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波乱の幕開けデスケド。

 十二月。

「シアン、雪よ、雪」

 本格的に冬に入ると、雪が降るようになった。ルキナは窓を全開にして腕を伸ばす。

 現在、クリオア学院は冬休みに入り、ルキナはシアンと一緒にミューヘーン家に帰省している。家にいる時は専ら、ルキナはシアンと二人でハリスの書斎にこもる。そこで小説を読んだり、書いたりする。

「寒いです。閉めてください」

 ルキナがはしゃいでいると、シアンが窓を閉めるよう言った。

「なによ。シアンは雪を見て喜ぶこともできないくらい子供ではなくなってしまったの?」

「別に雪は嫌いではありませんが、はしゃぐほどでもないですね」

 シアンは窓の外をチラッと確認するだけで、すぐに本に視線を戻した。ルキナはシアンの反応が薄いのがつまらなく感じて、窓を勢いよく閉めた。シアンがびくっと肩を揺らしたが、本からは目を離さなかった。

「ねえ、シアン、外に出て雪で遊びましょ」

 ルキナはシアンの肩をゆすって誘う。シアンは迷惑そうに顔をしかめて、本を落とさないように強く握りしめる。

「一人で行って来てください」

 シアンは何としてでも読書を中断するつもりはないようで、ルキナのことを冷たくあしらう。

「一人でどうやって遊ぶって言うのよ」

 ルキナはシアンに構ってもらおうと必死にちょっかいを出す。

「ねーえ、雪合戦しようよー」

 ルキナは、シアンの二の腕を引っ張る。しかし、シアンは動かない。

「シアンー!」

 ルキナはぐいぐいとシアンを引っ張る。シアンは無視を決め込んで、体を引っ張られても本だけは離さないようにしている。

 ルキナが全く動こうとしないシアンと格闘していると、誰かが書斎の扉をコンコンとノックした。

「ルキナ、シアン、そろそろ準備しておきなさいね。おじい様とおばあ様が来るよ」

 ハリスがびしっとした服を着て現れた。

「え?もう!?」

 ルキナは書斎に置かれているカレンダーを凝視する。冬休みの中ほどに、親戚の集まりの日が書かれている。

「明日だと思ってた」

 ルキナは、カレンダーとにらめっこをして呟いた。冬休みに入って、毎日同じことの繰り返しで、日にちの感覚がわからなくなっていた。そのせいで、今日が何日で、何の日か把握できていない。

「えー、そっかぁ…。」

 ルキナはあからさまにテンションを下げた。シアンが心配そうにルキナの顔を見る。さっきまで頑なに本から目を離さなかったのに、ルキナがため息をつくと顔を上げた。

「おじい様とおばあ様に会いたくないの?」

 ハリスがルキナの顔色を伺うように尋ねる。ルキナは大きく首を横に振る。

「違う。おじい様とおばあ様には会いたいよ。でも…。」

 ルキナはまたため息をついた。ハリスは、なんとなくルキナの考えていることがわかり、同情的な表情になった。そして、すぐに真面目な顔になった。

「でもね、ルキナ。ミューヘーン家の当主というのは、こういう苦労も乗り越えられなければならないんだよ」

 ハリスはルキナの肩に手を置く。ルキナは口を噛みしめながら小さく頷いた。さながら、ハリスはわがまま娘を諭す父親のようだ。

「ほら、わかったら準備してきなさい」

 ハリスがルキナの腰をぽんと押した。ルキナは書斎から飛び出て急いで自室に向かった。

「早く着替えなきゃ」

 ルキナはぶつぶつ呟きながら、皺の無いきれいなワンピースに着替える。その後は、念入りにメイクをし、髪型を整える。人に会う準備を終えると、今度は階段を駆け下りて、シアンのいる書斎に戻った。

「シアン、どうかしら」

 ルキナはシアンに身だしなみチェックをしてもらう。これからルキナは祖父祖母含め、親戚の者たちに会わなければならない。年末年始は分家が本家に集まって過ごすと相場が決まっている。ルキナは、次期本家当主として、上に立つ者としてふさわしい姿でなくてはならない。少しでも親戚たちに悪いところを指摘されないようにしなければならない。

「大丈夫だと思います」

 シアンも、この身だしなみチェックがいかに大切か理解しているので、じっくり時間をかけて確認した。

「今年はシアンはどうするの?」

 ルキナは、窓越しに庭に降り積もる雪を見て尋ねる。シアンはミューヘーン家の血筋の者ではないし、使用人という枠に入るので、親戚の集まりに参加する意味はない。毎年、シアンは自分の部屋に籠って、ルキナの親戚たちに顏を見せない。聞いてはみたが、どうせ今年も部屋に隠れているつもりだろう。だが、ルキナは心細いので、シアンにも一緒にいてほしいと思っている。

「僕は…」

 シアンが何かを言おうとした時、書斎のドアが勢いよく開け放たれた。

「ルキナ!」

 ルキナは自分の名を呼んだ人物が誰かわかると、露骨に嫌そうな顔をした。ルキナは書斎の出入り口に背を向けていて、無礼な訪問者の顔をまだ見ていない。それでも、ルキナは声の主がわかっている。親戚の中で最も嫌いな人物だ。

「ロンド、なんで今年に限って、そんなに早く来るのよ。いっつも、おじい様たちが来た後に来るじゃない」

 ルキナは振り返りながら文句を言う。ロンドは何かを楽しみにしているのか、不気味なほどニッコニコだ。ルキナは、ロンドのこんな素敵な笑顔を見たことがない。

「なによ、気持ち悪い」

 ルキナは思わず思ったことを口にしてしまった。シアンが肘でルキナをつついて、注意する。ルキナははっとして、ロンドに笑顔を向ける。

「ロンドがこんなに早く来るっていうことは何か用があるのよね?どうしたの?」

 ルキナが下手に出て尋ねると、ロンドは気を良くして威張り始めた。

「よくわかってるな、ルキナ。だが、お前に用があるわけじゃないんだ。シャナ・ルミナスっているか?」

 ロンドの言葉にルキナはきょとんとする。シャナ・ルミナスという名にすぐに反応できなかった。代わりに、シアンが息を飲んだ。

(あー、シアンの女装のことか)

 ルキナはシアンの反応を見てやっとロンドが何を求めているか理解した。

(そういえば、シャナちゃんはうちにいるって言ったんだっけ)

 ルキナはシアンを女装させて参加したシェリカの誕生日パーティのことを思い出す。その場逃れの考えなしの発言が、会いたくもないはとこを呼び寄せてしまった。ルキナは過去の自分を恨ましく思う。

「シャナちゃんは実家に戻ってるわよ。残念だったわね」

 ルキナはシアンを背中に隠しながら言う。シアンは、シャナが自分の女装であったことがバレてしまわないかはらはらしている。

「実家?いつ戻ってくるんだ?」

 ルキナは、ロンドの馬鹿で自己中なところが嫌いだ。傲慢で、自分が貴族であることに必要以上に誇りをもっている。金の使い方が荒いし、権威を示すように己を飾り立てる。父親の影響を受けすぎたかわいそうな子供ともいえるが、もう成人していて、無責任に子供だからと逃げられる年でもない。ルキナより一つ年上だ。世に出れば、一年の差は誤差だが、もう少し大人になっても良いだろう。自分で考えて、親から自立すべきだ。

「さあ?だって、年末よ。しばらくは自分の家に帰るものでしょ?」

 ルキナはイライラを完全には押し殺せず、つい語気を強めてしまう。

「なんだよルキナ。話が違うじゃないか」

 ロンドも自分の思い通りにいかなくて腹が立っている。ルキナに八つ当たりする。

「先走って来たロンドがいけないのよ」

「なんだと!?」

「とにかく、今回は残念でしたってことで。できれば、アリーマン家に回れ右してくれると嬉しいのだけれど」

 感情のままに声を荒げるロンドに対して、ルキナは落ち着いている。冷静にロンドに帰れと言う。しかし、ロンドは感情的になってルキナの話が聞こえていないし、馬鹿すぎてルキナの遠まわしの言い方は理解できない。

「ほんと、ルキナは役に立たないな」

 ロンドはやれやれのポーズで言う。ロンドは素で相手をいらだたせることをしてのける。ルキナは、ロンドの上から目線な物言いにむかっとした。

(あんたの役に立つなんて、こっちから願い下げよ)

 ルキナは心の中で文句を言う。しかし、シアンの方は怒りを抑えられなくなっていた。ルキナが侮辱され、シアンはキレかかっている。

「シアン」

 ルキナは小さくシアンの名前を呼んだ。シアンは、はっとして、ロンドに飛び掛かりそうになっていた体を後ろに下げた。ここでシアンがロンドに殴りかかりでもしたら、ルキナの立場が悪くなるだけだ。

「すみません」

 シアンは落ち着きを取り戻すと、ルキナに謝罪した。ルキナは嬉しかった。シアンが自分のために怒ってくれて。

「ロンド、次期当主殿に失礼はいけないよ」

 ニヤニヤと意地の悪い笑顔で現れたのは、ガドエルだ。ガドエルはいつだってルキナに嫌味を言ってくる。ガドエルの「次期当主殿」という言葉には謎に力がこもっていた。ガドエル流の皮肉だろう。アリーマン家はミューヘーン家の分家。ルキナがいる限り、ロンドは本家ミューヘーン家の当主にはなれない。ガドエルは、ルキナを目の上のたん瘤のように思っていることだろう。

(お父様の前では従順のくせに)

 ルキナが一番むかついているのは、ガドエルはルキナをなめきっていることだ。ガドエルは自分より強いとみた相手には否定的な態度はとらない。自分より弱そうな相手にだけ強く出る。ルキナは、そんなガドエルのみっともないところを見るのが嫌いだし、その弱そうな相手に自分が入っていることも嫌だった。

 ガドエルは、さっきまでロンドにあからさまな敵意を見せていたシアンを見る。

「凶暴な犬は鎖にでも繋いでいただかないと。しつけのなっていない犬は危なくて仕方ない。本当に、飼い主の気持ちがしれませんね」

 ガドエルは、シアンがロンドに殴りかからん勢いでいたことを知っている。ガドエルは、そのことを皮肉っぽく言い、ルキナの落ち度だと指摘する。

「昔からいけ好かないんですよね、犬。隙あらばかみつこうとしてきて。気をつけてくださいね。犬というのは飼い主にもかみついてきますから」

 ガドエルは、シアンを犬に見立てて悪く言い、さらに、いつかシアンはルキナを裏切るだろうと言う。ガドエルは、あくまで良いことを教えてあげる親切な大人という体で話している。

(余計なお世話よ)

 どうせ、ガドエルは、シアンを自分の手元においておけないことが気に入らないのだ。シアンの体に流れる竜の血を欲しており、シアンを手中に収めていると思っているミューヘーン家を妬ましく思っている。

「あー、ガドエルさんは犬に好かれないタイプですか。やっぱりそうですよね。犬に好かれなさそうな顔してますもん。犬って人の内面に敏感って聞いたことありますし」

 ルキナは、ガドエルが始めた犬をたとえにする皮肉を返す。ガドエルはキレて顔を赤くした。

「人の親切を素直に受け取れないとは、次期当主殿の心の狭さがしれますね」

 ガドエルは怒って行ってしまった。ロンドは何がなんだかわからない様子で、ぽかんとしている。

 ルキナは大きくため息をついた。ルキナに嫌味を言ってくるのはガドエルだけじゃない。権力を狙う大人たちは意地汚い。ルキナは、そんな大人たちの圧力を押しのけ、トップに立たなければならない。この親戚の集まりも、上に立つ者に与えられた試練だ。そんな試練も、さっそく波乱の幕開けとなった。

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