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雨の日はつまらないものデスケド。

「雨ね」

「はい、雨ですね」

 ルキナとシアンが窓から外を見ている。双子たちがやってきて四日目。今日も山に双子を遊びに連れて行こうという話をしていたのだが、どうやらそれは無理らしい。朝から雨が激しく地面を打ち付けている。

「こんな雨、珍しいくらいね」

 窓に雨粒がばしばしと当たっている。外に出たら痛そうだ。ルキナはこんなに激しい雨を見たのは久しぶりな気がする。

「えー、外で遊べないの?」

 ミカが口を膨らませて文句を言う。ミカは山で遊ぶのを楽しみにしていたので、雨で中止となれば不満に思って当然だ。

「家の中でも楽しめることはあるよ」

 ミッシェルが背後からミカに近づき、突然抱き上げた。ミカが驚いて楽しそうに悲鳴を上げた。

「そうね。家の中でも楽しめることはあるわよね」

 ルキナはミッシェルの言うことはもっともだと思った。双子たちが悪さをする前に何か遊びを考えた良さそうだ。体力の有り余っている子供が何をしでかすか予想できたものではない。

「シェリカは何をしているの?」

 ルキナは、机に向かって黙々と何かを書いているシェリカに近づく。シェリカは顔を上げてルキナを見る。そして、ノートを閉じて表紙をルキナに見せた。

「日記ね」

 シェリカは日記を書いていたらしい。ルキナは、人のいるところでよく書くなと思った。普通、日記は自室でひっそり書くもののはずだ。シェリカはそういう感覚がずれているところがある。本来恥ずかしいと思うであろうことも、シェリカは平気でやってのける。

「お嬢様は、そういうコツコツ続けるようなもの、苦手そうですね」

 ルキナがシェリカと話していると、シアンも話に入ってきた。

「ひどいこと言うわね」

 ルキナはシアンを弱く睨む。しかし、すぐに目を柔らかくする。

「でも、その通りよ。新しい日記帳を買っては一週間も続かずに面倒くさくなったわ。だから、ほとんど白紙の日記帳がいくつも残ってた」

 ルキナは、シアンの言う通り、コツコツと何かを続けるのが苦手だ。日記はその代表的なもので、前世でも何度か日記を始めようとしたが、三日坊主になってばかりだった。ルキナは、シェリカの日記がノートの真ん中のページまで続いていることを確認して感心する。

「こういうのは気楽に始めるのがコツですよ」

 シェリカが胸を張って自信満々に語り始めた。

「ちゃんとした日記帳ではなく、使いかけのノートとか、ちょっとしたメモ帳とか。毎日書こうって気合も入れないで、書けなかった日は無視して。気が向いた時にだけ書こうって思うくらいで良いんですよ」

 シェリカが日記を続けるコツを意気揚々と話している。ルキナは、「なるほど」と頷いた。でも、ルキナはもう日記を始めるつもりはない。

「ま、私は日記書くつもりないけど」

 ルキナが日記をやるつもりがないと言うと、シェリカが残念そうに肩を落とした。日記仲間とやらを増やしたかったらしい。

「そういう日記を共有したいなら、交換日記でもやれば良いじゃない」

 ルキナが交換日記を提案すると、シェリカがぱーっと目を輝かせた。そして、その期待の眼差しをルキナに向ける。

「…私はやらないわよ」

 ルキナは交換日記もすぐに飽きるという自信がある。中途半端に始めて、シェリカに急かされるようなことになったら面倒だ。

 シェリカがあからさまに残念そうにする。

「そういうのは、やりたい人同士で勝手にやってちょうだい」

 シェリカが上目遣いでルキナの反応を伺っているので、ルキナはシェリカから目をそらして言う。このままシェリカの目を見ていたら、無理矢理押し切られて交換日記をさせられそうだ。

「じゃあ、ティナ・エリ」

 シェリカがターゲットをティナに変えた。ティナなら命令したら交換日記でもやってくれそうだ。

「遠慮します」

 シェリカの期待に反して、ティナはきっぱりと断った。

「えー」

 シェリカが肩を落とす。

「ルキナ様のおっしゃるように、やりたい人を探して、その人と一緒にやってください」

「そんなの宝島を探すより大変よ」

「交換日記をやりたがる人がいないとわかっていながら、なんで私にも聞いたんですか」

 シェリカとティナの話を聞いていたルキナは、「宝島」と呟いた。

「宝島、良いじゃない」

 ルキナは、双子のために用意する遊びを決めた。ルキナは双子に聞こえるように少し声を大きくして言った。

「宝探しをしましょ」

「「宝探しー!?」」

 予想通り、双子は宝探しという言葉にすぐに食いついた。

「この屋敷のどこかに隠した宝を見つけるのよ。でも、個人戦だとつまらないから、チーム戦にするのはどうかしら。海賊っていう設定で、船長を決めて」

「面白そう!」

 ルキナの提案にミカがノリノリだ。暇を持て余していた双子にとって、とても魅力的なゲームだろう。

「それじゃあ、船長はリュカとミカね。他のメンバーはくじ引きで決めましょうか」

 ルキナは参加者を募った。ベルコルとイリヤノイド以外が参加することとなった。ベルコルが不参加と聞いてミカが残念そうにする。ベルコルは勉強をするそうだ。イリヤノイドは既に個室に籠って勉強しているので、そもそもゲームの話を聞いていない。

「あ、シアンは私と一緒に運営側に回ってね。この屋敷はシアンのだし、魔法を使える人がいる方がゲームを作りやすいし」

 チームを分け終えると、ルキナはシアンと一緒に宝を探したり、途中の試練を用意したりした。ルキナは前世でこういう遊びをしたことがあるので、その記憶を総動員し、できるだけこったものにしようとした。シアンはルキナの思い描いたものを形にしていく。なかなか良いタッグだ。

「ふぅ、これでよしっと」

 ルキナは、ゲームの準備を終えると、皆の待つリビングに戻った。ベルコルは勉強をすると言っていたが、自室ではなくリビングで勉強している。ベルコルの部屋の周辺も宝探しの会場になるからうるさくなるかもしれないと伝えたところ、リビングに勉強道具を持って移動をしていた。リビングはゲームのスタート地点となるだけで、すぐにみんないなくなる。ベルコルは勉強をする場所として静かな場所をご所望らしい。

「それじゃあ、さっそくゲームを始めましょうか。この宝の地図に従ってゴールを目指してね」

 ルキナはそう言って、リュカとミカにそれぞれ一枚ずつ地図が書かれたカードを渡す。

「それじゃあ、よーい、スタート」

 ルキナがゲーム開始の合図をすると、皆一斉にリビングから飛び出した。チカが一番最後に出て行き、リビングにはルキナとベルコルだけが残った。少しすると、パンパンという破裂音が聞こえてきた。

「バリファ先輩、すみません。ちょっとうるさいかもです」

 最初のお題は風船を割って次の部屋へのカギを手に入れるという物なので、多少音がする。ルキナが謝ると、ベルコルは首を振った。

「イリヤのいる部屋の方には行かないように言ってあるので、あちらの方が静かかもしれませんけど…。」

「別に構わないよ」

 ベルコルはルキナに笑顔を向ける。ルキナは最後にもう一度謝ってリビングを出た。皆のいるダイニングを目指す。

「早く割って!」

「やだー」

 ダイニングでは、床に散らばった風船たちを皆が取り合うように割っていた。ミカが大暴れし、場は騒然としている。リュカは風船の割れる音が怖いらしくて、シアンにひっついて耳を押さえている。皆、力を合わせて風船を割っているがいっこうに数が減らないのは、シアンが風船の量を増やしているからだ。魔法で天井にひっつけてあった風船を床に落として数を増やしている。

「全然見つからない」

 シェリカが風船を割りながら呟く。風船は増える一方で、割っても割っても当たりにたどり着かない。そうこうしているうちに、チカが静かに風船の中に入って行き、迷うことなく一つを選んだ。中は透けて見えないが、チカはその風船の中に鍵が入っていると確信しているらしい。そして、皆から離れたところで一人、風船を割る。見事、その中から鍵が現れた。

「チカ、なんでわかったの?」

 ルキナはなぜチカには当たりがわかったのか不思議で、思わず尋ねる。

「鍵が入っている風船は最初からあるはずだから、最初からあって割られてない風船を選んだだけです」

 チカは何でもないように答えた。たしかに、たいしたトリックではなかった。鍵入りの風船は天井に用意してある風船ではなく、最初から床にあった。そうしないと、ゲームとして成り立たない。ならば、最初から床にあった風船で、いまだ割られていない物を調べてみれば良い。当たりの風船である確率は格段に上がる。だが、このようなことができたのは、チカの記憶力があってこそだろう。

 チカは鍵を持って、怖がっているリュカに近寄る。とんとんと肩を叩き、鍵が見つかったことを知らせる。リュカはチカと鍵を見て嬉しそうにする。その後、リュカはミッシェルに声をかけた。

「リュカチーム、行くぞ。鍵は見つかったってさ」

 ミッシェルがリュカのチームメンバーを集める。全員揃うと、皆揃ってダイニングを出て行った。

「それじゃあ、ノア、お先に」

 ミッシェルのはノアルドに声をかけて出て行く。その様子を見たミカが悔しそうにする。

「みんな、急いで」

「「イエッサー」」

 ミカの命令にアリシアとハイルックが元気良く答える。そして、二人は、因縁の相手と声がそろったことが不満で、互いににらみ合い始める。タシファレドはリュカチームなのでもうここにはいない。タシファレドの所在に関わらず、二人は犬猿の仲のようだ。

「あった」

 結局、けなげに風船を割り続けたティナが鍵を見つけた。ティナから鍵を受け取ったミカがダイニングから走って出て行った。皆がそれに続く。

「やっと行ったわ」

 ルキナは独り言を呟き、ダイニングのテーブルの下に新たな鍵をつけて仕込みをする。

「あとは待ってるだけでも勝手に楽しんでくれるでしょ」

 ルキナは、リビングに戻る。なぞなぞの問題やちょっとしてゲームをあちこちに用意してあるので、ほうっておいても大丈夫だろう。

 ルキナがリビングに入ると、ベルコルは本を読んでいた。これも勉強の一環だろう。ルキナは、集中しているであろうベルコルに、ためらいつつも話しかけてみる。

「バリファ先輩はいつも何の勉強をされてるんですか?」

 ルキナが話しかけると、ベルコルは本から視線を外してルキナの顔を見た。

「最近は病気の種類を覚えている」

「病気の種類?」

 ルキナは、ベルコルが意外と気さくに対応してくれたので驚きながら、話を繋げる。勉強の邪魔をされて怒るかもしれないと危惧していたが、後から聞いた話では、人に話すと覚えた内容が脳に定着するからちょうど良かったのだそうだ。

「一般に知られている病気から珍しい病気までいろいろ。医者になるにはまず覚えることが必要だ。既に存在する医療知識を身につけなくては何も始まらないからな」

 ベルコルは医師になるための勉強を必死にこなしている。父親の期待に応えるためではあるが、それ以上に学ぶことが楽しいらしい。

「どんな病気があるんですか?」

「たとえば、奇病の中でもマイナーな寄生妖精とか」

「寄生妖精?」

 ルキナは妖精という単語が出てきて、少し興味がわく。この世界には竜が存在するように、妖精や他の想像上の伝説の生き物が存在している。まだ妖精には会ったことがないが、その妖精が関わる病気と聞くと、ルキナのテンションは上がる。

「妖精の一種に人間の子供に寄生するものがいるんだ。妖精はその身を守るために、子供の誕生と同時に寄生し、きっかり十六年で去って行く。その間、患者は多重人格が認められる」

「多重人格?」

「妖精は自分が妖精と気づいていない。自分を人間と思い込み、寄生先の人間の人格の一面として表に出るんだ」

 ルキナは不思議な病気だと思った。ベルコルが言うには、妖精に寄生されたとしても害はほぼないらしい。妖精が体を操っている間は体格が変わるらしいが、主人格である人間にはなんら影響はない。

「ただ、多少妖精の特徴が体に出てしまうことはあるらしい。例えば、目の色や髪の色。遺伝とは違うから、妖精が体から出ると元に戻るらしいが」

 ベルコルの話し方は基本的に伝聞形式をとっている。しかし、それも当然だろう。ベルコルは病気の知識を文献から得たのみで、実際に患者を診たわけではない。しかも、希少疾患とされている病気だ。医者の中でもその患者に出会うことは本当に稀な例だそうだ。

「妖精は十六歳の誕生日に出て行くんですよね。なんだか寂しいですね」

「患者からしてみればそうでもないだろう。よく知りもしない異種族に体が乗っ取られるのだから、早く出ていってほしいと思う人もいるはずだ」

「外から手を加えたとして、妖精を人為的に人間から引きはがすことはできるんですか?」

「いや、それが成功した例はない。寄生している人間が死んだら妖精も死ぬと言うし、リスキーな選択だな」

 ベルコルはそう言って、少しの間黙った。何かを考えているようだ。

「…妖精が妖精だと気づいた時ならあるいは…。」

 ベルコルが小さな声で言った。ルキナはベルコルの言葉をしっかりと聞き取ることができたので、首を傾げた。

「妖精は自分が妖精だってわからないって、さっき」

「ああ。でも、十六年目を迎える直前、妖精は自分が何者なのか気づくという証言もあるんだ。その時には、人間の体を操るのは難しい状態になっていると言うし、そんな時期なら外的に力を加えても妖精を引きはがすことができるかもしれないな。ただ、妖精がどうなるのか確証は得られないし、実験もできないが」

 ベルコルは、知識を頭に入れたうえで、自分の頭でさらに考えを深めている。物を覚えただけで満足しないのはさすがと言うべきだろう。

「ゴール!」

 ルキナがベルコルと話していると、ミカがリビングに飛び込んできた。

「えっ、早っ!」

 ルキナは時間を確認する。やはりミカは予定よりずっと早く戻ってきている。こって作ったゲームだったので、もっと時間を稼げると思った。ミカに続いてリュカも戻ってきた。子供たちが楽しんだ時間に対して、準備の時間にあまり見合ってないような気がしてならない。

「みんな…リュカとミカは楽しそうにしてましたよ」

 ルキナが落胆していると、その心を読んだかのようにシアンが言った。シアンはゲームマスターとしてみんなの遊ぶ様子を見守っていた。ルキナもシアンのように楽しそうに遊ぶみんなの顔を見たら気を落としたりすることはなかったかもしれない。

「それに…。」

 シアンが視線をソファに移す。ソファでは、リュカとミカが互いによりかかって眠っている。

「えっ、早っ!」

 さっきまで、ゲームの興奮冷めやらぬ様子でぺちゃくちゃと話していたくせに、双子揃ってもう寝てしまっている。よっぽど疲れたのだろう。たしかに、ルキナの思惑通りではある。子供の有り余る元気を消耗させるのが目的で始めたゲームだ。目的は達成されたと言えるだろう。

「まあ、いいわ。もうこんなことはしないから」

 ルキナは双子の寝顔を見て笑みをこぼす。双子が楽しんでいたという話を聞いて、嬉しくないわけがない。頑張って良かったと思うばかりだ。だが、もうやりたくないとは思う。苦労のわりに結果が伴ってない気がする。

 ルキナが金輪際こんなゲームは準備しないと決意を固めていると、シアンがルキナの耳に近づけた。シアンは明日の天気も知っている。

「お嬢様、ちなみに、明日も雨みたいですよ」

 ルキナは顔を強張らせる。子供の考えることだ。楽しかったことは繰り返し楽しみたいだろう。明日も室内にいないといけないということは、またこのゲームをやってほしいと言われるに決まっている。

「絶対嫌!」

 ルキナは首を横にぶんぶん振る。何事も生半可な覚悟で始めてはならないようだ。ルキナは覚悟が足らなかった。

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