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我ながら完ぺきな作戦デスケド。

 夏休みが終わり、ルキナはクリオア学院の寮に戻ってきた。季節はすっかり秋になり、肌寒い日が増えてきた。

 コンコン。

 ルキナが部屋でくつろいでいると、ドアがノックされた。ルキナは小説を書く手を止め、ドアを開けに行く。外には学院の女性スタッフがいて、届け物だと荷物を渡された。学院内の荷物のやりとりは寮の部屋に届けることで行われる。教授からの配布物や返却物がこうして渡されることもある。

「ありがとうございます」

 ルキナはスタッフからいくつかの封筒をもらってお礼を言った。スタッフが離れて行ったので、ドアを閉める。ルキナは封筒を順に確認していく。その中に、自分ではない名前が書かれた封筒があった。

「またあの子は…。」

 ルキナはシェリカの顔を頭に思い浮かべながら呟いた。ルキナの部屋にシェリカの封筒が届いている。シェリカの荷物が間違って届くのは、これで既に十回以上だ。スタッフが間違えているのではない。シェリカが人に自分の部屋番号を伝える時に、間違えてルキナの部屋を伝えてしまうのだ。シェリカは自分の部屋番号を覚えていないらしく、毎日ティナに送迎してもらっている。ティナに頼ってばかりだからいつまで経っても覚えられないのだろうが、もう半年以上寮生活をしているのだから、四桁の数字くらい覚えても良いだろう。そのくせ、ルキナの部屋番号は完璧に覚えている。ルキナにいたずらを仕掛けるために、ルキナの部屋だけは覚えたらしい。

「教授に訂正してもらえって言ったのに」

 シェリカが間違えた部屋を伝えたまま訂正しようとしないから、いつまで経っても、ルキナのところにシェリカの荷物が届く。

(ちょっときつめに言った方が良さそうね)

 ルキナは机に散らかしたままの小説を引き出しの奥にしまい込み、シェリカ宛の封筒を手に取った。ルキナはそれを持ってシェリカの部屋を訪ねた。ドアをノックする。シェリカならたいていこの時間は部屋に籠っている。真面目に勉強をしているのかは知らないが、シェリカが部屋で静かにしているのは確かだ。

「シェリカ、いる?」

 ルキナが声をかける。しかし、シェリカの返事がない。ルキナはロビーに行ってシェリカが寮にいるのか確認することにする。寮の入り口には、生徒の名前が書かれたプレートがあり、それが壁に貼ってある生徒は寮にいるということになる。生徒本人がプレートを壁に貼るので、貼り忘れがない限り、寮内にいるのかどうかは明らかである。ルキナはくるりと体の向きを変えた。その時、バンッと激しい音を立ててドアが開け放たれた。そして、シェリカが飛び出してくる。

「シェリカいたの…ね…!?」

 ルキナがシェリカに声をかけようとしたが、シェリカはルキナの存在に全く気づいておらず、ルキナの横を走り抜けていった。

「シェリカ、ちょっと待ちなさい」

 ルキナは慌ててシェリカを追いかける。シェリカは女子寮を出、魔術研究科の棟を目指して走る。建物の中に入ると、いくつも並んでいる研究室のうちの一つに駆け込んだ。ルキナはシェリカの後に続き、研究室のドアをノックして入った。そこでは、シアン、ノアルド、マクシス、タシファレド、チカ、ティナが集まって合同研究を行っていた。ルキナは、ティナに泣きついているシェリカに近づき、怒鳴った。

「シェリカ!部屋番号間違えるなって何度言ったらわかるのよ」

 ルキナはシェリカに封筒を差し出す。しかし、シェリカはルキナの方を見ない。ティナは手紙を読んで固まっているし、他のみんなもなんだか様子がおかしい。

「どうしたのよ」

 ルキナはシェリカを叱るのは後回しにする。シェリカが話を聞いてくれないのでは、今怒鳴ったって何にもならない。

「ルースさんのお父様から手紙だそうですよ」

 ルキナが困ったようにシェリカを見ていると、ノアルドが教えてくれた。ノアルドがティナの手元に視線を送る。ルキナもティナが手紙を読んでいることを確認する。

「シェリカ様はどうするおつもりですか?」

 手紙を読み終えたティナが顔をあげた。

「私の方が決めたの先だもん。パパのことは無視する」

 シェリカはむすっとした顔で答える。

「ジョルジェ様、お泣きになるでしょうね」

「えー、でも…。」

 手紙の内容を知らない人たちは、二人の会話に全くついていけない。

「シェリカ、その手紙、私が読んでも大丈夫?」

 ルキナは、ダメもとで尋ねる。手紙なんて個人情報の巣窟だ。人に読まれたくないと思うのが普通だろう。しかし、シェリカは意外にも二つ返事で了承した。ティナがルキナに手紙を渡してくれる。

(怖いものなしか)

 ルキナは、どうせ断れるだろうと思って手紙を読ませてほしいと言ったのだが、まさかの許可が下りた。罪悪感に苛まれながら手紙を読み始める。そこには、今度の週末、本邸に帰ってこいというような内容が書かれていた。送り主はシェリカの父親だ。シェリカの父親であるジョルジェは、娘を溺愛していると聞いている。そして、今度の週末はシェリカの誕生日とかぶる。もしかしなくても、ジョルジェはシェリカの誕生日パーティをルース家本邸で行うつもりだろう。そして、たしかに、読み進めた先にパーティのことが書かれていた。

 しかし、問題は、シェリカは既に別邸でパーティをする計画を立てていることにある。本邸のパーティと同日、つまり、シェリカの誕生日に、ホームパーティの約束をしている。招待客は夏休みをシアンの実家で過ごしたあのメンバーだ。シェリカが本邸に戻るのを渋っているのは、自分で既にパーティを計画し、客も呼んでしまったからだろう。ただ、手紙には友達も連れてきて良いと書いてある。行こうと思えば、シェリカも、他の皆も、ルース家本邸に行くことはできるだろう。

 ルキナが手紙を読んでいる間、ティナが簡単に手紙の内容を説明していた。皆も事情を知り、シェリカの言動の理由を納得した。

「私たちは会場がどこになろうと大丈夫ですよ」

 まっさきに、ノアルドが気にしなくて良いと答えた。正直、皆、どちらでも構わないと思っているだろう。王都からルース家の本邸も別邸も同じような距離にある。方向が違うだけ。あとは、身内だけのパーティでなくなるという違いがあるくらいだ。ノアルドたちはシェリカに招待されている身。文句を言うようなほどのことじゃない。文句があるなら行かなければ良いだけだ。

 ルキナは、皆が話している内容を気持ち半分で聞きながら、手紙の続きに目を通した。そこには、シェリカがいまだに本邸に行きたがらない理由が明らかになっていた。

「シェリカ、あなた、よく親と恋バナできるわね」

 ルキナが手紙から目を離さずに言う。ジョルジェからの手紙には、シェリカの好きな人を紹介しなさいと書いてある。

「好きな人を紹介ね…そりゃあ、渋るわけね」

 恋人ができたからと父親に紹介するのならともかく、好きな人を父親に把握されるというのは微妙な気持ちだ。

「ま、適当に誤魔化しておけば良いんじゃない?」

 ルキナは他人事のように言う。どうせシェリカの好きな人はシアンだが、父親に会わせることになっても紹介したりしないだろう。しかし、ルキナは事態がもっと厄介であることを理解していなかった。

「それが…特徴を伝えてしまったんですよ」

 ティナが、ルキナの提案を受け入れられないと言う。ティナがルキナの手にある手紙に視線を送る。ルキナは最後の文を読んで理解した。そこには、「銀髪の君に会えることを楽しみにしているよ」と書かれていた。

 シェリカが心配しているのは、告白をしてもない想い人本人に自分の気持ちを知られてしまうこと。気づいてほしい気持ちもあるが、父親の言動でバレるのは嫌だ。

 一方、ティナが心配しているのは、娘ラブなジョルジェが、シェリカの好きな人を前にして平常心でいられるわけがないということ。シェリカと一緒にいられる時間が短かった分、ジョルジェは娘に依存している。最近は、まだ先の話なのに、嫁にやるのは嫌だと泣いてばかりだと聞く。でも、だからと言って、シェリカがジョルジェの誘いを断ったら、それこそジョルジェはしばらく立ち直れないだろう。最悪、この学校に押しかけて来かねない。

「一人だけおいてくわけにも行かないか」

 ルキナがぶつぶつと呟く。この場合、シアンをパーティに連れて行かないという選択が最善な気もするが、さすがのシアンものけ者にされたら嫌がるだろう。だからといって、パーティそのものをなしにして、シェリカだけ本邸のパーティに参加するというのは本末転倒な気もする。ルキナは、シェリカとティナの事情を組んで、自分が協力してあげるしかないのだと理解した。

「まあ、大丈夫よ。私が何とかするわ」

 ルキナがふふっと笑う。良い作戦を思いついたのだ。

「大船に乗ったつもりで私に任せなさい」

 ルキナが胸をどんと叩く。すると、シアンが不安そうな顔をした。さすがはシアン。十年以上ルキナを傍で見てきただけのことはある。ルキナが何かを企む顔をした時は、いつだってシアンが迷惑を被るのだ。


 ルキナは、週末を迎える前に一度、王都に買い物に出かけた。向かったのは、ひいきにしてる仕立て屋だ。今日はシアンも連れず、一人で来た。

「こんにちは」

 ルキナは扉を開けて店の中に入った。すると、店主が飛んできた。

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で?」

「この前、注文したドレス、早めに仕上げてほしいんだけど。できれば、今週末に間に合うように」

 ルキナが要望を伝えると、店主は快く受け入れた。

「急でごめんなさい。予定より五日くらい早くなっちゃうわよね。追加料金を払うわ。いくら?」

 ルキナも無理なお願いをしていることは理解していたので、お金は払うつもりだった。しかし、店主は断った。

「ミューヘーン様にはごひいきにしていただいますので、そのようなものは受け取れません」

 店主は、頻繁にオーダーメイドの注文を入れるルキナを待遇すべき客とみなしているようで、追加料金は必要ないと言う。ルキナは、店主の言葉に甘え、納期だけ更新した。

「それじゃあ、お願いね」

 ルキナは頭を下げる店主に一声かけて店を出た。その後、ルキナが向かったのは、ルシュド家のレストランだ。

「お嬢様、お久しぶりです」

 ルキナが顔を見せると、エルメスが笑顔で出迎えてくれた。

「あれ?ミーナと双子は?」

「三人は今、出かけてます」

 ルキナが訪ねる時は偶然か、いつもミーナと双子がいるので、三人がいないのはなんだか変な感じがする。

「来て早々悪いんだけど、頼みたいことがあって」

 ルキナはそう切り出して、着替えをする場所としてどこかの部屋を貸してほしいとエルメスにお願いした。

「場所の提供くらいでしたらいくらでも」

 エルメスは悩むことなく承諾した。

「でも、大丈夫?ミーナに確認とってないけど」

「大丈夫ですよ。お嬢様のお願いとあれば、ミーナも喜んで協力するはずですから」

「そう。ありがとう」

 ルキナは、ミーナとエルメスについ頼ってしまう。二人がミューヘーン家で働いていたという過去があって、お願いをしやすいのかもしれない。しかし、二人に甘えすぎも良くない。

(今度、またちゃんとお礼しないと)

 ルキナは、今はエルメスにお礼だけ言って、ルシュド家を後にした。

(とりあえず、準備はこれでよし、と)

 ルキナは、作戦を決行するための事前準備を終わらせ、決行日がやってくるのを待った。そして、やってきたルース家でのパーティ当日。ルキナは、シアンを王都にあるルシュド一家のレストランに連れて行った。

「「オジョウ、何しに来たの?」」

 ルキナとシアンが訪ねてくることを知らされていなかったので、二人の姿を見て、リュカとミカはたいそう驚いた。

 今日は二人とも女の子の恰好をしている。兄妹というよりは姉妹だ。

「遊ぼ!」

「遊ぼ!」

 双子たちは、シアンを中心にぐるぐる回っている。

「捕まえた」

 シアンは、しゃがんで、ガシッと双子を捕まえて抱き上げる。双子はキャーキャー大喜びだ。

「お嬢様、お久しぶりです」

 厨房から、ミーナが出てきた。開店前の仕込みをしていたのだろう。今はまだレストランに客はいないが忙しそうだ。

「急にごめんね、ミーナ」

「いえいえ。こちらの方こそ、いつもお世話になってばかりで」

 ミーナは、双子に服をプレゼントしてくれたり、遊び盛りな子供の遊びに付き合ってくれるルキナとシアンに感謝している。だから、ルキナのお願いとあらば、たいていのことは喜んで引き受ける。

「この子たちも大喜びですし」

 ミーナが双子を見て母親の顔になる。

「どうぞ、上を使ってください」

 ミーナが、階段のある方を手のひらで示す。ルキナは、短くお礼を述べ、シアンを呼ぶ。シアンは双子とじゃれあっている。

「シアン、早く」

 シアンは、ルキナに急かされ、急いでルキナの近くに寄る。

「「もう終わり?」」

 双子は遊びを中断されてしまって不服そうだ。

「後で時間があったらつきあってあげるから」

 ルキナは双子に適当なことを言って、シアンの腕をひいて階段を上る。レストランの上は、ルシュド一家の居住スペースだ。ルキナは、そのうちの一室にためらうことなく入っていく。ここに遊びに来たときは、いつもこの部屋で双子を着せ替えさせていた。今日はこの部屋を別の目的で借りている。

「何をするんですか?」

 シアンは、部屋の真ん中で立たされたので、困惑気味にルキナに尋ねる。ルキナはくるりと回って体の向きを変える。

「シアン、命令よ。女装しなさい」

 ルキナは仁王立ちで言った。

「はあ!?」

 シアンは、あまりに唐突な言葉に驚きの声を発する。

「だから、女装」

 ぽかんとしているシアンに、ルキナがため息をつきながらもう一度言う。

「誰が?」

「シアンが」

「なぜ?」

「男の恰好じゃいけないの」

 シアンは開いた口が塞がらない。ルキナに命令をされたので、ほぼ拒否権はないわけだが、女装する意味が理解できない。

「ほら、時間なくなっちゃうから、これ着て」

 ルキナは肩に下げていた大きな袋から新品のドレスを出す。

「どうしても女装しないと駄目ですか?」

 シアンはルキナの勢いに圧されてドレスを受け取ったものの、とても着る気にはなれない。

「うん、駄目。女装しないとパーティ連れてかないから」

 ルキナはそう言い残して部屋を出て行く。

(さーて、シアン、ちゃんと女装してくれるかしら)

 ルキナがオーダーメイドで用意したドレスはシアンに着せるためのものだ。シェリカのことがなくても、もともとシアンには女装させるつもりでいた。その予定が少し早まっただけで、準備は滞りなくすんでいる。ドレスだけでなく、かつらも、靴も用意してある。あとは、シアンが身に着けてくれれば、完璧な女装男子ができあがる。シアンはまだ身長が伸びていないし、顔も中性的なので、そこそこクオリティの高い女の子ができあがるはずだ。

「シアン、終わった?」

 ルキナは、シアンの着替えが終わった頃に声をかけた。

「…はい」

 ドアの向こうからシアンの返事が聞こえてきた。ルキナはドキドキしながらドアを開ける。その扉の先には、可愛らしい女の子が立っていた。

「やっぱり似合うじゃない」

 ルキナは満足そうにシアンを見る。

「嬉しくないです」

 シアンは椅子に座ってズーンと沈んでいる。

「「シアン、きれー」」

 いつの間にか双子も二階に上がってきていた。シアンの女装を見るなり、目を輝かせている。

「うん、ありがと」

 子供たちが純粋な心からの感想を述べただけだとわかっているのか、シアンは双子を邪険にあつかったりしない。だが、シアンはどんどん気が沈んでいっている。顔が暗くなっていく。

「お化粧はなくても大丈夫そうですね」

 ついにはミーナも様子を見に来た。シアンの女装を見て微笑んでいる。シアンの肌は白いので、化粧をしなくてもそれっぽく見えるのだ。

「口紅くらいしてく?」

 ルキナがニヤニヤしながら言う。シアンが想像通り、いや、想像以上に可愛い女の子になったので、ルキナはついついにやけてしまう。

「これ以上男を捨てたくないです」

 シアンは力なく答えた。シアンは女装にかなり抵抗があるようだ。ルキナは少し悪いことをしたなと思うが、謝ろうなどとは思わない。

 ルキナは、シアンに近づき、耳に手を伸ばす。イヤリングをつけるのだ。これもシアンのために用意していたものだ。

「ヒールは慣れるまでがしんどいから、今日はあんまり動かないようにした方が良いわよ」

 ルキナは、シアンの耳にイヤリングをつけながら忠告する。女の先輩として、シアンにはいろいろと教えておくことがある。

「まあ、私よりちゃんと女の子できそうだし、問題ないだろうけど」

 ルキナはいつもシアンにはしたないと叱れている。きっとシアンの方が淑女らしくあれるだろう。ルキナはシアンに期待している。

 そう、これがルキナの作戦だ。シアンに女装させ、別人として振る舞わせることで、ジョルジェにシェリカの好きな人とバレないようにする。シェリカが伝えたシアンに関する情報は、銀髪で背の低い男の子。銀髪をかつらで隠し、性別を変えれば、まさか同一人物とは思うまい。

「我ながら完ぺきだわ」

 ルキナは自分の作戦を完璧だと本気で思っている。

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