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今はまだ夢物語デスケド。

 親戚が訪ねてきた夜は長い。夕食を終えても、酒を片手に語り合う時間が続く。

「いやー、子供たちもこんなに大きくなるとは。我々も年を取るわけですね」

「いや、まったくそうですな」

 ハリスを中心に、男性たちが話を盛り上げている。ハリスはあまり酒を飲んでいないようだが、周りの皆は完全に酔っぱらっている。

「それにしても、ルキナさん、美しく育ちましたね」

 ルキナがハリスの横でニコニコしていると、話題がルキナのことになった。

「はい、ありがとうございます」

 ルキナは笑顔のまま対応する。次期当主としてあるべき姿というものを意識する。ハリスの周辺は、分家の中でもミューヘーン家に近い者たちが多い。邪険には扱えない。

「リュツカ家で昔、火事があったって知ってるか?」

 ルキナのいるところから少し離れたところで、酔っぱらった大人たちがシアンの話で盛り上がり始めた。ルキナは、眉をひそめて、椅子に座り直した。自然を装って聞き耳を立てる。

「火事?知らないな」

「当主が隠してるっていう話だ」

 ルキナは、彼らが何の火事の話をしているかすぐに理解した。あの火事のことは一部の人間しか知らない。なぜか国家機密として、国がルキナ含め、火事のことを知る者たちに口留めをしている。シアンをひきとったミューヘーン家はもちろんのこと、第一貴族の家の者ならば、リュツカ家の火事のことは知らされているだろう。だが、それ以外の者たちは火事のことを知らない。ハリスが皆にその話をしないのも国家機密であるからなのだが、それがどうやら気に入らないらしい。どこからか仕入れてきた噂話でハリスを貶そうとしている。

「その火事がどうしたって言うんだ」

「それが、火事っていうのは、どうも、リュツカ家の竜の血と関係があるらしい」

「竜の血?あれ、迷信だろ?」

「知らないのか?あの子供、次期当主の娘を誘拐犯から一人で助け出したっていう話だ。しかも、中等学生の頃に」

「へぇー?」

 酔っ払いたちがシアンをじろじろと見ている。ルキナは、貴族の、大人の、こういう目が嫌いだ。シアンが超人的な能力を持っていることを知って、物欲しそうな眼をしている。意地汚い大人たちは、力というのもに目がない。シアンはそんな大人たちの恰好の餌になろうとしている。それはルキナにも許容できない。

「シアン、もう大丈夫よ。お母様と一緒に部屋に戻りなさい」

 ルキナはシアンに耳打ちをする。シアンは小さく頷いて、メアリに声をかけに行った。おそらく、シアンはあの者たちの話声が聞こえていたはずだ。それでも、シアンは嫌な顔一つせず、ただ黙って受けて入れていた。

 ルキナがシアンを目で追いかけていると、メアリが視界に入った。シアンが何か話している。すると、メアリがルキナに笑いかけた。ルキナが気遣ってメアリに逃げるタイミングを与えたことを察したのだろう。メアリはいつも親戚の前ではいたたまれない様子で、気づけばシアン同様に自室にこもっていることが多い。ルキナが知らないだけで、メアリも何か親戚たちに変な目で見られるのかもしれない。

「ルキナちゃん、ノアルド様とはどうなんだい?」

 ルキナがぼんやりとシアンとメアリを見送っていると、話しかけられた。

「仲良くさせていただいてますよ」

 ルキナが首を傾けながら笑う。嘘は言っていないのだが、何と答えるべき質問なのかわからないので不安なのだ。ルキナの返答に対し、周囲の者たちからは謎の歓声が上がった。

「四頭会議には、ルキナさんとノアルド王子のどちらが出られるのだろう」

「ノアルド様ではないか?ノアルド様は優秀な方と聞くぞ」

「いやいや、ルキナ様だって」

「いっそ、二人一緒に参加できれば良いんですけどね」

 皆、第二王子であるノアルドがミューヘーン家に婿入りすることに対して期待している。口々に、ルキナの将来について語り始める。皆、一様に喜ばしい顔をしている。

「あははは…。そうですねぇ…。」

 ルキナだけは気が重かった。愛想笑いで皆の期待をかわす。ルキナがノアルドと婚約破棄について話したことがあると知ったら、この人たちはどんな顔をするだろう。まだ破棄について具体的な話は何も進んでいないし、婚約破棄自体は悪じゃない。そもそも大人同士で決めた関係が上手くいく方が少ない。ルキナは決して何も悪いことはしてない。それでもなんだか後ろめたさがある。

「ルキナさんと王子の結婚の日が楽しみだよ」

 期待が重い。ルキナは笑顔を崩さないが、胸を痛めていた。

「やはり、当主を立てるなら、男の方が良いんじゃないか?」

 ガドエルがわざとらしくやや大きな声で言った。皆の視線がガドエルに集まる。しかし、すぐにそれぞれの雑談に戻った。

「女は昔から裏方だと相場は決まっている。外の人間に四頭会議の座をあけ渡すくらいなら、次期当主を再考すべきじゃないか」

 ガドエルは、次期当主にはルキナではなくロンドを、と思っている。ルキナが家を継がなかった場合、次の当主候補は一番本家に近いロンドになる。ガドエルはそのことを誰よりも望んでいる。だが、実は、それを望んでいるのはガドエルだけじゃない。

「まったくその通りだ。男は外から引き入れてこなくてもいるだろう」

「そうだ。何の力も持たない小娘に期待しても仕方ないよな」

 次期当主がルキナであることに反発する、ロンド派というものがある。彼らは、ガドエルを中心に、ロンドを当主にしようと画策している。専ら、ロンド派の仕事はルキナへの嫌味であるが。

 周りは酔っ払いばかりでこんなに騒がしいのに、なぜか自分を否定する声ばかり聞こえてくる。ルキナは、聞こえていないふりをしながら耐える。

「時代錯誤もいい加減にしろ」

 ルキナが黙っていると、ヒルトンが代わりに止めに入った。

「おじい様」

 ルキナは救世主の名を呼ぶ。ヒルトンは、ルキナの顔を一瞥すると、ガドエルたちに向き直った。

「女がどうとか、男がどうとか、性別で物を語るのは考えが古すぎる。そんなふうに頭が固いから、何事も望むようにいかないのだ」

 ガドエルたちはきまり悪そうに身を小さくしている。ヒルトンはさらに続ける。

「初代国王も女だったという話もある。人の上に立つ者の資質は性別で決まるものではない。ああ、お前たちの場合、女が上に立つのは気に入らないではなく、手中に収まっていない者が上に立つのが気に入らないと言う方が正しいだろうがな」

 ヒルトンはそこまで言うと、どかっと椅子に座った。もう言うことはないのだろう。

「先代もなんであんなに次期当主に甘いんだろうな」

「孫だからだろ。血の繋がった孫が可愛くてしょうがないんだろうよ」

「血にこだわっている時点で、時代錯誤は向こうも同じだろ」

 ガドエルたちは、ヒルトンの話が終わった途端に陰口を言い始めた。ヒルトンの叱責から解放されて自由を得たロンド派は調子を取り戻している。全く反省した気配はない。まだ陰口が続きそうだ。ルキナは、嫌な声が聞こえてこないように、ヒルトンに話しかける。

「おじい様はリュクラル史が好きなの?」

 リュクラル史というのは、このウィンリア王国が成立する前後三百年の歴史だ。リュクラル史時代の記述は多く残っており、歴史の中では珍しく情報量が多い。しかし、リュクラル史の記述はどれも真偽が曖昧な内容ばかりで、その記述が正しいのかどうか結論が出されていない。結果、リュクラル史は、答えの出ない不確かな歴史として不人気となった。そして、初代国王であるルーエンが女性であるというのは、リュクラル史を極めた者なら誰でも知っているが一般的にはあまり知られていない内容である。逆に言えば、初代国王の性別を知っている者は、皆、リュクラル史を好んでいるということになる。

「ああ」

 ヒルトンは短く肯定し、最近気に入っている書籍を紹介し始めた。その本はどれもシュクラ・ディメラルシェという歴史学者が書いたものだった。

「実はね、その先生、うちの学校にいるの」

 ルキナが通っているクリオア学院には、シュクラが勤務している。リュクラル史を学ぶ者たちの中では、シュクラは有名人で、アイドルといってもそん色ない人物だ。「ほう」と、ヒルトンが興味深そうな反応を見せた。

「ディメラルシェ先生の研究室に呼ばれててね、ちょっと早いけど、来年から研究室に入ろうかなって。どうせ部活には入ってないし」

 ヒルトンはルキナの話を何度も頷きながら聞く。こんな風に「聞いているよ」と言うような反応をもらえると、ついつい気分が乗って話しすぎてしまう。

「今度サインもらってきてもらえんか?」

「もちろん。私もね、この間サインもらったのよ。優しい先生でね。初めて会った時も握手してくれて。早くディメラルシェ先生の授業を受けたいわ」

「そうかそうか」

 ヒルトンは優しい祖父の顔をしている。こんな優しい顔を見ていると、ハリスの笑顔を思い出す。やはり親子というのは血は争えない。

「ルキナ、そろそろ部屋に行きなさい」

 ルキナがヒルトンと談笑していると、ハリスが声をかけてきた。もう夜も遅い。大人たちはこれからまだ酒を片手に語り合うのだろうが、子供がそれに付き合う意味はない。

「わかった」

 ルキナは、ハリスとヒルトンにおやすみを言い、二人から離れた。ダイニングを出る前に、マリミオーネ・ランに声をかけに行く。マリミオーネは、ルキナの遠縁にあたる、四つ年上のお姉さんだ。親戚の集まりがある度に、ルキナはマリミオーネに遊びの相手をしてもらっていた。ルキナにとって、オアシスのような存在だった。

「マリちゃん」

 ルキナが親し気に呼びかけると、マリミオーネは嬉しそうな顔になった。

「ルキナ様!」

 マリミオーネは椅子から立ち上がってぎゅっとルキナを抱きしめる。

「私、もう寝ようかなって思ってるの。マリちゃんも一緒に行こ」

 ルキナが自室に誘うと、マリミオーネは頷いた。ルキナはマリミオーネを連れてダイニングを出て行く。

「あ、シアン」

 階段を上っている途中、シアンとすれ違った。

「…マリちゃん?」

 シアンはルキナの後ろにいる女性の顔をじっくり見た。シアンは親戚の前に顏を出さなくなったので、昔はよく一緒に遊んでいたマリミオーネに会う機会もなかった。シアンがマリミオーネに会うのは本当に久しぶりだ。シアンは目の前にいる人物がマリミオーネで合っているのかどうか不安そうだ。

「お久しぶりです、シアン様」

 マリミオーネは、流れるようにシアンの頭を撫でた。シアンは嫌がったりしないで、マリミオーネにされるがままになっている。むしろ、照れながらも甘えている。

(シアンのくせにデレデレしちゃって)

 ルキナは、シアンがだらしなくて腹が立ってきた。

「マリちゃん、眠い。早く行こ」

 ルキナはマリミオーネの腕にくっついて引っ張る。マリミオーネは、「はいはい」とルキナに甘えられるのが嬉しそうに言う。

「それじゃあ、シアン、おやすみ」

 ルキナはさっさとシアンと別れる。

「はい、おやすみなさい」

 シアンはルキナとマリミオーネを見送る。

 ルキナはマリミオーネを自分の部屋に連れ込むと、すぐに布団に入った。マリミオーネも慣れたようにルキナと同じベッドに横になる。灯りを消した部屋には、カーテンの隙間からわずかな月光が入ってくる。真っ暗というわけではないので、すぐに暗闇に目が慣れる。

「マリちゃん、私ね、夢があるの」

 ルキナは天井を見ながら切り出した。階下から大人たちの笑い声が聞こえてくる。

「なに?」

 マリミオーネは、ルキナの話の続きを待っている。

「私ね、貴族も、四頭会議も、全部、全部なくなれば良いと思ってる」

「うん」

「そうすれば、大人も喧嘩しないですむし、こんなバカみたいな時間を過ごす必要もなくなる。きっとマリちゃんとだって周りの目も気にしないで友達になれるわ。ほら、私を様付けで呼んだりしないで」

「うん、そうだね」

 ルキナの話に、マリミオーネが相槌を打つ。マリミオーネは、ルキナの夢が実現不可能だと思って本気で取り合っていない。マリミオーネは、ミューヘーン家の血筋から遠く、第三貴族ですらない。ルキナとマリミオーネの間には身分という分厚い壁がそびえたっている。ルキナは、それを壊そうという野望を抱いているのだが、マリミオーネは、何とも思っていないらしい。現状を現状として受け入れ、諦めているようだ。

「今は夢物語でも、いつか、本当に実現するの。それが私の夢」

 ルキナはそう言って、布団の中をもぞもぞと動く。そして、マリミオーネに近づくと、ぎゅっと抱きつく。マリミオーネがルキナに腕枕をしてくれる。

「夢は叶えるための物でしょう?だから、夢なの」

 ルキナは、マリミオーネと見つめ合った状態で言う。マリミオーネは、「素敵な夢だと思う」と当たり障りのないことだけ言った。おそらくまだルキナの夢がどれほど本気なのかわかっていない。

「そういえば、マリちゃんの家、ランチェリー王国にあるんでしょ?」

 ルキナは話を変えた。マリミオーネの家は、ウィンリア王国の隣国であるランチェリー王国にある。

「うん。とっても素敵なところよ」

 マリミオーネは、なんだか誇らしげだ。

「良いなー。私も海外に行ってみたい」

「いつか私のお家にも遊びにおいで」

「行く行く」

 二人は小指を重ねて約束した。そして、いくつか会話を交わしながらいつしか眠りについた。ルキナは、姉のように慕う大好きな人に甘えて眠れることを幸せに思った。

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