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有意義かどうかは一緒にいる人次第デスケド。

 年末年始の大仕事が終わると、間もなく冬期休暇が終わりを迎えた。

「うぅー、さむっ」

 ルキナは体をさする。制服というのは、さほど機能性に優れているわけではない。冬服を着たところで、たいして寒さから身を守ることはできない。

「映鏡でも、例年より今年の冬は寒いって言ってましたもんね」

 シェリカも寒さに身を震わせている。

(映鏡でもテレビみたいに天気予報とかあるのね)

 ルキナは、はぁーっと息を吐いた、息は真っ白だ。たしかに、去年はここまで寒くなかったようあ気がする。

「さむいー」

 シェリカがティナに体を寄せている。その程度ではあまり暖かくはないだろうが、外から見ていると羨ましく思える。

「私も入れて」

 ルキナはシェリカとティナの間に入り込む。ルキナが無理矢理割って入っているので、三人ともぎゅうぎゅうと押し合う形になる。

「やめてくださいー」

 ルキナが強引にくっついてきたので、密着度は高くなり、先ほどより暖かくなっているはずだが、とりあえず、シェリカは文句を言っている。三人がおしくらまんじゅうをしながら歩いていると、チラチラと雪が降り始めた。

「ホワイトヴァレンタインになりそうね」

 ルキナは空を見上げる。まだ一月は始まったばかりだが、このままいけば、二月も雪が降り積もる可能性は高い。そうなれば、ヴァレンタインの日も雪が降るかもしれない。

「ヴァレンタイン?」

 ティナがルキナの顔を見て尋ねる。ルキナはティナの反応を見て、はっとした。

「あー、ごめん。ヴァレンタインじゃなくて、ファレンミリーだったわね。しかも、冬じゃなくて初夏」

 この世界のヴァレンタインは六月にある。それに伴って、名前もファレンミリーとなっている。これは、ゲームの公式が、冬にばかり恋愛イベントばかり集まっていて面白くないから、初夏にイベントを移動しようという目論みの元決められたものだ。初夏というのは微妙な季節で、気温的に甘いお菓子をたくさん食べづらいし、そもそもお菓子が痛みやすい。それでも、この世界の住人は、毎年ファレンミリーを楽しみにしている。無論、ルキナもファレンミリーを楽しみにしている。なぜなら、シアンに手作りクッキーを送るからだ。まだ練習中ではあるが、最近になって、安定して口にできる程度のクッキーは作れるようになってきた。このままいけばファレンミリーを迎えるころには美味しいクッキーを作ることができるだろう。

「あ、バリファ先輩」

 ルキナは、ベルコルが一人で歩いているのを見つける。シェリカとティナの間から抜け出し、先に寮に戻っているように言う。

「バリファ先輩」

 ルキナは、ベルコルに話しかけに行く。ベルコルは、ルキナに呼ばれたことに気づくと、ルキナに笑顔を向けた。

「先輩、今日も図書室に行くんですか?」

「そのつもりだよ。ミューヘーンさんも一緒に行きますか?」

「はい」

 ルキナはベルコルの後ろについて図書室に入る。屋内は暖房が効いていて、どこも暖かい。ベルコルが適当な席を選び、ルキナがその向かいに座った。

「手袋、しないんですか?」

 ルキナがかじかんだ手をさすっていると、ベルコルが尋ねてきた。

「長時間外にいる時とか、雪遊びをする時はしますけど、学校にいる時はつけたり取ったり面倒くさいので」

 ルキナは、声を抑えて話す。図書室はとても静かな場所で、声を出すのがためらわれる空間だ。口を開くたびに緊張する。

「そうだね。教室を移動するだけなのにいちいち手袋するのは面倒だ」

 ベルコルは、話しながら、カバンから勉強道具を取り出す。ルキナもちゃんと勉強に取り掛かる準備をしている。そうして、いつの間にか会話は止まり、勉強に集中し始める。

「先輩、哲学なんですけど、この二人の言ってることの違いって何ですか?教科書の中を探しても見つからなくて」

 ルキナは、ベルコルの勉強に区切りがついたタイミングを狙って質問をする。

「どれ?ああ、シェルカーとランドルですね。その二人は根本が違っているだけで、考えは似通っているんですよね。二人とも、『全ての生物はもともと一つのモノから生まれた。同一のモノから派生した生物の相違点は魔力量によるものである』と言ってるけど、シェルカーは全ての生物に植物も何もかも含めている。一方、ランドルは、植物は除いた動物を全ての生物と言っている」

「全然違うじゃないですか」

「そう。正直、シェルカーとランドルは、後世の哲学者に影響を与えることがなかったから、哲学界においてもあまり重要視されていない。だから、哲学関連の本を読んでも、シェルカーとランドルはセットで書かれていることが多いし、ひどい時はそもそもはしょられている」

 ベルコルがふふっと小さく笑う。ルキナもつられて笑う。

「哲学の講義はトウケ先生が?」

 ベルコルが、ルキナがベルコルに教えてもらったことを紙に書いているのを覗き込む。ルキナが肯定すると、ベルコルが「やっぱり」と笑った。

「あの先生、珍しいことにシェルカーとランドルにも細かい人だから」

 ベルコルがルキナからプリントを見せてもらって「予習プリントね」と呟いた。

「先輩もトウケ先生の授業を受けたんですか?」

「うん。予習プリントなんてあるんだね。僕の時はなかったよ」

「そうなんですか?でも、予習プリントなんて言いながら、プリントと全然違う授業をすることもあるんですよ」

「そうなんだ」

「そうなんですよ。どこが予習?みたいなことがあって」

「あの先生、基本、テキトーだからね。日によって言ってることが違うから困るよ」

 ベルコルが席を立った。ルキナはベルコルから返されたプリントに回答を書く。ルキナが次の問題に取り掛かっていると、ベルコルが本を一冊持って戻ってきた。

「これ」

 ベルコルが探しに行った本はルキナのためのものだったらしい。ベルコルが本をルキナに渡す。

「この本、面白いから読んでみると良い。哲学者の話が載ってる。たとえば、シェルカーとランドルは、実は教師と生徒の関係だったんだが、二人とも互いにまさか知り合いとは思わずに手紙のやり取りをしていたことがあるんだ。話が合うから実際に会って話してみようということになって、会ってみたら、知り合いだったっていう話があるんだ」

(文通相手と会う…ネトゲの友達に会う感じかしら。その手の話は安っぽいラノベの冒頭にありそう)

 ルキナは、シェルカーとランドルのことはもう忘れない気がする。ベルコルが言うには、「どうでも良い情報もインプットすることで、記憶が定着することもある」だそうだ。ルキナは、なるほどと思いながら本をぱらぱらとめくる。

「二人が手紙のやり取りを始めた時の話なんかも面白いよ」

 ベルコルは知識が広い。この本も読破したのだろう。ベルコルは、「読み終わったら、どの話が気に入ったか教えてください」と言って、ルキナの読書欲を掻き立てる。寮に戻ったら、勉強に集中できないし、小説を書かなくてはならなくなるから、ベルコルと一緒に図書館で勉強するようにしている。だが、今夜は、読書で時間がつぶれそうだ。ルキナは、今すぐにでも読み始めたいという気持ちに駆られる。極めつけは、「ちなみに、トウケ先生もこの本の出版に携わっていたらしい」というベルコルの話だ。上級学校の教授にまでなって学を深めている人は、その研究に関する本を出版する人もいる。そういう話を聞くと、ついつい本を手に取ってしまう。

「今日の夜、読みますね」

 ルキナは、今日は執筆活動は諦めることにした。「頭の良い人」にも種類があるが、ベルコルは周囲の人間にも知識を与えてくれるタイプだ。ベルコルと一緒にいると、本当に有意義な時間を過ごすことができる。

「今日も勉強を教えてくださってありがとうございます」

 夕食時になり、二人は図書室を後にした。ルキナがお礼を言うと、ベルコルは「問題ない」と答えた。

「お礼と言っては何ですが…。」

 ルキナはカバンから小さな袋を取り出した。ルキナはそれをベルコルに手渡す。

「ここ最近、調理室に入り浸っているようだね」

 ベルコルは、袋の中身を確認して言った。袋には、クッキーが数枚入っている。今日、調理室を借りて作ったものだ。

「はい。まだまだ商品にできるような出来はないんですけど」

 ルキナはちゃんと味見をしている。人が口にしても大丈夫な最低レベルは超えている。まだクッキー作りに自信があるわけではないが、人にあげても許されるレベルではあるだろう。

「見た感じ、美味しそうだよ」

 ベルコルは、クッキーをもらえて嬉しいと言う。

「ありがとうございます」

 ルキナは、ベルコルに褒められて喜ぶ。来年の六月、ファレンミリーの日、ちゃんとシアンにプレゼントできるように準備しなくては。

 ルキナが改めて意気込んでいると、「お嬢様!」と呼ぶ声が聞こえてきた。この学校にルキナをお嬢様と呼ぶ人物はシアンの他にいない。

「隠して!」

 ルキナは、慌ててベルコルの手首を押さえてクッキーを隠させる。ベルコルはルキナの事情をすぐに察して、素早くクッキーを隠してくれた。

「お嬢様」

 何か嬉しいことでもあったのだろう。シアンがうきうきとした声を出す。

「どうしたのよ。ちょっと落ち着きなさいよ」

 シアンが顔をずいずいと近づけてくる。ルキナはシアンの肩を押して離れさせる。

「見つけたんです!」

 シアンはルキナの話を聞いてない。まだルキナに顏を近づけようとしている。ルキナは手に力を入れる。

「見つけたって何を?」

「キールですよ!」

「キール!?キールがいたの?」

「いえ、キールの妹が!」

 シアンは、大切な友達であるキーシェルの妹を見つけた。その妹は、しばらく姿を見せないキーシェルに繋がる手がかりとなる。シアンがテンションを上げるのも無理はない。

「わかったから。ほんとにちょっと離れて」

 ルキナがぐいぐいとシアンの肩を押していると、ベルコルがシアンの胸に手を当てて引っ張った。シアンはベルコルに引っ張られてルキナから離れた。

「あ、すみません」

 シアンは冷静になり、ルキナとベルコルに謝った。ベルコルは、シアンが自分の状況を理解したことを確認すると、満足そうな顔になった。

「喧嘩はしないように」

 ベルコルは、そう言って、すたすたと歩いていった。

「それで?妹がなんだって?」

 ルキナがシアンに話をするように促すと、シアンは顔をパアッと顔を輝かせた。

「シュンエルっていうんですけど、シュンエルさんがいたんです。この学校に」

 シアンは、偶然、キーシェルにそっくりなオレンジ色の髪、目をもつ少女を見つけた。少女の名は、キーシェルから聞いていた妹の名前と同じだった。

「でも、シュンエルさんは、自分に兄はいないって言うんです」

 シアンがしゅんとする。キーシェルは双子の妹がいると言っていたが、シュンエルの方は、兄の存在を認めようとしなかったらしい。シアンは、自分の会ったシュンエルこそがキーシェルの妹に間違いないと思っていたので、その分、ショックだったようだ。

 ルキナは、シアンがこんなふうに喜んだり、悲しんだりするところは見たことがない。シアンは感情の起伏がないわけではないが、このように表情をころころと変えるところは見せることがなかった。しかも、その原因が自分ではなく、別の人だ。なんだか面白くない。

「シアンのバカ」

 ルキナは、ふんっとシアンから顔をそらし、シアンを置いて歩き始める。

「何を怒ってるんですか」

 シアンが慌ててルキナを追いかける。

「なんでもない」

 ルキナはぷんぷんと怒りながらぶっきらぼうに言う。

「シンプルに悪口!?」

 シアンはやはりテンションが高い。ルキナの機嫌が悪くても、さほど気にしていないようだ。ルキナはさらに腹が立ってきた。

「バカバカバーカ」

 ルキナはシアンにあっかんべーをする。

(なにがキールよ。なにがシュンエルよ。シアンなんか、小指をタンスにぶつければ良いんだ)

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