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恩師には会いたいものデスケド。

 ルキナは、半日の間、ペンを持ってサインを描き続けた。ひっきりなしにサインを求める客が現れ、サイン待ちの列を作っていた。これほどたくさんのファンがいると知れて、ルキナは本当に嬉しく思う。

(次は顔を見て話がしたいわ)

 ルキナは顔出しできないのを残念に思った。父親との約束を守らないわけにはいかないが、ファンの目を見て話せないのは寂しいものだ。

(ちょっと待って。顔出しするってことは、マクシスとか、友達にも小説書いてることがバレるってこと?)

 ルキナは正体を明かす場合に伴うデメリットの存在に気づいた。

「学校を卒業しても正体明かすのやめておこうかしら」

 ルキナが呟くと、前を歩いていたカテルが驚いて振り向いた。

「顔出しできないままですと、活動領域が狭いままになってしまいますよ。映鏡出演ができなければ宣伝もしづらいですし…。」

 カテルが必死にルキナに考え直すように説得する。

「でも、逆に顔出ししない小説家として有名になったりしません?私以外にいないんですよね、実名を明かしていない小説家。それに、映鏡だって、今日みたいにパネルか何か用意したら出れると思いますよ」

「え?ミューヘーンさん、そうまでして映鏡に出演したかったんですか?それは良いことを聞きました。実は放送局から出演依頼が何回もきてるんですよ」

「え、ちょっと。出たいとは言ってません」

「いーや、言いましたね」

 カテルは、ルキナが正体がバレるような危険性のある行動をしたくないだろうと思っていた。映鏡に出演するのも、ルキナが嫌がるだろうと思い、出演依頼が来ても断り続けてきた。しかし、ルキナは、自ら出演する方法はあるだろうと言った。ルキナも映鏡に出ることは考えていたらしいとわかり、カテルは絶好のチャンスだと考えた。

「クマティエさん、詐欺師みたいなこと言わないでください」

 ルキナはカテルに騙されたような嫌な気分になる。

「詐欺師ではなく編集者です」

「編集者ってそんなマネージャーみたいなことまでするんですか?」

「まあ、言ってしまえば、作家さんも商品の一つですからね。先生たち自身に宣伝の材料になっていただくというのはよくある話です。そういう意味では、出版社も芸能事務所的なこともしますし、マネージャーにだってなりますよ」

 カテルがいたずらっぽく笑う。

「ぶっちゃけすぎです」

 ルキナは呆れてため息をつく。カテルは裏表のない人間で、とても付き合いやすい。駄目なところもあるが真面目な人で、愛すべき大人という感じだ。

「ともかく、そういうことなので、映鏡に出演していただくかもしれません」

「まあ、いいですけど。顔出ししないなら恥ずかしいこともないですし」

 ルキナは映鏡を普段見ないので、どんなことをするのかわからないが、正体を明かす前にいろいろと挑戦しておいた方が良いかもしれない。失敗をするなら今だろう。

「あ、あと、前話していたコンテストについてですが、上の会議で許可がおりたので、近いうちに具体的な話をすることになりそうです。コンテストの審査員、してくださるんですよね?」

 カテルは以前ルキナが提案したコンテストの話を上司に話したらしい。結果、その話も実現する可能性がでてきたと言う。

「審査員の話は私から言い出したことですから文句はないんですけど、なんか忙しくないですか?」

 ルキナは、執筆活動以外の仕事が増えてきて不安になる。仕事があるということは小説家としての名が上がっているという証拠なので嬉しくないわけではないが、忙しくなると言われると心配にもなる。

「安心してください。ミューヘーンさんの学業の妨げになるようなことにはしませんから」

 カテルはニッコリと笑う。自分の担当作家が売れてくれて嬉しいのだろう。仕事が楽しそうだ。

 ルキナは、カテルの案内で、書店の裏口から馬車に乗り込んだ。そこに着替えを終えたシアンもやってきた。

「それでは、また後でお会いしましょう」

 カテルが二人を見送る。カテルはまだここでの仕事が残っているのだ。ルキナとシアンが乗った馬車がゆっくりと動き出した。

「シアン、お疲れ様」

 ルキナは目の前に座るシアンを労う。シアンもルキナに「お疲れ様です」と言った。

「手が痛いわ」

 ルキナが手をさすると、シアンは心配そうな顔になった。

「こんなにずっと書き続けたのは初めてだもの。しょうがないわよね。シアンこそ、足痛くない?」

「心配するくらいならヒール履かせないでください」

「ヒールあるとやっぱり女の子って感じするじゃない?」

「わかりません」

 ルキナは自分の手をもみもみする。ついでに肩を回し、軽く伸びをする。

「そういえば、ラザフォード先生が来てた気がする」

 ルキナが伸びをしながら言うと、シアンは「いつですか?」と尋ねた。

「シアンが着替えに行った後よ。最後から三番目くらいに来た男の人の声がすごくラザフォード先生みたいな声だったのよ」

「あの先生がお嬢様に名乗らないで会いに来るでしょうか」

 シアンは、ラザフォードがサプライズを好むような人物ではないと思っているので、ルキナの勘違いではないかと考えている。

「えー、でも、ラザフォード先生みたいだったわよ。声は、本当に。なんでその時に限ってシアンがいなかったのよ」

「着替えなんですからしょうがないですよ」

「そうね。まあ、たしかに、ラザフォード先生がそんな粋なことをするとは考えにくいし、やっぱり違う人だったのかしら」

 ルキナは、恩師であるラザフォードが会いに来てくれたのではないかと思い、嬉しかったのだが、現実的に考えると、彼がわざわざサプライズのようには来ないだろう。

 ルキナたちが話をしながらくつろいでいると、馬車が止まった。目的地であるホテルに到着したのだ。

「シアン、行くわよ」

 ルキナはシアンを連れて馬車を降りた。

「お嬢様」

 ルキナがホテルのロビーでうろちょろしていると、ミューヘーン家の使用人が声をかけてきた。ルキナの着替えを手伝うために先に待機していたのだ。この後、出版社が主催するパーティが行われる。ルキナはちゃんとドレスを着て参加する。

「お嬢様のお部屋はこちらです」

 使用人が前を歩いてルキナを部屋に案内する。今日はこのホテルに宿泊することになっている。宿泊費も出版社もちだ。だが、一部屋しか用意してくれていない。

「シアン、着替えるからこっち見ないでよ」

 シアンは流れるようにルキナたちと一緒に部屋に入ってきた。しかし、ルキナが着替えるのに、シアンがいてはいけないだろう。

「はい…って、部屋から出ていけとは言わないんですか?」

 シアンが驚きの声をあげる。ルキナは見るなとは言ったが、出ていけとまでは言わなかった。

「だって、部屋はここしかないんだし、追い出したらシアンはどうするのよ」

 ルキナはそう言いながら着替えを始める。シアンは決して振り返らないようにドアの方を見ている。

「ロビーでも待てますよ。廊下でも良いですし」

「んー、シアンを一人で待たせるのかわいそうだし」

 ルキナはささっとドレスに着替え、シアンにもう見ても大丈夫だと言う。

「髪型はどうされますか?」

 使用人がルキナを椅子に座らせ、ルキナの髪を櫛でとき始める。

「シアンがお団子を気に入ってたみたいだからお団子にしようかな」

 ルキナはニヤリと笑ってシアンを見る。

「気に入ってません」

 シアンが語気を強める。

「気に入ってないらしいから、いつもどおりでお願い」

 ルキナはシアンが焦ってるのが面白くて笑う。結局、ルキナはハーフアップにして髪飾りをつけてもらった。

「それでは、お嬢様。私はこれで」

 使用人は、ルキナのパーティに行く準備が整うと、ホテルを去って行った。

「ところで、シアン」

 二人きりになった部屋で、ルキナはシアンに話しかける。シアンは、ベッドに脱ぎ捨てられたルキナのワンピースをたたんでいる。

「部屋はここしかないけど、どこで寝る?ベッド二つあるし、シアンもこの部屋で良い?」

「は!?」

 シアンが服を落とした。

「だから、部屋は一つしかないから、シアンもここで寝れば良いでしょって言ったの」

「そんな…僕は別の部屋をとりますよ」

「それは誰のお金で?」

「もちろん自分のお金で」

「シアン、このホテルがどれだけ高いか知らないでしょ。たぶんシアンの手持ちじゃ払えないわよ。安い部屋はもうとっくに埋まってるだろうし」

 ルキナは、この部屋に泊まる以外の選択肢はないと言うと、シアンは悩み始めた。

「ノアルド殿下にも申し訳ありませんから」

 シアンは何とかして別の場所に宿泊しようとする。

「大丈夫よ。ノア様はそんなこと気にしないわよ」

「でも…。」

「それに今更じゃない。昔なんか、一緒に寝たことあるでしょ?」

「ずっと昔のことじゃないですか。しかも、あれはお嬢様が無理矢理ベッドに入ってきただけで」

「別に、このベッドは二つよ。一緒のベッドで寝るわけじゃないでしょ」

 シアンは何かを気にしてルキナがどんなに言っても一緒の部屋に泊まるのを嫌がる。

「もう、めんどくさいわね。シアン、命令よ。一緒の部屋で寝なさい」

 ルキナはシアンに文句を言わせないで同じ部屋に泊まらせる。シアンは観念したように「はい」と言った。

「シアンと喧嘩なんかしちゃったからもうこんな時間よ」

 ルキナは時計を見て、もうパーティの時間だと言う。ルキナはシアンと一緒に部屋を出る。パーティ会場となるホールに行くと、入口でカテルが待ち構えていた。

「準備万端ですね」

 カテルはルキナがドレスに着替えているのを確認する。

「このパーティの参加者は出版社の関係者と作家さんたちだけです。口止めは完璧です。ミューヘーンさんも、今日はヘンミル先生としてお楽しみください」

 ルキナは、カテルの話を聞いて胸を躍らせる。今まで正体を隠し続けていたので、堂々とペンネームを名乗れるのは嬉しく思う。

「シアン、行きましょ」

 ルキナはシアンの手首を掴んでパーティ会場に飛び込んだ。

「さあて、何から食べようかしら」

 ペンネームを名乗れるようになったからといってすることは変わらない。ルキナはシアンを連れて料理探しの旅に出る。

「シアン、これとこれ、どっちが美味しいと思う?」

「どっちも食べれば良いじゃないですか」

「そうよね」

 シアンは、はしゃぐルキナに仕方なく付き合ってる。ルキナが料理をとっては食べ、シアンを連れまわしていると、一人の男性がルキナの肩をトントンと叩いた。ルキナは振り返り、肩を叩いた犯人を見る。

「先生!」

 ルキナがパアッと顔を輝かせた。肩を叩いたのはラザフォードだった。

「ミューヘーン君、久しぶりですね」

 ラザフォードは声を出して笑う。

「あ、ここではミユキ・ヘンミル先生でしたね」

「ラザフォード先生にその名前で呼ばれると変な感じです」

 ルキナは照れ笑いをする。

「こうしてパーティに参加できるのも、先生のおかげです。先生がクマティエさんに私の小説を見せてくださったから」

「でも、最初はリュツカ君ですよ。リュツカ君がミューヘーン君の小説を紹介してくれたんだから」

「もちろん、シアンにも感謝してますよ。ね、シアン」

 ルキナはシアンの方を振り返る。しかし、そこにシアンはいなかった。

「あれ?」

「リュツカ君ならあそこに」

 ラザフォードが指さした方にシアンはいたが、シアンは誰かと話し込んでいる。

「あ、先生。もしかして、サインもらいに来ました?」

 ルキナが問うと、ラザフォードが「バレました?」と笑った。

(やっぱりラザフォード先生じゃない)

 ルキナは、ちゃんと恩師の声を聞き分けられたことを嬉しく思う。

「カテルに呼ばれてね。教え子が頑張っているところを見るのは楽しいものだね」

 どうやら、サイン会にラザフォードを来させたのは、カテルだったようだ。

「先生が来てくれるのは嬉しいですけど、普通に来てくださいよ」

 ルキナは、カテルの思惑とはいえ、サプライズされたのがなんだか悔しかった。サプライズは嬉しいが、してやられた感がある。

「今度もサイン会をやるならまたサインをもらいに来るよ」

 ラザフォードはサプライズを計画するような人ではなかったが、ルキナの反応を見て面白くなったらしい。次の予告をする。

「だから、普通に来てくださいって」

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