意外な一面に興味はあるんデスケド。
「んー、おいしー」
ルキナは口いっぱいに料理を頬張る。頭の中は「美味しい」ということ以外、考えられなくなる。
「そんなに独り占めしようとしなくても、料理は逃げませんよ」
シアンがほっぺを膨らませているルキナを笑う。
「はほほひ、ほふひひはひふほほ。ほひほひほはへへはへはひはほ」
ルキナは口に食べ物を含んだまま話し始める。シアンが顔をしかめる。ルキナは、シアンに何も伝わっていないのだということに気づく。ルキナは慌てて口の中を空にした。
「あそこに、掃除機がいるのよ。おちおちと食べてられないわよ」
ルキナはさっき言ったことを繰り返し、チグサの方を指さした。チグサがすごい勢いでテーブルに残っている料理を消費している。彼女の胃は底なし沼だ。急いで食べないと、あっという間にここまで到達しそうだ。
シアンはチグサの様子を確認し、ルキナが急いで食べ進めている理由を理解した。シアンの理解を得られたところで、ルキナはまた口に料理を詰め始めた。といっても、味がわからなくなるほど口につめこむわけではない。せっかくの美味しい料理を無駄にするようなことを何を差し置いてもするわけがない。
「ちなみに、掃除機って何ですか?」
シアンがルキナに尋ねた。ルキナの前世に関わる内容かもしれないと思っているので、声は小さい。ルキナは、掃除機がこの世界にないことに気づいてはっとした。
「んーっ、これ以上のたとえ、思いつかないわよ」
ルキナは、自分の頭が前世と今世の世界を分けて考えることができないので、もどかしく思う。別に好きで前世に関わる単語を口走っているわけではない。ルキナだって、気を抜いたところで下手なことを言ってしまわないか心配に思っている。
ルキナは、現実逃避をするように料理をかきこんだ。ルキナが黙々と食べていると、シアンがルキナの隣に座って笑った。シアンにはルキナの食い意地の張り具合が面白いらしい。
「ジュースないんですか?」
シアンはルキナのコップに飲み物が入っていないことに気づく。さっきからルキナは水分を取らずに食べている。さすがにそろそろ口が水分を欲している。ルキナに頷いて、返事をする。
「じゃあ、取りに行ってきますね」
「ありがとう」
シアンが椅子から立ち上がった。そこへイリヤノイドが近づいてきた。
「せーんぱいっ」
イリヤノイドがシアンにぴとっとくっつく。シアンはなんだかぞっとしてイリヤノイドから瞬時に離れる。そして、イリヤノイドから距離をとるために、座っているルキナを間に入れてイリヤノイドと対峙する。
「せんぱーい、今日、うちに泊まりに来ません?」
イリヤノイドは、シアンに逃げられてもめげる気配がない。シアンを独り占めしようと、自分の家に連れて行こうとする。
「イリヤは受験生だろ。受験生のいる家に泊まりに行かないよ」
シアンはイリヤノイドの誘いをきっぱりと断る。
「えー、なんでですかぁ?」
「なんでって、勉強の邪魔になるだろ」
「じゃあ、先輩、勉強教えてくださいよ」
「勉強教えるにしても、泊まるのは難しいって」
「そんなこと言わないでくださいよぉ」
イリヤノイドとシアンが幾度となく見た会話を続ける。イリヤノイドの一方的なアプローチに、シアンは全く取り合おうとしない。こんな会話はいつものことなのだから、ルキナは口を挟むことはしない…つもりだったのだが、今回は少し状況が悪い。
「あのねぇ…」
ルキナはシアンとイリヤノイドの顔を交互に見る。
「私の頭の上で話さないでくれる?」
椅子に座っているルキナを間に入れて二人がやりとりするものだから、ルキナは落ち着いて料理を食べられない。ルキナとしては当然の主張をしたのだが、イリヤノイドが素直に受け入れるわけがない。イリヤノイドは、ルキナの言うことは意地でもききたくないだろう。イリヤノイドは、ルキナを睨んだ。
「ルキナがそこどけば?」
イリヤノイドの言うことはあながち間違っていない。しかし、イリヤノイドが後から来て勝手に場を乱したのだ。イリヤノイドの主張が簡単に通るわけがない。いつものルキナならイリヤノイドを睨み返して、何かしら言い返しているだろう。
「はいはい」
今のルキナは、食事を落ち着いてとれる環境を最も欲している。イリヤノイドと言いあいをして食べる時間をロスするのも惜しい。ルキナは自分の皿とフォークを持って席を立った。別のあいている椅子に移動した。
「ルキナ、意外と食べるんですね」
ルキナが一人で食事を続けていると、今度はノアルドがやってきた。ノアルドは自然な立ち振る舞いでルキナの隣に座った。
「いっぱい食べる私はお嫌いですか?」
ルキナは、シアンにノアルドとのイチャイチャを見せつけるチャンスだと思い、ノアルドにぶりっこして見せる。ノアルドは一瞬たじろいで、すぐに「嫌いなわけないじゃないですか」と言った。
「ノア様はもうお腹いっぱいなんですか?」
ルキナはシアンの方をチラリと見た。まだイリヤノイドと何か話している。ノアルドとイチャついていてもシアンは気づかないかもしれない。だが、気を抜くことはできない。より自然にノアルドとのラブラブ感を醸し出すには、常にそうあれるように意識するのが何より効果的だ。
「力いっぱい食べたわけではないので余裕はあるんですけど、何を食べようか迷ってしまって」
「もう料理の種類がなくなってきましたよ。早く食べないと食べようと思った時には何にも残ってませんよ」
「そうですね」
ノアルドがチグサの方を見て、ふふっと笑った。
「ルキナのお勧めは何ですか?」
「このお肉が一番すきなんですけど、食べました?」
「食べてないですね」
「味見してみます?」
ルキナはフォークで肉をひと切れ取った。それをノアルドの方に差し出す。ノアルドは目を白黒させて戸惑った。
「ノア様、どうされました?」
ルキナは首を傾げる。ノアルドだって、ルキナがノアルドに食べさせるためにフォークを向けていることは理解しているはずだ。ノアルドが食べようとしないのが、ルキナには不思議でならない。
「…いえ」
ノアルドは覚悟を決めてルキナの持つフォークから料理を食べた。
「どうですか?」
「美味しいです」
「それは良かったです」
ルキナがノアルドと話していると、シアンがやってきた。
「お嬢様、お待たせしました」
シアンはジュースの入ったコップを差し出している。
「ありがとう」
ルキナは、シアンがまさかジュースを持って来てくれるとは思わなかったので、驚いた。コップを受け取って一口飲む。
「それでは」
シアンは背を向けてルキナたちから離れて行った。
「このためだけに来てくれたの?」
ルキナは静かに呟いた。シアンがジュースを渡すだけ渡して行ってしまったので、申し訳なく思った。
「良かったですね、ルキナ」
ノアルドがニコニコとルキナに言う。
「え?」
「シアン、たぶんルキナのことが気になったから来たんですよ」
ノアルドはイチャイチャ作戦が成功したのではないかと言う。
「今、嫉妬してました?」
「私はしていたように見えましたよ」
ルキナには、シアンが嫉妬していたように思わなかったので、ノアルドの言うことに素直に頷けなかった。
結局、チグサが料理を全て食べてしまい、食事会はお開きになった。
「ごちそうさまでした」
「美味しかったです」
皆、ミーナたちにお礼を述べてレストランを出て行く。ここから馬車が止まっている駐車場まで歩く。馬車をレストラン前まで呼ぶ寄せることもできなくはなかったが、どうせなら休憩がてら歩こうということになった。
「ルキナ様たちはそっちなんですね」
駐車場はあちこちにある。シェリカはルキナたちの馬車のある駐車場とは違う場所に行かなくてはならないらしい。それはシェリカだけではなく、ルキナは、タシファレド一味以外とすぐにわかれることになった。
「ふぅ、食った食った」
ルキナはお腹をさする。満腹まで食べてかなり満足だ。ミーナの美味しい料理でお腹が満たされるのは幸せ以外の何物でもない。
「お嬢様、はしたないですよ」
シアンがルキナの隣で注意する。
「はしたないの?これ」
ルキナが苦笑していると、後ろから苦しそうな声が聞こえてきた。
「アリシア!?」
タシファレドの焦った声が聞こえてくる。背後では、アリシアがお腹をおさえてしゃがみこんでいる。アリシアが体調を崩したようだ。
「アリシアちゃん、大丈夫?」
ルキナがアリシアに駆け寄る。アリシアは苦しそうに丸まっている。シアンも心配そうに近づいて来るが、そんなにアリシアに人がくっついていても何もならない。
「シアンは馬車を呼んできて」
ルキナが的確な指示を出し、シアンがそれに従う。
「辛いならレストランに戻るのもありだけど、アリシアちゃん、動ける?」
ルキナが声をかけてもアリシアは返事をしない。本当に限界状態にあるのだろう。
「俺が担いでいこうか」
タシファレドがアリシアを運ぶと言い出す。
「あー、ロット様、僕が運びます」
ハイルックがタシファレドを押しのけ、アリシアを抱き上げようとする。
「おい、邪魔をするな。俺が運ぶから。お前は触んな」
「ロット様の手をわずらわせるわけにはいきません。僕が迅速に安全に運びますから」
「だから、俺が…」
「喧嘩してる場合じゃないでしょ!」
アリシアの一大事というのに、男二人はくだらない喧嘩を始める。ルキナはガチギレした。
「どうしました?お嬢さんたち。よろしければ手を貸しましょうか」
ルキナたちがアリシアを中心にわたわたしていると、見知らぬ男性が声をかけてきた。酔っぱらっているのか、不自然なほどへらへらしている。男性の連れと思われる者たちも後ろでニヤニヤと笑っている。ルキナは顔をしかめて、首を横に振った。
「お声掛けは感謝しますが、あなたたちの手をお借りるするほどではありませんので」
ルキナは断りながら、これで引いてくれと心の中で願った。この辺りは飲食店が建ち並び、夜になれば酔っ払いが多くなるのも仕方がない。だが、アリシアがこんな状態なのに、酔っ払いに絡まれてさらなる厄介ごとに巻き込まれるのはさけたい。
「なになに、嬢ちゃん。お友達が辛そうなのに無視するわけ?嬢ちゃんが勝手にお友達の辛さを代弁するのはおかしくない?」
一番チャラそうな男がルキナに迫ってくる。ルキナは後ずさりながら、「別にそういうわけではありません」と言う。
「なに?そういうわけじゃないって何?」
「あの、本当に私たちは大丈夫なので、離れてください」
ルキナはできるだけ刺激を与えないように関わらないでほしいと言うが、男たちは聞き耳を持たない。
「俺たちも心配なんすよ。ね、わかってくれるっしょ」
「俺らが助けようとしてるのに、そういう態度ってどうなんですかね?」
「その子を早く助けたいと思ってるんですよね?」
酔っ払いの男たちはルキナにどんどん近づいて来る。タシファレドはアリシアをかばうように抱きしめ、ハイルックはルキナを助けようと酔っ払いを払いのけようとする。だが、どうやらただの酔っ払いではなさそうだ。男たちはハイルックに押されてもびくともしない。ルキナが本格的にまずいと焦りだしたところで、男たちが動いた。
「ね、ロット家の坊ちゃん」
男がタシファレドの方を見て言った。この男たちはタシファレドのことを知っている。タシファレドがいるとわかって絡んできている。
「忘れたとは言わせませんよ。俺たちがこうなったのは、全部、全部、ロットのせいだ」
「そうだ…そうだ…俺はお前のせいで家を失った。家族を失った。絶対に許さない」
「死んでも一発だけは殴ってやろうって決めてたんだ」
男たちが目の色を変えた。その目はタシファレドを捕らえて離さない。ルキナは、男たちの言っていることが全く理解できなかった。ただ、タシファレドが何かの罪を着せられ、侮辱されていることはわかった。
「変な言いがかりは…!?」
ルキナは、これまでいかに刺激をしないかに気をつけていた。だが、ここにきて、タシファレドが危険だと思い、焦って余分なことを言ってしまった。ルキナに一番近くにいた男が、ルキナに殴りかかる。手を握りしめ、拳を振りかぶった。ルキナは殴られると理解し、反射的に目を閉じた。
(シアン…!)
ルキナは無意識に心の中でシアンを呼んでいた。しかし、どんなに呼んでも、シアンは飛んでこない。シアンは万能じゃない。ルキナは痛みを覚悟した。
「…え?」
ルキナは目を閉じて構えていたのだが、いつまで待っても痛みを感じない。ルキナは恐る恐る目を開けた。
「アリシアちゃん?」
なんと、ルキナを守っていたのはアリシアだった。アリシアは軽々と男の拳を受け止め、敵をしっかり見据えていた。アリシアは、男の手をぐっと押し込んで、手をひかせた。
ルキナがあっけにとられていると、ハイルックがルキナの肩を掴んで下がらせた。ハイルックは、アリシアと男たちの近くにいては危ないと思ったのだろう。
「…放して」
ルキナは我に返って、アリシアに駆け寄ろうとする。ハイルックがそれを止める。
「ちょっと放して。アリシアちゃんでも、さすがに無理よ。さっきまでお腹痛そうにしてたじゃない」
ルキナは、アリシアの安全が心配になっていた。ルキナもアリシアの強さは知っている。万全の状態であれば、こんな酔っ払いなど、簡単に追い払えるだろう。だが、今はアリシアも体調を崩している。とても喧嘩をできる状態じゃないはずだ。
「でも、僕らが行ったって邪魔になるだけなんですって」
「それじゃあ、アリシアちゃんが殴られるのをただ黙って見ていろって言うの?」
「そんなわけないじゃないですか。でも…。」
ルキナがハイルックと言いあっていると、バタバタと男たちが倒れ始めた。アリシアがあっという間に戦力をそいでしまったらしい。アリシアはルキナの想像を大いに上回る強さを有していた。
「ワタクシを前にして、タシファレド様に触れようなどという戯言、馬鹿馬鹿しくて笑ってしまいますわ」
アリシアが尻餅をついている男たちを見下ろして言った。アリシアは、前髪を結え、額を出している。いつもは見えない目が露わになっている。ルキナは、アリシアと初めて会った時のことを思い出した。あの時も、アリシアの目を見た。もしかしたら、あの時も前髪を結っていたのかもしれない。
「そのような発言、戯言としてすませられるうちに控えられることをお勧めいたします。でないと、ワタクシ、本気を出してしまいそうですもの」
アリシアは放心状態の男たちににっこりと笑った。すると、男たちは「ひぃっ」と叫び声を上げて逃げて行った。アリシアは、男たちの後姿を見送り、その場にしゃがみこんだ。やはりまだお腹が痛いようだ。
「はったりだったけど、効いたみたいで良かった」
アリシアは独り言を呟いて、前髪を下ろした。タシファレドは、しゃがんで動かないアリシアの前に行き、目線を合わせた。
「ん」
タシファレドが手を差し出す。アリシアは顔を上げて、タシファレドの手を見た。珍しくタシファレドが手を握らせてくれる。アリシアの目は輝き出す。しかし、アリシアはその手をとらなかった。
「ごめん、たっちゃん」
アリシアは苦しそうな表情のまま立ち上がり、タシファレドの手を無視した。そして、一人で歩き始めた。その途中、すれ違いざまにハイルックに「たっちゃんをお願い」と一言声をかけた。
「あなたに言われずとも」
ハイルックは戸惑いながらも、いつもどおりの対応をした。アリシアはふらふらになりながら歩き続ける。
「おい、アリシア!」
タシファレドが制止しようとしたが、アリシアは立ち止まらなかった。彼女には、彼女だけの目指すものがあるようだ。




