他人の心はわからないものデスケド。
「「花火!花火!」」
夕食を食べ終えると、双子が庭に出て花火を始めるのを期待している。
「まだ明るいし、今やってもあんまり綺麗に見えないんじゃない?」
ルキナははしゃぐ双子を見守りながら言う。空は紫色で、花火を全力で楽しむならもう少し暗くなってからの方が良さそうだ。
「じゃあ、暗くなるの待ってる」
ミカはそう言って、リュカを連れて門の方へ走って行った。門の近くに何人かの子供がいるのを見つける。一緒に遊びたいのかもしれない。
「門の外には出ないでよ」
遠くまで行かれてしまっては困るので、双子に庭は出るなと言う。双子に声が届いたのかはわからないが、返事もしないで走り続ける。ルキナは心配になって双子の後を追いかける。ルキナは一人で歩いていたのだが、隣にシアンがやってきた。ルキナがふと後ろを振り返ると、皆、外に出て来ていた。
「あれ?みんな出てきちゃったの?」
ルキナは、夕食を食べ終えると飛び出した双子を追いかけて外に出てきたのだが、皆は中で待ってくれていても良かった。まだ空が暗くなるのを待たなくてはならないし、使用人たちによる花火の準備もまだやっと始まろうとしているくらいだ。
「皆さんも花火が楽しみなんですよ」
「そうかしら」
ルキナは、なんだかんだ一番花火を心待ちにしていそうなシアンの横顔を見て、シアンの言葉に納得した。シアンはルキナと同じ家で育ったので、当然、手持ち花火の存在を知らなかった。今日が初めてということになる。ルキナは前世で体験しているので、シアンの期待はルキナの比ではないだろう。
「それにしても、浴衣はないのに、花火文化はあるのは何なのかしら」
ルキナは腕を組む。打ち上げ花火も手持ち花火もあるくせに、浴衣が存在しない。ルキナはそのことが不満だ。
「今日はいらっしゃるんですね」
シアンがベルコルの方を見て言った。昨日は祭りに行かないと言っていたのに、今日は、他の皆と一緒に庭に出ている。シアンにはそれが不思議なのだろう。しかし、ルキナは別におかしいとは思わない。
「ベルコルはメリットでしか動かないけど、意外と情に厚いのよ。何も驚くことはないわ」
ルキナにとってみれば、シアンの思うベルコルの意外な面も設定通りにすぎない。ベルコルがメリットだけで動くのではないほど皆を気にするようになったのは嬉しいことだ。昨夜の双子の捜索もメリットデメリットを考える暇もないほど咄嗟に動いてくれたらしかった。あとは、ベルコルにルキナ一人をさらに気に入ってもらえば良い。
「驚くと言えば、ベルコルが馬に乗ったのが信じられないんだけど」
ルキナは、シアンから聞いた話を思い出して言った。双子を救出した後、シアンに何があったのか、一連の出来事を教えてもらった。その時、ベルコルがシアンの操縦する馬に乗ったということも聞いた。
「どうしてですか?」
シアンにはルキナが驚く理由がわからないようで、首を傾げている。ルキナは、シアンが『りゃくえん』のキャラ設定を知らないのだから当然のリアクションだと理解している。
「ベルコルは超がつくほど動物が苦手なのよ。馬にも乗らないくらいね」
ルキナが言うと、シアンが何かを納得したように頷いた。
「だから、バリファ様のお父上も、バリファ様に乗馬を強要しないんですね」
シアンは、厳しいベルコルの父なら、ベルコルに当然乗馬の練習をさせると思ったのだ。
多くの貴族は、習い事に乗馬を選ぶ。馬に乗れて損はない。貴族の中には乗馬を趣味とする者がいる。一昔前に、貴族間で馬に乗って散歩するデートが流行ったくらいだ。社交界での交流の手段としても使える。それなのに、ベルコルの父が、社交界での武器ともなろう乗馬をできないままで許すとは思えなかった。
「それこそトラウマよ。ベルコルは小さい頃に犬に噛まれたことがあるの。本人は覚えてないけどね。ショックだったと思うわよ。そのことはベルコルパパも知ってるから、強く言わないのよ。いくら厳しいって言ったって、ベルコルは大事な息子だからね」
ルキナは、一息に言ってしまうと、軽やかなステップで双子のとこに向かった。その途中、使用人と一人の男性とすれ違った。ルキナが向かっている門から入ってきたのだろう。ルキナは足を止め、振り返った。
「シアン様、お客様です」
使用人がシアンに声をかけた。シアンが男性の顔を見て嬉しそうな顔になる。
「シアン君、こんにちは…もう、こんばんはの時間かな」
サイヴァン・チルドだ。アイザックが要注意人物として名前をあげた彼が訪ねてきた。ルキナはあまりにタイミングが良いので驚いてしまう。しかし、アイザックから話を聞く前から、サイヴァンが来ることは決まっていた。近日中にこの屋敷に来ると知らされていたのだ。ただ、今日来るとは思っていなかった。
ルキナはシアンの元に戻り、サイヴァンの視界に入る。
「ルキナさんもお変わりなく」
サイヴァンがルキナに笑いかける。サイヴァンこそ、以前と変わりなさそうだ。ルキナはサイヴァンに警戒しつつ様子を見ることにする。
「どうも」
ルキナがよそ行きの笑顔を向ける。ルキナはサイヴァンに対してずっとこのような態度をとってきたので、今更何か違和感を与えることはない。正直のところ、ルキナはサイヴァンと親しくない。魔法を学ぶ者たちからしたら、サイヴァンは憧れの人物で、知識を与えてもらえるとしたら光栄なことなのだろう。しかし、ルキナは魔法が使えないし、サイヴァンの話を面白いと思ったことがない。ミューヘーン家に来てシアンに授業をする時も、ルキナはあまりサイヴァンに興味を示さないできた。
「あ、先生。今日はノアルド殿下とミッシェルさんもいっらしゃるんですよ」
シアンは明らかにテンションが高い。大好きな先生に会えて嬉しいのだろう。
(あの人、本当にシアンに言ったのかしら。サイヴァンは危ないかもって)
シアンが特別警戒している様子を見せない。シアンもアイザックからサイヴァンに気をつけろと言われているはずなのに。無論、サイヴァンに警戒しているという事実を知られるのは避けるべきことではある。しかし、ちっとも異変を感じさせないシアンを見ていると不安になる。
ノアルドとミッシェルがサイヴァンに気づいて近づいて来る。ノアルドとミッシェルも魔法を使う者として、サイヴァンに教えを乞うている。サイヴァンがシアンの家庭教師になった頃から、二人はちょくちょくミューヘーン家に来ては、サイヴァンの授業を受けていた。サイヴァンにとっては、ノアルドとミッシェルも教え子になるだろう。
「ああ、そうでした」
サイヴァンは、ノアルドの顔を見ると、何かを思い出してカバンの中をごそごそしだした。そして、小さな白色の石を取り出す。
「ノアルド王子、以前話していた月の石です」
サイヴァンの持っている石は、無機質ないわゆる石という感じで、何も特別な石には見えない。
(そういえば、元いた世界の月の石も、意外と普通の石だったわね)
ルキナは、前世で見た月の石の写真を思い出した。星の主成分が似ているためか、あの月の石は、地球にあってもおかしくはなさそうだった。それを思えば、このサイヴァンが持っている月の石もいたって普通の石に見えて当たり前なのかもしれない。しかし、この世界の住人が宇宙に行けるとは思わなかった。
「宇宙に行ってきたんですか?」
ルキナが驚いて尋ねると、サイヴァンが笑った。ルキナはすぐに自分が勘違いをしていることに気づいた。
「違いますよ。月の石というのは、魔力を高める効力のある石のことです。正確には、トリネラと言います」
サイヴァンがルキナの勘違いを訂正するように石の解説をする。どうやら、この世界にはまだ宇宙に行く技術はないようだ。
「どうして月の石と言うのですか?」
シアンが、いつもの授業のようにサイヴァンに質問する。博識なシアンも月の石のことは詳しくないらしい。
「シアン君に少し関係があるかもしれないね」
サイヴァンは、さも教えることが楽しいと言わんばかりの笑顔で解説を始めた。導入が「月の石はシアンに繋がりがある」というものだったので、皆、きょとんとしている。
「この国は愛竜国ですからね。名前の由来が竜に関わっているものも意外と多いんですよ。この月の石もそのうちの一つです。魔力を持つ者はすべて、その力が最大限に発揮できる時間が決まっていますが、ドラゴンの魔力は月光の下でもっとも強くなります。シアン君も、満月の夜が一番魔力が強いでしょう?」
シアンは、以前、サイヴァンに魔力が一番高まる時間を調べるよう言われたことがある。上級学校の魔法科でも、自分の魔力の性質は知るべきだと教えるほど、基礎的なことだ。だから、シアンに限らず、魔法が使える者は皆、自分の魔力が一番強い時間、条件を知っている。
「竜の血が…と言っても、ただの偶然かもしれませんが。ドラゴンは月の光で魔力が高まる。この石は、魔法使いにとっては、ドラゴンにとっての月の光なんですよ。だから、月の石と呼ばれるようになったわけです」
ルキナにも、今回の話は理解できた。あくまで、リュツカ家が竜の血を引き継いでいるという伝説が前提にあるが、シアンと月の石の関係はたしかにありそうだ。
サイヴァンは、手にしていたトリネラをノアルドの手に乗せた。これはノアルドに渡そうと思って持ってきたものだ。
「この大きさでは、あまり効力はないかもしれません。希少な物ですから、簡単には手に入らないですし。でも、とある地域ではこれをお守り代わりに持つという話も聞きます。普段、身に着けておいても損はないでしょう」
サイヴァンは、ノアルドに月の石をあげると約束でもしていたのだろう。ノアルドは、小さい石だが、サイヴァンからもらえたことが嬉しいのか、石を大切そうに握る。
「それでは、私はこれで」
サイヴァンは石を渡すために寄っただけらしい。忙しい人だ。別れを告げて、さっさと行ってしまった。ルキナは、じっとサイヴァンの後姿を見つめて、怪しいところはないか確認する。今日、一瞬の様子を見た限りでは、とてもサイヴァンが悪とは断定できない。もちろん、サイヴァンが黒だったとしても、そう簡単にぼろは出さないだろう。
ルキナはサイヴァンが去って行った先に双子がいることを確認する。双子はルキナの言いつけを守って門から外には出ていない。代わりに、近所の子供の方が庭に入ってきている。別にそれは怒るほどのことではない。
(あれ?)
ルキナは双子がいつもと何か違うことに気づいた。何やら子供同士でもめているようで、双子とその他の子供たちとで言いあいをしている。ミカが喧嘩をすることはよくある。ルシュド家に遊びに行って、ミカが近所の喧嘩して帰ってくるところは何度も見ている。しかし、リュカもそのもめ事の中心にいるのは珍しい。いつもなら、リュカは怖がってミカの陰に隠れるところだろう。リュカが表に立って言いあいをしているのは本当に珍しい。
「ねえ、シアン」
ルキナは、シアンの服を引っ張ってシアンを呼ぶ。
「双子、様子おかしくない?」
ルキナが小声で言う。シアンはルキナに言われて双子のいる方を見る。
「なあ、お前、良い場所に連れて行ってやるよ」
ちょうどその時、一人の少年がリュカのスカートを引っ張った。さすがにリュカは怯えて動けなくなっている。その時、ミカが少年に飛び掛かった。リュカを助けるためだろう。少年はミカに驚いて、リュカから手を離した。リュカはその場に尻餅をついた。リュカが解放されても、ミカは少年を襲い続ける。結果、恐れおののいた少年たちがミカから逃げるように庭を出て行った。その後、ミカは尻餅をついたままのリュカに手を差し出した。
「何もおかしいようには見えませんが」
シアンがルキナの方を見て言う。たしかに、今の場面だけを見たら、双子はいつもと何ら変わらない。しっかり者のミカが泣き虫のリュカを守る。おかしいと感じる要素などない。
ルキナは双子を見て、ここからが大事なところなのだと思った。いつもと違うところを見られるとしたら今だ。
ルキナは慌ててシアンの両頬を両手ではさんで、ぐいっと首を回させた。シアンが双子から目を離したので、強制的に双子の方を向かせた。
ちょうどその時、リュカがミカの手を取らずに自分で立ち上がった。リュカはミカが手を差し出していることに気づいているはずだ。それなのに、手を借りようとしなかった。
「ね?おかしいでしょ?」
ルキナがもう一度シアンに尋ねる。シアンも決定的瞬間を目にしたはずだ。ルキナはシアンの顔から手を離す。すると、シアンが自分の首をさすり始めた。
「はい。変な動きをしたので」
シアンが首をさすって言う。ルキナが無理矢理顔の向きを変えたので、シアンの首を痛めてしまったのかもしれない。
「ごめん、痛かった?」
ルキナが心配そうにシアンの方を見る。
「筋の方を少し」
シアンが痛そうにしているのを見て、ルキナは途端にシアンが年寄に見えてきた。ルキナのせいでこんなことになったのに、ルキナはつい笑ってしまう。
「なんか年より臭い」
「誰のせいですか」
シアンが怒ったように言う。本当に痛かったのかどうかも怪しいが、本気でルキナに怒ってはないだろう。
「竜の血でなんとかして…じゃなくて、双子よ、双子」
ルキナは冗談を言おうとして、双子のことを思い出した。いつの間にか話がそれてしまっている。ルキナは急いで話を戻す。
「リュカの方がミカから距離をとろうとしてるみたいなのよ。あんなに仲良しだったのに」
ルキナの視線の先では、リュカがミカから離れて一人で遊ぼうとしている。ミカは寂しそうに立っている。
「まあ、ずっと同じじゃいられないわよね。双子だと複雑よね。どちらかが先に大人になっちゃったら、一緒にいられないもの。ミカには酷だろうけど、受け入れるしかないのよね」
双子は同時に生まれ、一緒に育ってきたが、成長するのは体だけじゃない。精神面の成長も体の成長と同様に、二人一緒にというわけにはいかない。ルキナは、双子がいつまでも一緒にいられないということに改めて気づかされ、残念に思った。
「変わろうとしてるのは、ミカの方だと思いますよ」
シアンがポツリと言った。ルキナは変わってしまったのはリュカだと思っているので、シアンの言っている意味がわからない。
「大丈夫ですよ。リュカはお兄ちゃんだから」
シアンはそう言って微笑む。そして、ルキナに、そろそろ双子の着替えをさせに行ったらどうかと言う。今日は内輪で花火を楽しむだけだが、双子にはまた浴衣を着せてあげる約束をしてある。
「わかった」
ルキナは、双子に着替えに行こうと声をかけに行く。ルキナが声をかけると、二人は喜んで駆け寄ってきた。ルキナは二人を連れて自分の部屋に向かう。シアンも後ろについて、手伝いに来てくれる。
双子をルキナの部屋に移動させ、昨日同様、着替えを始める。しかし、いざリュカに浴衣を着せようとしたところで、リュカは「今日はミカにこれを着せてあげて」と言って、浴衣に腕を通そうとしなかった。
ルキナは、浴衣と甚平を二着ずつ用意してきた。でも、昨日の誘拐事件で、リュカが着ていた浴衣は汚れてしまった。だから、今、浴衣は一着しかない。ルキナは、それを当然のようにリュカに着せようとした。今まで、リュカは可愛いものを、ミカは動きやすいものを選んでいた。昨日もそうだった。今日も同じように着せてあげれば良いだろうと思うのが自然だろう。
「どうしたの?」
ルキナがリュカと目線を合わせて尋ねる。
「僕はあっちを着るから、これはミカに着せてあげて」
リュカは浴衣をミカに譲ると言っている。だが、それを聞いたミカが戸惑い始める。いつもと違うことを言う兄の考えていることがわからないのだろう。
「私は良い」
ミカは、シアンの手から甚平を奪い取って自分で着始める。すると、リュカがそれを止めに行く。ミカが甚平を着るのを邪魔する。
「リュカのもあるじゃん。そっち着れば良いじゃん」
ミカはベッドの上にあるもう一つの甚平を指さす。同じ色で同じ柄だ。一つを取り合う意味がない。
「駄目なの」
リュカはミカの甚平を引っ張る。いつになく強気だ。
「私とお揃い嫌なの?」
ミカは、目に涙をため始める。ミカが泣きそうになると、リュカがはっとして、甚平を放した。
「ミカ、僕がしっかりするから。お兄ちゃんするから。だから、泣かないで」
リュカは慣れてない手つきで、泣いているミカの頭を撫でる。
「オジョウ、ユカタはミカに着せてあげて」
リュカがルキナの目を真っすぐ見る。ミカはもう何も文句を言ったりしなかった。
「わかったわ」
ルキナは、双子には双子の事情があると思い、踏み入ったことは聞かない。ミカをそばに寄せて、浴衣を着せ始める。
「リュカ」
シアンはリュカを呼んで甚平を見せる。リュカは顔をぱっと明るくしてシアンのところへ駆け寄っていく。シアンは、何も言わずにリュカの頭をなでた。
それ以降はもめることなく着替えを続けられた。
「やっぱり二人ともそっくりね」
ルキナは、着替え終わった双子を見て唸る。昨日見た完成形とほぼ同じに見える。
「ミカは可愛いよ」
リュカがミカの手をとって言った。
「ミカはちゃんと女の子だよ」
リュカはミカの双子の兄だ。妹のことが手に取るようにわかるのだろう。
それなりのきっかけはあったろうが、おそらく、ミカも女の子らしい恰好をしたいと思い始めていた。しかし、可愛いものはリュカのもの。そう決まっていた。なかなか自分から言い出せなかったのだろう。
リュカは、自分が情けないから、ミカは言い出せないのだと思ったようだ。だから、ミカの手を借りないで自分で立ち上がり、可愛い浴衣はミカに譲った。本来、男の子らしい恰好をするのは自分なのだと。
「でもね、違うよ」
ミカがリュカの手を握り返す。ミカだって、双子の片割れだ。リュカの考えなどお見通しだろう。
「リュカが我慢するのは違うよ。好きなことは好きって言わないと駄目だって、お父さんが言ってた」
「知ってるよ。ミカのお父さんと僕のお父さんは同じだもん」
「そうだね」
リュカとミカは互いの額を押し付け合って笑う。
「双子ってわかんないわー」
突然、喧嘩したり、いつの間にか仲直りしていたり。ルキナは、腰に手を当てて言う。
「でも、双子って良いですよね」
「そうね」
シアンの言葉に、ルキナも同意した。




