何事も準備が必要なんデスケド。
ルキナはシアンに腹を立てながら食堂に向かった。シアンはルキナの後ろについて「お嬢様、お嬢様」と呼び続けた。ルキナは、それを無視した。自分でもなぜそんなにもシアンに腹を立てているのかわからなかった。
「ルキナ嬢、リュツカと喧嘩でもしたのか?」
タシファレドが、ルキナがシアンから逃げるように早足で歩いているのを見た。タシファレドの両サイドには可愛らしい女生徒がいる。両手に花状態だ。ルキナは、タシファレドの女たらしなところを目の当たりにして顏をしかめる。今、ルキナは腹を立てているので、余計にイライラする。
「喧嘩はしてない」
ルキナはタシファレドにも強く当たる。
「ご機嫌斜めですか」
タシファレドが笑ってちゃかす。ルキナはムカッとして、「だったら何?」とタシファレドを睨んだ。タシファレドは、びびって「ひぃっ」と短い悲鳴を上げた。タシファレドは幼い頃にルキナによってトラウマを植え付けられている。今でこそタシファレドもルキナと会話をすることができるようにはなったが、まだルキナには恐れているところがあるようだ。
「タシファレド様、寒いです。早く行きましょう?」
タシファレドの隣にいる女子がタシファレドの腕に抱きつきながら言った。
「そうだね。レディーに風邪をひかせるわけにはいかないね」
タシファレドはちゅっと女子の手の甲にキスをして歩き始めた。すると、ダダダダダダと何かが迫ってくる音が聞こえ始めた。ルキナが不思議に思って振り返ろうとした瞬間、ルキナの目の前を何かが通り過ぎて行った。
(アリシアちゃん!?)
速すぎて顔は見えなかったが、赤色の髪が強く目に焼き付いた。
「たっちゃんの浮気男!」
ルキナがタシファレドの方に視線を戻すころには、アリシアがタシファレドに飛び蹴りを食らわせていた。タシファレドが雪の上に転ぶ。両サイドの女子たちは、悲鳴を上げて逃げて行った。
「何すんだ、暴力女!」
タシファレドの叫び声が聞こえてくる。赤髪の二人はしばらく何か言い合っていたが、タシファレドがアリシアの腕を引っ張って、アリシアを雪の上に倒した。すると、今度は笑い声が聞こえてきた。
「馬鹿みたい」
ルキナは右手で後ろの長い髪をかき上げた。栗色の髪が風になびく。ルキナは体の向きを変えてまた歩き始めた。今のルキナは、何を見ても腹が立ってくる。
ルキナはさっさと食堂の中に入り、料理の載ったトレイを持って席に着いた。シアンはルキナの目の前の椅子に座った。その間、二人は言葉を交わすことはなかった。
ルキナは、いただきますをして料理を食べ始めた。温かい料理が体を温めてくれる。ルキナは、ほっと息をついた。イライラしていたのは空腹のせいだったようだ。今はもうイライラなどせず、気分はかなり落ち着いている。
「私に聞いてほしい話があるんでしょ?言ってみなさいよ」
シアンが何かを話したそうにうずうずしている。ルキナはシアンの話を聞いてあげることにする。ルキナが話を聞く体勢になると、シアンは嬉しそうな笑顔を見せた。
「さっきも言ったんですけど、キールの妹らしきシュンエルさんを見つけたんです。キールと同じ髪と目で、顔もそっくりでした。身長はキールより低い感じがしますけど、キールの女性版みたいな人だったんです」
シアンは水を得た魚のようにペラペラと話し始めた。珍しくシアンが饒舌だ。シアンがこんなに長々と話をするのは珍しい。
「うん、それで?」
ルキナは相槌を打ちながら続きを促す。
「でも、シュンエルさんは、自分に兄はいないと言うんです」
シアンは不安げな表情を見せる。
「シュンエルさんの情報はキールから聞いた話しかないわけね」
ルキナが確認するように言うと、シアンは頷いた。キーシェルは確かに双子の妹がいると言ったそうだ。
「ふーん、人違いの可能性も否定できないわけね」
ルキナは悩ましい顔をする。
「まあ、たしかに、シュンエルさんがお兄さんのことを嫌ってて、知らないふりをしているかもっていう考え方はできるし、シアンがそれを確かめたいと言うのもわかるわ」
シアンは、やっとたどり着いたキーシェルへの手がかりを手放すまいとしている。シアンにとって、キーシェルは本当に大切な友達だ。彼にもう一度会うためなら努力を惜しまないだろう。
「ただ、問題があって…」
シアンが深刻そうな顔をする。ルキナはシアンに視線を送って続きを促す。
「シュンエルさんに会ったのは、昨日と今日の二回なんですけど、何と言いますか、その…口をきいてもらえないというか…えっと…」
シアンが煮え切らない言い方をする。ルキナは「はっきり言って」といら立ちを表面に出すと、シアンは慌てて「嫌われてしまったみたいで」と言った。
「嫌われた?二回会っただけで?」
「はい、もう顔は見せないでと言われました」
シアンがこれまでになくしょんぼりする。ルキナはため息をつく。
「何をしたのよ」
ルキナが呆れて尋ねると、シアンは困ったような顔になった。嫌われる原因に心当たりがないらしい。
「キールの話をしただけなんですけど…。」
シアンはぼそぼそと小さな声で言う。シアンは、嫌われるということになれていないのだろう。今のシアンは頼りない。
「へー」
シアンの珍しい姿に、ルキナは興味を示す。友達と呼べる人は少ないが、知り合いは多いシアンが、人付き合いでミスをするのは珍しい。初対面の人が相手でも、普段のシアンのならすぐに良好な関係を築ける。そんなシアンが嫌われるなんてよっぽどのことだ。
「キールのことをしつこく聞いたりしてない?」
ルキナは、シアンがシュンエルに会ったと報告に来た時のことを思い返す。シアンは興奮気味で、人の話など聞いていなかった。あんな状態で、知らんふりをしている兄のことをしつこく聞かれたら、誰だって嫌だろう。
「そんなにしつこくしたつもりはないんですけど」
シアンは自信なさげに言う。シアンは無意識のうちに暴走していたのかもしれないと、反省を始めている。
「まあ、いいわ」
ルキナは、シアンが不憫に思えてきた。必死になっているシアンのために協力してあげても良いだろうと思う。
(シアンが私に頼み事とか相談とか珍しいし)
ルキナは心なしか嬉しく思っていた。シアンがルキナにシュンエルの話をするということは、ルキナに何とかしてほしいと助けを求めているということだ。いつもはルキナがシアンに助けを求めるが、今だけは立場が逆転している。
「私が、そのシュンエルっていう人と話をしてあげる」
ルキナは優越感も感じながら言う。シアンは「ありがとうございます」と素直にお礼を言った。
「ただし、私にも準備っていうものが必要なの。すぐには無理よ」
ルキナは、今すぐにでも行こうと、ハイテンションなシアンを落ち着かせる。ルキナには思うところがあった。だから、シアンの望むようにすぐにはシュンエルに会うことはできない。ルキナにはルキナなりの手順というものがあるのだ。
「大丈夫よ、ちゃんと約束は守るから」
残念そうにするシアンを窘めて、ルキナは食事を再開した。料理は少し冷めていて、美味しさも半減しているような気がした。でも、シアンの相談に乗れたという喜びが、いたって普通の夕食もさらに美味しくしてくれるような気もした。
翌日、ルキナはさっそく行動を開始した。
「ねえ、マクシス。シュンエル・ツェンベリンっていう人知らない?普通科で、たぶん私たちと同い年か一つ上の」
昼休み、ルキナはマクシスに話しかけた。マクシスは休み時間の間はチグサからついて離れないので、必然的にチグサも一緒に話を聞くことになる。チグサは、ルキナとマクシスの話などどうでも良さそうで、窓の外の雪をぼーっと眺めていた。
「シュンエル・ツェンベリン…?」
マクシスが何かを思い出すような仕草をする。
「知ってる?」
「うん、たぶん知ってる」
「有名な人なの?」
マクシスが知っているということは、貴族間で噂になるほど有名ではあるのだろう。
「一級生の特待生でしょう?特待生は少ないから有名といえば有名かな。僕らと同じ学年の普通科の人だよ」
噂好きのマクシスは、シュンエルに関する情報も仕入れていたようだ。ルキナはマクシスにさらなる情報を求める。
「貴族ではなくて、地方から来てるって。あ、髪はオレンジだってね。噂によると、両親の髪色と違って、突然変異?みたいな話もあるって」
マクシスは知り得る情報を披露する。ルキナは念のためメモをとる。
「そういえば、僕らもシュンエル・ツェンベリンさんらしき人に会ったことあるよ。ね、姉様」
「…会った」
マクシスがチグサに話をふると、チグサは端的に肯定した。チグサは外を見ていたはずだが、弟たちの話は聞いていたようだ。
「あの人、普通じゃない」
チグサが小さな声で話し始める。
「チグサの口から普通っていう単語が出てくるとはね」
ルキナからしたら、チグサは全く普通じゃない。そんな普通じゃない人に普通を語られるなんて複雑な気分だ。ルキナがふふっと笑うと、マクシスがチラッとルキナを見た。大好きな姉が侮辱されたのではないか、と疑っている。
「あの人は、ただの人間じゃない。ヒトとは違う何かを感じる」
チグサはそれだけ言って、また外の景色に集中し始めた。
(チグサって、ザ・不思議ちゃんよね)
ルキナは、チグサが何を言っているか全く理解できなかった。
「会った時は何も言ってなかったじゃないですか」
マクシスは不満そうだ。チグサは無口な人で、あまり人と会話しない。それは弟が相手であっても変わらない。だからこそ、マクシスはチグサの話は何でも聞きたいと思っている。それなのに、チグサは思ったこと、感じたことをその場で口にせず、必要に駆られてからしか話さない。今回も、ルキナがいるからチグサは話す気になったのだ。それが、マクシスは不満なのだ。
「まあ、会ったって言っても、ほんの一言、二言交わしただけだし、そもそも本人だったかもわからないから」
マクシスは最後にそう言って、話を締めくくった。
マクシスから話を聞いたルキナは、今度はシェリカに会いに行った。ルキナはいつも、昼休みをシェリカとティナの三人で過ごしている。シェリカの居場所は把握済みだ。ルキナはとある講義室に行った。そこにシェリカがいる。
「シェリカ、ちょっと協力してくれない?」
ルキナは、シェリカを見つけるなり、そう声をかけた。週末、シェリカの家に泊まりに行ったことにしてほしいとお願いした。今週末、シェリカが実家に帰ることを知っていた。だから、ルキナはそれをカモフラージュに使おうと考えた。今週末、ルキナは行きたい場所がある。そのことがシアンにバレたくない。
「まあ、別に良いですけど」
シェリカは、ルキナの目論見がわからず、腑に落ちない様子だ。それでも、協力はしてくれるらしい。ルキナはお礼を言ってシェリカの元を離れた。この後、ルキナの授業はないので、とりあえず寮に戻ることにする。
「ルキナ、忙しそうですね」
外を一人で歩いていると、不意に背後から声をかけられた。ルキナが振り返ると、ノアルドがニコニコと笑って立っていた。
「ノア様、何かご用ですか?」
ルキナが首を傾げると、ノアルドもルキナを真似て首を傾けた。
「ん?」
ルキナは反対側に首を傾けると、ノアルドも鏡のように頭の位置を変えた。ノアルドは別にルキナに用があって話しかけたわけではないらしい。
「そうだ、ノア様も協力してください」
ルキナはちょうど良いタイミングでノアルドが現れたと思った。
「今度の週末、私、出かけるんですけど、シアンに内緒なんです。その間、シアンがどんな様子か見ていてほしいんです」
ルキナはまたシアンが暴走しないか心配に思っている。そのお目付け役に、ノアルドを指名する。当然のことながら、寮にいることを考えれば同性である必要がある。性別以外に、ノアルドを選んだ理由はない。たまたまノアルドが話しかけてきたので、ノアルドにお願いすることにしただけだ。
「私をこき使うのはルキナだけですよ」
ノアルドが苦笑する。そうは言うが、特段嫌そうな顔はしていない。むしろ、嬉しそうな、面白そうな顔をしている。
「駄目ですか?」
ルキナは、ノアルドが王子であることを思い出し、慌て始めた。ルキナが申し訳なさそうに尋ねると、ノアルドはふはっと笑った。
「良いですよ、デートの約束をしてくださるなら」
ノアルドが冗談交じりに言う。ルキナはきょとんとしながら「わかりました」と答えた。
二人の関係を考えればデートをするのはごく自然のことだ。だが、さほど頻繁にデートをしてきたわけではないし、最近はめっきりデートをしなくなっていた。皆で出かけることが多かったし、忙しくて予定が合わなかったこともある。それに、ルキナはノアルドはデートに乗り気じゃないと思っていた。だから、誘ってこないのだと。
「お嬢様」
ルキナがノアルドと話していると、シアンが走ってきた。
「あ、ノアルド殿下もいらっしゃいましたか」
シアンがノアルドに気づく。ノアルドは優しくシアンに笑いかける。
「お邪魔でしたか?」
シアンが申し訳なさそうにする。ノアルドは大丈夫だと答える。
「デートの約束をしてただけよ」
ルキナはノアルドの腕に抱きついて言った。シアンは笑顔のまま「そうですか」と相槌を打った。
「それでは、私はこれで」
ノアルドは、この後授業があるからと去って行った。
「はい、また」
ルキナはノアルドに手を振る。シアンは会釈をしてノアルドを見送る。
「今日はミッシェルさんは一緒じゃないんですね、殿下」
「あー、そういえばそうね。まあ、二人とも学科違うし、しょうがないわよ」
「それもそうですね」
「シアンは良いの?授業は?」
ルキナはシアンに向き直って問う。
「今日は休講になりました」
シアンが授業をさぼるつもりではないようだ。ルキナは興味なさそうに「ふーん」と言う。シアンが用があって話しかけてきたくせに、いつまでも本題に入ろうとしないので、ルキナはシアンを無視して歩き始める。すると、シアンが我に返ってルキナの前に立ちはだかった。
「お嬢様、いつ会いに行くんですか?」
シアンは、ルキナがいつシュンエルに会いに行くつもりなのか心配に思っている。
「私にもタイミングっていうものがあるのよ」
翌日以降もシアンはしつこく同じ質問を繰り返したが、ルキナはそう言って取り合わなかった。




