たしかに突然デスケド。
週末の旅を終え、学校に戻ってきたルキナは、最後にベルコルに会いに行った。
「バリファ先輩」
ルキナがベルコルを呼ぶと、毎度のごとく、ベルコルは嬉しそうにルキナの方を振り向いた。週末最後の夕食に、皆が食堂に向かっている時だった。ルキナは運良くベルコルに会えて良かった。
「ミューヘーンさん、ここ最近、姿を見ませんでしたね」
「はい、少し行かなければならないところがあって…」
「そうなんですね」
ルキナは、ベルコルと一緒に食堂に入り、席についた。暖房と人の熱気で食堂内は少し汗ばむくらい暖かい。
「先輩、前に寄生妖精の話してたじゃないですか」
ルキナはそう言って切り出した。
「ああ、そうだね」
「その話、もう少し詳しく話してくれませんか?」
「急にどうしたんですか?」
ベルコルに知識を与えてもらおうと話しかけたのだが、事情を何もかも説明したほうが良さそうだ。もともとベルコルには話すことになるだろうと思っていたので、ルキナは迷った様子もなく話し始めた。
「週末、出かけたって言ったじゃないですか、私。あれ、とある人の実家を訪ねていたんです」
「…うん」
ルキナが何を話そうとしているのか、あまり見当がつかないようで、ベルコルが困ったような反応をする。
「結論から言うと、その子、妖精に寄生されてるんじゃないかって考えてるんです」
「寄生妖精?」
ベルコルは、気のせいじゃないかと言いたげな表情になった。ベルコルの話では、百万分の一の確率でかかる奇病と呼ばれるほど、本当に患者の数が少ないらしい。その病気の事例が少ない分、確かなことは言えないが、寄生妖精であると考えるのは難しい。ベルコルはそう考えている。
「でも、もし、万が一、寄生妖精なのであれば、医療科学的な観点から言えば、病院に受診してほしいと思うが」
ベルコルは、ルキナが寄生妖精の可能性があると考えることに難色を示している。それでも、なお、ルキナは続けた。話を聞いてもらうことで、新しい発見があるかもしれない。ベルコルの知識を用いれば、他の可能性を考えることもできる。それに、寄生妖精という考えに至った根拠を聞いて、ベルコルが考えを変える可能性もある。
「ここで実名はふせますが、私とシアンには小さい頃からの友達がいるんです。あのシアンのお屋敷の近くに住んでるから、毎年、夏休みに会ってただけなんですけど、最近、会えなくなってて。その子は男の子なんですけど。たしか、初等学校二級生の時にシアンが家出して初めて会ったくらいで」
「最近、会ってない?」
「はい、今年度は夏休みに一回も会えなかったですし、その前も、全然会えなくて。会えたのは一回くらい?その前まではしょっちゅう一緒に遊んでたんですけど」
「なるほど。つまり、その男の子が妖精だと」
ベルコルは察しが良い。寄生妖精の特徴に、妖精側が十六歳に近づくにつれ体を操れなくなってくるというものもある。ベルコルは、そのことから結論付けのだろう。ルキナは深く頷いた。
「それで、最近になって、その男の子にそっくりな女の子を見つけたんです。私はまだ会ったことがないんですけど、それはもう双子のようにそっくりだって。それに、男の子も言っていたんです。双子の妹がいるって。名前も同じで、髪色とか見た目の特徴も一緒なので、あの男の子の妹なのはほぼ間違いなかったんです。ただ、女の子の方は、自分に兄はいないの一点張りで」
「片方だけが認識している双子の兄妹か」
ベルコルが考えるように唸った。
「はい、その時点で二重人格なのかもって」
「考えが飛躍しているような気もするが…」
「だって、寄生妖精の話が頭に残ってたんだもん」
ルキナが不満げに頬を膨らませると、ベルコルが「ははは」と笑った。
「私の中の二重人格のイメージは、片方だけが全てを理解してるって感じだったんです。片方だけが自分の体にもう一人の魂が宿っていることを知っていて、もう片方は何も知らない、みたいな」
「たしかに、そういう事例は存在するけど」
「じゃなければ、男の子の妄想だって思ってたくらいですよ。二人同時に見てたなら普通の双子だってわかるし、せめて女の子の方も会ったことがあれば…」
「まあ、そうですね」
ルキナは、一息ついて水を飲んだ。ベルコルもつられるように水分をとった。
「それで、最初の話に戻りますが、その双子の実家を訪ねてみたんです」
「さっき、女の子には会ったことがないって言いませんでした?」
「言いましたよ」
「実家に行ったの?妹の方に会う前に?」
「手順は私流なので気にしないでください」
ルキナは、話が本題からそれないように意識する。
「それで、その近所の人たちは、双子のことをちゃんと知ってたんです。そっくりな兄妹だって」
「双子が別々に存在することを確認したわけだ」
「はい。でも、その人は、あの双子は呪われてるって」
「呪われてる?」
ベルコルは、話が急に変わったと思って驚いている。無理もない。この世界は魔法が存在するが、呪いは迷信のようなものだ。ルキナが突拍子もないことを言い出したと思って混乱している。
「その、呪いって言うのは、髪色の話なんですけど、両親は紫色の髪なのに、子供たちはオレンジ色だって。父親が夫以外である可能性もないそうです」
ルキナの話を聞いて、ベルコルは急に腑に落ちたような顔をした。
「それで?確かめたの?」
「両親共に髪色は紫色でしたよ。二人の目の色も男の子と違った気がします」
「そっか。だから、寄生妖精だと思ったのか」
ベルコルの言葉に、ルキナは笑顔で頷いた。ベルコルは一を聞いて十を知るタイプ。説明が少なくてすむ。
寄生妖精の特徴として、寄生された人間の身体に、妖精の身体的特徴が現れることもあげられる。今回でいうと、髪色や瞳の色だ。妖精に寄生されたことで、本来の姿から変化したのだ。これが、ルキナがキーシェルはシュンエルに寄生した妖精だと考える根拠である。
「まあ、実際のところ、実家の方の家具とか食器を見た時、とても子供が二人いるように思えなかったんですよね。基本的に息子よりは娘のいる家って感じがして。それに、両親も何かを隠しているみたいだったんですよ。特に、息子が今どうしてるのか聞かれたくなさそうで」
「それなら、両親は寄生妖精のことを知ってるのかもしれないな」
ベルコルは、病院に受診してるなら、家の伝手を使えばその双子の情報を得られるかもしれないと言った。
「こちらでも、少し調べておこうか」
「ありがとうございます」
ルキナは席を立つ。
「そういえば、その実家に行った話、シアンは知らないんです。シェリカの家に泊まっていたことにしてて。寄生妖精の話は、もっと確証を得てからシアンに話そうかと」
「そうか。わかった。話は合わせておこう」
別れ際、ベルコルが「もし、寄生妖精だったらタイムリミットは迫っているから気をつけた方が良い」と言った。寄生妖精は子供が生まれてから十六年ちょうどで人の体から出て行く。シュンエルがルキナと同い年ということは、今年の誕生日で十六歳を迎えるということだ。もし、キーシェルが本当に寄生妖精であった場合、キーシェルに会える機会はもうほとんど残されていない。思えば、ツェンベリン夫婦も何か覚悟しているような面持ちだった。息子の時間はもう残されていないと理解していたのかもしれない。
ルキナは、食堂を後にして、寮に向かう道を一人で歩く。暖かい場所から寒い外に出たので、余計に寒く感じる。ルキナは、「はぁー」と白い息を吐く。鼻が寒さでツーンとする。
一人でいるルキナにノアルドが声をかけてきた。ミッシェルも一緒だ。
「もう戻ってたんですね」
「はい、明日は授業がありますし」
ルキナは、ノアルドに協力を仰いでいたことを思い出した。
「シアンの様子はどうでしたか?誰かに会いに行ったり…」
「ずっと部屋に籠ってるみたいでしたよ」
ルキナの問いに、ノアルドが間髪入れず答えた。ノアルドはルキナのお願いをきいて、シアンを見張っていてくれたようだ。「ね、ミッシェル」とミッシェルに確認しているところを見ると、ミッシェルと一緒に見張ってくれたのだろう。
「ああ」
ミッシェルは寒いのが苦手なようで、早く建物の中に入りたそうだ。いつもと違って、返事がぶっきらぼうだ。なんだか機嫌が悪そうに見える。
「ご飯を食べるために外に出るだけで、だから、シアンが何をしていたのかわからないんですけど…」
「大丈夫です。シアンが誰かに会いに行ったわけじゃないなら」
ノアルドは、ちゃんとルキナの望む仕事ができた心配そうだ。でも、ルキナはノアルドの話を聞いて安心していた。シアンがルキナのいないうちにまた一人でシュンエルに会いに行ってしまうのではないか心配に思っていただけだ。別に、シアンがシュンエルに再び会っていようがたいした問題はないが、さらにややこしい事態になっていないか不安だった。
「誰か?」
ミッシェルが寒そうに体を震えさせながら呟いた。鼻も耳も真っ赤だ。
「浮気現場でもおさえようとしてたのか?」
ミッシェルが冗談交じりに言う。ルキナは、「なんでそんなことしなきゃいけないのよ、私が」と言いながら、ノアルドの顔色を伺った。現時点では、ルキナはノアルドの婚約者だ。ミッシェルが冗談を言っているのは明白だが、ノアルドの前でするようなやり取りではない気がする。
「ミッシェル」
ノアルドは少し怒ったように言った。ミッシェルは、反省する様子もなく、ただ「悪い」と言った。それでも、ノアルドはそれ以上怒ることはなかった。ルキナの前だったので、一応、形だけ怒ったふりをしただけなのかもしれない。
「なんでも良いけど、寒いから、戻ってるわ」
ミッシェルは、ノアルドを残して男子寮に戻ろうとする。ミッシェルはあくまでノアルドの護衛役だ。主人を残して帰ってしまうのはいかがなものだろうか。
「ノア様、ありがとうございました」
ルキナは慌ててノアルドにお礼を言う。ノアルドを解放することで、ノアルドとミッシェルが一緒に寮に戻れるようにする。ノアルドもルキナの意図を理解し、「デートの約束をお忘れなく」とだけ言い残してミッシェルを追いかけて行った。
(ほんと、仲良いわよね)
ルキナは、ノアルドがミッシェルに追いついて肩に腕を回すのを見ていた。二人はいわゆる幼馴染みで、主従の関係以上に親友である。ルキナは少し羨ましく思う。
(私とシアンは傍から見たらどう見えるのかしら)
ルキナはふと疑問に思った。ルキナはシアンと幼い頃から一緒に育ってきた。ルキナにとって、シアンは主従関係だけで言い合わせる存在ではない。
「お嬢様、風邪ひきますよ」
ルキナがその場に立ち止まって考え事をしていると、シアンが声をかけてきた。
「噂をしたら何とやら、ね」
ルキナは、驚いたのを隠しつつ、ニヤリと笑いながら言った。すると、シアンが眉をひそめた。そして、きょろきょろと辺りを見渡す。ルキナは、嫌な予感がした。
「噂?お嬢様、まさかついにイマジナリーフレンドが!?」
シアンが憐れな物を見るようにルキナを見る。噂をすれば…のくだりは、言葉の綾のようなものだ。真に受けないでほしい。
「私をそんな寂しい奴みたいに言わないでくれる?」
ルキナは腕を組んでため息をつく。
「違うんですか?」
シアンは口元を押さえて嘲笑する。
「ち、が、う、わ、よ」
ルキナがシアンを睨むと、シアンは楽しそうに笑い始めた。
「シアンって、意地悪な性格してるわよね」
「自分のことを棚に上げないでください」
「本当にシアンは一言余分」
ルキナは、シアンとの言い合いがあまりにくだらないので、自分自身にも呆れる。組んでいた腕を解く。
「お嬢様、おかえりなさい」
シアンがルキナの顔を真っすぐ見て言った。飼い主の帰りを待つ犬のような忠誠心を感じる。
(あー、もう、可愛いんだから)
ルキナは頬が緩む。
「うん、ただいま」
「シェリカ様とのお泊りはどうでしたか?」
「楽しかったわよ。その話はまた今度するわ。それより、明日、シュンエルさんに会いに行きましょ」
「明日ですか?突然ですね」
「突然だけど、突然じゃないのよ」
シアンが知らないだけで、もう充分すぎるほど準備している。ルキナにとっては突然ではなく、必然的なタイミングである。
(まあ、シアンからしたら突然なのか)
ルキナは、これまでの準備期間のことをシアンが知らないことを嬉しいような、悲しいような気持ちになった。シアンにはバレないように隠れて準備してきたわけだが、シアンに努力や苦労が理解してもらえないのは困った話だ。
(でも、シアンはこれが普通なのよね)
シアンは、ルキナのことを陰で支えてきた。ルキナすら知らないところで、たくさんの苦労をしているのだろう。それを誰もほめてはくれない。ルキナは、たったこれだけの苦労で威張ることはできないと思った。
「とにかく、シュンエルさんのことは、胸を借りるつもりで任せてちょうだい」
ルキナが胸を張る。すると、シアンは不快そうな顔をした。
「そういう言葉は意味を理解して言ってください。胸を借りるというのは、実力の劣る者が上級者に挑むときに使う言葉です。僕らは何も勝負をしているわけではないですし、それに、どちらかというとほとんどの分野において、お嬢様より僕の方が実力は上だと思うんですよ。人間関係に関しても、お嬢様が器用なら、すぐに逆ハーレムにだって何にでもなれると思います」
ルキナは、ペラペラと喋り始めたシアンをジト目で見た。
「シアン、うざい」




