シナリオ通りじゃないんデスケド。
ルキナは悩んでいた。予想外の伏兵が現れたために、ルキナの逆ハーレムという目標が若干遠のいている。
「ルキナ様、そんな顔していたら皺残っちゃいますよ」
シェリカがルキナの顔を覗き込む。
「え?そんな変な顔してた?」
「変な顔というか…あ、もしかして、朝のことまだ怒ってますか?」
シェリカがルキナの怒りをかったのではないかとびくびくし始める。
「朝?何かあったけ?」
ルキナが首を傾げる。すると、シェリカが青ざめた。
「ルキナ様、やっぱり変ですよ」
シェリカがルキナに保健室に行こうと言う。シェリカが大げさに心配するので、ルキナは今朝のことを一から思い出す。
(今日は授業がないから朝はゆっくりで…)
昨日は入学式があったし、その後、友人たちと学校を見て回ったので、少し疲れていた。そのうえ、授業はまだ選択していないので、今日は授業がない。だから、朝はどれだけ寝坊しようが咎められない。そう思って、目覚ましもセットしないで寝続けていた。
(ああ、そうだ)
そこへ、シェリカが来たのだ。ルキナの部屋の鍵をティナに開けさせて忍び込んできた。それで、ルキナに寝起きドッキリをしかけたのだ。シェリカは、ルキナにいたずらばかりする。今朝の寝起きドッキリもその一つだ。シェリカは、そのことについてまだルキナが怒っていると思っているようだ。
(なんでこの世界のシェリカはこんなにいたずら好きに育ったのかしら)
シェリカは『りゃくえん』にも登場する。ルキナの親友として、共にヒロインをいじめていた。細かく言うと、実際にいじめていたのはシェリカで、ルキナはシェリカに指示を出していたにすぎない。ルキナは人を動かすのが得意で、シェリカのこともヒロインをいじめるよう誘導していた。シェリカは目立つ悪役だった。でも、それが、なぜルキナに対してしょうもないいたずらをするようになったのか見当もつかない。シェリカはルキナのことが大好きで、いたずらをしかけるようなキャラではなかったはずだ。
ルキナはため息をついて、シェリカにもう怒っていないことを言ってあげようと、シェリカの方を見た。
「どうでもいいけど、あんた、豆が嫌いだからって、私のお皿に勝手に移さないでよ」
シェリカは反省しているのかと思いきや、ルキナが考え事をしているのをいいことに、せっせと豆を自分の皿からよけていた。
「バレました?」
シェリカはそう言いながら、残りの豆をルキナの皿に移し続ける。
「いや、その手を止めなさいよ」
ルキナがシェリカの手首を掴んで止めさせる。そして、ティナに主人の行動をちゃんと見張っているよう言う。
「ティナ・エリは私の味方ですよ」
シェリカは、ティナは雇い主である自分の言うことしか聞かないと自信満々に言う。しかし、ティナは「シェリカ様、栄養バランスは気を付けたほうが良いですよ」と言い、自分のお皿から豆を数粒取ってシェリカのお皿にのせた。
「ティナ・エリ…。」
シェリカがティナに訴えるような目を向ける。ティナは意に介さないで、黙々と食事を再開する。
「豆がないメニューを選べば良かったじゃない」
ルキナが言うと、シェリカは首を振った。
「これが食べたかったんだもん」
「じゃあ、ちゃんと全部食べなさいよ」
シェリカとルキナも、止まっていた手を動かした。ルキナは料理を口に運びながら、周りをキョロキョロと見渡した。食堂にはたくさんの人がいて、楽しそうに話しながら食事をとっている。ルキナは、その中でかなり目立つ赤色の髪の二人に視線を送る。片方は、タシファレドだ。
ロット家は赤色の髪をもっており、魔法に長けた家系だ。銀髪がリュツカ家の特徴なら、赤髪がロット家の特徴だ。ただ、今にも血が途絶えそうなリュツカ家と違い、ロット家はかなり大きな家だ。分家もたくさんある。その一つがノオト家だ。ロット家と血を分けた者たちは、髪は赤色になる。ノオト家の者たちも髪が赤い。
(アリシア・ノオト、ね)
ルキナはタシファレドにくっついている赤髪の少女に注目する。彼女は、昨日、突如として現れ、タシファレドの親戚だということが判明した。ロット家は分家が多いことを知っているので、タシファレドに同い年の親戚や幼馴染みがいようが、そんなに驚くことではない。しかし、問題は、なぜ今ここで現れたのかということ。タシファレドは『りゃくえん』の攻略対象だが、ヒロインのライバル役として、アリシアが登場してきた記憶はない。
ルキナは、ゲームのシナリオ通りでないことに焦っている。悪役令嬢であるルキナがモテられるのは、シナリオ通りに進んだ時だけだろう。焦るのも仕方あるまい。だが、シナリオ通りでないことを指摘するのは今更だ。これまで既にゲームの設定通りにことが運んだことがない。もし、ゲームの通りに上手くいっていたのなら、既に知り合っている攻略対象は今もルキナにぞっこんだろう。でも、現実は甘くない。誰もルキナに好意をよせてこない。しかも、一度、自らゲームの設定を変えるような行動をとったことがある。シナリオ通りにいかないのは当然なのかもしれない。
それでも、今までになく焦っているのは、ゲームにいないはずの人物がタシファレドと親しそうなところを見て、もう修正は効かないのだと感じたから。そのうえ、タイムリミットが迫っている。ゲームの設定を考えると、あと一年もすればヒロインがこの学校に編入してきてしまうだろう。これだけ過去が変わっているのだからヒロインが来ないという未来もあり得そうだが期待できない。そんな状態で、誰一人攻略できていないのだから、焦る他ない。
(ま、なるようになるか)
ルキナはわりと楽観的な性格だ。なんだかんだ最後にはうまくいくのではないかと思っている。
「それより気になるのは…。」
ルキナは無意識に呟いた。シェリカが不思議そうにルキナを見る。
「そういえば、シアンはどこにいるのですか?」
シェリカがルキナに尋ねる。シアンはルキナの家に仕えているから、ルキナなら彼の居場所を知っていると思ったのだろう。だが、残念ながら、ルキナはシアンの全てを把握しているわけではない。
「知らないわよ」
ルキナが短く答えると、シェリカが「ルキナ様はつかえないですね」と言った。
「シアンにシェリカには近づくなって言っておこうか?」
ルキナがキレながら言うと、シェリカが慌てて謝った。
「シアンって、そんなに良いかしら」
ルキナの言葉にシェリカが驚いた。そして、いらないならくれと言う。
「シアンは物じゃないって」
「知ってますよ。でも、価値がわからないのなら宝の持ち腐れです。シアンが近すぎるから、ルキナ様は気づいてないだけだと思いますけど」
「大切なものほど身近にあるって?シェリカにしては良いこと言うじゃない」
ルキナは、シェリカと話しながら昼食を食べ終えた。ティナは全然話さないので、ルキナとシェリカの二人しかいないような感覚になる。三人は席を立ち、食堂を後にした。
「ミューヘーン様、少しよろしいですか?」
寮に戻る途中、アリシアが話しかけてきた。ルキナ一人に用があるようだったので、シェリカとティナは先に行かせた。
「ちょうど良かった。私も聞きたいことがあったのよ」
声をかけてきたのはアリシアだが、ルキナが先に話を始めようとする。
「私、あなたにどこかで会ったことがあるかしら。ずっと思い出せなくて」
ルキナが悩んでいたのはこれだ。アリシアの顔をどこかで見たことがあるはずなのに、どうしても思い出せない。モヤモヤして気持ちが悪い。
アリシアがルキナを睨む。しかし、アリシアの前髪は長く、目も隠れている。
「今更忘れたふりですか」
アリシアは怒っている。ルキナは、アリシアが怒っている理由がわからず、きょとんとする。
「昨日、たっちゃんの前で言おうとしたではありませんか」
アリシアはタシファレドをたっちゃんと呼ぶ。小さい頃からそう呼んでいたのだろう。
「昨日?」
ルキナはまだ何の話かわかっていない。そんなルキナのために、アリシアはイライラとしながらさらに詳しい説明をする。
「春休みのことです」
たったの一言だったが、ルキナはアリシアの言いたいことがわかった。
「あ、やっぱり、あの時の子よね。強いのね」
ルキナは、夕方の王都で見た少女を思い出す。何人もの男たちを圧倒するほど強く、一人でたくさんの男たちをダウンさせていた。
昨日も、アリシアに会った時に、ルキナはこの話をしようと思ったのだが、アリシアに止められた。
「でも、ごめん。私が聞きたいのはそんな最近のことじゃなくて、もっと前。私、あなたのこと見た覚えがあるんだけど、知らない?」
ルキナが尋ねると、アリシアは知らないと即答した。
「話をそらさないでください。昨日、あの話をしようとしましたよね?」
アリシアはまだ怒っている。
「そうよね。みんなの前でする話ではなかったわよね。昨日、あの後、シアンに注意されたわ」
ルキナはアリシアをなだめるように言い、一言謝った。すると、アリシアはルキナを睨むのをやめた。
「たっちゃんには言わないでくださいね」
アリシアがにっこり笑って言う。前髪で隠れている目まで笑っているのかはわからないが。
「善処するわ」
ルキナが笑顔で返すと、アリシアがルキナの後ろの壁に手をついた。壁ドンだ。だが、全くキュンとしない。むしろ、恐怖だ。
「いいえ、約束してください」
アリシアの身長は低いのに、かなり迫力がある。ルキナは全力で何度も頷いた。アリシアは満足してルキナから離れた。
(いや、こわっ)
ルキナは自分の腕をさする。少し鳥肌が立っている。そうまでして、タシファレドにはアリシアが暴力をふるっていたことを知られたくないのだろう。
(でも、この子、普通に昨日もタシファレドを殴っていたような)
アリシアは何かあるとすぐに手が出てしまうタイプのようで、タシファレドにパンチを食らわせているのを昨日一日で既に何回か見ている。そのわりに、春休みに見た光景は話すなと言う。アリシアが隠そうとしているのは、ルキナが思っていることと少し違うのかもしれない。
「触らぬ神に祟りなし、か」
ルキナが呟くと、アリシアがルキナの顔をじっと見た。ルキナの独り言が気になったのだろう。
「別に、ノオトさんはタシファレドと仲が良いんだなって思っただけよ」
ルキナが言うと、アリシアが嬉しそうに頬を赤く染めた。照れたようにもじもじし始める。
(やだ、なにこの生き物。かわいい)
ルキナは初々しい反応を見せるアリシアをからかいたくなる。
「さっきも見たわよ。二人でご飯食べてるとこ。ばっちり見ちゃったわよ。ノオトさんがタシファレドにあーんしてるとこも」
「言わないでください」
ルキナが言った言葉にアリシアが可愛く反応する。アリシアが両手で顔を覆っている。ルキナはニヤニヤが止まらない。
「良いわね。なんか、新婚のカップルみたいだったわ」
「でもぉ、たっちゃんはあんまり食べてくれなくて」
「まあ、男の子だし、恥ずかしかったのかもね」
ルキナがテキトーなことを言うと、アリシアが悩みを打ち明け始める。
「たっちゃんは、私のこと好きじゃないのかもしれません。小さい頃はもっと優しかったのに」
アリシアは、タシファレドが昔と違うことに悩んでいるらしい。
「浮気ばっかりするし」
タシファレドはいろいろあって、女たらしになった。ルキナとしては、女たらしのタシファレドの方が馴染みがあるのだが、アリシアにとってはそうではないのだろう。
「まだ昨日再会したばっかなんでしょ?タシファレドも久しぶりで接し方がわからないだけよ、きっと。押して駄目なら引いてみろって聞くけど、この場合、しばらく押し続けた方が良さそうね」
ルキナが笑いながら言う。
「好意を向けられて好きになるなんてよくある話だし」
ルキナが付け足して言うと、アリシアがルキナの手をぎゅっと握った。
「恋愛の師匠と呼ばせてください」
アリシアが目を輝かしている。このような尊敬の眼差しを向けられるのは悪い気分じゃない。
「師匠は恥ずかしいから、名前で呼んでちょうだい」
特に恋愛において、このように敬われることがなかったので、ルキナは調子に乗っている。ルキナは自称恋愛マスターではあるが、恋愛経験はほぼゼロに等しい。前世で誰かと恋愛に発展することはなく、前世の経験は全く役に立たない。だから、シアンにモテスキルを身に着けろと何度も言われるはめになるのだ。
「では、ルキナ様と」
「それなら良いわよ」
アリシアはスキップをしながら去って行った。シアンに自慢をしに行こうと、食堂の方に戻る。シアンがどこにいるかわからないが、食堂に行けば会えるような気がする。
ルキナが一人で歩いてると、ミッシェル・タンクーガが話しかけてきた。
「一人なんて珍しいな」
ミッシェルのイメージでは、ルキナは常にシアンと一緒にいるので、一人なのは違和感があるのだろう。
「それはお互い様よ」
ルキナもミッシェルが一人なのは珍しいと思う。一方で、ラッキーだと思う。ミッシェルも『りゃくえん』の攻略対象だ。こうして二人きりで話す機会はあまりなかったので、チャンスだ。
「何してたんだ?」
「私は、あだ名の仕組みについて考えながら歩いてたわ。シェリカがシェリーなのはわかるけど、マクシスがまーくんで、タシファレドがたっちゃんなのが許せないわ。ちょっと日本語チックすぎない?ってね」
「ニホンゴね。久しぶりに聞いたよ」
ミッシェルが楽しそうに笑う。ルキナがシアンと前世の話をしているところをミッシェルに聞かれてしまったことがある。詳しい話まで聞かれたわけではないので、簡単に誤魔化せたが、ルキナを空想が好きな女の子だと思ったようだ。それ以来、ルキナは時々、冗談も交えながらミッシェルに空想話として前世の話をするようになった。もちろん、話すのは本当に一部で、ただの空想だと笑える範囲だ。
「変なこと聞くけど、ミッシェルは私のことどう思ってる?」
ルキナの問いに、ミッシェルがほんの少し驚く。ミッシェルの反応を見て、ルキナは変な意味ではないと付け足す。
「頭が良くて、しっかりしてる子かな」
ミッシェルの答えはあまりに予想外で、ルキナは口を半開きにして驚く。
「今はそうでもないみたいだけど」
ミッシェルが笑うので、ルキナは「ひどいこと言うわね」と怒ったふりをする。
「私の望んでた答えと百八十度違ったわ」
ルキナが期待していた答えは「妹みたいで、守ってあげたくなる子」だ。ゲーム内のミッシェルは甘え上手な妹タイプがお好みだ。だから、ルキナはミッシェルの前ではそんなか弱い女の子を演じてきたつもりだが、うまくいっていなかったということが判明した。
「そんなふうに私を評価するのはミッシェルだけだと思うわよ」
なんにせよ、ミッシェルのルキナに抱くイメージは異質すぎる気がする。
「でも、小さい頃は、物知りだっただろ。誰よりも。シアンは昔から頭が良かったけど、それとまた違った意味で」
ミッシェルは幼い頃のルキナを基準にして考えているようだ。たしかに、ルキナは幼少期に前世の記憶を取り戻しているので、ある程度、他の子供よりは知識はあっただろう。だが、それでもシアンの方が頭が良かった。ルキナよりずっと大人びていた。
「よくわかんないけど、ありがと」
ルキナは深く考えるのはやめて、話を終わらせた。
「それで、ミッシェルはどこかに向かってたの?」
「ああ、そうそう。シアンがどこにいるか知らないか?剣の相手をしてもらおうと思ったんだけど」
ミッシェルはシアンをライバルか何かと思っているらしい。暇になるとシアンに何らかの対決を申し込む。
「シアンが剣は苦手だって言ってたわよ」
「だからこそだよ。シアンにはもっと強くなってもらわないと」
「ふーん。シアンを鍛えてやろうっていう魂胆ね」
ルキナが歩き始めるとミッシェルが後ろについてきた。
「ちなみに、シアンの場所は知らないわよ」
ルキナがいたずらっぽく笑うと、ミッシェルが立ち止まった。ルキナが何も言わずに歩き始めたからシアンの居場所を知っていると思ったらしい。
「残念だっだわね。私もシアンを探してたとこなのよ」