山遊びは最高デスケド。
突然のお休み、失礼しました。思ったより、部屋の引っ越しと学校が大変だったので、ついさぼっちゃいました。ぎりぎりになっても、せめて事前にお知らせしておけば良かったと、反省してます。
祭りの翌日。昨夜は、夜遅くまでどんちゃん騒ぎだったので、皆、朝は早く起きられなかった。昼近くになって、目を覚ました者からリビングに集まり始めた。ルキナは、寝ようと思えばいくらでも寝られるタイプなので、双子に起こされるまでぐっすり眠っていた。
「あ、お嬢様、おそようございます」
ルキナが一番最後にリビングにやってきたので、シアンがからかう。ルキナは欠伸をしながら「はいはい、おそよう」と答える。
「あれ?それ、どうしたの?」
ルキナは、リュカがクマのぬいぐるみをぎゅっとしていることに気づいた。祭りの射的でルキナがとってあげたものだ。リュカは、人攫いに連れて行かれる時に落としたと言っていた。ルキナはもう見つからないと思っていた。
「ノアルドとミッシェルが」
リュカの代わりにミカが答える。どうやら、昨晩の打ち上げの際、ノアルドとミッシェルの二人は、こっそり抜け出してぬいぐるみを探しに行ってくれていたらしい。
「良かったわね、リュカ。大事なお友達が見つかって」
ルキナがリュカの頭を撫でると、リュカが嬉しそうに頷いた。
全員揃ったところで、食事の時間になった。朝食と言うべきか、昼食と言うべきかわからない時間帯だ。寝ているだけでも体力は使うようで、ルキナは力いっぱい食べてしまった。
「ふぅー、食べた、食べた」
ルキナが満腹になってソファでくつろいでいると、ミカが飛びこんできた。思い切りルキナの膝の上にダイブしてくる。
「ちょっ、ミカ危ない」
ルキナは転がり落ちそうなミカを引き寄せて止める。
「ミカ、暴れたいなら外でやりなさい」
ミカは元気が有り余っているようで、室内でもあるにも関わらず、おもいきりはしゃいでいる。この体力は外で遊ばせて発散させるしかなさそうだ。
「ルキナ嬢、よければ俺が外で遊ばせてくるよ」
タシファレドがルキナの背後から声をかけてきた。ルキナの脚の上にいるミカにウインクをする。ミカは、外で遊べるとわかると喜びのあまりルキナの腕の中で暴れ始めた。
「もー、ミカ。暴れないでってば」
ルキナがミカをなだめていると、シアンが動き出した。
「外で遊ぶなら良いとこがありますよ」
シアンは毎年、この家に来ては遊びに行っていた山がある。そこに双子を連れて行くのはどうかと言う。
「あの山に行くなら私も行くわ」
ルキナはミカを床に下ろして立ち上がった。山と言っても小さいし、川の近くなら木陰にいればだいぶ涼しい。ルキナもついて行っても良いかと思った。
ミカがリュカのもとに走り、手を繋ぐ。リュカは、これから外に行くのだということを知っているので、クマのぬいぐるみをソファに座らせた。
「はやく!」
「はやく!」
準備ができたリュカとミカが早く行こうと急かす。
「はいはい、わかったから」
ルキナは双子を落ち着かせ、一緒に行く者を確認する。山への案内をするシアン、子守を買って出たタシファレドとその取り巻き。双子の面倒を見る人数としては充分だろう。
双子を先頭に玄関へと向かう。そして、暑い日差しのもとに出る。
「ベルコルも来る?」
ミカがシアンに尋ねる。ミカにとって、ベルコルが一緒かどうか重要らしい。
(あんなに怖がってたのに)
双子は、いつも叱ってばかりのベルコルに怯えがちだった。いつの間に懐いたのだろうか。
(あ、違う。怖いから一緒に来ないでほしいのか)
ベルコルの所在を確かめたのは、せっかくの外遊びを邪魔されないようにするためだろう。ベルコルに叱られるようなことがあったら、楽しい時間もつまらないものになってしまう。
「バリファ様はたぶん部屋で勉強してるんじゃないかな」
シアンがミカの質問に優しく答える。ミカは「ふーん」と興味なさそうな反応をする。
「ね、シアン。どっち?」
リュカがシアンに山はどちらにあるのかと聞く。リュツカ家の屋敷があるのは田舎なので、どこにでも山はある。シアンが案内するのは、その中で子供の遊び場として人気の小さな山だ。山登りになれていない子供でも苦労することなく頂上にたどり着けるほどの山だ。
「左」
門の正面を通る道を左に曲がり、一向は舗装のされていない道を歩く。道幅は広く、視界が開けている。
(ザ・田舎って感じ)
ルキナはほのぼのとした散歩も嫌いじゃない。早く山に行こうと走り出す双子を視線で追いながら自分のペースで歩く。
「ルキナ様」
ルキナの横にアリシアがやってきた。
「昨日、何があったか教えていただけませんか?」
アリシアは昨夜の記憶が途中からないと言う。どうやって宴会会場から屋敷に戻ってベッドに入ったのか覚えていないそうだ。理由は明確だ。昨日は酒を飲んでだいぶ酔っていた。少ししか飲酒していなかったようだが、酒に弱いのか、とても少量の酒とは思えないほど酔っぱらっていた。
「変なこと言ってるのはわかってるんですけど、たっちゃんに何があったか聞いても教えてくれなくて」
アリシアは昨晩の出来事をタシファレドに聞いたが、タシファレドは答えてくれなかったそうだ。
「意地悪なことするわね」
ルキナはタシファレドの行動に苦笑する。笑いながらも、ルキナが知らないだけで重要な理由があるのかもしれないと思った。酔ったアリシアは何かいろいろと口走っていた。そこに言えない理由があるのかもしれない。
「あ、違うかも」
ルキナはタシファレドの真意を理解しようと考えていたが、あることを思い出した。
「ごめん、話変わるけど、アリシアちゃんは将来お酒飲みたいと思う?たとえば、結婚をしてから、とか」
ルキナはシアンから聞いたこの世界の文化を思い出した。飲酒をするのは結婚をしてからという人が多いという話だ。
アリシアは、ルキナがあまりに唐突に話題を変えたので驚く。不思議そうにルキナを見つつも、問いに答え始める。
「そうですね。結婚をする前に飲むつもりはありませんよ。憧れは、結婚をしたその日の夜に、たっちゃんと一緒に初めてのお酒を楽しむっていうのですね」
アリシアが頬を赤らめながら夢を話してくれる。そのまま照れながらも、どんなお酒をどんなシチュエーションで飲みたいかとか話してくれる。
「その話、タシファレドにしたことはあるの?」
ルキナは、終わりをしらないアリシアの話にかぶせるように尋ねる。アリシアは悪い顔一つせず、ルキナの質問に答えようと考え始める。
「…どうですかね。小さい頃にそういう話はしたことはあるかもしれませんが、最近した覚えはありませんよ」
アリシアの話を聞く限り、タシファレドがアリシアが飲酒に憧れを抱いていることを知っている可能性はあることがわかる。タシファレドがアリシアの夢を大事に考えているなら、既に飲酒してしまっていることは言わないかもしれない。記憶がないのなら、なかったことにできなくもない。
「まさかね」
ルキナはぼそりと呟いた。いつもアリシアをうっとうしそうにあしらっている彼が、アリシアの飲酒の憧れを憧れのまま残してあげようとするとは到底思えない。タシファレドなら、アリシアの夢を「しょうもない」と一蹴しそうだ。
「それで、昨日、何があったか教えていただけませんか?」
アリシアは、ルキナの質問に答えたのだから教えてくれても良いだろうと言いたげな顔になる。本当のことを言ってアリシアがショックを受けても可哀そうなので、ルキナはお酒のことは言わないでおくことにする。
「昨日、アリシアちゃんったら、打ち上げ中に寝ちゃってね。タシファレドがアリシアちゃんを連れて屋敷に戻ったのよ。寝ぼけてるアリシアちゃんは可愛かったわ」
「え!?たっちゃんが?」
アリシアは、タシファレドがアリシアの介抱をしてくれたということが信じられないそうだ。ルキナの話でも、その部分は事実と異なってはいないので、アリシアが真実を知ってもこのことに関して失望することはないだろう。
「そうよ。タシファレドにしては珍しく自分からアリシアちゃんに近づいて行ったわよ」
ルキナが力強く肯定すると、アリシアの顔が真っ赤になった。口元は嬉しそうにニヤついている。
「あれは…アリシアちゃんに他の男を近づけないようにしてたようにも見えたわね。無防備なアリシアちゃんは危険だったからね」
ルキナが半分妄想、半分本気で話すと、アリシアが頭をぶんぶんゆすり始めた。両手で顔を隠し、恥ずかしそうだ。何かと葛藤しているようにも見える。
「タシファレドが昨日の話をしないのは恥ずかしいからかもしれないわね。これ以上、本人を追い詰めるようなことは言わないが得策よ」
ルキナが恋愛マスターのように言うと、アリシアはぶんぶんと頭を上下に振った。頭が取れてしまうのではないかという勢いだ。
「アリシアちゃんってば可愛い」
ルキナは、言葉と裏腹に、深刻な顔をしていた。考え事をしているのだ。
(私ってば、何をやってるのかしら)
恋する乙女のアリシアを応援するのは楽しいし、なんら間違ったことではないだろう。しかし、ルキナには逆ハーレムの成功という目標がある。タシファレドがアリシアに良好な態度をとるのを嬉しく思いつつ、複雑な思いも抱いていた。本当はアリシアの協力などせず、己に興味をもたせるよう、ルキナがタシファレドに迫るべきだ。
「シアンー、登って良いの?」
前方にいる双子は目的地である山に到着したようだ。近くにいるシアンに遊び場である山であるか確認をとっている。シアンが「良いよ」と答えると、双子は手を繋いだまま山登りを始めた。傾斜は緩く、子供の遊び場となっているだけあって、雑草はおいしげっておらず、かなり登りやすい。
「なんだかこの山も久しぶりね」
ルキナはうきうきしている。自然の中を駆け回った頃の童心が蘇ってきた。
「なあ、アリシア。頂上まで競争しようぜ」
子供心をくすぐられたのはルキナだけではないようだ。タシファレドが山のふもとでアリシアを待っており、勝負をもちかける。
「女相手で勝負になるんですかね」
ハイルックは問答無用で参加することになっているようだ。ハイルックは散々殴れてきたのに、アリシアの運動能力を疑うようなことを言う。
「良いよ。勝負にのってあげる」
アリシアがルキナの傍を離れてタシファレドたちに近づく。横並びになり、タシファレドの「よーいドン」という合図で同時に走り出した。
「元気ね」
ルキナは猛ダッシュで山を駆け上っていくタシファレドたちの後姿を眺める。ルキナは走るようなことはせず、ただゆっくり歩く。ルキナは、先に出発したシアンと双子グループにも、全力疾走して行ったタシファレドグループにも追いつくことなく、頂上にたどり着いた。
「ビリはオジョウ!」
ミカが大きな声で出迎えてくれた。
「ビリには何か罰ゲームがあるの?」
ルキナは笑顔でミカに尋ねる。ミカは首を振って何も罰ゲームはないと答えた。ただビリと言いたかっただけらしい。
「今度は何するの?」
リュカがシアンの裾を引っ張る。山登りの次の遊びをご所望らしい。
「川遊びとかどう?」
シアンは自分が山で遊んでいた頃のことを思い出しながら、ここでの遊び方を教えてあげる。双子は、川と聞いて目を輝かし始めた。
「川は危ないから気をつけて遊んでよ」
ルキナは保護者になった気分になりながら、テンションを上げる双子に注意する。
一行は、シアンの案内で川の流れている場所に移動した。魚もいる綺麗な水で、透明度が高い。ところどころ藻が多いのが見えるが、自然の川なのだから仕方ないだろう。
「水に入る前に体操、はいっ」
ルキナは、準備体操もせずに川に入ろうとする双子を引き留め、体操をさせる。細く浅い川だが、侮ってはならない。事故というのは油断から引きおこる。
「キャー、冷たーい」
「魚いるぅ!」
リュカとミカが川に入ってさっそくはしゃぎ始める。タシファレドとハイルックも川に足を入れた。
「ロット様、転ばないようにお気を付けください」
藻で覆われた石は踏むとぬるぬるする。滑って転ぶ危険性がある。ハイルックはタシファレドにつきまとって転ばないように見守っている。
「アリシアちゃんは行かないの?」
ルキナは双子から目を離さないでアリシアに尋ねる。アリシアこそ川に入りたがるだろうと思ったが、川辺でタシファレドたちを見ている。
「誰か溺れたら陸から救助に向かう方が早いので」
アリシアはライフセーバーの役目を担おうとしてくれているらしい。たしかに、動けるアリシアが見守ってくれるのはありがたい。ルキナとアリシアの二つの目があれば全員から目を離すこともなくなるだろう。
「「シアンー!」」
双子は川辺にいるシアンに手を振る。シアンも一緒に遊んでほしいようだ。
「今行くよ」
優しいシアンは双子の遊びにつきあってあげるようで、ためらうことなく川に入っていった。
「キャー、あはははっ」
「ひゃっ!」
シアンが双子に水をかけて一緒に遊び始める。そのうち、全員で川魚の手掴みに挑戦し始めた。なんだかんだ川で長時間遊んでいた。
「そろそろ川から出て。帰るわよ」
ルキナは日が傾き始めたところで、皆に帰る時間だと言った。双子は帰ると言われて川からあがるのを渋った。楽しい時間はあっという間だ。少しでも長く遊んでいようと川から出ようとしない。
「明日も遊びにこれば良いでしょ?悪い子は連れてこないわよ」
ルキナがそう言うと、慌てて双子が川から出てきた。
「あれ?シアンは?」
双子が無事に陸に上がってきたのを確認して、ルキナはキョロキョロとシアンの姿を探した、いつの間にかどこかに行ってしまったようだ。
「あの方なら、行きたいところがあるって、向こうに」
アリシアが木の間を指さした。シアンは単独行動をしているらしい。
「私、呼び戻しに行ってくるわ」
ルキナはアリシアの指さした方に歩き始める。皆にはその場を動かないよう言う。タシファレドが魔法で双子を乾かしている。風邪をひかせないように配慮してくれているのだろう。
「ルキナ嬢、迷子になったりしないか?」
タシファレドがルキナの方がシアンと合流できない可能性を心配している。
「大丈夫よ、これがあるから」
ルキナはイヤリングを指さして笑う。このイヤリングさえ身に着けていれば、シアンが見つけてくれる。
「それじゃあ、ちょっと行ってくるわ」
そう言って、ルキナはシアンを探しに一人で動き始めた。




