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やっとたどり着いた手掛かりデスケド。

 週末になると、ルキナは朝早くから馬車に乗って出かけた。シアンに内緒で向かった先は、リュツカ家の屋敷がある町だ。一往復するだけで一日はつぶれるので、ほんの軽い気持ちで行ける場所じゃない。だから、シェリカの協力が必要だったのだ。早くても学校に戻れるのは明日の昼頃だろう。二日も寮を空けていたらシアンが心配する。だが、シアンに正直にどこに行くか話すわけにはいかない。ルキナが目指してるのは、キーシェルの家だ。シアンは、ルキナが勝手にキーシェルの家に行ったと知れば怒るだろう。

(シアンも家に行ってみれば良かったのに)

 ルキナは、一人、馬車に揺られながら思った。シアンから聞いた話だと、キーシェルは決してシアンに住所を教えなかったらしい。別に、家に来るなとは言ったわけではないが、家の場所を尋ねても答えないということは、それはつまり来るなということだろう。それでもなおルキナがキーシェルの家を訪ねるのは、確かめたいことがあるからだ。

「到着しました」

 ルキナが居眠りをしていると、馬車を出してくれた使用人が起こしてくれた。寝ているうちに目的地に到着したらしい。

「んー」

 ルキナは伸びをする。ずっと同じ姿勢で座っていたので、体が固まっている。ただ座って寝ていただけなのに、既に疲れてしまった。

「ありがとう」

 ルキナは馬車を降り、御者にお礼を言った。

「それじゃあ、明日またお願いね」

 ルキナは荷物を手に持って歩き始めた。この辺りにある宿に一泊することにしている。使用人たちは「ご一緒しなくて本当に大丈夫ですか?」と最後まで心配していた。ルキナは一緒に来なくて良い、一人で良いと断った。使用人を引き連れていたら無駄に目立ってしまう。今日はあまり目立ちたくない。

 ルキナは、さっそく宿に行って、一部屋借りた。町に着いたのは昼過ぎで、昼食はまだだった。ついでに、その宿の近くで昼食もとった。ルキナは一人旅をしている気分になって、なんだか楽しくなってきた。

 昼食を終えると、レストランを後にした。荷物は部屋に置いてきたので、身一つで町を歩き始める。

 この町はいわゆる田舎で、観光地というわけでもない。宿泊施設は少ないし、これといってオシャレな店も見当たらない。生きていくために必要な最低限の店しかない感じだ。おそらく、多少距離はあるだろうが、オシャレな店のある街はあるのだろう。田舎者がオシャレをしないというわけではない。こういう客の少ない場所に出店する店が少ないというだけの話だ。

 ルキナは、きょろきょろと辺りを見回しながら歩く。そして、近所の人々の生活に根付いてそうなパン昼を見つける。

「あの、すみません」

 ルキナはパン屋に入り、店員に声をかけた。

「はいはい」

 店の奥から忙しそうな女性が姿を見せてくれる。

「いらっしゃいませ」

「ある人の家を探しているんですけど、教えていただけますか?」

 ルキナは、キーシェルの家を訪ねる。ルキナがキーシェルの名を出した途端、女性の顔がこわばった。

「お嬢さん、ツェンベリンさんの家にどんな用があるのか知りませんが、あの家には近づかない方が良いですよ」

 女性がひそひそと言う。

「なんでですか?」

 ルキナが理由を尋ねると、女性はきょろきょろと周囲を確認した。店内にはルキナ以外の客はいない。すると、女性はさらにルキナに身を寄せてきた。

「あの家、呪われてるのよ」

「呪われてる?」

 予想外の言葉に、ルキナがきょとんとする。そんなルキナのことは無視して、女性が話を続ける。

「ええ、そうよ。呪われてるの。あそこの奥さんと旦那さん、二人とも紫色の髪なのに、子供たちはオレンジなのよ。あの奥さんがとても不倫をするとは思えないし、やっぱり呪いなんじゃないかしらね」

「そうなんですね。それで、家を…」

「そうそう、それでね、あそこの双子、仲悪いのか知らないけど、二人が一緒に遊んでいるところは見たことがないのよね」

 女性の話に区切りがついたと思って、ルキナが話を本題に戻そうとしたが、女性はまだ話したりないようで、また長々と話し始めた。ルキナはあくまで家の場所を教えてもらおうとしている側なので、女性を無下に扱うことができない。ニコニコと笑いながら、相槌を打つ。

「でも、あの二人、ほんとそっくりなのよね。大きくなっても、あ、あの双子ねってなるのよ。あー、最近は男の子の方は見なくなったわね。昔はしょっちゅう走り回ってるのを見たのに。山登りが速いって子供たちの中で評判だったみたいで。それに、女の子の方も王都の上級学校に行ったらしい。シュンエルちゃんだっけ?シュンエルちゃん、頭良いみたいでね。特待生だって。すごいわねぇ。あ、もしかして、お嬢さん、シュンエルちゃんのお友達だったりするのかしら」

 女性の話は止まることを知らない。ルキナは愛想笑いをするので精いっぱいだ。

「あら、いらっしゃい」

 ご近所さんと思われる客が入ってくると、店員はルキナをほったらかしにしてそちらに行ってしまった。ルキナは肩をすくめた。せっかく店に入ってまで家の場所を尋ねたのに、長々と噂話を聞かされるだけで、肝心の話は聞けなかった。

「あの、これください」

 ルキナは申し訳程度にパンを一つ買って店を出た。ルキナの買い物の相手は、別の店員が担当してくれた。

「おばさんと貴族は噂が好物とは言うけど」

 ルキナは良い香りのするパンを手に持って呟いた。学校の友達かもしれないルキナの前で、子供たちは呪われてるなんて話をするもんではないだろうに、あの女性はどんな神経をしているのだろう。

(あんくらいの図太さが欲しいわ)

 ルキナは次にケーキ屋さんを見つけた。人の家を訪ねるなら手土産の一つでも持って行くべきだろうし、最悪、家が見つけられなかったら自分で食べれば良い。

「すみません、ちょっとお尋ねしたいことがあるのですが」

 ルキナは、ケーキ屋の店番をしている若い女性に声をかけた。

「はい、どうされましt?」

 とても優しい人で、突然話しかけたルキナにも素敵な笑顔を見せてくれる。

「あの、私、キーシェル・ツェンベリン君のお家を探してて」

 ルキナがそう言うと、女性はすぐに家の場所を教えてくれた。親切なことに簡易的な地図まで書いてくれた。

「ありがとうございます」

 ルキナはメモを受け取り、お礼を言う。

「おすすめのケーキを二つとチョコレートケーキ一つください」

 ルキナは、お礼も兼ねてケーキを三つ買う。これでキーシェルの家を訪ねる準備は完璧だ。

 ルキナは、ケーキとパンを片手に教えてもらった家を目指した。その家は、町の外れにあるらしく、ただっ広い道をそこそこ歩くことになった。今日は雪が降っていないはずだが、雪は積もっていて、歩きにくい。ルキナは黙々と歩き続け、なんとかキーシェルの家にたどり着いた。

 コンコンとドアのノックする。すると、紫の髪の女性が姿を現した。

「こんにちは。ルキナ・ミューヘーンと申します」

 ルキナは荷物を持っていない左手だけでスカートをつまみ、丁寧にお辞儀をした。

「ミューヘーン…様!?」

 女性はたいそう驚いてみせた。ミューヘーンの名を聞けば、ほとんどの者がどんな人物なのかわかる。それもそのはず。第一貴族は国に三家しか存在しない。ミューヘーン家、アーウェン家、ロット家の名を知らない者は、常識を知らないと言われるくらいだ。

「ロリエ、どうかした?」

 旦那さんと思われる男性も玄関にやってきた。

「突然押しかけてすみません。ルキナ・ミューヘーンと申します。キーシェル君からいつもクッキーをもらっているのでお礼をさせていただきに参りました」

 ルキナが改めて自己紹介とお辞儀をすると、二人は呆然とした。国内随一の名家とも称される家の人間が訪ねてくるなんて予想だにしなかったはずだ。

「よろしければ、これを」

 ルキナは二人の反応を伺いながらケーキを差し出す。すると、夫婦は我に返ってルキナを家に招き入れた。

「外は寒いですからね」

 ロリエが緊張気味に世間話を始める。ルキナは「そうですね」とのる。ロリエは、ルキナを椅子に座らせると、急いでお茶の用意を始めた。

「グンテ・ツェンベリンと申します。キーシェルの父です」

 グンテと名乗ったキーシェルの父がペコリと頭を下げた。

「ご丁寧にありがとうございます」

 ルキナは貴族の娘という風格を出しつつ、余裕のある対応をする。そうこうしているうちに、ロリエが暖かい紅茶をいれたカップを持ってやってきた。

「たいしたおもてなしはできませんが…。」

 ロリエがルキナの前にカップを置く。

「おかまいなく」

 ルキナは笑顔を崩さないことを意識する。ツェンベリン夫婦は、ルキナの前の椅子に座る。

(椅子は三個…?)

 ダイニングテーブルに用意されている椅子は三つ。ここにいる三人が座ってぴったりの数だ。

(四人家族じゃないのね)

 ルキナは、気づかれない程度に家の中のいろいろな物を確認する。お皿やコップの数、上着の数。どこを見ても、四人家族というよりは三人家族が住んでいるように見える。

「キーシェル君はどちらに?」

 ルキナが尋ねると、二人一緒にギクリとした。

「えっと…今は家を出ていて…。」

 グンテがお茶を濁し気味に言う。

「そうですか。あ、そういえば、学校でシュンエルさんに会いましたよ。私、クリオア学院に通ってまして」

「そうなんですか!?ミューヘーン様は二人と友達なんですね」

 ロリエが驚く。ルキナはロリエの反応をじっくり見る。

「はい。キーシェル君には小さい頃から遊んでもらってましたし、シュンエルさんとは学校で。二人が双子だって聞いた時は驚きましたよ。それで、キーシェル君はご実家にいると」

「シュンエルがそんなことを?」

 ロリエは信じられないというような顔をする。

(なるほどね)

 ルキナは、鎌をかけるためにさっきの話をした。ロリエの反応を見られたので、鎌をかけて正解だった。

「えっと…すみません、違う人から聞いたかもしれません」

 ルキナは適当に誤魔化す。

「あ、いえ、こちらこそ。娘はキーシェルの話をするのを嫌がる節があって…少し仲が悪いと言いますか」

 ロリエが煮え切らないことを言う。

「そういえば、シュンエルさんにキーシェル君のことを聞いたら、お兄さんはいないみたいなこと言ってましたね」

「すみません。あの子、キーシェルの話をさせるのが嫌みたいで。できれば、あの子の前でキーシェルの話をするのは避けていただきたいんですけど…」

「はい、気をつけますね」

 ルキナは、こうしてロリエと言葉を交わすうちに、とあることを確信していた。

「それでクッキーの話なんですけど」

 ルキナは話を変えた。

「キーシェル君がクッキーを何度かくれまして、そのお礼にと思ったんです」

 ルキナはケーキの入った箱を改めて夫婦の前に置いた。二人とももらいにくそうにしていたので、「ついそこで買ったケーキで申し訳ないんですけど」と付け足した。

「でしたら食べて行かれてはどうですか?」

 言うが否や、ロリエが席を立ち、ケーキを箱からお皿に移した。ケーキはちょうど三個。一人一個ずつ食べることになる。ルキナは、好きなケーキはあるかと聞かれたので、遠慮せずにチョコレートケーキをもらった。

「素敵なところですよね。私、シアンにくっついて遊びにくるばっかりだったんですけど、けっこう楽しみにしてたんですよ」

「シアン…?」

「シアン・リュツカです」

「リュツカ…あのお屋敷の?」

「はい」

 ルキナはケーキを食べながらグンテと話を盛り上げる。

「遊びに来るたびにキーシェル君がクッキーをくれて。キーシェル君って器用なんですね」

「そうなんですよ。シュンエルに食べさせてあげたいからと練習して、いつの間にか職人みたいなくらい上手に…って親ばかですね」

「そんなことないですよ。本当に美味しかったです。今度、キーシェル君にクッキーの作り方を教えてもらいたいなって思っていたくらいですよ」

 ルキナがそう言った途端、グンテが黙ってしまった。

「…。」

 グンテが何かを言うか言わないか迷ったように口をパクパクさせる。ルキナはグンテの言葉を待ったが、結局、何も言ってくれなかった。

「それではお邪魔しました」

 ルキナはケーキを食べ終え、少しゆっくり話をした後、ツェンベリン家を出た。夫婦は見知らぬ貴族の娘にも優しくしてくれた。本当に優しい人たちだ。

(たいぶ収穫あったし、良かったわ)

 ルキナは、宿までの道を考え事をしながら歩いた。

 あの夫婦はキーシェルとそっくりだし、シュンエルはクリオア学院にいることが判明した。シアンが見つけたシュンエルは、間違いなく、キーシェルの妹だ。

 これでやっとシュンエルに会う準備が整った。シアンが仲良くなるのを失敗した相手と話すのだから、ルキナも失敗するわけにはいかない。シアンにとって、シュンエルはキーシェルにたどり着くための大切な手がかりだ。せっかく手に入れた手がかりを容易く手放すわけにはいかない。シュンエル相手にどんな話をすべきか事前に知っておくために、こうして情報を集めたのだ。先走ってしまってはパアになってしまうこともある。何事も慎重であることが大切だ。

(さあてと、明日起きたら帰らないと)

 ルキナは雪の上をザクザク歩きながら伸びをした。

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