがまだ立っているのに座るわけにはいかないと言う。

「そちらの方は?」

 ルキナがカップに紅茶を注いでいると、シェリカがシュンエルに視線を向けた。

「シュンエル・ツェンベリンさん。私たちと同じ普通科の一級生よ」

 ルキナがシュンエルの紹介をすると、シュンエルがぺこりと頭を下げた。

「シェリカ・ルースです。こっちはティナ・エリ」

 シュンエルの紹介を受けて、今度はシェリカが自己紹介をする。

「今日は女子会の予定なの。あとは、チグサ・アーウェンとアリシア・ノオトが来るはず」

 ルキナは、一つの机に紅茶の入ったカップとクッキーのお皿を並べる。これでお茶会の準備は万端だ。

「チグサ様、こちらですよ」

 廊下からアリシアの声が聞こえてくる。アリシアがチグサを連れてきてくれているようだ。

「いらっしゃい、二人とも」

 ルキナは、チグサとアリシアを笑顔で迎える。チグサとアリシアにも、シュンエルを紹介する。皆、揃って、ルキナとシュンエルの関係を問う。ルキナは、シュンエルに許可を得て、簡単に説明した。

「それじゃあ、シュンエルさんは、シアンの友達の妹ってことですか?」

 アリシアが確かめるように言った。ルキナは、頷いた。寄生妖精のことを説明するのはなかなか難しかったが、皆、話についてきてくれた。

「いた!姉様!」

 女子会を楽しんでいると、マクシスが乱入してきた。チグサを探して走り回ったらしい。マクシスが息を乱している。

「姉様、なんで僕に何も言わずに行っちゃったんですか。探しましたよ」

 マクシスがチグサに寄る。チグサは表情を変えないで、ぱくぱくとクッキーを食べている。

「ちょっと、マクシス。私たちは女子会をしてるのよ。わかる?女子会。男は立ち入り禁止」

 ルキナは椅子から立ち上がって、マクシスとチグサの間に入る。マクシスはルキナに邪魔だと言う。

「その程度の妨害では、僕と姉様の絆は切れない」

 マクシスがドヤ顔で言う。

「あっそう。でも、それ今関係ないから」

 ルキナは、そう言いながら、チラッとアリシアを見た。すると、アリシアがすっと立ち上がって、マクシスの横に立った。そして、流れるようにマクシスの腕を掴み、引っ張って行った。調理室の外まで連れて行くと、アリシアはマクシスを放した。

「待って!姉様!」

 マクシスが慌てて調理室に戻ろうとしたが、アリシアは無慈悲にも扉をぴしゃりと閉めてしまった。ガチャリと鍵の閉まる音がする。

「ねえさまああああああ!」

 扉の向こうからマクシスの叫び声が聞こえてくる。

「アリシア、ナイス」

 ルキナは親指を立てて笑顔を向ける。

「チグサ様のためなら当然です」

 アリシアがルキナを真似て親指を立てた。

「それでね、シュンエルさんと、調理部を作ろうって話になって」

 ルキナは椅子に座って、女子会を再開した。

「調理部?」

「料理を楽しむ部活です」

 シェリカの疑問にティナが答える。

「部活というか、正しくは同好会ね」

 ルキナの言葉に、アリシア以外の皆が頷いた。

「同好会と部活の違いって何ですか?」

「簡単に言えば、学校からお金をもらえるか、もらえないかっていう違い」

 今度は、シェリカがアリシアの質問に答えた。

「良かったらみんなでやらない?」

「やるー!」

「良いですね」

「やります」

「…。」

 ルキナの誘いに、待ってましたと言わんばかりに、賛同する声を上げた。

「じゃあじゃあ、どんな料理したい?」

「甘いもの!」

「豆料理を」

「まずはクッキーを練習したいです」

「…美味しいもの」

 皆、元気だ。ルキナの質問にそれぞれ答える。

「ティナ・エリ、なんで豆なの!?」

「自分で作った料理なら、シェリカ様も豆を美味しく食べられるかと」

「自分で作るならなおさら食べないわよ」

「シェリカ様はご自分の料理の腕に自信がないのですね」

「違う!自分で作るなら豆は入れないの!」

「いつまで好き嫌いをなさるおつもりですか」

 シュンエルが、シェリカとティナのやり取りを見ている。

「ティナはシェリカの家で働いている使用人なのよ」

 ルキナはシュンエルの耳元でささやく。シュンエルがなるほどと呟いた。

「ルキナ、今日のクッキー美味しい」

 チグサが皿のほとんどのクッキーを食べてしまってから言った。

「ほんと!?今日のはなかなかうまくできた気がしたのよね。あ、そろそろ、シュンエルさんのクッキーも完成するわね」

 ルキナは席を立って、たたたっとオーブンに近づいて行った。シュンエルもついてくる。

「良い匂いでしょ?私、このクッキーが焼けてる時の匂いが好きなの」

「わかります。甘い匂いですね」

「これも、自分の手でお菓子を作る楽しみの一つよね」

 ルキナがシュンエルと感動を共有していると、「クッキーがない!」というシェリカの叫び声が聞こえてきた。

「さっき、もうクッキーがなくなりそうだから早く食べた方が良いと言いましたよ?」

「聞いてない!」

「言いました!」

「そうじゃなくて、アリシアが残しておいてくれれば良かったじゃない」

「食べたのはチグサ様です」

 シェリカとアリシアが喧嘩を始める。その間で、チグサが我知らずという顔で紅茶を飲んでいる。

「むぅー」

 シェリカはチグサ相手には強く出られず、怒りを向ける先を失う。不完全燃焼のまま、シェリカは椅子に座り直して紅茶を飲んだ。

「そろそろ行かないと」

 アリシアが立ち上がってぐびっと紅茶を飲みほした。

「あら、アリシアちゃん、何か用事?」

 ルキナは椅子に座ったままアリシアの顔を見上げる。

「部活です。私、鉱物研究部に入ってるんですよ」

「そういえば、そうだったわね」

 ルキナは、アリシアが部活に入っていたことを思い出す。しかも、石を集めて研究をする、はたから見たらいたって地味な部活だ。

 アリシアは時間だからと急いで調理室を出て行った。その際、鍵を開けて扉を開けたので、マクシスが調理室に飛び込んできた。

「姉様!」

 マクシスがチグサに抱きついた。

「今日はこれでお開きね」

 ルキナは、女子会の終わりを告げた。

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