乙女ゲームの悪役令嬢からヒロインに昇格したのに、やっぱりモテないんデスケド。

上級学校編

罪な女の子デスケド。

　赤い瞳に紺色の長い髪。青の差し色の入った白色のドレスと青色の靴。控えめな耳飾りが揺れる。

　馬車から降りてきた美少女、もとい、美少年は、恥ずかしそうに前にいる少女の背中に隠れながら歩く。

「シアン、そんなふうに歩いてたらすぐに疲れちゃうわよ」

　シアンは、慣れないヒールで自信なさげに歩いているせいで、変な歩き方になってしまっている。ルキナは、堂々と歩かないシアンに呆れる。

「にしても、ルース家って、ほんと金持ちよね」

　馬車から降り、ルース家の庭を歩いている。庭が広いでの屋敷まで距離はあるし、正面の建物も大きい。屋敷の大きさでいうと、ミューヘーン家と同じくらいか。でも、ミューヘーン家の屋敷よりずっと新しい。しょっちゅう建て直していると聞く。そのうえ、ルース家の別邸や別荘はいくつも存在する。代々、ルース家の当主は貴族一の実業家なのだ。

　第一貴族と第二貴族の違いは財力じゃない。四頭会議に参加できるか否か、要は、権力の違いだ。四頭会議というのは、第一貴族と国王によって構成されるウィンリア王国の最高行政機関の名称だ。基本的に夏に会議を行うので、第一貴族の当主たちは、夏を忙しく過ごすことになる。

　ルキナは、屋敷の入り口で待ち構えていた使用人に自分の名前を伝える。すると、使用人は二人を案内して一つの部屋に連れて行ってくれた。そこは、シェリカの友人として呼ばれた者たちの控え室だ。

「ルキナ様、お待ちしておりました」

　シェリカが中で待っていた。ルキナたちが最後だったようで、他のみんなはもう来ていた。

「…シアン？」

　シェリカが困惑気味にシアンの顔を見る。見た目は違っても、シアンであることはわかったようだ。

「どう？私の最高傑作よ。肩回りは緩め。ひらひらの長袖で腕を隠して、ロングスカートで脚も隠す。くびれはスカートのボリューム感で演出。身体のラインが見えにくいドレスを特注したのよ」

　ルキナがぺらぺらと説明し始める。このシアンの女装は、ルキナの持てる力を総動員した作品なのだ。こだわっている部分も多い。

　正直、シアンの身体はこんなに隠さなくても、女性に見せられただろう。身長的には、まだルキナより低いくらいで、女の子に見えなくもない。遺伝か、成長しきる前だからか、骨格もまだ中性的だ。

「このかつらも本物の髪に見える素材を使っててね。色は完全に私の好みだけど、赤い目は何でも似合って良いわよね。緑色の髪とか、金髪も捨てがたかったんだけど、ドレスの色のことも考えるとこの色が一番だわ。本当はメイクもしたら完璧だったんだけど、嫌がられたから」

　ここまで話すと、ルキナは満足したようで、笑顔で話すのをやめた。シェリカは意外と真面目に最後まで聞いていた。

「でも、これでシアンには見えないでしょ？」

　ルキナが胸を張って自慢する。たしかに、よく見知った人物でないと、シアンだとは気づかないかもしれない。

「なんで僕だけ女装なんですか？」

　シアンは、ルキナに顏を近づけて尋ねる。シアンが女装を受け入れたのは、他の男性陣も女装すると思っていたからだ。愛娘を溺愛するジョルジェに、シェリカが男友達を招待したと知られるのが不都合だから、女装をさせられたのだと思っていた。なのに、シアン以外の誰も女装をしていない。

「やっぱりわかってなかったのね」

　ルキナは呆れてため息をつく。シアンは、あの時の話を聞いていなかったのだろうか。

「鈍感でも許されるのは二次元だけよ。あと、その低い声で話されると気持ち悪いから、魔法で声高くしておいてね」

　たしかに、シアンは魔法で声の高さを調整できなくもない。厳密に言えば、自分の喉からではなく、魔法で新たな音を発生させるだけなのだが、口パクを同時にすれば、喋っているように見えなくもない。でも、そんなに簡単なものではない。そんなことをするくらいなら、一言もしゃべりたくないくらいだ。

「これ、命令よ」

　シアンが反論する前に、ルキナが言った。シアンが嫌がることなど目に見えていたので、ルキナが先手を打ったのだ。

　ルキナはくるりとみんなのいる方を見て言う。

「みんな、今日のシアンはシャナ・ルミナスよ。お間違えなく」

　ルキナはいたずらっ子のような顔をしている。シャナ・ルミナスというのは、ルキナの書いた小説に登場する人物の名前だ。その名前を選んだ深い意味はない。ただ響きが気に入っているので、シアンに名乗らせることにした。

　シアンが黙って様子を伺っていると、他のみんなもルキナと同じような顔になった。

「よろしくお願いしますね、シャナ」

　ノアルドが近づいてきて言った。いつものような爽やかな笑顔かと思いきや、いつもより若干口角が上がっている。ノアルドも面白がっているのだ。ミッシェルなんかは、隠す気もなく、腹を抱えて笑っている。

「シアン、可愛いよ」

　チカが今までに見たことのないような笑顔を見せる。ルキナは、嬉しいような、悔しいような、複雑な気持ちになった。チカの笑顔を引き出すのは、ルキナよりシアンの方が多い。

「嬉しくないから」

　シアンが低い声のまま言う。ルキナの言いつけを守っていない。ルキナはじろりとシアンを見る。

「チカ、今日はシアンはいないわよ」

　ルキナは、シアンと呼ぶなと言う。シアンが乗り気じゃないのは明らかなので、周りを巻き込んで、シアンを追い込む作戦をとる。チカが素直に頷くので、シアンは嫌そうな顔をした。

　チカが今着ている服は、ルキナが用意したものだ。貴族のパーティではちゃんと正装しなくてはならない。だが、チカはそのための服は持っていないだろうからと、ルキナが貸し出したのだ。本当はあげるつもりだったのだが、チカは遠慮して聞かなかった。つまり、チカはルキナに恩がある。今回のことがなくても、チカはルキナに感謝の気持ちを常に抱いている。ある程度のルキナのお願いは、チカだって叶えようとする。

「言うまでもないと思うけど、これも命令よ」

　ルキナがシアンに言った。これというのは、シャナ・ルミナスを名乗ってパーティに参加することだ。だいぶ省略して言ったが、シアンは何について言われたのか理解したようだ。命令されたら、シアンに逃げ道はない。本当に嫌そうな顔をした。

　ルキナはシアンが感情のままに表情を変えるので面白く思う。シアンはこういう時、嫌だとは口にしないが、よく顔に出る。本当は表情もコントロールして隠すこともできただろうが、シアンはあえてルキナに顏で嫌なのだということを伝える。嫌だと言ったところで、ルキナが許さないのは知っているから、表情で訴えるにとどめているにすぎないのかもしれないが。

　ルキナがシアンのシャナ・ルミナスとしての設定をつめていると、ベルコルが近づいてきた。

「ふむ。僕の許嫁という設定にするかい？」

　ベルコルまで冗談を言いだした。ルキナは意外とベルコルが寛容で良かったと思った。ベルコルくらいはシアンの女装を嫌がると思った。パーティの主催者でもない者がいたずらで女装をするのは、ベルコルが良くないと言うかもしれなかった。しかし、ルキナの想像以上に、ベルコルの頭を柔らかかった。

「ルキナ」

　ノアルドがルキナを呼んだ。ルキナはベルコルとシアンの会話を聞き逃すのは惜しいと思ったが、ノアルドに呼ばれては行かないわけにはいかない。ルキナはノアルドの傍による。

「どうかしました？」

　ルキナが尋ねると、ノアルドは微笑んだ。

「ルキナはいつも面白いことを考えますね」

　ノアルドは、ルキナの突拍子もない言動を楽しんでいるようだ。その笑顔のまま、ノアルドは続けた。

「でも、やりすぎないようにしてくださいね。シアンにも限界がありますから」

　ノアルドはあくまで冗談の延長で言っているようだ。あえて真面目な顔はしない。しかし、ルキナは、ノアルドが本当にシアンを心配して言っていることに気づいたので、真面目な顔になった。

「私、シアンに甘えすぎなんでしょうか」

　ルキナはノアルドの顔を見上げる。ノアルドはルキナの目を見つめ返した。

「それはルキナとシアンの問題です。私には勝手なことは言えませんよ」

　ノアルドはどこかあと一歩のところで人間関係に足を踏み込むことをためらっているようだ。ノアルドが最初に言い出したことであるのに、最後の最後で根幹に関することは言わないで避ける。

「…そうですね」

　ルキナはノアルドの言っていることは間違っていないので、煮え切らない顔をしながらも頷いた。と、その時、シアンが情けない声を出した。

「チグサ様？」

　シアンは、チグサに顏をぺたぺたと触れれている。シアンは女の人にこのように触れられることがなかったので、ドキドキしているようだ。シアンはどうすれば良いのかわからず、チグサにされるがままになっている。

　すると、今度は、チグサが顔をずいっと近づけた。

「あ、あの、近いです」

　シアンが弱弱しい声で訴える。キスができそうな距離感だ。たしかにこの距離まで顔が近づけば、シアンも緊張して当然だ。ルキナは、こんなにもシアンがドギマギしているのを見たことがないので、なんだか不思議な気分になる。

「姉様！？」

　マクシスが、チグサとシアンの距離感がおかしいことに気づいて悲鳴のようなものをあげる。チグサは、周りの様子などお構いなしで、シアンと顔を近づけたままだ。そして、しばらく二人は動かなかった。その間、皆、息を飲んで見守っていた。そんな中、ルキナは隠し持っていた紙とペンを手に取った。十秒ほど経った頃、チグサがシアンから離れた。チグサがすたすたと歩いていくと、マクシスが飛んで行った。

「姉様、何したんですか？」

　マクシスがチグサの周りをうろちょろしながら問いただしている。だが、チグサは何も答えない。

「もうお嫁に行けない…。」

　シアンは赤くなった顔を手で覆う。シアンのテンションがおかしい。混乱してるせいで、自分でも何を口走っているかわかっていないのだろう。

「え！？なに？キスしたの！？」

　ルキナはシアンの反応がおかしい理由について興味津々だ。紙とペンを手に持ってメモを取っている。小説のネタにでもするのだ。

（ま、さすがにキスはないわよね）

　ルキナはそんなことを思いながら、シアンが質問に答えてくれるのを待つ。

「「キス！？」」

　マクシスとシェリカが声を揃えた。マクシスはチグサに「そんなことしてませんよね？」と尋ねて真実を確かめようとし、シェリカは真実を確かめもせずにショックを受けてティナにもたれかかった。二人とも、ルキナの冗談を真に受けてしまったようだ。

「そろそろお時間です」

　廊下で待機していた使用人が時間を知らせてくれる。皆、ぞろぞろと移動を始める。

「お手をどうぞ、シャナ嬢」

　固まっているシアンに、タシファレドが手を差し出す。シアンはもう考えるのを諦めて手を乗せる。

　シアンは、他の人のよりは低いとはいえ、ヒールの高い靴を履いている。歩くのはちっともなれない。タシファレドがシアンを支えて歩き始める。

「シアン、大丈夫？」

　アリシアは心配そうにシアンの後についてくる。タシファレドの隣をとられたのに、シアンには優しい。シアンに、タシファレドをたらしこもうとする余裕がないからだろうが。

「ルキナ」

　ノアルドが腕をルキナに近づけた。ルキナはノアルドの腕に手を通す。二人ともこの距離感にすっかり慣れてしまった。

「たぶん、キスまではしてないと思いますよ」

　ノアルドがルキナをエスコートしながら、ルキナに顏を近づけて言った。ルキナが、シアンとチグサがキスをしたと言い出したので、ノアルドは何かを心配に思ったらしい。

「大丈夫ですよ。私も本気でキスしたなんて思ってませんよ」

　ルキナは、笑いながら言った。ノアルドも、ルキナが冗談でキスという言葉を口にしたとは思わなかったようだ。

「こちらでございます」

　パーティ会場まで案内してくれた使用人が会釈をした。

　ルキナたちがホールに入ると、想像以上の人数の客が集まっていた。ジョルジェはかなり多くの人を招待したようだ。

「シェリー」

　優しそうな男性が子供みたいに飛び跳ねながら近づいて来る。彼がジョルジェだ。ジョルジェは、シェリカに近づくと、がばっと両腕を広げて抱きしめる。

「パパ、離れて」

　シェリカがジョルジェを引きはがそうとする。しかし、シェリカの力では抵抗できない。

「君たちがシェリカの友達かな？」

　ジョルジェはシェリカを抱きしめたまま、シェリカの近くにいた者たちを見回す。一人ずつ顔を確かめるように。

「あれ？シェリー、彼はいないの？」

　ジョルジェは、シェリカの好きな人、銀髪の少年がいないことに気づく。

「いない」

　シェリカははっきりと否定する。シェリカにさらに問い詰めようとするジョルジェが体勢を変えようとしたタイミングを見計らって思い切り腕に力を込める。

「パパ、みんなの前ではもっとちゃんとしてよ！パパなんて嫌い！」

　シェリカは怒って行ってしまった。

「そんなぁ」

　ジョルジェがその場に崩れ落ちる。

「ジョルジェ様、お客様がおられますから」

　ティナがジョルジェの腕を掴んで立ち上がらせる。

「シェリーが僕のこと嫌いだって…嘘だよね？」

　ジョルジェはめそめそ泣いている。ティナは無表情で「知りません」と答える。主人に対して冷たい態度をとるティナは怖いものなしだ。

「でも、シェリーも立派になったもんだなぁ。お友達として王子まで連れてくるなんて」

　ジョルジェがしみじみと言う。ノアルドは笑顔で会釈をする。

「シェリーにはまだお嫁に行ってほしくないのですが、せめて最高の相手をと思いまして。ノアルド王子が相手なら文句なしなんですがね」

「私には婚約者がいますので」

　ノアルドが近くにいたルキナを引き寄せる。

「そうでしたな」

　ジョルジェは「今日は楽しんで行ってください」とだけ言い残して、肩を落としたまま離れて行った。ティナが心配してついて行く。

「ルキナ、チョコレートケーキでも探しに行きますか？」

　ノアルドは、ジョルジェが充分離れたのを確認すると、ルキナと二人きりになろうと動きだした。

「ええ、行きましょ」

　ルキナは嬉しそうに頷いた。

「それじゃあね、シャナ」

　ルキナがシアンに向かって手を振る。シアンは笑顔を取り繕って振り返す。ルキナがシアンを残していくのはわざとだ。

　ルキナがノアルドと一緒に離れると、他のみんなも順にシアンから離れて行った。結果的に、シアンが一人でいることになった。

　ルキナはチョコレートケーキを食べながらシアンの様子を伺う。シアンは心もとなさそうな表情で一人、立っている。ノアルドは「かわいそうだから少ししたら戻りましょう」と言った。ルキナは「はーい」と適当に返事をして、チョコレートケーキを片手にシアンに動きがないか確認する。

「皆さん、シアンを見てますよ」

　ノアルドが耳打ちをした。シアンは見目が良いので、年頃の少年貴族たちの注目の的になっているようだ。

「にしても、なんか男の子多くないですか？」

　ルキナはやけに男子が多いなと思った。

「ルース殿がシェリカさんの結婚相手の候補として呼んだのかもしれませんね」

　ノアルドがルキナの謎に答えた。ルキナは、ジョルジェがノアルドに言ったことを思い出した。ジョルジェはシェリカの旦那として良い人を見繕いたいと考えている。そして、こういうパーティと出会いの場とするのは間違ってない。

「でも、シェリカには好きな人がいるって知っているんですよね」

　ルキナは、ジョルジェがどうしたいのかわからず、疑問に思った。娘にぞっこんなジョルジェがルキナの恋を実らせたいと思うのは当然なはずだ。それなのに、ここで婿捜しをさせようとしている。ルキナには、ジョルジェの矛盾した行動が不思議でならない。

「選択肢を増やしてあげたいと思うのは普通だと思いますよ」

　またノアルドがルキナの疑問に答えた。ノアルドは人の気持ちをよく理解できるようだ。父親であるジョルジェの気持ちも。本当によくできた人だ。

　ルキナは、シアンが少年たちを釘付けにしているのをなんだか誇らしく思いながら、あたりを見渡した。パーティにはそれはそれは様々な人がいる。その中に、よく知っている人物がいることに気づいた。

（げっ、ガドエルまでいるじゃん）

　ガドエル・アリーマン。ミューヘーン家の分家にあたるアリーマン家の当主だ。ミューヘーン家当主であるハリスをなにかと目の敵にしていて、ルキナにもよくつっかかってくる。ガドエルの嫌味の相手は骨が折れるので、できるだけ関わりたくない相手だ。ルキナは、厄介な親戚に絡まれないことを祈る。

「あ、シアンが」

　ルキナがガドエルの方を見ていると、ノアルドがルキナの肩をつついた。シアンの方に動きがあったらしい。ルキナがシアンの方に視線を戻すと、シアンが椅子に座り、その横に一人の少年がいるのがわかった。

「ロンド…。」

　ルキナは少年の正体に気づき、その名を呟いた。シアンと話していると思われる人物は、ロンド・アリーマンだ。ガドエルの息子で、父親の影響もあって、ミューヘーン家であるルキナを良く思っていない。親戚の集まりで何回か顔は合わせているが、仲はよろしくない。

（女装がばれてなければ良いけど）

　ルキナは、ここにシアンを知る人物が自分たち以外にいることを想定していなかったので途端に不安になる。ルキナとしては、シアンは別人に見えるほどちゃんと女の子になっていると思うが、ロンドの勘が良かったら少女の正体に気づきかねない。ルキナは慌ててシアンの元へ向かう。

「こういうパーティには慣れてないの？」

　ロンドの声が聞こえてきた。

「片田舎の卑しい身分ですので。このような場所にご招待していただくことはほとんどなくて…。ロンド様にもこのような形でのご挨拶になってしまって…」

　シアンがロンドの問いに受け答えしている。シアンはルキナの言いつけを守って、シャナ・ルミナスとして振る舞っている。雰囲気は決して悪くない。どうやらロンドに女装のことはバレていないようだ。それどころか、ロンドは女装シアンを気に入っているらしく、アプローチをしている。しかし、相手はシアンだ。たとえ姿かたちを変えようとも、シアンはシアン。シアンは鈍感故、ロンドの気持ちなどなんとも思っていないようだ。だが、このまま放っておくわけにはいかない。

「うちのシャナに手出さないでくれる？」

　ルキナはシアンを助けるようにロンドの話に割って入って行った。ロンドはすぐに邪魔をしたのがルキナだと気づいた。そして、ロンドはルキナを睨んだ。

「うちの？」

　ロンドは目を吊り上げる。ルキナ相手に弱気でいるわけにはいかない。

「シャナはうちに住んでるの」

　ルキナはロンドを睨み返す。

「なんと！？」

　ロンドは途端に表情を明るくする。ロンドは、ミューヘーン家に近づくのは嫌だと思っていたが、シャナがいるのなら話は別だ。

「今度遊びに行くよ！」

「え…あっそう」

　ロンドが急に態度を変えたので、ルキナはびっくりする。

「ロンド」

　ガドエルが息子を呼びに来た。ガドエルは、ルキナのことを一瞥すると、ふっと鼻で笑った。ルキナは、何か嫌味を言われると身構えたが、意外にも、ガドエルは何も言わなかった。ガドエルのそばにはジョルジェがいる。ジョルジェはシェリカと年が近い貴族の子を集めている。それでこれだけ集まるのは、ルース家の権力、財力が魅力的だからだろう。ガドエルは、ロンドをシェリカの相手にと、ここに連れてきたのかもしれない。ガドエルはジョルジェの前で見苦しいところを見せないようにしたのかもしれない。

　ガドエルとロンドが離れて行ったので、ルキナはほっと息をついた。とりあえず、今日はガドエルの相手をしないですんだので安堵する。そして、ルキナはシアンに向き直った。

「シアン、あんた何したのよ」

　ルキナは、ロンドの変貌ぶりに戸惑っている。ロンドは、この親にしてこの子ありという言葉がぴったりなほど、ガドエルの嫌味な性格を引き継いでいる。さらに横暴なところもある。ルキナにとりとめてひどい態度をとらなかったのはこれが初めてだ。ルキナにはそれが信じられない。原因があるとすればシアンだろう。

「…。」

　シアンが答えに困る。ルキナは、シアンを責めるのはやめ、周りに目を向けた。やはり男子が皆シアンを見ている。

「だから、なんでシアンがモテるのよ」

　ルキナは大きくため息をついた。