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思い出の場所は離れがたいデスケド。

 ルキナは林の中に入った。まだ太陽は完全に落ち切ってはいないが、木々に太陽の光が遮られ、既に薄暗かった。ルキナは、木の間をすり抜けながらシアンの姿を探して歩く。

(全然見つからないわね。戻った方が良いかしら)

 既に川からそこそこ離れている。シアンと入れ違いになったのかもしれない。一度、皆と合流した方が良いのかもしれない。

 ルキナは引き返すかどうか考えながら岩場を歩いていた。そして、ふと足場がなくなった。

「え?」

 ちゃんと下を見ないで歩いていたので、ルキナの進行方向に崖があることに気づいていなかった。着地点を失った足がぐんぐん下に落ちて、体が傾く。ルキナは自分が落ちるということに気づいた。

「きゃっ!」

 ひゅっと風を切って体が地面に向かって落ちていく。幸い、さほど大きな崖ではなかったので、落下時間は短いものだった。それに、痛みもあまりない。崖下に尻餅をついたのだが、不思議とお尻は痛くない。

 ルキナは上を見上げ、自分がどこから落ちたのか確認する。小さな崖故に、余計に気づくことが難しかったのだろう。

「早くどいてください」

 ルキナのお尻の下から声が聞こえてきた。なんだか苦しそうな声だ。ルキナははっとして下を見た。なんと、シアンがルキナの下敷きになっているではないか。ルキナは慌てて立ち上がる。シアンが起き上がって服についた砂を払った。

「ごめんなさい、シアン。痛かった?」

 ルキナが申し訳なさそうに言うと、シアンは首を横に振った。

「お嬢様の方こそ、怪我はありませんか?」

「私は大丈夫」

 シアンは、ルキナが身に着けている魔法石の位置が近づいてきているのに気づき、ルキナの方に向かって動きだしていたようだ。そんなシアンの目の前にルキナが落ちてきたので、とっさに体でかばったそうだ。ルキナも、自分を守るためにシアンが身を挺してかばってくれたことはすぐに理解した。

「でも、じゃあ、シアンはどこにいたの?」

 ルキナが尋ねると、シアンは崖の方に目を向けた。崖の壁には穴が開いている。洞窟の入口のようだ。シアンはそこの洞窟の中にいたのだと言う。

「この洞窟は何?」

 ルキナには、シアンが洞窟に入りたがる理由がわからない。一人の時間が欲しい以外の理由が思いつかない。

 ルキナが首を傾げていると、シアンが洞窟の入り口に立って手招きした。ついてこいということだろう。

 シアンが姿勢を低くして洞窟に入っていく。ルキナはそれにならって続く。入口は狭く、四つん這いにならなくては奥へ進めない。

 シアンの後ろに続いて洞窟を進み続けると、少し開けた場所に行きついた。ドーム状の空間で、ここだけは立っても大丈夫そうだ。しかし、シアンは立たないで、そのまま地面に座った。ルキナもシアンの隣に座る。

「お嬢様、上を見てください」

 ルキナは、シアンに言われるままに上を見た。

「うわー」

 ルキナは思わず感嘆の声を上げた。洞窟の天井には緑色の無数の光がちりばめられていた。

「暗闇で光る性質のある石です」

 シアンが光の解説をする。

「星空みたいね」

 ルキナが感想を言うと、シアンが嬉しそうに笑った。シアンも初めて見た時は同じことを思ったそうだ。

「ここはシアンが見つけたの?」

「いいえ、キールが教えてくれたんです」

 キールと呼ばれるキーシェル・ツェンベリンは、シアンの親友とも呼べる人物だ。この山はシアンとキーシェルの遊び場だった。この洞窟もシアンにとって大切なキーシェルとの思い出の場所なのだろう。しばらく姿を見せないキーシェルを想って、シアンはここに一人で来たのだ。

 ルキナはシアンがキーシェルに会えないことを寂しく思っているのだということが痛いほどわかった。そして、少しでも元気づけられたら良いなと思った。

「シアン、帰りましょ。みんなが待ってるわ」

 ルキナがシアンに声をかけると、シアンは頷いた。

 ルキナが先に洞窟を出て、シアンがその後に洞窟から出てきた。その後、二人一緒に川の方へと向かった。

「良かった。見つかったんですね」

 皆の待つ川辺に行くと、アリシアがほっとしたような顔になった。ルキナがシアンと会えずに迷子になっているのではないかと心配していたようだ。

「それじゃあ、帰るか」

 タシファレドが真っ先に下山し始めた。すると、リュカとミカが走り出してタシファレドを抜かした。競争でもしようとしているのだろう。

「走ったら花火させないわよ」

 ルキナが言うと、双子はピタリと足を止めた。今晩、もらった手持ち花火を皆でやろうという話をしていた。双子はもちろんその花火を楽しみにしていたので、ルキナの言葉はかなりの効果をなした。

 結局、双子を先頭に皆一緒に固まって下山した。こんなところで誰かはぐれてしまっては困るので、ゆっくり全員一緒に歩くのが良い。

「ねえ、たっちゃん、手つなごうよ」

 双子が仲良く手を繋いで歩くのを見て、アリシアがタシファレドに提案をした。

「ね、小さい時みたいに」

 アリシアが手を差し出す。しかし、当然、タシファレドは嫌がる。

「は?なんでお前と手なんか繋がなきゃいけないんだよ。子供でもあるまいし」

 タシファレドは少し歩くスピードを上げて、アリシアから距離をとる。ハイルックはタシファレドの隣を離れようとせず、タシファレドにスピードを合わせる。

「あ、ロット様、段差が」

 段差といっても小さなものだったが、ハイルックはタシファレドに手を差し出し、自分の手に捕まらせた。タシファレドは、普段なら絶対ハイルックの手など借りないだろう。しかし、今はタシファレドは上の空で、深く考えずにハイルックの手をとった。

「はわぁー」

 ハイルックがタシファレドに頼られて感激する。

「ふーん。私とは嫌なのに、その男とは良いんだ」

 アリシアがタシファレドとハイルックの繋がれた手を見て呟く。タシファレドには聞こえない小さな声だったが、タシファレドは何かを感じたらしく身震いをした。

「あ、アリシア…?何かあったか?」

 タシファレドは背後からただならぬ気配を感じたので、振り向いてアリシアの顔を確認する。アリシアは前髪の下で暗い顔をしている。

「何かって?」

 アリシアはタシファレドには自分で気づいてほしいと思っているので、アリシアの口からは言わない。タシファレドはそれが嫌なようで、「文句があるなら言ってくれ」と言う。

「文句?文句ならあるよ。いっぱい、いっぱい、いーーーーーっぱい!」

 アリシアが両手を広げていかにたくさん文句があるか表現する。

「なら言えって」

「言ったら、たっちゃんは何かしてくれるの?」

「…内容による」

 タシファレドは、頭をかいてアリシアの言葉を待つ。アリシアは、タシファレドの手を見た。まだハイルックと手を繋いだままだ。自分で気づいてもらおうと思っていたが、その間ずっとハイルックと手を繋いだままなのはしゃくだ。

「手」

 アリシアは諦めてタシファレドがハイルックと手を繋いでいることを指摘する。

「手?」

 タシファレドはアリシアの言いたいことがすぐにはわからず、首を傾げる。そして、自分の手に視線を向けた。

「うわっ、なんでハイルックとなんか手を繋いでんだ」

 タシファレドが手をぶんぶん振ってハイルックの手から逃れた。指摘されるまで本気で気づいてなかったらしい。

「あ、ロット様」

 ハイルックが寂しそうにする。

「たっちゃん、さっきからずぅっと手繋いでたから、私とは手を繋ぎたくないくせに、その人とは良いんだなーって思って」

 アリシアがニッコリ笑いながら言うと、タシファレドがまた身震いした。アリシアが怒っていることを肌で感じたのだ。

「男と手を繋ぐ趣味はねぇよ」

 タシファレドは吐き捨てるように言ってアリシアの方を見るのはやめた。ハイルックが近づいてきても、タシファレドはすっと体をそらしてよける。

「タシファレドって、アリシアちゃんのことはどう思ってるのかしら」

 ルキナが呟くと、シアンが「どうなんでしょうね」と相槌をうった。

「恋愛マスターのお嬢様にもわからないんですか?」

「恋愛マスターにも限界ってもんがあるのよ。それに、赤髪の家にも複雑なものがあるみたいだし、タシファレドが全力で気持ちを隠してたらわからないわ」

 ルキナは腕を組んでタシファレドの後姿を睨む。貴族の家というのは厄介な事情があることが多い。親戚同士の関係だからこそ、タシファレドとアリシアの間には何か面倒ごとがあるのかもしれない。そもそも、タシファレドがアリシアの好意を良く思っているかどうかもわからない。

「先輩!遅かったじゃないですか!」

 山から下りて帰り道の途中、あと少しで屋敷というところでイリヤノイドがシアンに飛びついてきた。シアンの帰りを待ちきれなくて外に出て来たようだ。

「勉強は?」

 シアンは「暑い」とイリヤノイドを体から離しながら、受験勉強は順調かどうか尋ねる。本当はイリヤノイドも山までついてきたかっただろうが、受験生たるもの、勉強をしないわけにはいかない。

「今日のノルマは終わりました。心配なら見に来てくださいよ」

 イリヤノイドは、勉強で動けないせいでシアンに構ってもらいにくいので不満そうだ。双子もいるので、どうしてもイリヤノイドは後回しにされてしまう。

「ホモだー」

「ホモ、ホモ」

 ミカが中心になって双子がイリヤノイドをからかう。

(そろそろ、そういうからかい方は失礼だって教えないと)

 双子が楽しそうにホモという単語を使っているが、大声でそういうことを言われて喜ぶ人は少ない。子供の無邪気さゆえの言動ではあるが、だからといって、言われた人が傷つかないわけではない。大人には、子供にいけないことはいけないと教える義務がある。

「…あ」

 ルキナがリュカとミカを呼び寄せようと口を開けた時、こちらの様子を伺う人影を見つけた。ルキナは目を凝らして人影の顔を見る。ぼんやりとだが、知り合いの顔だとわかる。

「シアン、先に戻ってご飯食べててくれる?」

 ルキナは立ち止まって、シアンたちに自分は遅れて戻ると言う。どれだけ時間がかかるかわからないので、ルキナを待って夕食の時間をずらしてもらうわけにはいかない。夕食の後は花火が待っている。時間が遅くなって花火をする時間がないということになったら双子がかわいそうだ。

 シアンはルキナの指示に頷きつつも、理由を教えてほしそうにしている。

「祭りで知り合いになった人がそこにいるから話をしてくるわ」

 ルキナは半分嘘、半分本当の理由を述べた。シアンは納得したようで、皆を連れて屋敷に戻って行った。

 ルキナは、全員屋敷の中に姿を消したことを確認し、人影のいる方に向かう。

「軍人が犯罪とは…笑えませんよ」

 ルキナが声をかけると人影は物陰に隠れるのをやめて姿をはっきり見せた。

「下手したら通報されかねませんから、不審者みたいな行動は慎んだ方が良いのではありませんか?ね、トウホさん」

「やはりあなたにはバレてたか」

 アイザックが調子よく笑う。

「ちょうど良い。あなたに話したいことがあったんだ」

「話したいこと?」

「秘議会の話」

 アイザックが秘議会の名を出したので、ルキナは顔を強張らせる。アイザックは、秘議会に所属しているのではないかと睨んでいる人物がいると言う。

「それって、私も知ってる人ですか?」

 ルキナの問いにアイザックはゆっくり首を縦に振った。ルキナはさらに顔を強張らせた。敵が知り合いかもしれないと聞いて、落ち着いていられるわけがない。そんなルキナに、アイザックは真剣な面持ちでその人物の名を述べた。

「サイヴァン・チルド」

「サイヴァン…え?あのサイヴァン先生!?」

 ルキナは思わぬ名前があがったことで驚きの声を出す。サイヴァン・チルドは、国家魔法技術師という魔法の専門家として王国に仕えている人物だ。シアンの家庭教師でもあり、温厚な人物だ。とても敵とは思えない人物だ。

「根拠なしに言っているわけではない。サイヴァン・チルドは素性がよくわかってないうえに、国家魔法技術師という国の重要部署に所属している。裏から手を回す組織としては、そういう場所に勤めている者がいるのは有益だ」

 アイザックの話を聞きながらも、ルキナはとてもサイヴァンがいるとは思えないでいる。サイヴァンは国内でも超有名人で、魔法界を先導する人物として活躍している。そんな人が裏社会で何かを企んでいるとなると、大問題だ。

「彼が要注意人物であることは彼にも伝えてある」

 アイザックが屋敷の方を見て言った。ルキナは「彼」がシアンであることにすぐに気づいた。そして、なぜシアンに言うのかと疑問を抱いた。シアンはルキナ以上にサイヴァンと親しくしていた。シアンは、サイヴァンを教師としてかなり尊敬していた。アイザックの話を聞いたということは、シアンはそんな人物を疑疑わなくてはならなくなったということだ。ルキナがアイザックに不信感を抱いていると、アイザックはこれにも理由があると言った。

「リュツカ君の周りで事件が起きる。我々はそう考えている。そのうえで、騒動の中心にリュツカ君がいる理由は何かあるはずだとも考えている。リュツカ君本人が狙われているのなら、彼自身に警戒してもらうのが一番手っ取り早い」

「それはそうですけど」

「証拠はなく、疑っている段階でしかないことは強く言ってある。彼も疑心暗鬼になりすぎることはないと思う」

 アイザックは言ってしまったものは仕方ないと、どこか他人事のように言う。ルキナは、アイザックの思惑が理解できないでもないので文句は言えないが、アイザックのやり方は好きになれない。

「それで、話はこれで終わり?もう良いなら戻るわ。みんな待ってるだろうし」

 ルキナが確認すると、アイザックはサイヴァンの話をしたかっただけだと言った。

「できれば、リュツカ君と周りの動向を見ていてくださると嬉しいがね」

 アイザックがルキナに背を向けて、去って行こうとする。

「別に何度も言わないでも気をつけて見てますよ」

 ルキナはアイザックの背中に毒を吐く。

「あ!」

 ルキナはふいに気になることを思い出して、アイザックを引き留めた。

「今日もシアンはあなたの存在に気づかなかったんですけど、何か知りませんか?シアンは一回会った人の魔力を覚えてるから近くにいたらすぐに気づくって言ってたんです。トウホさんのことを気づかないなんてことがあるようには思えないんですけど」

「リュツカ君の調子が悪いだけでは?」

「ううん、それはない。だって、今日だってその力を使ってたもの。だから、トウホさんの方に何か原因があるのかもって」

 ルキナが一生懸命説明するが、アイザックは「知らない」と一言言うだけだった。

「それでは」

 アイザックは今度こそ本当に去って行った。ルキナは屋敷に戻る。ダイニングに行くと、皆、席について待っていた。

「オジョウ、遅い!」

 ミカがルキナに文句を言う。

「待たなくて良いって言ったのに」

「いえ、ちょうど夕食の準備が終わったところですよ」

 ルキナは皆を待たせてしまったのではないかと心配になったが、どうやらそうではないらしい。シアンが状況を説明してくれ、席につくよう言った。

「「いっただきまーす!」」

 ルキナが椅子に座って全員の準備が整うと、リュカとミカがウキウキと食事を始めた。他の者たちも食事を始めた。

(疑うって嫌だな)

 ルキナは、皆の楽しそうにご飯を食べる姿を見て、平和な日が訪れることを願った。

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